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Lv04―『ショルマ・王族別邸』・【召還魔法】



「召還(しょうかん)………………魔法、だって?」

「はい。それでアル様を召(よ)んで召んでしまいました」

「……………それってよくある勇者召喚の儀式?」

「よくある?」 

「魔王を倒してほしくて勇者を〈召喚〉する魔法を使ったってこと?」

「い、いえ。〈召還〉魔法は本来、魔法生物を召ぶものなんです。あの時の私は魔力が枯渇しかけていたので有効打の魔法はそれくらいしか思わず思いつかなくて…………」

「……………………召還魔法って何?」

「魔力を持った動物が無作為で選ばれて術者の元に空間転送される魔法です。本当に運がいいと強力な、それこそ普通の魔術師じゃ対抗できない存在を召ぶことができるんです。それこそ一角獣や飛竜など珍しいのを」

「起死回生の一手を打ってドラゴンよ来い! と願ったのに呼ばれて飛び出たのは変な男だった、と。ごめんね、出てきたのが僕で」

「い、いえ! アル様はちゃんと助けて助けてくださいました。謝ることなんてないです!」

「ありがと。ん? でも、魔物を呼ぶものなのにそれで人間が出てくることって、よくあるの?」

「人間が召ばれたなんて事例も聞いたことがないくらいです………………すみません」

「いや、いいけど。ん? 全然よくないのか?」

「ですが! 一つだけ例外があるのです」

「例外?」

「はい。とある童話なのですが、それにはこうあるんです。『召還魔法に〝異世界から〟召び出されし偉大なる魔法を使役する存在を勇者という』」

「………………………へぇ」

「【召還魔法】で()ばれて【魔法】が使えて、格好が見たこともない異国のもので、本人が『勇者』を名乗ったのだからアルさんは勇者に間違い間違いありません!」




 さてここで問題があります。

 召還によって呼び出されたのが一人の少年とその飼い猫だった場合。

 猫の方が魔法を使ったのなら、勇者はどちらが名乗るべきなのでしょうか?

 

 







 

 黒外套(ローブ)を追い払って銀髪の少女が泣きやんだ後、まず始めに行ったのは今さらな感じがする自己紹介だった。

「私の名はユニ・シェイル・ジャルガ。この白き国『シェイル・ジャルガ』の第三姫です。改めて礼を申します」

 なんと少女はお姫様だったようだ。成程、この気品と歳不相応な厳しい表情も納得がいく。あの男が言ったお姫様というのはそのまんまだったのか。というかシェイルジャルガってどこ? 欧州(オウローパ)の方かな。

 お姫様だからといってあるじは物怖じせずいつも通り。

「僕は朝凪・サバギィ・在名。こっちはネコ」

 にゃー、と挨拶代わりに鳴く。

「か、かわいい…………!」

 銀髪少女、改めユニは私のぷりちーさに頬を緩める。ふっ、私に惚れるなよ。

 だが、そんな笑顔もすぐに消えてしまう。




 部屋の前に死体があったからだ。




 二つ、あの男達とは違う立派な服を着ている焼死体。焼死体のくせに服が異様なほどきれいで、少しも焦げ付いてない。

 あの黒外套がやったのだろうか。

 ―――――――――『魔法』で。

 幸い、私の犬畜生には劣るものの人間より数倍の嗅覚でその焦げた臭いを感じ取れたからユニはその死体を見ることはなかった。

 けど、あるじの態度から察したのか悲痛な面持ちになる。


 その後は、あるじが人を呼んで(見知らぬ人間なので、警戒されたが私の魅力でカバーした)その死体を片づけ、この建物の中にまだ黒外套が潜んでないか調査をした。

 ちなみにあの雪の壁はすぐに消え、天井の空が見えた穴もふさがっている。建物が真っ二つという事態は避けられたようだ。【魔法】だからそういうのもありなんだろう。

 建物は思ったよりも広かった、というか広すぎ。

 お姫様という言葉から察すればよかったのだが、あいにく私もあるじも疲れていたから気がついたのは20分もたってからで、あと数十倍の時間はかかりそうだとげんなりした。


 城(シュロス)。お城だったのだ、ここは。


 石畳と木で組まれた城。猫である私は視点が低いためにわかるのだが、何処にも釘が打たれている形跡がない。魔法式の建築法か? そうでなかったら猫でも匠の技だとわかるくらい様々な所が凝んでいる。あるじの月給では石畳一つすら買えそうもない程、豪奢だ。

 そして窓から見えるのは雪景色。

 雪上の城。

 どうやらここは北の地方のようだ。道理でさっきからあるじが寒そうにしていると思った。私はふっかふかの毛皮があるのでこの程度なら寒くはない。廊下を歩くと少し肉球が冷たいけど。

 などと情報を得ながら城の中全部を――――――城という割には人が少なかった――――――見回り終わってから簡易的な葬式が終わった頃にはもう深夜だった。

 色々聞こうにも、ユニも疲れて(もっと言うならば憔悴(しょうすい)して)いたので明日に質問会・説明会をすることになった。やっぱり彼女は何か知ってそうだった。

 お手伝いさん(いやこの場合だとお手伝いさんというか女中と呼ぶのか?)に用意されたホテルの客室のような部屋に入ってあるじと共にベッドに潜り込んですぐ眠ってしまった。



 借金取りとの追いかけっこから銀髪のお姫様との出会い。

 仏蘭西(フランクライヒ)の路地裏から極寒の雪景色の城。

 そして―――――――――本物の魔法(ツァオバー・クンスト)。

 懸案事項すべてを忘れて、私はあるじのお腹の上で眠りに落ちた。


 

 

 

 夜が明けて小鳥のさえずりが全く聞こえない時間に目を覚ました。早いというわけではなく、外が寒すぎるから鳥がいないのだろう。

 私は掛け布団からはい出ると、まずあるじの顔の上に寝そべり、

「………………………………………………………………」

 寝そべる。

「…………………………………………げばぁっ!」

 数秒後、窒息の危機によりあるじが目覚める。私の首をつまんで顔から引きはがす。

「……………………はぁはぁ、猫、その起こし方、やめてくれ。いつか、死ぬ」

 息も絶え絶えに早朝サービスにケチをつけるあるじ。どうしろと?

「普通に鳴いて起こしてください」

 あるじを起こすと見計らったかのように部屋のドアが叩かれた。

 お手伝いさん(女中さん、使用人……………他に何かしっくりくる呼び方があったような?)が「朝食のご用意をしました」と食堂へ案内する旨を伝えた。

 あるじはあわてて跳ね起き手櫛で髪を整えると椅子に掛けてあったジャンパーコート(あるじの服装はジーンズに白ワイシャツと軽装)を掴みシューズを急いで履く。

 その間、私は部屋を見回す。昨日は疲れていたので気がつかなかったがこの部屋はキングサイズを超えたエンペラーサイズなどと似非(えせ)言葉を作ってしまう程の広さと絢爛さだった。

 昨日のうちに気付いていたら私はともかくあるじは緊張して眠れなかっただろう。小心者だから。


 シューズを履いてドアを開けるあるじの足元をすり抜け廊下に出ると、女性使用人さんの先導について歩く。

 うーん、やっぱり昨日じゃわからなかったけどところどころ気品が漂う建物だ。花瓶とか飾ってある。さすが城。カーペットの肉球触りもいい。

「うーん、やっぱり変だよな」

 あるじが小声で女中さんに気付かれないようにつぶやく。私は声が届きやすいようにあるじの肩によじ登った。

 変ですか。豪華じゃなくて?

「ああ、見てみろよ」

 …………………普通、いえ、豪華な廊下ですけど、お城なら普通じゃないですか。

「城だから変なんだよ。城なのに人が少なさすぎる」

 そういえば、と私は首を振ってみるが女使用人しか視界のなかに人はいない。朝だからでは?

「百歩譲ってそうだとしても、僕らの部屋の前に誰もいなかったのはおかしい」

 どういうことです?

「だから昨日いきなり現れた素性の知れない男に監視もつけないというのはおかしすぎる。ここは城だぞ。お姫様がいるのに不用心すぎる」

 さすがあるじ、細かいところまで見ている。

「用心深くないと生きていけなかったからなー」

 でも、あるじは素性の知れない男じゃありませんよ。

「猫、かばってくれるのか…………」

 素性の知れないヘタレです。

「お前さ、もう少し飼い主に対する尊敬とかないの?」

 孫剄?

「中国4千年の歴史を誇る武術が使えそうな名前だなぁ。飼い主に対する孫剄ってなんだ? 主にヒットマンさし向けようとしてるのか? それともあるじ×孫剄か? どこの層を狙っているんだ」

 ……………不用心といえば、昨日もそうでしたね。




 昨日、黒外套の探索を行った時。

 あれが相手だと見つけても返り討ちにあう可能性が高いので、手分けをせずにお姫様を中心にあるじが先鋒でぞろぞろと何十人も連れだって探検をした。そして残りの数十名は大広間と呼ばれる部屋で待機させた。




「メイドさんばっかだったよな」

 そうか。ああいうのはメイドというのか、と関係ない情報を脳みそにインプットしつつあるじに答える。

 そうですねお姫様というのなら護衛がいてもおかしくない。いや、いないとおかしいのに戦えそうな人物は軍服に毛皮をつけたような服を着た数人の若い男と老執事だけでした。

「もしかしたらメイドさんが護衛を務めているのかと思ったけど、全員素人くさかったよね」

(戦闘の)素人か玄人かは歩き方を見るだけで大抵わかる、とあるじは人生について役立たない知識を披露する。

 じゃあ、あの〝灰〟がそうだったのでは。

「…………………………………………………」

 灰。

 黒外套探索中に見つけた服一式に詰められていた黒い灰になりかけた炭。

 あの黒外套の仕業であろう。あの部屋の前にいた護衛だけではなく色々な所にいた人を骨まで焼いて灰にしたのだろうか。

「でも灰の数は合わせて10にも満たない。昨日見た人間と合わせても精々50近く。いくらなんでも城に住む人間が少なすぎる」

 50で少ないってのも豪気な話ですね。ふむ。じゃあここは別荘とかでは。避暑で来てあまり人を連れてこなかったとか。

「……………それが、妥当かな」

 あるじはそう話を打ち切ると窓の外を眺める。これ以上は無意味な推測になると判断したのだろう。

 私もあるじの肩から下りてカーペットに着地する。


 まあどういう理由で人がいないのか、あの黒外套が何者か、ここが『魔法使い』の隠れ里だとしても面倒なことになりそうだから情報を収集したらさっさと逃げよう。

 あるじは一人だと逃げないが、面倒見がいいというわけではない。だがお人好しではあるので、深入りする前にさっさと帰るように促そうと決めた。

 だから、私達と少し距離をとってメイドが歩いていても警戒しているのだろうとしか考えず、むしろ身分が高い人に対するように緊張していることを知らず、たまにすれ違う人間にしてもその瞳に期待の色が込められている事に気がつかなかった。

 


 



「何からお話すればいいでしょうか、勇者殿。先日のお礼も含めて私ができる事なら何でもお力になります」

 パンとシチューの朝食を食べ終わった後(私はあるじにパンをちぎってもらった)ついにお姫様との謁見の運びとなった。

 部屋はまさしく王の食卓といった雰囲気の白いテーブルクロスがかかった長方形テーブル。その上座にお姫様。その右手側のすぐそばにあるじ。私はその膝の上。

 お姫様は昨日の白いローブとは段違いの華やかさをまとった衣装を着ていた。ゆったりとしているのに腰の細さなど体のラインがわかる独特な服だ。民族衣装かも。

 でも背が低いというか幼いから、絵本のお姫様というよりかは深窓の令嬢といった雰囲気だけど。

 それよりも気になるのは昨日より言葉遣いが堅苦しいことだ。お姫様スタイルだから? あるじもそう思ったのか不思議そうに首をかしげる。

「ゆうしゃどの? えと、在名でいいよ」

「あ、りゅな?」

「発音しにくいなら愛称のアルで」

「も、申し訳ありません。ですが、勇者様をお名前で呼ぶなど……………」

「うーん、じゃあ、お礼ってことにして名前で呼んで。僕もユニって呼ばせてもらうから。堅苦しいのは嫌いなんだけど、駄目?」

 馴れ馴れしいあるじだなあ、などと私はあるじの膝の上で丸くなりながら思う。

 だけどお姫様には好感触だったようで笑顔で返されている。

「で、ではアル様、とお呼びさせていただきます」

「ただのアルでいいんだけど。できれば口調も柔らかく。お願い」

「は、はい」

「さっそくだけどユニ、いいかな。ここってどこの地方〈シュタート〉? 外の景色とか見た感じ北露(ルスラント)方面っぽかったけど」


 ちなみに私達が借金取り達と夜の運動会をしていたのは仏蘭西(フランクライヒ)。北露(ルスラント)とはおよそ5000キロ離れている。これを一瞬で移動させるなんてさすが魔法だ。

 この時、私とあるじはまさか異世界に召還されただなんて全く持って考えてなかったのだ。


「ルスラントがどこかは知りませんが、ここはシェイル・ジャルガですよ」

「シェイル・ジャルガ……………? 聞いたことないな、猫、知ってるか?」

 いえ全然。どこの地方でしょうか?

「じゃあ、地方はどこ?」

「しゅたーと?」

「ああ、独語(ドイチェ)だからわからないか、って……………………………………ちょっと待ってて」

「はい」

 あるじの急な待ったにお姫様は疑問も挟まず純粋にうなずいた。

 一方、あるじと私は机の下で作戦会議。

(なあ猫、今気付いたんだけどひょっとすると………僕、今まで何語で話してた?)

 …………日本語(ヤパーニッシェ)、ですよね。

 ちらりとテーブルから顔を出すと不審には全然感じてなくただ不思議そうな顔をしたお姫様が。彼女の髪は銀色で、その瞳は銀灰色。

 ………………………銀髪の人が超ペラペラに日本語喋ってますよね。

「明らかに日本の地方とは関係なさそうだよな…………………」




 日本語(ヤパーニッシェ)というのは今でも日本地方でしか使われていないマイナーな言語だ。だから日本の都市〈シティ〉にでも住んでない限り学ぼうとする人種は少ない。

 国という括りがなくなって完璧な単一民族国家がなくなった今でも黒髪以外の人種が日本語をしゃべるというのはかなり違和感がある。

 私は猫だから、あるじは数ヶ国語を操れるので気がつくのに遅れたのだ。




「でも熱狂的な日本マニアかも知れんし。フジヤマ・ソイソース・マイコハァァァンとか」

 無理がありますね。それに彼女の口の動き。

「………………ああ、日本語の発音の動きじゃなかったよね」

 唇の形が「sh」を発生するものなのに、口からは「わたし」という日本語が発音されている様はまるでリアルタイムで吹き替えられているような。

 つまるところ、違和感バリバリ。嫌な予感バリバリ。

 ………………………………………………………………………………。

 昔、あるじに読んでもらった漫画に似たような話があった気が……………。

(……………………猫もそう思う?)

 いきなりの魔法陣。知らない土地への移動。そこでは本物の魔法(ツァオバー・クンスト)が。明らかに住んでいる言語域が違うのに何故か言語が通じるという不思議。勝手に通訳される奇怪。

「まさか、まさか……………………………ねぇ」

 冷や汗ダラダラなあるじから目をそらす。今の私に同意を求められても困る。

 あるじはテーブルの下から這い上がると情けない顔で一番の謎を聞く。

「あの」

「………………はい?」

 お姫様はかわいらしく小首をかしげるという異性の心を奪うような動作をするが、今のあるじには奪われるほど心に余裕はない。

「………………あの、僕らがここに来る原因となった魔法陣について何か知ってる?」

「それは【召還魔法】です」

「……………………………」

「勇者様は〝異世界から〟召(よ)んで召びだされたのです」

 そして冒頭の会話に戻る。

 どうやら借金取りからは永遠に逃げられそうですね、あるじ。




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