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Lv26―『天文台』・謎解き



 ドーム状の天文台に、いるはずのない少女がいた。旅館に置いてきたはずの少女が、家主が死んだ家で、両腕が血まみれの姿で無言にたたずんでいる。

 月光がスポットライトのように明確に彼女を照らしていた。舞い上がったホコリが月光に照らされて光り、月光の通り道がよく見えるのだ。

 光の橋のたもとにいる彼女は、えりも裾もはだけているだらしのない格好だが、裾からのぞく白い太ももや胸元からのぞく真っ白い胸板が月光をうけて輝いているように見え、この世のものとは思えない雰囲気を放っている。



 まるで月から下りてきたかぐや姫のようだ。

 ただ、両腕にしたたる赤い血が彼女がかぐや姫ではないと伝えて来る。




「アリア」

 あるじの呼びかけで、今気付いたとばかりに満月を眺めていたアリアがこちらを向いた。頬には一筋、血の跡がついていて血の涙を流しているようだ。

 無表情なガラスのような瞳で、あるじを見る。

 何故ここにいるのか? その血は何なのか? いくつもの疑問があるのに、あるじはそれを口にせず別のことを言う。

「帰ろう。早く帰って寝ないと、明日起きれないぞー。起きれなかったら置いてかないでちゃんと僕のこと起こしてね」

「……………」



 いつものように情けないことを言うが、いつものような表情ではなく何を考えているかわからない無色で、こんな状況でそれを言うのはおかしい。

 血まみれ姿のことに白々しいほど触れていない。だからだろう、アリアは無表情の中にも、どこかとがめる眼であるじを見やって言った。



「……………お姫様、どうするの」

 それはいなくなったお姫様を探さないのか? という問いだと私は思った。ここに来たのも元々はお姫様をさらった可能性が高かったハルヒニを問いつめるためだった。ハルヒニがあの有り様なのだから早く次の手がありを探しに行かなくてはならない。

 だが、あるじはその言葉を違う意味で受け取ったようだ。

「………どうとでもなるよ。みんなに迷惑かけただけで、一緒に謝れば許してもらえる」

 その言い方は、アリアが―――ユニをさらったかのように聞こえて、私の頭は疑問と驚きで埋めつくされる。



 どういうことだ? アリアはあの時、ガラスの割れた音がした時、私達と一緒にいた。どう考えてもユニをあの部屋から連れ出すのは無理である。

 だが、アリアはあるじの言った意味がわかっているらしく、月を見上げたまま聞き返すことも否定することもしない。



 説明を求めるまでもなく、あるじは私に教えてくれた。アリアの方を向いたままで、アリアに話しかけるように。

「扉には人が、窓の外には音が鳴る瓦。感知された魔法は窓を壊すくらいしか出来ない」

 滔々(とうとう)とあるじはユニがいなくなった時の部屋の状況を語りだした。

 ………だから、密室なのでしょう?

「ユニ兄から逃げる時さ、草を折ったりしただろ? 通った後には何も残さず、通らない方にわざと痕跡を残した」

 ……………はぁ、しましたね。

「あれは追跡を巻くためのダミーだ。なんで、あんな事をしたと思う?」

 それは………逃げた方向をごまかすためでしょう。

「そう、人間は簡単に理解しやすい方に思考を転がす癖がある。痕跡がある→ならこっちへ逃げた、ってね。僕みたいにダミーを残す事が出来るのに気付かず」

 でも、ユニ兄はしっかりと追いかけてきてました。

「それは彼が賢かったからだ。賢くない人間は往々にしてひっかかるものさ。僕らみたいにね」

 後悔するでも、悔しがるでもなく、数学の証明をするみたいにつらつらと述べる。

「僕たちが見たのは割れた窓とユニがいない部屋だけだ。どこに窓から何者かが侵入してユニをさらっていったなんて明確な証拠があるんだ?」

 証拠は―――――――ない。

 だが、現にユニはあの部屋からいなくなっていた。ならユニはどこに行ったと言うんですか。あの割れたガラスは? 密室は?

「例えばだ。気絶させたユニをどこかクローゼットの中にでも隠して、窓ガラスを魔術で遠隔操作して壊すことが出来れば、あの部屋の中にいなくてもあの密室は作れると思わない?」


 でも、それだと。


「例えば、感知すらできない瞬間移動や無音移動のような未知の魔法が使われたとしたのなら、窓を壊す時に感知すらさせないだろう。そもそもあんな大きな音を、わざわざ気付いてくださいとでも言う風に壊す必要は皆無だ。もちろん魔法を使わずに数秒以内に人をさらうなんてのも無理で、そういう方法よりかはいくらか現実的だろう」



 それだとユニを隠すためには一回部屋の中に入る必要があって。

 ユニを隠すのは最後にユニに出会った人間にしか出来なくて。

 あの時、最後にユニに会ったのはアリアなのであって。

 あの時ののユニは今になって考えると変だった。ショッキングな光景を見て気絶したから気分が優れていないだけと思っていたが、どこかよそよそしかった。



 それでも、あるじがいなければ着替えも出来ないような記憶喪失少女がそんなことをするとは思えない。

「……………お姫様は………気絶させて、ベッドの下」

 それでも本人の口から聞かされては信じるしかなかった。

 …………でも、なんでアリアはそんなことを?



 実はユニは誘拐されてなくて、ベッドの下に隠されただけだった。あるじを含めた色々な人間を騒がせたもののこれでは実質、ただのイタズラである。



 質問にあるじは答えず、この期に及んで一つ覚えのようにアリアへ手を伸ばす。

「…………帰ろう」

 だがアリアまでの距離は10メートル近く空いていて、届かない。あるじは階段の傍から動かず、アリアは壁際で立ったままだからだ。

 伸ばされている手など見えてないかのように、アリアはこの場では全く関係がないことを聞いた。

「……………どうして…………ありなは、私のこと、助けてくれたの?」

 ふと、気になったから聞いたような情感のこもらない言い方だが、その瞳の中にはゆらゆらと光が動いている。だから、あるじも聞かれたから答えた、ただそれだけのように、私にすら教えてくれなかったことを答える。

「あの姿が」

 ただそれだけで、なんて片づけられない瞳で見返す。

「あの姿が、何かから逃げているに見えたから」

 あるじの美点。誰かを置いて、逃げられない。厄介事から逃げなかったのではない。厄介事から逃げてきた少女だったから、逃げられなかったのだ。




 始めは、その程度の気持ちだった。逃げられないから、背負い込んだ。なし崩し的で、そこにあるじの意志は介入していない。

【召還】と同じだ。

 異世界に無理矢理連れて来られ、勇者とおだてられて、戦った。逃げるために、戦った。全てにおいて選択肢を選ぶ権利はなく、何回繰り返しても同じ結果を選ぶしかなかった。


 だが、あるじは守ると言った。アリアを見捨てることは出来なかった。あの森に行かない訳にはいかなかった。失踪事件に首を突っ込まない訳にはいかなかった。あの花園に行かないわけにはいかなかった。お姫様がさらわれこの建物にこないわけにはいかなかった。

 指で道をふさがれ通路をプラスチックの板でふさがれ、進む道を誘導されるゲージの中のネズミのように、あるじは決められたように行動するしかなかった。



 だが、ここだけは違う。

 この天文台に来る道理はなかった。血の跡なんて気付かないフリをすればよかった。お姫様は誘拐なんてされていないのだから旅館に戻ればよかった。逃げ帰ればよかった。


 でも、あるじは逃げなかった。もう一人の少女を連れ帰るために、ここに来たのだ。

 逃げて逃げて逃げ続けてきたあるじに、守ると――――逃げないと言わしめた、たった一人の無表情な少女はそのことに気付いているだろうか。




「帰ろう」

「……………帰る………どこに?」

「とりあえず旅館。明日早いんだから、目覚ましセットして寝ないと」

「……………私の、帰る場所、あそこじゃないよ」

まるで月が自分の帰るべき場所とでもいうように、彼女は月光を浴びながら見上げている。

「………記憶、戻ったの?」

「……………うん」



 記憶喪失だった症状が改善して記憶が戻るのは喜ばしいはずのことなのに、二人は毛ほども嬉しそうに見えない。

 二人を足元から見上げている私は疎外感のようなものを覚えた。話の流れがわからず、私の知らない台本を二人が持っているかのようで、目線の高さの違いがそのまま何かの違いになっているかのようで、私は口をはさむことが出来ない。

 観客の私と主演のあるじの視線とスポットライトを一身に浴びるアリアは無表情だが、確かに咎める眼であるじを見据えた。



「どうして、聞かないの?」

「…………………………」



 それはどちらについてだろうか。

 失くしていた記憶についてか。

 両腕を染める赤色についてか。

 どちらのことも聞きたいとは思っていなさそうな表情であるじは黙る。アリアは記憶を失う前と同じ無表情だが、言われてみれば子供のようだった声には何かが芯が入った、確固とした意思を持ったように感じられる。



「……………どうして、ここにいるって、わかったの?」

 重たい空気を解消するために話題をそらしたのかと思ったが、あるじの表情を見て違うと思った。

 まゆが寄る表情は答えたくない、と明確に心情を表していた。話題を変えたのではない、矛先を変えたのだ。

「……………血」

 今度は黙らず、あるじは口を開く。

「ハルヒニがいた部屋のドアノブには、血がついていた。だけど、玄関のノブにはついてなくて、二階に通じる扉にはついていたから、いるかもしれない、って思った」

 アリアのように途切れ途切れでしゃべり終えたあるじは目を上げた。

「そんなことより……………帰ろう」

 今思ったが、アリアが子供のように要領を得ない話し方だったのは、幼くなっていたからではなく元々しゃべり慣れていなかったからかもしれない。拙い話し方が現れないほど短くアリアは答える。

「……………帰れない」

「帰ろう」

「……………帰れないよ…………だって」

「帰ろう!」



「だって、私が、この家の、男のヒト――――――殺したんだよ」



 4度目の言葉はなく、あるじは口を閉ざした。どんな表情をしているかは分からない。本日何度目かわからない驚愕と新たな情報を整理するだけで猫の脳は精一杯だったからだ。

 ―――――――アリアが、ハルヒニを、殺した?

 赤い血を浴びていた時からうすうすとわかっていたが言葉にされると重みが全く違う。


 比べるならユニの誘拐の方がかなり驚いた。密室を作り上げた方法がわからなかった、というのもあるが、まずあるじを介する以外に関係性がないユニに対する動機や意味がわからなかったからだ。

 ユニと比べるまでもなく接点どころか面識がまるでないアリアがハルヒニを手に掛ける意味もわからない。




「……………聞かないの?」

「…………………………」

「聞いてよ」



 探偵が強要して犯人に自白させる。犯人役、なんて役割を当てはめたくないが事実なのであろう。事実を知るためと好奇心を隠して、罪人の心情を吐露させる人非人は嬉々としてそれを聞く。

 それに対してこの構図は真逆だった。その意味を聞くまでもなく理解しているだろうあるじに懺悔するようにアリアは請うた。


 その一言を、首切り台の刃を落とすことをためらう斬首執行人のように、指が白くなるほど拳を握りこむが、最後には――――――刃を落とした。



「……………何で、殺した」

 ここが舞台劇の上であると錯覚してしまいそうな美しさで、アリアはヒロインであるかのようにくるりと回り、月光をそそがれてまぶしいくらいの白髪は宙を流れる。

 主人公から送られた言葉が愛の告白でないことが、舞台上ではないことを唯一教えてくれる。

「……………帰る場所、ないから」

 回ってあるじに正面を向いたアリアは今までにない饒舌さだ。それがより一層、彼女が舞台芸の一員のように思わせる。

「私、言ったね。ありなと、同じ、って」

 私と同じ、カラッポ。

「ありなと同じ、帰る場所、ない」

 あるじは家出少年で、アリアは記憶喪失少女。記憶が戻れば家に帰れる、なんて単純な話ではないのだろう。帰るべき家がない、なんて安直な話でもなかった。

 あるじとアリアは、本当の意味で同じだったのだ。



「ありなも一緒。私と同じ、帰る場所ない、――――〝召還された存在″だね」

 あるじと同じ――――召還された者!?



【召還魔法】で無理矢理に異世界へ連れてこられた、帰ることの出来ない被害者。

 あるじが、人間が【召還】されるだなんて有り得ない現象。それが二人もいるだなんて、確率では表せない程に有り得ない事象ではないだろうか。




 だが、それならばいくつかの未解決のことに説明をつけられる。

 ハルヒニが行った【召還魔法】の結果。

 それが――――アリアの【召還】なのではないだろうか。

 穴が空いた柵。

 あれは誘拐犯が外へ出るためのものではなく、外からアリアが入ってきた跡だったのだろう。

 穴から花園へ続いていた血の跡。

 まるでついて来いとでも誘うようなあれは、逆だったのだ。街から森へ続いていたのではない。森から街へ続いていたのだ。

 点検に引っ掛からなかった柵の穴。

 あれは最後の少女がいなくなって、さらに街長が殺された日に点検された。穴が空けられたのはその次の日、あるじが街にやってきた日、アリアがこの街に入ってきた日だったのだ。壊した術はわからないが、歩けば一日はかかる花園からアリアは歩いてきたから、時間のずれが起きたのだ。




 そんな計算が一瞬で私の頭でなされたが、どうでもいい。いま重要なのは、アリアの発言。

 アリアも地球からこの異世界に召還されたのか!?

 まさか同じような境遇を持つ人間がいるだなんて誰が想像できよう。異世界に召還されるなんて非現実が多発しているより自分だけが極々わずかな可能性でまきこまれたと考える。

 そんな考えに至るなんて、不可能である。



 だから、もう一つの可能性に思い当たらなくても、仕方がない。それよりはこの世界に対する見分の狭さを悔いるべきだ。

 誰が、気づけるか。

 異世界に【召還】される。

 この世界には私達がいた世界だけではなく、もう二つ『異世界』が存在することに気付けてたまるか。




 たった二人の観客が混乱と沈黙でいる中、白髪の少女はすっ、と両腕を伸ばした。白髪と白い肌が、月光でまぶしいほどに際立つのは、ある種の神々しさがあった、


 その姿は、助けを求める少女のようで。

 その姿は、手を差し伸べる聖女のようで。

 その姿は、月から下りてきた人外のようで。

 



「――――――【私の涙で(Kyrie)渇きをいやして(eleison)】」



 

 少女の澄んだ声に、続いたのは濁った音。

 じゅるりっ、と湿った音と共にソレは彼女の両腕を食い破って現れた。白銀の棘のようなものが幾十も腕から突き出てきたのだ。彼女の腕が木の幹で鉄色の棘が葉のない枝のようだ。

 しかし棘にこびりついた赤色の血が彼女の腕が幹ではないと示している。

 幹は生きていても、枝まで生きているとは限らない。棘は金属的な、もっといえば白銀〈プラチナ〉のような輝きを持つ、明らかに人体の一部ではない、異形。

 それは雪山で見たいまだ記憶に新しい――――――天使の【翼】。


 白髪の少女は異世界【天国】の住人、【天使】だった。





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