Lv23―連続少女失踪事件
「……………そう………ですか。それで魔術師殿、その娘たちは………?」
「遺体はとてもご家族に見せられるような状態ではなかったので、勝手ながら埋葬しました。遺髪と目立つ所持品を形見として持ち帰りました、どうぞ」
「…………お心遣い、感謝します」
「ところで、ハルヒニという魔術師についてご存知ですか?」
「え、ええ。人が好くて、貧しい人にも検診をしてくださる―――――――」
高級旅館『雪解け水』亭の一室から、あるじと支配人イージルの声が聞こえてくる。数時間ほど前に森で見つけた少女達のことを報告しているのだ。私は部屋の外で行儀よく座って待っていた。
着物を着た旅館の仲居がきぃきぃと床板を鳴らして(ウグイス張りなる物らしい)前を通り過ぎると必ずといっていいほど私を見て微笑むが、考え事をしているのでしっぽを揺らして愛想をすることはしない。
私達は支配人に依頼されて失踪した少女達を見つけることが出来た。いや、見つけたとは言い難い。彼女達はすでに物言わぬ存在になっていたからだ。
銀髪灰目の活発だった少女も、母親思いで家庭的だった少女も、母親が帰りを待っている銀髪金髪の双子も、妹思いの兄が待つ少女も、そして、誰もいない家で帰りを待ち続けている少年の姉も。
シーパァ森で見つけた少女たちは、死んでいた。
本当ならば帰りを待っている家族に遺体を持ち帰るべきなのだろうが、私達は魔法を使ったりして地面を掘り、その中へ埋めてしまった。溶けて崩れている人間の姿は、あまりにも、あまりにも、無残だったからだ。溶ける、と言っても体全体がそうなっているのではなく、数箇所だけがそうなっていて無事な体の部位の方が多かった。だからこそ、より悲惨だった。
だから花を、赤い図形を、土を掘り起こして、埋葬したのだ。捨てられて雨ざらしで錆びついてしまった自転車のように放置されているのは、あるじは厭だったのだろう。さすがに数が多くて動物達は無理だったが、少女達はなんとかできた。
その際、彼女達の遺髪と身に付けていた装飾品を回収した。見つけたことを証明するためである。証拠としては少し弱く何かしら追及されるかもしれないが、そのあたりはあるじが舌先三寸で何とかするだろう。
私が考えるのは、ここしばらくの出来事について。
異世界に召還されてからいろいろ起きたが、今回の事件に関係ありそうなことを整理してみよう。
地熱街『ウィルマ』で最初に起こったのは二人の少女の失踪。この時は、まだここまで事が大きくなるとは思われておらず大した捜索は行われていない。この日を1日目としよう。
2日目、またもや二人の少女が失踪する。幼すぎることからも自発的な失踪ではないとして、街の捜索、検問の強化、柵の点検が行われる。だが、発見にはいたらない。
3日目、またもや一人、いなくなる。柵の点検をするも異常なし。
4日目、リィクの姉がいなくなる。彼女を6人目として最後に、失踪した少女はいない。やはり街の中や柵を捜索するも新たな発見はなし。
深夜に街長が殺害される。密室での犯行で、犯人は不明。
5日目、シーパァ森付近の街道で魔物の群れが道をふさぐ。私達が〈魔物狩り〉退治を引き受ける。そして私達がウィルマに到着。
血だらけの記憶喪失少女と出会い、『アリア』と名付ける。
6日目、私達は高級旅館に行き事件の解決を依頼される。
シーパァ森で〈魔物狩り〉ことユニ兄と出会う。説得して森から出ていってもらった。魔物の群れからの依頼は達成。
7日目、私達も柵を点検する。強力な魔法でないと壊せない、飛び越すこともできないことを確認。事実上、柵からの脱出・侵入は不可能。
リィクの紹介で【召還魔法】の専門家に出会う。
8日目、ユニ到来。事件解決までの制限時間が明日までになる。
柵に穴があいているのを発見。そこから、転々と道標のような血痕をたどって街の外へ。
シーパァ森で大量の動物の死体と、失踪したはずの少女の遺体を発見。
そこに召還魔法の【魔法陣】を発見する。
そして現在に至る。
思い返してみたが、ここ数日で事件が起きすぎだろう。まるで、あるじが逃げないという珍しいことをしたから、世界が意地悪をしているかのようだ。
後ろ足で耳の後ろをかっかっかっとかきながら急流のような展開に悪態をつく。
「――――――では、失礼します」
背後のふすまが、すーっと開いてあるじが出て来る。話し合いが終わったのだろう。首尾はどうですか?
「一応納得はしてもらった。遺族への説明はイージルがしてくれるそうだ。ふぅ、これで僕の仕事は全部終わったことになるのかな」
あるじが言っている、なんやかんやでなし崩し的に引き受けた仕事は三つ。
森の動物達からの依頼。〈魔物狩り〉退治。
魔物狩り=ユニ兄だったので説得して帰ってもらうことで解決。
お姫様からの依頼。記憶喪失少女アリアの帰る場所を見つける。
アリアを引き取る、一緒に連れていくことで解決……………なのか?
旅館の支配人からの依頼。失踪した少女達を見つけること。
森の中にいた少女を見つけて解決、とは言い難いが一応終結。
たった4日の間に津波のように押し寄せてきた無理難題だったが、これで綺麗に全部片付いただろう。一つを除いては。
森の中、少女達がいた花園で墓碑のように地面に描かれた魔法陣。【召還魔法】の魔法陣。
少女達をさらった人間があそこで何をしていたのか。あの魔法陣は何なのか。誰が少女達をさらったのか。誰が? しらじらしいまでの疑問だ。数が少ない召還魔法の専門家がいる街の付近でその禁術の魔法陣があった。
荒らされた部屋と所々についた飼い猫の足跡のような、ダイイングメッセージの謎を解くまでもない、あまりも犯人がはっきりとした証拠。
歩いている内に壁に挟まれていた廊下から、玉砂利が敷かれた庭が見える縁側に来ていた。既に外は暗く、月は低い位置ながらも見えている。満月だ。
「違和感だ」
…………? えっと、お昼に言っていたやつですか。
「最初っから何かひっかかると思ってたんだよ。普通さ、初対面の人間に【禁術】の専門家、つまり非合法の研究者って名乗るか?」
人差し指を立てたあるじは墨汁のような池を見ながら縁側を歩いていく。
「今までちょくちょく電脳犯罪者や殺し屋とか面識あるだけで後ろに手が回るような人々にご近所さんレベルで会ってたから気づかなかったけどさ、やっぱり異常なんだよな」
異常、ですか。
軒下に吊るされた提灯はほのかな明かりで庭を照らしている。だが広い庭全てを照らすことは出来ないどころか、縁側から離れた地面の玉砂利すらおぼろげだ。
でも、なんでそんなのを名乗ったのでしょうか? 名乗らなければこうして疑われなかったでしょうに。
「揺さぶりかけようとしたんじゃないのか? 僕らが失踪者を探している魔術師だと思ったから、どこまで知っているのか確かめようとしたんだろ。そういやさりげなくシーパァ森の様子とかも聞いてたな」
ああ、そういえば。あるじのプリン脳にしてはよく覚えてましたね。
「プリンみたいに甘い魅力があるってこと?」
皮肉が通じないどころか意味すらわかってないあるじを鼻で笑ってから、私は思い返す。
よくよく考えると、非合法の研究をしているとか抜きで怪しい人間だ。こもりっきりで世間には疎いとか言っていた割には、シーパァ森の様子について知りたがっていたし、こもりっきりのくせに失踪した少女が6人というのも知っていたのも変である。
今から考えると失踪者が〈6人〉以上出ないことを確信しているような雰囲気だった。
「それと聞いてみたんだが、少女達の共通点が見つかった」
年齢も、髪の色も、何もかもが違っていた失踪した少女達。彼女達には未成年の少女という以外に共通点はなく、無差別な誘拐と思われていた。いや、まだ思われている。
「彼女達、全員ハルヒニの患者だったんだって。とはいってもハルヒニは格安で腕がよくて誰でも診てくれることで有名で、結構な人数が診療を受けてるから共通点としては微妙だけど」
ここまで材料がそろえばダメ押しだ。
推理小説で読者を混乱させるために意味ありげな行動をするサブキャラじゃないのだから、まさかこれでハルヒニがこの事件にかかわっていないことはないだろう。
問題なのは、あの男が何をしたか、だ。
森の中に少女達をさらい殺したのは、一体何のために。
私にはあの、森の中の光景が何かの儀式に見えた。供物を捧げ祝詞をささやき神に五穀豊穣を願う健全な物ではなく、処女の血を捧げ呪文を呟く悪魔崇拝のような不気味なモノ。
当然の流れとして私はあるじにこれから問いつめに行くか聞いた。
今からあの専門家の家に行きますか?
「…………………いや、行かない」
だが、あるじは乗り気ではないようで何を考えているのかわからない目で、庭があるはずの暗闇を見ている。
「これからユニにアリアを連れていく事を伝えて、僕らは明日この街を出ていく。それでこの件は終わり」
………………いいんですか?
「何が?」
意味がわからない、というよりはわざととぼけるような固い声であるじは答えた。
別に義務があるわけでもない。真実を確かめるなどと野次馬根性丸出しの理由で危ないことに首を突っ込む必要はない。君子危うきに近寄らず、好奇心は猫をも殺す。ゲームでないのだからクリアを目指す必要はない。
だが、ゲームでないからこそ投げ出すべきでもないかも知れない。
いいんですか、普通は解決する展開でしょう?
「事件解決は名探偵のお仕事。他人の仕事を奪うのはいけません」
もしかすると、また同じことが起きるかもしれないのに?
「犯人逮捕は警察のお仕事。証拠もないのに捕まえられません」
それに、リィクにはどう言うんですか?
「……………………」
6人の少女。あの中にはリィクの姉もいた。くすんだ金髪の少女、閉じた瞳の表情はどことなくリィクを彷彿とさせる、昼寝をする子供のようなあどけなさがあった。全て、過去形だった。飛び散った血が体を汚し彼女も例外なく、他の少女や動物達と同じく一部が崩れていた。とてもじゃないが、弟には見せられない状態だった。
今この時も誰もいない家で姉の帰りを待ち続けている少年はどうするのか。
「…………どうもできないだろ」
かけてやれる言葉なんて何一つない、とあるじはいつの間にか止まっていた足を再び動かし始める。一瞬、置いていかれるが私はすぐに近づく。ふと、その足取りは逃げているかのようだと思った。
結局、いつも通り逃げることになったが私は責めることはしない。あれこれ意地の悪い質問を投げかけたが、私としてはどうでもよかったからだ。
猫には善悪の基準なんてない。猫なんて単純でお腹がすけば死ぬ気でネズミを追いかけ、眠くなったら眠くなくなるまで寝て、怒る時は一生懸命怒って、泣く時は絶体絶命に泣く。それだけである。
もとより倫理など人間が決めた枠組みに意味はない。そもそも猫から見れば人間の善悪なんて簡単に変わるし、昨日の魔王は今日の友だ。誰が殺そうが誰が殺されようが、極端な言い方をすれば興味がない。
また少女がさらわれるかもしれない可能性から目をそむけ、少年の願いを叶えられず見捨てるように逃げるのも、あるじがそれで良いのならどうでもいいのだ。
だから縁側を歩きながらあるじがお茶を濁すように振ってきた話題に乗っかることにした。
「違和感その2で思うんだけどさ、〈魔物狩り〉ってユニ兄じゃないと思うんだ」
? どういうことですか。
「魔物殺したとは言ってたけど〈魔物狩り〉であるとは、あんなに大量の死体を作ったとは言ってなかっただろ。それにユニ兄の得物は大剣だ。でも動物達は【魔法】でやられたとしか思えない傷跡だった」
氷でできているかのような透明の大剣をユニ兄は持っていた。動物たちの命を絶った傷跡は刃物の切り傷ではなく、魔法以外に方法はないと思える、溶けたようなものだった。
それは、そうですけど…………証拠としては弱いと思いますよ。ユニ兄が【魔法】を使ったのかもしれないじゃないですか。
現にユニ兄は一回、弱かったとはいえ電撃の魔術を使っていた。剣士というより魔術師、もしくま魔法剣士みたいなものかもしれない。
「でも、それだと少女を殺したのがユニ兄ってことになる」
え?
思わぬ言葉に私は聞き返す。少女を殺したのが―――――ユニ兄?
「だって、魔物と少女は同じように、溶けているような傷を負っていたんだから、魔物を殺した=少女を殺したってことになる。あんな特徴的な殺し方が出来る存在が複数いるとも思えないし」
たしかに、あんなことを出来る存在があんな森の中に複数もいないだろう。ということは〈魔物狩り〉が、ユニ兄が少女達を殺した?
「そうじゃなくて、前提が間違ってるんだ。動物達と少女を殺したのは同一存在なのは揺るがない事実だけど、ユニ兄=魔物狩りはそうじゃない。ただ単に血の匂いがして、本人が否定をしなかったから〈魔物狩り〉だと推定した。事実じゃないんだよ。
ユニ兄が少女達を殺したと考えるより、あんな風に魔物を殺してすらいないと考えた方が理にかなう。そもそもユニ兄に少女を殺す理由がない」
酒場で話した時も、何かを含んだもったいぶるような雰囲気があった。大剣から血の匂いがしたのは事実だが、それは逆に【魔法】で殺された魔物たちに手を下していない証拠になるのではないだろうか。魔法で殺したのなら剣から匂いはしないだろう。
じゃあ、ユニ兄が〈魔物狩り〉じゃないのなら―――――誰が〈魔物狩り〉なんだ?
森中の魔物たちが怯えて逃げだす程、魔物たちを虐殺し、少女達をも殺したのは誰だ。
殺された場所であるあそこに誰が少女達を連れてきたのか、それを考えると答えは一つしかない。
「……………」
「おあっ」
縁側を歩いていたら壁脇の障子ががらりと開いて、暗い部屋の中からアリアが目の前に現れた。ぶつかりそうになってあるじは足を止めるが、私は止まりきれずあるじの足に顔面からぶつかり二次災害。むぎゅっ。
「今、起きたの?」
「……………」
片手で鼻をこすりながら見上げると、相変わらずな格好のアリアが立っていた。今はあるじのワイシャツではなく浴衣を着ている。
森の中で気絶したアリア。鳥君の背中から落ちないように抱えて街まで戻ってきたのだが、それでも起きなかったため仲居さんに頼んで着替えさせてから布団に寝かせたままだったのだ。縁側を歩いてちょうど私達が泊まっている客室の前まで来ていたようだ。
寝起きもあって色々はだけていて、白いなめらかな肌にほんの少し起伏する胸骨が開いた胸元から見えているが、もう慣れたのかあるじは気にしていない。
「これから、ユニのところに行くんだけど、ついてくる?」
「……………うん、行く」
いつもならあるじの服が指をアリアは掴むのだが、手はぶらりと下がったまま頼りない足取りで後をついてくる。
まだ本調子ではないようだが、仕方がない。あんなおぞましい光景を見て気絶したのだ。すぐ調子が戻るわけもないだろう。
むしろおかしいのはあるじなのだ。健全な人間があんな光景を見たら大の男ですら腰を抜かすだろうに、あるじは鼻歌を歌う、とまではいかないが平左に髪や装飾品を倒れた少女達から回収していた。その後も農作業をやるかのようい淡々と花を掘り返して、埋めた。
元の世界では様々な出来事があって、酷い経験もしてきた。さすがにここまでのことはなかったが、死体を見たのも初めてではない。国際私営万物警護局という世界警察機関が配備されている治安がいい都市〈シティ〉だろうが、法で守られていない貧民街のような街地〈サブテラ〉でも人が死ぬのを見てきた。
そこでもあるじは誰かを助けるでも、謎を解くでも、悪者を倒すでもなく、逃げていた。
当たり前だ。歴史を持つ古武術を修めているわけでも、普通の人間など一瞬で倒せるような超能力を持っているわけでもない。誰かを助けられるような強さを持っていず、自分を守るので精いっぱいだった。
一歩遅れれば死神に追いつかれ一歩早ければ落とし穴にはまるのに、他人の足元まで確認していられない。
だからこそ、アリアという逃走に邪魔でしかない少女を連れていくのは意外というよりも驚愕に値したのだ。これが見目麗しい少女だから、なんて助平精神はヘタレなあるじではありえない。博愛精神を発揮するにはアリアは厄介事をあまりにも抱えている。
まだ解決していない、初めて出会った時アリアが血まみれだった事実。結局、なんだったのか真相は闇の中だ。
忘れているのか、意図的に無視しているのかわからないが、小動物的勘がするどいあるじなら記憶喪失血まみれ少女なんて、水が入ったペットボトルを見た猫のごとく逃げるだろう。ちなみにアレ猫には意味はない。私を怖がらせたいならタマネギでも持ってくることだ。
何か、心変りでもあったのか、思う所でもあったのか。
異世界に来て変わらないこともあれば変わることもあるということだろう。
縁側の角を曲がると二人の男が庭に立っているのが見えた。灰色の軍服を着たユニの護衛だ。
ちょうどここの上にユニの部屋の窓があるので、何者かが侵入しないように警備しているのだろう。入り口の扉だけでなく窓からの侵入も警戒するなんて、さすがお姫様待遇。
あるじは軽く会釈して護衛の二人もそれを返すだけで通り過ぎる。一歩遅れて続くアリアと私。あるじの足元に近寄って話しかける。
最後に一つ、気になることがあるんですけど。
「最後に一つって、お前はコロンボか………で、何?」
柵の穴はいつ空いたのか、ということです。
柵の穴―――失踪して捜索される少女を六人も連れて検問を通り抜けることは不可能だから、避けるためにわざわざ鉄壁の檻に穴をあけて、森まで移動させたのだろう。
最後に誘拐された少女・リィクの姉が誘拐されたのは4日前の夕方。その深夜に街長殺害事件があって、柵の点検もその時にしたらしい。つまり穴はその時点までは空いてなかったことになる。
ならば、少女達は少なくとも4日前の深夜まではまだ街の中にいたということ。それまでは家の中にでも監禁していたのだろう。
でも、街長という偉い人が殺されて4日もたった今日の昼にも下手人を探す区役所の制服を着た人間がちらほら見かけられたのに、そんな警戒態勢の中で6人もの人間を隠密裏に運べるものでしょうか?
なんだか推理モノっぽい会話に内心ワクワクしながらワトソンる(動詞形・助言をするの意)とあるじはホームズった(動詞過去形・閃いたの意)のか、したり顔をする。
「そんなの決まってるだろ」
真相がわかりましたか!
「僕にそんなことわかるわけないに決まってるだろ!」
ウチのホームズはとてつもない駄目な事を自信満々に言い放った。
「なめんなよ、謎解きなんて答えを見ても理解できない僕が思いつくと思ってるのか? 今回の事件でさえよくわかってないんだからな!」
ふふん、とでも自慢げに腕を組むあるじに私はあまりにもな配役のミスチョイスに頭が痛くなる。よく考えるとあるじは探偵役というより挙動不審すぎて逆に犯人と思われない脇役だ。
まあ、このまま街を出てしまうのだから謎など解く必要はないのだろうが。
縁側の角を曲がり、少し歩いた所にある脇道に入る。両側にふすまが並ぶ板張りの室内廊下に戻ったかと思ったら、重厚そうな階段が現れた。きぃきぃとうぐいす張りと同じように軋む階段を上がる。音を立てずに私はんしょんしょと一段ずつ登っていく。
明りが階段の下と上にしかなく足元が暗いため私が踏まれかけるなどのアクシデントを挟みながら階段を上りきると、そこからまた伸びる廊下の奥の方に男性が立っていた。ネコミミオッサンだ。
灰色の軍服を着たネコミミオッサンは扉の前で直立不動している。ユニの部屋を警護しているのだろう。
あるじは会釈をするが無視される。まあ、あるじは気にしていないみたいだが。
扉の脇に立つネコミミオッサンにじろりと睨まれながらもノックする。
「入るよー?」
「はい、どうぞどうぞ!」
扉を間に挟んでも明瞭に聞こえる声に苦笑しながらあるじは部屋の中に入る。
私とアリアもそれに続くと、木目が多かった和の世界がカーペットや壁紙で隠された洋の世界へ変わった。四つ足のベッドや、絵画、暗闇が映る窓ガラスに開いたカーテンとこの部屋だけ洋装づくめだ。
洋燈〈ランプ〉で照らされた洋室の中は昼に来た時よりも薄暗い。電灯がない世界なので太陽が沈むと明るさが一気に減るのだが、本が読める程度には明るかった。
「お待ちしていましたアル様」
木製だが所々革張りで高級感ただよう椅子に座っていたアリアが、読んでいた本を机に置いてこちらを向く。ちらりとアリアを見て微笑んでから話を振ってきた。
「それで、彼女のおうちは見つかりました?」
「え、えーと…………」
ユニの部屋に来たのは明日の予定とアリアの同行許可を取るためだ。さすがに拾ったから連れていくー、なんてノリではいかない。ただでさえ養われている身なのに勝手に食いぶちを増やすのは駄目だろう。
「そういえばメイドさんは?」
「お手伝いさんのことですか? 今は別室で明日の出発準備を進めてもらっています」
「あー、そうなの」
言いにくいため日和って関係ない話を始めるあるじだが、すぐに行き詰って切り出すことになった。
「あの、ですね、アリアの家族や家を探しましたけども、見つからなくて、結論を言いますと、帰場所がなさそうなので、アリアの面倒を、僕が責任もって、見ようと思いまして、連れていきたいんだけど、いい、でしょうか………?」
「いいですよ」
予想外ににっこりと笑顔を見せるユニだが笑顔が怖い。笑っているのが口元だけなのでマスクをつけたら阿修羅様が現世にご降臨なされるだろう。思わず拝んでしまいそうになる。
ヘタレなあるじがそんな視線に耐えきれるわけもなく、何とか阿修羅様の怒りを鎮めようとヘコヘコしている。こういう腰が低い所くらいは異世界に来て変わって欲しいと切実に思う。
思わず「あなたが落としたのはキレイなあるじですか? イケメンなあるじですか?」と聞かれたら「いいえ、三人とも泉に沈めといてください」と泉の精に言ってしまうくらい今のあるじは見るに堪えない。
私ですらそう思ってしまう程の低姿勢だったからか、阿修羅様はふぅと溜息をついて可愛いらしいユニ姫に戻った。
「わかりました。私だって、帰る場所がない子を見捨てていけなんて言いませんよ、言いません。でもでも、これっきりにしてくださいよ」
頬を膨らませてわかりやすく拗ねるユニにこくこくとあるじはうなずく。
「わ、わかった」
「それとそれと、明日は朝すぐに出発しますから、今夜中に荷物は整えといてくださいね」
連絡事項を受けて「じゃあ、おやすみー」「はい、おやすみなさいですです」挨拶をすませるとあるじは颯爽と部屋から出ようとする。自分の中では一仕事を終えた企業戦士のつもりなのだろうが、残念ながら彼女のご機嫌取りを終えたヒモにしか見えない。
扉のノブに手を掛けた所でアリアがじっとユニを見つめていることに気付いた。言葉を交わしたことのない相手に見つめられて戸惑い気味に首をかしげる。
「えとえと………どうしました?」
「…………話、したい」
「私と、ですかですか?」
きょとんとしてユニは不思議そうに見つめ返す。アリアもまだ見つめる、というかぼやーっと無表情に見ているので見つめ合う形になる。
銀髪の少女と、一回り上の白髪の少女。
あるじを間に挟まないと接点など皆無なのに何を話というのだろうか。
同じ疑問をあるじも持ったようで聞こうとするが、それを制するようにアリアがこちらを向いた。
「ありな、外、出てて」
無表情ながらもどこか決意が満ちた顔に気押されてあるじはうなずく。
「う、うん、わかった」
何を話すか気になりながらも、言われた通りに部屋から出て後ろ手で扉を閉める。私も一緒に外に出て、蚊帳の外な私達。扉の前でたたずむが、中で何を話しているのかは全く聞こえない。
「………………」
気になりますか?
「…………そりゃあ、ねえ。共通項が何一つとしてなさそうだからさ」
あるじ、くらいですよね二人の共通項は。なら、あるじの悪口を言ってるかもしれませんね。
「それはないだろ、あの二人で会話が弾む姿すら思い浮かばない………」
あるじの改善点を議論しているのかもしれませんね。
「駄目な所とか箇条書きにされてたら地味に傷つくー」
あるじの暗殺計画を計画しているかもしれませんね。
「それ猫が全部心の中で思っていることじゃないだろうな!? さすがの僕でも飼い犬に手を噛まれるどころか飼い猫に毒を盛られたらかなりヘコむぞ………!」
…………ごめんなさい。
「…………いいよ許す。ってか、本当に思ってたの!?」
扉の前で無駄話を繰り広げていると、脇で立っていたネコミミオッサンがジロリと無言で睨んできた。用事が終わったらさっさと帰れ、ということだろう。
気まずいから先に部屋に戻ろうと一階への階段を降りようと歩きだす。
だが、5、6歩進んだ所で、再び扉が開いてアリアが出てきた。短い用事だったみたいだ。
扉を閉めると脇のオッサンには目もくれずこちらに歩いてきたアリアに、あるじは今しがたの用事は何だったのかを聞いた。
「なに話してたの?」
「……………ことづて」
「?」
ことづて―――言伝だろうか、意味がわからず聞こうとするが、あるじの視線が別の所に移る。
視線を追った先は、乱暴に扱えばガラス細工のように壊れてしまいそうな指。どこかにひっかけたのか手首辺りから出血してその指に血がしたたっている。猫の敏感な鼻でも近づかないとわからないほど微かな血の匂いがした。
「アリア、血が出てるよ」
「――――――」
何かを言おうとアリアが口を開き、音が出るよりも早く、その音は響いた。
硬質な物が擦れ合うような、何かが壊れる音――――ガラスが割れる大きな音。
真っ先に反応したのは扉の脇に立っていたネコミミオッサンではなく、部屋に背中を向けていたあるじだった。
驚いて振り返る時にはもうオッサンの脇を通り過ぎて扉のノブに手を掛けている。オッサンが何かを言うよりの早く、体当たりで壊そうとするかのように開け放った。
部屋を開けて最初に感じたのは、風。
窓は開いてなかったはずなのに、今は風が入り込んできている。
部屋の中にはカーペットに散らばる破片と粉々に割れた窓ガラス。そこから風は侵入してきた。他に部屋の内装は変わっていない。
それだけだった。特に何もない。誰もいない。ここにいたはずの少女もいなくなっていた。
お姫さまは自室から消えていた。