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Lv22―『シーパァ森』・森の聖域


以下の文章を追記しました(10/07/15)

『Lv21―舞台劇・聖剣伝説』


 賑やかな交差点の様子を見ながら肉をかじる。

 人の往来が盛んで景気が良さげで、誰も彼もが活き活きと歩いている。

 この街で6人の少女がいなくなっているというのに、そんな気配は微塵も感じられない。

 所詮、失踪事件なんてその程度の事件なのだ。街長が殺されて警邏をする街役場の制服を着た人間は多くても、少女がいなくなったことでの変化は何もない。

 投じられた石の数は多くても重くなければ水面は揺らがない。月ほど大きい石ならば投じることがなくても水面は揺れるのに。




 どうやら柵だと思っていたそれは柵ではなかったようだ。

 柵は木を丸ごと使った太い杭を、地面に打ち付けて幾本も並べて作られている。それだけなら今のように下半分が壊れてしまうと、すっとーんと上半分が落ちてしまう。だが、目の前の下半分が壊れた杭は隣接した杭にくっついた宙に浮くようになったままだ。残った上半分が木のアーチのようで、くぐって通れば街の外に出られるだろう。これでは柵というより壁だ。


「壊せないんじゃなかったの、これ?」


 強固だったはずの柵はまるで老朽化したコンクリートの壁のように崩れて穴があいていた。

 街の北外れ、街に食い込んだ山の裾野の雑木林の中。街を囲う4メートルもの大きな柵の一部を内側から見ることが出来る。少年に連れられてこんな所に何があるんだ、と思ったら予想外の事態が発生していた。

 魔術を何十回もぶつけないと壊せないはずなのだが、人一人が通れる大きさの穴がぽっかりと登場していたのだ。



 柵をあるじが蹴るがびくともせず、涙目になって足を押さえてうめく。

「うぐぐ………やっぱり硬い。こんなもんどうやったら壊せるんだよ」

 この部分だけたまたま脆かっただけだったりしませんかね。

「本当にそんなこと有り得ると思うか?」

 思いません。


 落ち葉を踏みしめて私は柵に近づく。壊れている以外は何ら昨日と変わっていない。いや、砂のようなものが柵の付近にほんの少し、顔を近づけねばわからないくらい積もっている。何ですかこれ?

 同じように近づいたあるじが柵の穴の断面を指でなぞった。ホコリのように付着していた砂みたいなものがぱらぱら落ち、なぞった跡が断面に残り綺麗な表面が見える。

「………木屑? 断面がヤスリを掛けたみたいにきれいになってるな。この砂は削られて出た木屑………か」

 削られた木屑?

 まさかわざわざ壊した壁をやすりで綺麗にしていく人間はいまい。ならば、これは壁を壊した副産物として意図せず出来たってことでしょうが、そんなことがありますかね?

「微分子振動カッターとか使えば出来るんじゃないか。それなら壁も壊して、切った跡がヤスリかけたみたいにツルツルになる」


 でも、ここは異世界―――電気製品もない世界。原始的なチェーンソーすら存在しないのに先端技術のかたまりである微振動カッターがあるわけがない。

 代わりにあるのは――――魔法。

 だがそれは、【炎の蛇】ですら一撃では壊せなかった柵を壊した人間がいるということ。

 今まではリスクとメリットの天秤から考慮に入れてなかった強力な魔術師という存在。だが、ここには通常の手段ではありえない痕。

 この事件―――――ただの失踪事件じゃないのか?



 嫌な予感に耳がぴくぴくしてしまう私だが、あるじはそのことに気づいているのか気づいていないのか。指についた木屑をふっと吹き飛ばしている。

「ところでリィク」

「ん?」

 背後にいたアリアとじっとにらめっこのように見つめ合っていたリィクが呼びかけられてかけよって来た。

「なんだニイチャン?」

「どうしてこんな所に穴が出来ているのに気づいたん? これ、街の人間も気づいてないよな」

「うん、オレが柵に沿ってぐるって回って見つけたんだ」

「どうしてそんなこと?」

「ん、ニイチャンが手伝わせてくれないから、オレ、何かしたくて考えたんだ。ニイチャンが話してるの聞いてて、この柵、飛び越せもしないし、壊せないんだろ。なら姉ちゃんをさらったやつ、地面を掘って街から出たのかなって穴をさがしたんだ」

「なるほど頭いいな!」

 子供の推理に思いっきり感心するあるじを見て頭が痛い。足元の落ち葉をあるじが足で払うと土の地面が見えた。

「下がコンクリートじゃないから掘れるのか、盲点だな。ん……………?」


 土を払っていたあるじが柵を見ながら眉を寄せて目を細めた。どうかしたのだろうか。


「んー、違和感がね」

 昼ごろ言ってたやつですか。

「それとは別で、この柵について………なんか、ね」

 ま、まさかいわゆる謎は全て解けた! と脳内の小さな豆電球がピコーンと点灯した瞬間何年も使ってなかったから一瞬でヒューズが飛んで消えるというアレですか!?

 と、茶々を入れようとしたが、あるじが思いのほか真面目だったので口まで出かかった所で無理矢理止めた。

「壊すくらいなら、飛び越える方が楽じゃないか? 猫の力でも壊すことは難しくても、飛び越えるくらいなら出来そうだった。それほどの力があるならなぜ飛び越えない?」

 顎に手を当てて柵に寄りかかってあるじは真剣に考え出す。



 温度差とでも表現すべきか、私にはそこまで真剣になる意図がわからず私は戸惑う。まるで今この問題を解決しないと、とんでもないことになるかのような切迫した雰囲気だ。



 た、ただ六人抱えては重くて飛び越せないだけでは?

「一人ずつ運べばいいだけの話だろ。目の前に立ちはだかった壁を飛び越さず壊すって、体当たりして人型の穴を残す漫画じゃないんだから」

 目の前に深い穴があったらジャンプして飛び越す人間はいても、わざわざ穴を埋めて進む人間はいまい。無駄手間である。

「んー、何か事情があるのか………」

 ただ単に壊すのは得意でも飛んだり跳ねたりするのが苦手なだけとかでは?

「…………んー」

 何かが引っ掛かるのかあるじはうなるのを止めない。

「なあ、支配人のイージルが言っていたことおぼえてるか? 柵に何か細工をされていないか確認はした、って」

 聞いた覚えはある。



 街門には検問をしている人間がいるので、柵をどうにかするしかこの街を出る方法はないらしく、柵に不審な形跡がほどこされてないかちゃんと定期的に巡回もするそうだ。

 聞いた所によれば失踪者の候補が上がるたびに点検はしていたらしい。一番最近に確認したのは最後の誘拐があった、4日前。



「じゃあ、この穴はいつから空いているんだ?」

 こんこんと柵を軽く裸足の爪先で蹴るあるじ。柵は固い音を出すだけで、表面の皮さえはがれない。

「たった昨日か、それとも最大で4日も前から穴があいているのか…………。少なくとも4日前までは失踪した6人は全員が街の中にいたってことだろ」

 この穴が失踪者もしくは誘拐犯が作った出口なら、それまでは街にいたことになる。

「街中を血眼で探し回っていた捜索隊が見つけられないなんてことあるのか?」

 うーん、と首を仲良く傾ける私とあるじ。推理ゲームと違い調べる範囲が区切られていたりしないためどこから証拠を拾い集めたらいいのかわからず、このままでは無駄に時間が過ぎていってしまう。

「あー!」

 ついに奇声を上げて頭を振るあるじ。お釣りの計算以外に頭を使わない日々を送っているので超過労働に脳がストライキをしたのだろう。

「せめて! せめて、犯人の目星とかつかないのか! 誰かいないのか誘拐犯を見掛けて口封じされそうな憐れな脇役Bの人!」

 神に祈るように両手を組んで頭上に掲げる。ついに神頼みキタ。神頼み探偵あるじ! 意外と面白そうなのがシャクにさわる。

「誰かいないのかな。例えば被害者がさらわれるところを扉の間から目撃したのが犯人にばれて隠れてやり過ごせたと思ったら後ろに! みたいな被害者の弟とか」



 弟…………。

 ちらりと二人の少年少女を見やる。外見的にはアリアの方が一回りも身長的に大きいのだが、ぼーっと地面に座ろうとするアリアをリィクが注意している図は手にかかる妹としっかりものの兄のようだ。



「いたよ、目撃者」

 そう言えば、リィクは姉が連れさらわれる所を目撃したと言っていたような。

 あるじはチョイチョイと手をこまねいてリィクを再び呼ぶ。私もチョイチョイと招き猫をする。気づいたリィクはすぐさま寄ってきた。

「どうしたニイチャン?」

「リィクはお姉さんが誘拐されるところ見たんだよな?」

「……………うん」



 身内が誘拐されるのを間近で見て、彼の事だからなんとかしようと追いかけたのだろう。でも何も出来ず姉は行方不明になってしまった。その時の無力感でも少年は思い出したのか、唇を噛んでうつむく。



「…………姉ちゃん、ぐったりして担がれてて、オレ必死になって走ったんだけど、追いつけなくて、気づいたら路地裏でまかれてたんだ」

「それ、どんな人間だったか覚えてるか?」

「男だった、と思う。でも、夕方だったし、黒い服でフードまでかぶってたから………」

 そんなあやしい格好でよく職質されなかったな、と思ったがここは異世界、そんな魔術師ルックはむしろ普通なのだろう。職質される魔法使いなんて嫌すぎる。

「女性一人を担いで、子供とはいえ男をまくなんて相当な体力の持ち主だぞ…………いや、そうでもないか誘拐犯なら魔術を使えるから女でも……………あー、もう何も分からない!」




 魔術なんて何でもできそうな技術がある限り、犯人の限定なんてできないだろう。孤島で起きた連続殺人だろうが嵐の山荘での密室殺人だろうが「魔法を使いました」と言われたらトリックもへったくれもない。〈夢オチ〉〈主人公が犯人〉に並んで推理小説でやってはいけないトップ3に堂々ランクインできる。




「犯人の見当がつかないなら…………その黒い服着た奴を見たのはいつどこで?」

「4日前の、18時ごろ、街の北にある路地裏。ウチがそこ近くにある…………こういうことなら全部、街の偉い人に話したぞ」

 4日前。私達がこの街に来るちょうど一日前くらい。

「そうだよな。ちょっと話を聞いたくらいで、わかるならとっくにわかってるか………」

 溜息をついてうなだれるも、まだ表情が堅いあるじの足を、背中をこすりつけるように押してはげます。

 だからこそ現場百遍ですよ。事件は会議室じゃなくて現場で起きているんですから。

「現場でダイイングメッセージも何も見つからないからこうして推理しているというのに。被害者がダイイングメッセージを残すなんて時代はもう終わったんだよ。今の時代は血文字なんて古い。記号とアルファベットでつくった似顔絵で犯人を示すダイイングアスキーアートの時代だ」

 まさにそんなことしてる暇があったら救急車を呼べよですね。コナン君もビックリして思わず「ジッチャンの名にかけて!」とか決めゼリフを間違えてしまうだろう。



 やわらかい私の背中に押されてあるじは壊れた穴のフチに手を置いた。そのまま穴から首を出して柵の向こう、街の外の雑木林を見る。

「誰かがダイイングメッセージ残してても僕の頭脳じゃ〈ヒント:タヌキ〉ぐらいしか解けない、ぞ…………?」

 不自然に言葉を止めたあるじはチョイチョイと小指だけを曲げて私を呼んだ。ちらりとアリアに話しかけるリィクに視線をやって、こちらに気づいていないのを確認してから私はあるじの足元へ近づいた。

 穴が空いた柵の下半分は完全に壊れていなく10センチほど残っていたので、ハードルのようにひょいと飛び越して、街の境界を越える。

 街の外、といってもこちら側と全く変わらない雑木林があるだけだ。種類はわからないが葉が半分ほど枯れ落ちた落葉樹の集まりがあった。




 その一番手前の木の焦げ茶色の幹。

 べっとり、と赤黒い何かがついていた。




「……………アレはアレかな、やっぱり」

 トマトケチャップには見えませんよね。


 黒い何かはそれほどの量ではないがはっきりと木の幹に塗りつけられている。特有の鉄臭さがしないことから時間は結構経って乾いているみたいだ。もともとは赤い色だったのだろうが酸化してしまい黒くなっている。

 その赤黒はそこだけではなく、もう少し奥の木の幹にも付いていた。そしてさらに奥の木にも一メートル半くらいの位置に付いている。



 ダイイングメッセージ?

「…………どちらかというと罠っぽいよな。米粒を点々と置いてその先に棒とカゴのトラップ」

 雑木林の奥に潜む何かを見ようとするかのようにあるじはすがめている。いつになく真剣な険しい表情だが、私の意見は違う。




 現実では発想の転換や複数の証拠をつなげることで犯人が浮かび上がるようなことはない。もっと直接的な証拠を犯人が残すことが多いからだ。髪の毛、指紋、その他。犯罪という異常な行為を漫画の犯人のように平静に出来る人間は少なく、緊張して大抵がボロを出す。

 あからさまであっても、犯人が意図してないものである可能性は高いだろう。




 どうしますか? とちらりと首を少しだけ持ち上げてあるじを見上げる。虎口に飛び込むハメになったハムスターのような情けない顔をしていた。

「行くしかないかぁ……………」

 がんばってください、私は優雅にお昼寝してますから。

「お前も来るんだよ」

 ね、猫の私からお昼寝の時間を奪う気ですか! 猫は寝る子というのが語源であるほどなのにっ。まだ今日の寝る時間ノルマ十六時間ほとんどを消化できてないのに!

「僕だって一日十六時間ぼーっと過ごす目標があるんだぞ!」

 猫にマジギレをして人としてかなり駄目な発言をしながら、あるじは柵をくぐって二人がいる街の中へ戻った。


 

 私も後を追うと、ぼーっとするアリアとその目の前でリィクがぐるぐる指を回すという変な光景に出合った。

 声をかけづらかったが、あるじは気にせず二人に歩み寄る。

「リィク、この穴のこと教えてくれてありがと。僕らは詳しく調べてみるよ。姉がいなくなったんだ、リィクもいなくなったのかって家族が心配してるんじゃないか? 早く家に帰りなさい。アリア行くよ」

「……………うん」



 あっさりそれだけ言うと、ここまで来た道を戻ろうとするあるじの背中をリィクは見つめた。二人を背後から眺めるとわかるが、彼の背中は当たり前だがあるじのよりも一回り以上、小さい。



「オレ、さ。姉ちゃん以外に家族いないんだ………だから家に誰もいない」

「…………」

「だから、知り合い……姉ちゃんが働いてた親代わりの人に、家に泊まれって言われてるんだ。だからホントウはソッチに行かないとダメだけど、まだ家で姉ちゃんのこと、待ってんだ」

「…………」

「…………姉ちゃん、帰ってくるよな?」

 弱々しい、すがるような少年の声にあるじは何も返さない。返せない。




 少年にとって姉は唯一無二の家族で、たった一人の家族が行方不明という状況は幼い心にとってかなりの重圧だろう。今までの手伝わせてくれといった無謀で気力に満ちあふれた少年の声ではなく、打ちひしがれた子供の声だった。


 だからこそ、安易に希望をあおるような事は言えない。たんなる少女の失踪事件が、月光のない夜道のような底知れない装丁を帯びてきたからだ。

 そして、その期待に応えられるだけの力もない。

 名探偵でもなければ勇者ですらないあるじには、ファンタジーのように少年を救うことなど出来ない。



 返事をしないあるじの代わりのつもりなのか、仲良くなったらしいアリアが最後に頭を撫でた。

「………ばいばい」

「…………アリア、姉ちゃんみたいだ」

 リィクは撫でられただけで笑顔になった。

 少年らしくない、今にも泣きそうな笑顔だとしても。

 何もしないよりかは、よかったのだろう。





 

 







 

 血の跡は本当に、わざと付けられて私達をおびき出そうとしているのかと思ってしまうくらい、道標としての役割を果たしていた。

 エサの匂いに釣られて地面を嗅ぎながらジリジリ歩く犬畜生のように、黒に変色した赤を道標に私達はジーパァ森に再び来ていた。


 前回来たのはユニ兄の時、〈魔物狩り〉を追い払うためだったから、二日前のことだ。

 二日たっても相変わらず、音がしない閑散とした森である。スライムがリーダーである森の仲間たちは無事に大移民できたのだろうか。いや、あるじの活躍で元の森に戻ったのだったか。それにしては静かだ。


 シーパァ森はウィルマ街から遠く、鳥君の快足でも四時間はかかるのだが、三時間ほどでここまで来ることができた。ここは森の端ということもあるのだが、二日前より時間がかかっていない。柵があった雑木林を抜けるまでもなくウィルマ森と繋がっていて、わざわざ街道を通って回り道をする必要がなく直線で来たのだ。 



《――――――しかし、そこまでする理由が我が一時のあるじにあるのだろうか?》

 人の手入れがされていない草が無尽蔵に生えて歩きやすいとは言えない森の中をすいすいと二本のしなやかな足で歩く鳥君が、その背中で揺らされて半分寝かけていた私に話しかけてきた。




 街の外に出るのでもしかしたらと思い、街の動物専門の駐車場みたいな所で待機していた鳥君と合流したのだ。結局、そのもしかしたらは現実となり鳥君の背中に3時間も揺らされた。

 4日ぶりの感動の再会! でもなかった。プライベートじゃなくて仕事の関係みたいなものだから、そんなものだろう。




《安請け合い、と言えばそこまでであるが、本来の任務はユニ嬢の護衛。おろそかにしていいものか》

 まあ、成り行きで生きていくのがあるじでふから、ふあぁー。

《勇者、か…………》



 歩きながらも感慨ありげにつぶやく鳥君の上で私はあくびをする。ちなみにもろもろの話は私が話したのと、お姫様の馬車をひいてきた動物や他の護衛の騎獣から情報収集したらしい。人の口に戸は立てられない以上に動物の口は意外と軽いのだ。



《勇者なら勇者らしく姫だけを護ればいいものを………厄介事を拾ってくるのが仮のあるじの習性なのか》

 呆れた様子の鳥君だったが、私としては逃げださないだけ今回のあるじは頑張っていると思う。……………逃げださないだけで及第点ってヘタレ過ぎる。




 動物達の間で陰口をたたかれているとは知らず、あるじは草を踏みしめて周りを見ながら歩いていた。鳥君に乗ったアリアに小指を掴まれているため片手は持ち上げられている。


 一人だけ鳥君に乗らずあるじが歩いているのは、葉や植物に隠れて見つけづらくなった赤黒い目印を探すためである。

 シーパァ森に入ってから、これまで一つ見つければその直線上にもう一つ、と見つけやすかった赤黒の跡のパターンが見つけにくいジグザグに変化した上に間隔も広くなったので、鳥君の猛ダッシュをやめて歩いているのだ。



 さすがに森を歩くのに裸足はキツいので、その足にはアリアに貸していた安全靴がある。アリアは鳥君に横座りになって、爪先が少し赤くなっている裸足の足をぷらぷらさせている。

 最初は一緒に降りて歩いていたのだが、ここ数日慣れない靴をはいていたことで靴擦れを起こしてしまっていたのだ。


 その時点で鳥君に乗せればいいのだが、あるじから離れるのをアリアが嫌がり無理矢理歩いたためさらに悪化。しょうがないから、あるじが背負って歩いたのだが、それも数十分でダウン。妥協して鳥君の上に乗ってもあるじの小指を握っているのだ。




「これ、どこまで続いてるんだ?」

 赤い道標につられてここまで来たのだが、ここまで来て疑問が出る。さすがに遠すぎるのだ。赤いのが誰かの血だとするなら、その量はとっくに失血死していてもおかしくない量を塗料としている。

「しかも、森の中がすさまじいな………」


 森の中には未だに〈魔物狩り〉の被害者がいるらしく、赤黒い道標を追う途中に幾多ものなれ果てに出会った。動物が死ねば肉食動物が食べにくるのだが、もういない〈魔物狩り〉を恐れて動物達は森の深い所に潜んでいるのだろう、誰にも見向きもされず塗料と一緒で血が渇いて赤黒くなっている。


 動物達が恐れるのも無理はない。牙で噛み殺されたなどの想像できる死因の死体ではなく、ぐずぐずに腐ったように体の一部が崩れているのだ。想像もつかない脅威に、敏感な野生動物達は恐れたのだろう。




 ユニ兄もすさまじいですね…………。

「ん? んん…………」

 いくらなんでもここまでしなくとも、と思わなくもない。

 何かを考えていたらしくあるじは生返事だった。

 ちょうど考えるのを終えたのか、あるじは見上げてきた。

 私を、ではなく手をつないでいるアリアを見る。

「アリアは…………これからどうする?」

「……………?」

 いきなりの問いかけにアリアはいつも道理の無表情でぱちぱちと目を瞬かせた。

「このままだと、かなりの高確率で、見つからないと思う。アリアの住んでいた所とか、記憶を失くす前のことを知っている人とか」

 光がちらちらとしか差し込まない森の中で、風が吹いて木の葉が舞う。

「でも、僕らもずっとこの街にいるわけにもいかない。ユニの護衛に付いていかなきゃならないから、明日にでもこの街を出ていく必要があるんだ」

 森特有の木もれ日があるじの顔を照らしているためか、その表情は見たことのない顔のように思えた。

「だから…………一緒に、来る?」

「……………」



 意味がよくわかってないのだろう。きょとんした顔をしたアリアは自分の足で歩こうと降りようとした。鳥君の高さは1メートル半以上あるので簡単には降りられずこけそうになるが、手をつないでいたのであるじが抱きとめることが出来た。

 腕の中で逆にあるじに問い返した。



「……………私のこと、好き?」

「はぇ?」

 今度はあるじがきょとんとする番だった。いきなりの告白かと思ったが、昼にあったあるじの言っことであろう。


 好きというのは、手をつなぎたいって思うこと。一緒にいたいと思うこと。


「ああ、そういう意味でなら僕も好きだよ」

「私も、好き」

「そ、そう? ありがと」

 無表情でそういう意味ではなくとも、真正面から純粋な想いを伝えられてあるじは照れる。

 記憶をなくして幼さくみえるのはともかく、外見上はあるじと同世代で背もアリアが少し低いくらいだ。並んで立てば絵になる二人である。少年と少女。黒髪と白髪。

 しゃがんで安全靴を履かせようとするあるじと、立った姿で成されるがままのアリアは、お嬢様と世話をする執事みたいな、見えない絆のようなものが感じられた。




 温かさえあるその間に水を差すような事になるが私は苦言を呈する。

 いいんですか、そんなこと言って? アリアには待っている家族や帰るべき場所があるかもしれないでしょうに。

「帰る場所がないかもしれないだろ」

 そっけなく言うとあるじは歩き始める。それにアリアが並んで歩く、というより繋がれた手に引っぱられてとことこ動きだす。一歩遅れて並走する私オン鳥君。




 帰る場所がないかもしれない。

 記憶喪失でアリアが帰る場所がわからないので予想もしていなかった。だが、そう思える材料は幾つもあった。

 暗い路地裏なのに裸足でいたこと。あんな寝巻のようなワンピース姿でいたこと。そして全身が血まみれだったこと。



 数少ないながらもそんな状況から、私は自分でそれなりに有り得そうな推論を立てていた。

 例えば、アリアは家で寝ていた。そこに6人もの少女を誘拐した人間が、アリアを7人目の犠牲者にしようと襲いかかった。アリアは何らかの方法でそれを返り討ちにしたが、返り血を大量に浴びたことと殺してしまったショックで記憶喪失になってしまった。


 今までの状況証拠からで一番しっくりくる推論を立てていたが、反証もある。

 寝込みを襲われて記憶喪失になったのなら家からそう離れることもないだろう。が、アリアと出会った路地裏の近くに手掛かりはなかった。重点的に付近の民家に聞き込みを行ったが、アリアを知る人はいなかった。



 ならば、こうは考えられはしないだろうか。

 アリアは誘拐されそうになったのではなくて、既に誘拐されていたのだとしたら?

 あの街の人間ではなく、別の街から無理矢理連れて来られて、誘拐犯の隙をついて反撃したのだとしたら。それならば、彼女の素性を知る人が街の中にいないのも、あんな服の内に入らない格好をしていたことにも説明がつく。

 状況から推測しただけの根拠のない想像だがしっくりくる。

「…………守れないなんて、勝手なこと言わせるか」

 あるじが何か言ったようだが聞き取れなかった。

 草木をまたぎ一際大きな木の横を通り抜けると明るい開けた空間に出た。

 私とあるじと同じく帰る場所がないのか、と思うと今まで厄介事としか思っていなかった気持ちが別のものに変わるのを感じる。




 その気持ちは一瞬で、消し飛ばされた。




 手をつないだヘンゼルとグレーテルが赤い目印をたどってたどり着いたのは魔女の壺。木々の間の先にあったのは森という名の台風の目のような、空白の開けた土地。


 木に遮られることなく日光に照らされる、青、桃、赤、黄の花が咲き誇る天然の花壇。天然で咲き誇っているとは思えない、人の手による芸術とさえいえる花畑。


 その周りを柵のように大量の赤がサークルをつくっていた。


 まるで花を踏み荒らさないよう気遣いながら花を眺めているかのように何匹、何十のも動物が大小問わずそこにあった。

 数日前にユニ兄に追いかけられて見つけた花園よりも大きく、そして多かった。

 動物達の体はところどころ日なたで溶けたアイスのように体が崩れている。なまじ赤くなく無事な腕や足や頭があるために、痛々しい。熊モドキやチーターのように足が長いワニなど一目で危険そうな猛獣たちで、先日に比べると大型動物が多い。


 彼らも道標の塗料のように赤黒く変色しており昨日今日でこうなったとは思えない。数十もの動物達が花園を守るように、朽ち果てていた。



 だがそのかいもむなしく、花壇の中には侵入者がいた。

 天に向かって咲いていた花を地に伏させ散らす者がいた。動物達ではない。それは年齢も背の大きさも髪の色も肌の色も違う、6人の少女だ。


 特徴からして失踪した6人の少女たちだろう。少女たちは草花をベッドにして寝ていた。


 寝ているという表現は半分当たって半分外れている。二度と起きることのない永眠をただ寝ているとは表現しまい。

 離れて見ただけで脈を測った訳でもないが、絶命しているのは確かだ。大量の血が辺り一面に広がっているのが何よりの証拠だ。体の所どころが崩れているとしか表現することができない有り様で、乾いた眼球を見開いて空を見上げるように横たわっている。周りの動物達と同じ運命をたどっていた。



 ――――――探していた少女たちは、一人残らず死んでいた。



 温泉街で起きた失踪事件のあまりもな結末。

 だが、私が驚いているのはそれではない。


 まるで森の中の聖域のような、光が差し込む土地。

 蹂躙されたという言葉以外に表現しようがない動物達の死骸。

 花の棺のように、花壇に規則的に並んでいる少女達の亡骸。

 彼女達を包むように赤だけでなく色とりどりに咲き誇る花の群れ。

 その花を踏みつぶすようにして赤い何かで書かれた図形。



 二重円の中に描かれた正方形や菱形、その線に沿って流れる見たことのない表音文字と象形文字の羅列。まるで少女達の体を置き石に、花壇を画板として描かれたような一つの魔法陣。




 ―――――――――【召還魔法】の魔法陣!




「なんで、これが、こんな所に……………!?」

 どんな想像した場面の中にも登場する気配すらなかった【召還魔法】という要素。私達がこの世界に来た原因。たったそれだけのはずだった。こんな場面で出くわすような代物じゃないはずなのに…………!


 混乱する私達は、その光景を一枚の高尚な絵画であるかのように見つめることしかできなかった。私達はたった数秒間とはいえ、致命的な時間をアリアから目を離してしまっていた。


「――――――――――いやぁぁぁあああああああああああ!」


 今まで聞いた中では比較にならない声量のアリアの叫び声で我に戻った時に見たのは、彼女が気絶して崩れ落ちる姿だった。


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