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Lv03―【魔法】というモノ




 黒外套〈ローブ〉が【魔法】を使うためにか何かを口の中で唱えた音。

 聞いたことのない調子の言語で、その音の強弱を聞き逃してしまうとただのつば混じりの息を吐く音にしか聞こえない。

 それを無理やり表現するならば、「【fHuuu Gkffu Wuuffuuu fjyw】!」とでもなるのだろうか。

 知らない言語。それならばわからないのも無理はないだろう。

 だが、私は猫。

 もともと言語を解さないで人とコミュニケーションする。

 言語を聞くのではない、言葉の中の感情を読む。

 だから私にはその声はこう聞こえた。

 

 ――――――――――――人を覆う大きさで炎上。


 そして、あるじを包もうとする炎が現れた。

 だから私は茫然(ぼうぜん)となる。

 これほど意味を込められた言葉は聞いたことがなかったからだ。

 これを凌駕する気持ちは喜び、悲しみ、苦しみ、どれも聞いたことはあるが、これ程の意味を込められたものは聞いたことがない。

 だって、そうだろう?

 言葉は人と人とで意思伝達(コミュニケーション)するためのもの。

 意思を、気持ちを伝えるモノ。

 それに意味を込めすぎることに、気持ちを欠片も込めない事にどれほどの意味がある?

 だから。

 それは言葉ではない。

 故に。


 それは何でもない【魔法】。


 人への言葉ではなく、世界への言語。

 だから人ではない私には聞き取れる。


 ――――――――――――熱よりも速さで燃焼。

 それで火球が生まれた。


 ――――――――――――その優しさは強さではない、雪の王者の義務。

 それで雪色の壁が生まれた。


 ――――――――――――命を燃やしながらの冷たい獰猛。

 炎に(Flammen)かたどられた(zue inem)宙を(Schlange)這う獲物を(zusammen)探す蛇(setzen)


 だから私は『魔法』なんて使い方どころか存在すら知らないのに。

 銀の、雪(シュネー)色の髪をした少女が込めた祈り。

 拒絶ではない、守りでもない、ただの優しさの想い。

 エルミニの雪遮竜壁。

 だから私は気持ではなく意味を込めて祈った。


 

 der(デア) ewige(エーヴィッヒ) Schneeschirm(シュネー・シルム) aufspannen(アオフ・シュパネン).

 ―――――――――【エル(der ewige)ミニの(Schnee) 雪 遮(schirm) 竜 壁(aufspannen)】、と。



 そして本物の魔法(ツァオバー・クンスト)が発動した。








「………………………………………………」

 驚いた。

 本当に驚いた。

 あるじの肩の上じゃなかったらフシャーと爪を出しそうになるくらい驚いた。

 魔法が使えてしまった。

 それだけでも毛を逆立ててフシャーとなるくらい驚けるのに。想像をもできなかったことが発生した。そう、発生だ。

 私の祈りで現れたものは壁ではなかった。銀髪の少女が創ったものは雪景色の壁。

 ならばこれは吹雪の城壁。

 で、でっかー…………………………………。

 その雪色の半透明は、部屋の中には収まらないほど大きく、上下左右の壁すべてをぶち抜いて、ぶち抜いて、ぶち抜いて、ぶち抜いて。

 私が20匹いて積み重なっても届かないだろう高さの天井をぶち抜いた所から灰色の空が見える。概算で少女の壁の100倍くらい。

 あまりの大きさにあるじと私はモチロン、自分が作ったのより大きい物を見た銀髪の少女はおろか黒外套さえも呆気にとられている。

 改めて見ても、で、でっかー…………………………………。

「ね、猫。これ、お前が?」

 あれだけ強く思ったから、あるじにも伝わってしまったのか。もともとそんな感じで会話しているのだから。

 え、ええ、はい、多分。

「お前が、本物の魔法(ツァオバー・クンスト)を?」

 みたい、ですね。

「お前、魔法使いだったの?」

 いえ、そんなこと無かったはず、にゃんですけど。

「じゃあ魔法猫?」

 そんなことは絶対無いです。

「しかし、でっかいなあ」

 でっかいですねえ。

 亜細亜大陸の中東域にある万里の長城のように厚みよりも横に大きい。といっても壁の向こうにも部屋はたくさんあるようで天井のように外の景色を見ることはできないが。

 その代わり透明な城壁の中では吹雪が美しく吹き荒れているのを鑑賞できる。

 鑑賞というか現実逃避というか。呆然と立つあるじとその肩の上に呆然と乗る私。

 そんなことしている場合ではなかったのだ。そのことを他の人間も気が付いていた。

「あ」

 どうしました、あるじ?

「黒外套がいない」

 あ。

 吹雪の城壁は私達と黒外套を分かつように発生したので、向こうは雪で見にくいが黒外套がいないことはわかった。

 というかあるじが倒した男達もいない。逃げたのか。

「どうしよう、追った方がいいのかな?」

 流れからして、そうかと。

「でも、これじゃあ……………………」

 ですよね………………………………

 炎の蛇を撃退し黒外套もいなくなったというのにまだ吹雪の城壁はがんばってこちらとあちらを隔離している。というか頑張りすぎ。見ているだけで凍りそうだ。

「猫、これ消せないの?」

 私に言われても。

「作ったのお前だろ」

 そうですけど………………

 自分でも信じられないが【魔法】を使った実感はある。というか自分の意味が現実になったというべきか。うーん、私もまだ混乱しているようだ。うまく言えない。

「消せないのなら、消えるのを待つしかないな」

 ですねー。雪でも見ながら時間つぶしましょう。コタツの中で丸くなりたい気分です。

「いや、まだやることあるから」

 あるじはそう言うと雪の壁とは反対方向へ歩いていく。振り返ったのでその肩に乗る私の視界も180度ぐるりと回る。

 その本物の壁際には銀髪少女が座っていた。そういや忘れてた。

「大丈夫?」

「え、あ、は、はい。ありがとうございます」

 少女は驚いた顔であるじを凝視しながら、慌てて答える。まだあの吹雪の城壁の驚きから抜け出せていなかったようだ。

 あるじの肩の上からその顔を見る。銀の二つの瞳は大きく、そのまぶたにかかる髪も同じく銀色。整った眉もやはり色素の薄い色をしている。大きな瞳とは対照的に鼻と口は小さく、全体的に評価するならばあどけなさが少し残るもなかなか整った顔立ち、となるだろう。私ほどではないけど。

 着ている服は上質そうで育ちが良さそうなのは一目瞭然で誘拐されそうになったのもうなずける。

 少女は差し出されたあるじの手をとって立ち上がろうとするものの「あ、あれ? あれ?」腰が抜けてしまいうまく立てないようだ。

 あるじは強引に立たせようとせず、中腰になって銀髪少女と視線を合わせる。

「大丈夫、じゃないみたいだ」

「す、すみません」

「もう、安心していいよ。あの黒外套はどっか行った」

 あるじは安心させようと緩みきった顔で笑う。ついさっき殺されそうになったのにもう笑えるのはさすが場慣れしていることはある。

 その言葉に少女は泣き出しそうになったが堪えて、こちらもついさっき誘拐されそうだったとは思えない凛とした声で別の質問をした。

「あなたは、何者ですか?」

 こっちのセリフだと思うのだが、あるじは私が乗っていない方の腕で少女の小さい頭を撫でながら馬鹿正直に答える。馴れ馴れしいのはあるじの処世術だ。

「ただの……………………通りすがりの君を守る勇者さ」

 うっわー、ベタだ。流石あるじ、ここでギャグを言って安心させようという心積もりですか!

 と相槌を打とうとしたら少女の瞳からボロボロと涙が落ちてぎょっとした。

「うわぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!」

 銀髪少女はあるじに抱きつくと赤子のように大声で泣く。余程、怖かったのだろう。彼女の凛とした態度はその裏返しだったのか。

 私は抱きつかれた拍子であるじの肩から落ちて床の上にびたーと伸びながらそう思った。

「大丈夫、悪い奴は勇者がやっつけたから」

 悪夢にあてられて泣く子供をあやすように背中をさするあるじを見ながら。

 ヘタレのくせになかなか様になってるな、と思いながら。

 



 

 その言葉のせいで、

「私たちの国をお救いください勇者様!」

 なんてことになるとは思わないまま。

 私とあるじの異世界召還論は静かに始まったのだ。




ようやく本題(異世界ファンタジー)っぽくなってきた!

あと数話でようやく冒険が始まりますので、しばしお待ちを。

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