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Lv19―しゅらばっ! しゅらばっ!!


『君は強い、強いよ×××』

 ………僕の名前。

『おっと、君はこの名前が嫌いなのだったな、何回も言われてるのにすまない。許してくれ………これも何回目だったかな』

 ………僕が強い、ってどういうことですか?

『ふむ、強いというのは勝率が9割を越えるという事だ。…………冗談だよ? 強い、とは守る力を持っているという事だ』

 ………守る力?

『そう、朝凪の宿命というか宿業と言うべきか、朝凪に生まれた君には守る力がある。誰かを救い、助け、守る力がある』

 ………そんなこと、教えてもらったことない。

『そうだな。私が君に教えたのはほとんどない。体術も剣術も君は嫌いみたいだしね。《私流・戦闘術》―――が唯一、そう言えるかも知れんが、あれは技術というより心得だ。

 …………君の力といえば、『聖遺物レプリカ』も、そうかもしれないな』

 …………レプリカ。

『笑ってしまうよな。超能力やら魔法でもない、ゲームや漫画じゃない、ただ《あの人》に似ているというだけなのに、こんな大仰な名前をつけるなんて。私だったらそんな名称を思いついただけで恥ずかしくて失神してしまう』

 …………。

『朝凪の人たちは、それを変だと思わないほどにあの人を盲信、信奉している。が、私はね、それは違うと思うんだ』

 …………。

『君はあの人の模造品(レプリカ)なんかじゃない。朝凪の一族はあの人のことが忘れられないんだろうね。恐ろしく、気高く、そして強いあの人を』

 …………。

『でも、君はあの人の偽物(レプリカ)なんかじゃない。空っぽでもない』

 …………。

『君はいつか、そう呼ばれる事がいまわしく思うようになるかもしれない。たしかにそれは大した力ではない。君の価値を決めるほど重要なものではない』

 …………。

『でも、いつか何かを守るための力になるよ。その時が来ればわかる』

 …………。

『君は強い、強いよ×××』

 …………。


『あなたは弱い、弱いわ×××』

 ……………………。

『『聖遺物〈レプリカ〉』なんて大層な名前を持っていたとしても、関係ないわ』

 ……………………。

『可哀そうな子。空っぽな子』

 ……………………。

『死神と嘔われたあの人の子』

 ……………………。

『あなたは会う人会う人を魅せ誘い惹きつけるわ。ある人はあなたを憎むわ。ある人はあなたを呪うわ。ある人はあなたを愛するわ。ある人はあなたに尽くすわ』

 ……………………。

『まるで花の蜜のように、脳を溶かす媚薬のように、甘い香りの毒のように。なぜならあなたの親はそういう人だから』

 ……………………。

『でも、あなたは死神。特別な力なんて何もないのに、周りの人間は死んで行くわ。あなたの知らない所で、あなたに関わったが為に死んでいくわ。何故ならあなたの親がそういう人だから』

 ……………………。

(わらわ)はあの人のことを知らないけど、朝凪のお家の人はみんな、あなたの顔にあの人の面影を見い出す。あなたにすり寄る人はあなたではなくあの人に興味がある。あなたを憎む人はあの人を憎んでいる人よ』

 ……………………。

『『聖遺物』。あなたの名前よりも早く決められた、あなたの(いみな)。あなたの忌み名』

 ……………………うるさい。

『あなたはそれを手に入れたいどころか、手にいれたくないとすら思えなかったのに。人生は平等とはよく言ったものよね。たしかに人生が始まる前は籤みたいなものよ。ハズレがあることなんてそっくり。引く籤を大して選べないところもそっくり』

 ……………………うるさい。

『でも、もういいのよ×××。だって、もう―――――――――――――――――のだから。もういいのよ×××。あなたは弱くていいの』

 …………うるさい。

『あなたは弱いわ、×××』

 うるさい。

『空っぽのあなたに誰かを守ることなどできはしないにゃー』

 うるさい。

『にゃー』

 うるさ………にゃー?






「にゃー」

「……………………何してんの、アリア」

「にゃー?」

 起きましたか?

 私は少しだけ開いたふすまから部屋の中に入り、布団で眠るあるじとのしかかるようにして起こそうとしているアリアの隣ヘ行った。



 ただ今の時刻は朝の9時頃。私はもとよりアリアも起きていたが爆睡かましている人間が一人いたのでアリアに起こすように指示したのだ。



「あー………」

 あるじは起き上がろうとせず、ぼんやりとアリアを見つけてぽつりと言った。

「にゃー、って何?」

「……………そう、起こせって、前、言ってた」

「え? そんなこと言ってな…………それ猫に対して言ったんだよ!?」

 ニャーって言って起こしてくれって…………変態ですねあるじ。

「待て! 一部始終を見といてその発言は認めないぞ!」

 あるじの性癖は置いといて。

「待て置いとくな。今ここでその誤解をとかないと今後の関係にヒビがはいるぞ!」

 尻尾をつかもうとするあるじの手からするりと逃げる。


 それにしてもあるじ、なんだが寝つき悪そうでしたよ。悪い夢でも見ましたか?

「……………人間の脳ってスゲーよね」

 はい?

「よくあんな昔のこと覚えてるよな…………」


 確かにあるじの脳は淒すごい。あれだけ騒いでいたのに、もう忘れて何故だかヘコんでいる。


 そんなに夢見が悪かったのですか?

「あー、家族会議で吊るしあげ食らう夢を見てた」

 それはまたヘビーな夢ですね……………。

「特に妹が意志薄弱だヘタレだ、って僕のことを責めて来るんだ。酷くない?」

 ほんと酷いですね。でも、安心してください。絶対、私に比べれば妹さんが言った回数は少ないはずですから!

「どっちにしろヘタレと言われ続ける人生に泣きたいっ!」

 顔に両手を当てて泣くフリをする。アリアがそれを見て「にゃー」と泣き始める。また寝てしまったと思ったのだろう。




 しかし、当初に比べてアリアは、なんというか活発になってきているようだ。

 二日前までは言われなければ着替えもせず食事すらしなかった。あるじが赤面しながら着換えさせ、スプーンを使って口元まで食事を運ぶのでエサを待つヒナのようだった。ここ数日であるじの介護スキルがレベルアップするほどだった。


 それが今ではあるじを起こそうと鳴いたり揺らしたりと行動するまでになっている。

 幼子から少女までの成長を《時間がない人の為の三日間体験》で見守っているかのような速度だ。外見は変わらず年頃の少女だったが。


 普通ならこんな急成長あり得ない事だが記憶喪失少女である。病状が改善の方向に向かっているという事だろう。




 記憶喪失、といっても本当に記憶が消えるわけではない。記憶を消すなんてのは電脳解析(ブレインハッキング)による記録改竄(クラッキング)でもしないと不可能である。

 言ってしまえば記憶喪失なんてものは思い出せなくなるだけなので、永遠に思い出せないこともあれば、今のアリアのように徐々に徐々に思い出すこともある。



 思い出したら、アリアはどうするのだろうか?

 そうなったら、あるじはどうするのだろうか?

 そして、この状況をあるじはどうするのだろうか。




「アル………様?」

「へ……………?」



 アリアのでも私のでもない声に、あるじが泣き真似を止めて顔を覆っていた手をどける。声がした方向、ふすまの方を見やると、そこにはシルフというゆったりとした白いワンピースを着た少女が立っていた。

 ユニ姫である。



「何で、ここに………?」

 困惑するあるじの脳ミソでは理解できなかったのだろうが、三日前に別れたユニがここにいることはさほど不自然ではない。




 魔物に通せんぼされて別行動をとった日を1日目とするなら、魔物を森へ返したのは2日目の夜。次の日3日目から移動を開始するだろうから、地熱街に4日目の今日たどり着くのは計算が合う。この旅館にいるのも、そもそもあるじはお姫様が宿泊するためにその予約をしに来たのだから何ら不思議はない。

 理由がわかったとしても今の状況では何の慰めにもならないが。




 さあ、状況説明開始!

 あるじ。16歳の少年。布団に寝たまま。一式しかない着衣をルームサービスの洗濯に出しているのでインナーも着ておらず、浴衣がはだけもろ肌が見えている。


 その上にのしかかる同年代の少女。低い精神年齢ゆえに浴衣がはだけても気にせず直してくれる人もいま起きたばかりなので、肩口が思いっきり見えて裾なんて真っ白な太ももが惜しげもなくさらされている、あられもない姿である。


 他に誰もいない二人きりの部屋で布団に寝る少年とその上にいる少女。

 それを目撃するのは、私がここまで連れてきた二人より一回り小さい少女。

 私が朝の散歩をしていたらちょうどユニがこの旅館に来たので、ここまで案内したのだ。(故意犯)




「………………」

「………………」

「………………」

 誰も口を開かない沈黙であるじの頬をたらりと冷や汗が流れる。

 ユニとあるじは召還した人とされた人、いわば雇用関係。こんな浮気現場を押さえられた婿養子のような緊張感は必要ないのだが、ここで選択を間違えたらいつものように悲惨な目にあうと勘が告げているのだろう。

「……………こ、この娘は」

 さあ、あるじの選択は!?

「この娘、僕の守護霊なんだ」

 駄目だこりゃ。










「―――――――と、言う訳で在名さんはアリアさんの面倒をみることになったんです……………聞いてるユニ?」

「つーん」

 ベッドに腰かけたユニはそっぽを向いてわかりやすく拗ねていた。絨毯に正座しているあるじが《猫とあるじの奮闘記~温泉街編~(諸事情により事実とは異なる部分がありますがご了承ください)》を語っている間も、壁掛けの油絵に目をやっていた。



 ベッド、絨毯、油絵、サイドテーブルに洋燈〈ランプ〉と部屋の装丁が洋風であるが、ここも和風温泉旅館『雪解け水』の一室である。ガラスがはめられた窓からも池やらの日本庭園が見える。

 この部屋はユニが宿泊するために用意された部屋だ。当然、一国の姫であるのだから私達があてがわれた部屋とは全く別の絢爛な部屋である。あの油絵を売るだけで百万ぐらい手に入って、それだけであるじなら十年は生活できそうである。




「つんつーん」

「だから別にやましいことはなく、心優しい男略して優男である僕が記憶喪失少女を拾うのは、月の兎が仲良く餅をついて出来上がった紅白餅をみんなで食べていたら一匹の兎がいなくなっていることに気づく――――! くらいありふれた話だと思うんだけど」

 わりかしサスペンスな餅つき大会殺ウサ事件を混ぜながらかれこれ一時間ほどユニを拾った経緯(もちろん血まみれだったことなどヤバげな所はごまかした)説明するが、ユニは頬を膨らませて納得いかないご様子。



 らちが明かないので時間を置こうとして部屋から出て行こうとすると「わ、私を置いてまた行っちゃうんですかですかっ」と強制ループさせられるため、あるじは必死で《説得》コマンドを繰り返しているのだ。



「ユニさーん? 姫サマー?」

「……………姫様だなんて、よそよそしいです」

 ユニの機嫌が10さがった!

(既に地平線に沈む太陽並みに機嫌が御臨終なさっていたのにまだ下がるの………ネコえもん、助けてー!)


 小声であるじが猫座り(後ろ足をたたんで前足を伸ばすやつ)で寝そべる私に視線で助けを求めてきた。


 どうしたんだいあるじ太君。またドストエフスキーにいじめられたのかい?

(そうなんだよー、罪と罰を全編朗読させられたんだ! 読了まで12時間もかかる鬼畜本なのにー! って、何を言わせるんだよ)

 いや、私もそこまできれいに乗りツッコミしてくれるとは思いませんでした…………。

(そもそも僕がこんな必死なのにお前はくつろいでるんだよ)



 私の視線はあるじとちょうど同じ高さだ。あるじは床に正座しているが、私はユニの膝の上で丸くなっている。ユニの手がときどき私の背中の毛をすくのが気持ちよか。



(猫だって無関係じゃないのに僕は正座で猫は少女の膝の上。これが格差社会か…………)

 格の違いってやつですよ。

(生物的違いだろ!?)



 つい格の違い宣言をしてしまいあるじが驚愕するが、幸いユニはそっぽをむいて拗ねていたので気づかれなかった。目と目による密談は続く。



(そもそも何で僕は怒られているんだ?)

 あるじが年頃の少女と部屋の中でイチャイチャしたのを見てヤキモチやいたんじゃないですか?

(ラブコメじゃないんだから有り得ないだろ。そんな修羅場じゃあるまいし…………)

 しゅらばっ、しゅらばっ!

(楽しそうにシュプレヒコールは止めてっ)



 半泣きで困り果てうなだれ土下座しているように見えるるあるじを見て、私はふっと鼻をならしてから猫目で真面目に答えてあげる。



 あれですよ。ファミレス入ってご飯食べてる時に、「休憩入りまーす」なんて声を聞くともにょっとする感じです

(前から思ってたけど何でお前そんなに飲食店に詳しいの? 僕ら金ないから外食なんて半年に一回くらいなのに)

 私程のイケネコになるとナンパしておごってもらうことなんて簡単なんですよ。あるじが仕事している時は私、暇でしたから。

(ぼ、僕が水と塩と日光だけでがんばっている時に自分だけ!?)

 ユニはヒーローショーのヒーロー役が裏でかぶり物脱いでタバコ吸っているのを見てしまったみたいな感じだと思いますよ。

(この猫、遊園地まで行ってるー!? 僕が火薬の匂いがするアトラクションで死にかけている時に自分だけ遊んでたの!?)

 ヒーローショーの裏でヒーローが脱皮してオッサンに変身するところを目撃した少年のような衝撃を受けるあるじをスルーしながら、私は解説を入れる。

 お姫様としてはあるじに勇者っぽくいて欲しいんじゃないですか。勇者は常に勇者らしくあれ、ですよ。

(勇者も時給制にしてくれないかな…………)

「反省してますかますかっ!」

「うぇい!?」

 さっきまでぷくーと怒っていたユニにドアップで迫られていた事に気づいて、労働条件の不満を考えていたとは言えずにしどろもどろになる。


 ユニは私を胸に抱いてあるじに膝立ちで迫っていた。あるじほど腕力がないので私の下半身はぷら―んと伸びきって足が床につきそうである。


「アル様がお優しいのはわかっていますがいますが………私の心配もわかってくれますよね?」

「…………あ、あう」



 かわいらしい拗ねた顔から一転して眉を寄せた表情に、あるじは戸惑う。こうもダイレクトに身を心配されることはあまりないからだ。

「雪山への護衛を頼んだ私が言えることではないですけど、ですけど、あんなにたくさんの魔物の群れをどうにかするなんて…………」



 あれはネコミミおっさんが言ったことなのだからユニが気にする必要はないのだが、気にしていたようだ。確かにあれはサラリーマンならキミ明日から北極支部に栄転だと言われるようなものである。遠回しにお前クビと言ようなものだ。



「で、でもでも、それとこれとは別です!」

 くわっ、とユニが落ちかけていた肩を上げる。

「お、男の人が女の人と、あんな、あんな…………!」

 どんどん尻すぼみに声が小さくなって最後には消えてしまった。なにやら赤くなって口の中でもごもごしゃべっている。



 私の耳がユニの口に近いことと猫耳で「そ、そんな………で、でもアル様が望むなら。私は……その、はじめて、ですけど………」とかろうじて聞き取れるがなんのこっちゃ。

 私とあるじが目と目で『今日の昼は何食べるか』という議題でまだ野草のストックがあるんだけどという一言に戦慄しているとユニが真っ赤になってうつむいていた顔を猛然と上げた。



「ひ、一つだけ何でも言う事聞いてくださいっ! そ、そうすれば許してあげますっ」

「? よくあかんないけど、いいよ」

 よくわかんないのに同意するという詐欺られても仕方がないようなあるじに私は忠告する。

 蟹工船、炭鉱、工場、犬小屋、雪山、魔物の群れ…………。

 びくぅとあるじの肩が跳ねてカタカタ震えだす。きっと辛い過去でも思い出したのだろう。

 だが残念ながら契約は結ばれた後で、犬小屋だけはやめてぇっと怯えるあるじに真面目な顔でユニは言った。

「あの子の帰る所をちゃんと見つけてあげてください」

「へ?」

 もっと酷いことを言われると思っていたので肩すかしをくらったあるじは首をかしげる。

「きっと、あの子も、アル様を必要としているでしょうから…………力になってなってあげてくださいね?」



 普通なら記憶喪失少女なんて厄介事は投げ出してしまえ、と言うのだろうが心優しい少女は アリアのことをユニはユニなりに心配していたようだ。



 お姫様から正式なミッションをうけた!

「ま、まかせて」

 意気揚々とめずらしくやる気を出すあるじにユニはにっこりと告げる。

「あ、でも、明日には出発しますから今日中に解決したくださいね」

「へ?」

 ミッションは時間制限付きになった!

 地味に難易度上がってきたなあ……………。





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