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Lv10―『シーパァ森』・竜の話


 もう1週間くらい前になるのだろうか。

 この世界の日付の仕組みがよくわからないため何とも言えないが、六回くらい太陽が沈んで六回くらい太陽がのぼったと思うので私達の感覚ではそのくらいだろう。


 この異世界に【召還】されて雪竜と呼ばれるドラゴンの元に赴き、イロイロな用事が終わって帰る前日の夜。

 私とあるじは雪竜に私達が抱える事情を話すことにした。寿命が長く、神秘的な存在に話を聞いてもらえれば何かわかるかもしれないと思ったからだ。

 史上初! 猫とヘタレとドラゴン会談!



「《――――――【召還魔法】に『召還者』か》」

 魔法のおかげなのかそれとも別の要因なのか、寒さを感じないエルミニ山脈の洞窟の中のとある一室(客間みたいな所らしく、雪竜が入っただけでぎゅうぎゅう)で、雪竜は声帯を震わせずに言葉を紡いだ。

 その声は地が揺れて雷が轟くかのような、超自然的な印象を与える。【魔法】、なのだから当たり前か。


「《始めに言っておくが、我はあまり召還魔法については知らぬ》」

「そなの?」

 あるじがすっとんきょうな声を上げる。



 地べたに直に座り自分より遥かに大きい雪竜を見上げていたので、予想外の雪竜の言葉に口を開けて驚く様は馬鹿みたいだ。


 と、普段なら辛口採点するのだが今回ばかりは話が違う。

 あるじは地べたにあぐらをかいて座っている。その前には伏せの体勢の雪竜。

 もっと詳しく描写するならば、銀鎧を着ているかのように鈍色の表皮を身にまとい、長い尻尾は電柱の倍の太さがあり、前足後足には剣と見間違えるような鋭い爪、そして長い首の上に乗った頭は古代の恐竜の生き写しの獰猛でありながらも知性と厳格さを兼ね備えた、人間よりも生命体として遥かに優れた、体長10メートルオーバーのドラゴンと書いて好物は人間と読む、そんな恐ろしい伝説上の生物を目の前にしてあぐらをかいてタメ口を利くとか肝が太すぎ。



 私はそのあぐらの上で寝そべっている。

「《【召還魔法】とは人間が動物を()んで使い魔にするための魔術だ。我らには使えないし、使う必要もない。故に詳しくは知らん》」

「あー、確かにそりゃそうか」

 猫に公民の勉強を教えてもらうようなものですね。


 猫は毛づくろいのやり方は知っていてもブラッシングの方法は知らないし、知る必要もないということだ。


「《だから教えられることは少ない。が、我が知っている事でよければ話そう、召還者達よ》」

 召還者。

 目の前の雪竜・シェラージェルゥガが動物の王国『蠢く大地の道標』の『王者』を名乗るならば、私達二人は『召還者』を名乗るのが妥当だろう。

「お願いします」

 あるじのぺこりとしたお辞儀に促されて雪竜は語り始める。



「《――――――【召還魔法】が創られたのは、今から5百年以上昔の話だ》」

「500――――!」

 驚いた。5百年だなんて途方もない昔からあるのか。いや、魔法という古臭いイメージからすれば妥当なのかもしれないが。



 二十二世紀から5百も前なんて、電気災害や第二次世界大戦(World War Ⅱ)どころか工場制機械産業革命よりも昔のことで、たしかシェイクスピアやガリレオがその才覚を奮っていた頃の話だろう。

 人間にとっては永遠と同じで、猫にとっては永遠久遠、というか生物にとって5百年は長すぎるだろう、生き延びるどころか死体を残し続けることすら至難だ。



「《その頃は我もこの世に生を受けたばかりであった》」

「生きてた!?」

 生きていたらしい。竜スゲー。

「《その頃はまだ【天使】や【悪魔】もこの世界には現れておらず、文明も今より遥かに劣っていて魔術に従事する者も少なく、魔術師が圧倒的に少なくまだ【魔法使い】と呼称されていた。

 そんな時代に、召還魔法は三人の魔法使いによって創られた》」

「まあ、魔法もつきつめれば技術なんだから創った人間がいるわけか」

「《その者たちは〝The Moon〟と〝The Sun〟と呼ばれ周りから畏敬の念を集めていた》」

「月に、太陽、ね。シンプルな名前だな。……………ん、もう一人は」

「《もう一人の名は知られていない……………知っている人間もいるのだろうが、我はあまり世事には関心がないので知らん》」

 私も人間の有名人とかあまり知らないですしね。精々、首相ぐらいです。

「僕もあんまし知らないな。精々、小説の登場人物くらいだな」

 いや、あるじは知っておきましょうよ。

 世間知らずなあるじは私の言葉をスルーして竜に話しかける。

「というか、作った人間の事とかはどうでもいいんだ。もっと、こう…………召還魔法のシステム、仕組みみたいな話はない?」



 そもそもこうやって雪竜という存在に召還魔法の事について聞いているのは藁にもすがるような事態だからだ。

 私達を実際に召還したユニに聞くのが一番なのだが、彼女は魔術師として召還魔法のことは知っていても詳しい事は知らないらしい。車を運転できてもエンジンの仕組みを知らない、みたいなものだろう。仕組みを知らなくても免許さえあれば運転はできる。

 本人のユニは別の部屋で幼竜と何かを話している。



 少しでも多くの情報が欲しい私達は、長い間生きて物知りそうな雪竜に質問会を開いてもらっているのだ。

「《―――召還魔法は動物、とりわけ魔力を持った動物を召びだし『使い魔』にするための儀式の補助を担う魔法だ》」

「補助? というか使い魔って?」


 魔女に黒猫、魔法使いに梟、キキにジジというイメージがこびりついている使い魔という単語。だが、その意味が異世界と一緒とは限らない。


「《魔術師と主従契約を交わした動物の事を【使い魔】と呼ぶ。補助とは、召び出された時点で使い魔になるわけではない。召還魔法は召び出すだけで、使い魔とするならば召び出した後に契約しなければならない》」

 使い魔になった動物はどうなるんですか?

 私が雪竜に直接尋ねる。人間相手ならあるじを介してやり取りするのだが、今回は同じ動物なので直接やり取りができる。もしかすると人と意思疎通できる動物との初コンタクト?

「《我は使い魔に身をやつした事がないので伝聞だが…………》」


 そりゃそうだ。ドラゴンを使い魔とかどこの世紀末? この王を従えるのは難しいというか人間には無理だろう。まあ、あるじなら主従契約を結べるかもしれない。もちろんあるじが使い魔としてだけども。


「《使い魔の契約は人間と同じだ》」

 同じ、ですか。労働の対価にお金をもらうとかですか?

「《そうだ。最低賃金700円から週5日のフレックス制だ》」

 どこのアルバイト!?

「《そして有休だけではなく事故休暇や産休もとれるという話を聞いた事がある》」

「思わず履歴書を探してしまう程の好待遇だな………」

 ごくりと生唾を飲み込み真顔になるあるじ。本気で転職を考えている顔だ。転職といっても今の職業は偽勇者(ヒモ)だからあんま変わんないと思う。


 確かに今までやってきたバイトに比べるとかなりおいしそうな職業ではある。今までのバイトは有休などモチロンなかった。代わりに保険に自動で加入させてもらえた。生命保険に。もちろん受取人は私。



「って、聞きたいのは待遇じゃなくて能力だってば」

「《能力、とは?》」

 雪竜がその長い首の小首をかしげる。その様は少しだけ彼が王だというのを忘れてカワイイと思ってしまう。最強の萌えポーズだな。

「特殊な能力か、【魔法】が使えるようなるってこと。例えば、召還されると武器を操れるようになるとか、闇を操れるようになるとか、七星士が仲間になるやら」

「《ふむ…………聞いたことがない。召還されても特に恩恵のようなものもない。主従契約も魔力経路(パス)が通うだけで新たな力に目覚めるというのは有り得ぬだろう。

 どうしたのだ? 両手を地面について顔を伏せるなどをして》」

「……………おー、あーる、ぜっと」

 未だに召還ボーナスによるチート能力修得を諦めてなかったのかわかりやすく落ち込むあるじ。

 ということは、私が【魔法】を使えるのは私に才能があったという事だろう。

 異世界でも才能がない人間は夢を見る資格もないという事ですねっ。

「その生々しいセリフはやめて………………」

 ファンタジー世界で幻想を砕かれたあるじはリアル絶望。

 雪竜はそれをクールに無視して私に語りかける。

「《しかし、人が召還されるなどと寡聞にして聞いた事がない》」

 やっぱり、異常事態なんですかね、と私はクールにあるじを無視して雪竜を見上げる。



 召還したユニ本人どころか、天使すらも驚いていた。そして『召還者』と憎々しげにあるじを呼んだ。『召還者』―――勇者とは一体何なのだろうか……………。



 竜は勇者とか見たことないですか? 童話にもなっているなら、史実の可能性も。

「《見たことはない…………いや、確かに人間離れした強さを持つ者はいた。だが、それが召還された人間であるかなどわからぬ。黙っていれば見分けることはできないのだから》」


 召還されたといっても手の甲にルーン文字が刻まれるわけでも、首輪がつけられるわけでも、星型のアザが浮き出ることもない。

 これじゃ手掛かりは無いに等しい。



 私は地面に手をついているあるじの背に飛び乗り、少し高くなった視点から話しかける。

 もっと、こう、ないですか?

「ない、とは?」

 えーと、召還魔法の歴史は聞いて、仕組みはわからないから…………召還魔法で来た私達に、何か、何か必要な情報は……………。

 私が真剣に悩んでいると、地球が回転した。ぎゃあ!

 いきなり180度回った視界に驚きながらも、手と足の関節を動かして空中で一回転し着地。これは10点間違いなし。

「納得いかないーーー!」

 あるじが立ちあがって大声を上げていた。あるじが勢いよく立ちあがったためポーンと投げ飛ばされたのか。

 あるじは憤懣やるかたない―――というには気迫が欠けるも、それなりに怒ったような表情で竜を見上げながら叫ぶ。

「僕も魔法覚えたい! 教えてください先生!」

 必死な懇願に(これが囚われの姫を助けるために望むならかっこいいが、現実は欲しいゲームが出来なくて駄々こねる子供と一緒だ)雪竜は片眉をあげながらも律儀に答える。

「《魔術が使いたいのなら、魔術師に教わるが良い。竜である私の魔法は人が扱えるものではない。翼がないのに鳥の如く空を飛ぼうと望むようなもの》」


 おもちゃ売り場で駄々をこねる子供に親が言い聞かせるように理詰めで問いかけるが、子供は感情のままに欲しいものは欲しいと泣く。


「せっかくの異世界なんだからマホー使いたい! 黒魔術使ったりクディッチして猫みたいに王国秘伝の【エルミニの雪遮竜壁】使ったりしたいしたいしたいー!」



 寝っ転がって手足をばたつかせ駄々をこねる子供。もちろん、馬鹿(あるじ)だ。もうすぐ17だというのに恥ずかしくないんだろうか、この人は。聞くと、絶対「子供心を忘れない素敵な人間だからな」と言うだろう。

 あるじ、見てるこっちが恥ずかしいからやめてください。

「ふっ、僕は子供心を忘れない素敵な人間だからな」

 やっぱり言った。じゃあ、もっと記憶をさかのぼってみますか?

 私は不敵に笑いながら【エルミニの雪遮竜壁】を発動させる。

「?」

 いきなりの魔法発動に上半身を起こしてあるじは驚くが、見当違いの場所に発動したので安心して不思議そうに首をかしげている。

 それが貴様の命取りだ!

 発動場所はあるじの頭のすぐ後ろ。そして前は私の体当たり。

 必殺・玉突き事故!

「ごがっ!?」

 顔面への体当たりであるじの体が後ろに倒れ、後頭部が壁に何かが砕けるような音を出して激突する。

 私は華麗にあるじの頭の上に着地した。



 頭を打って記憶全部落としてみたらどうです?

 あるじに制裁を加えた私は問いかけるが、返事がない、ただのしかばねのようだ。

 体を揺すってあるじの頭も揺らすが返事はなく、代わりに「………ただいま留守にしております。ピーという放送禁止用語が明日から貴様の代名詞だ」呪いの留守電メッセージが流れた。

 だがもう一度揺らしても、今度はうんともすんとも言わなくなった。……………よく見ると白眼向いてら。

 お、起きてください。ほら、雪竜も驚いて目を丸くしてますよ。



 雪竜はそのバスケットボール並の眼球を乾くにまかせ、私達を凝視している。

「《有り得ない…………》」

 ほら、有り得ないとか言われてますよ。異世界(メルヘン)の住人にそんなこと言われたら馬鹿を更生できなくなりますよー。

 もう一回揺らそうとすると、Grrrrrrrrrと頭上から唸り声が聞こえた。

「《…………不可能だ》」

 ついに更生不可能宣告。あるじの馬鹿は伝説(ドラゴン)によって不治の馬鹿という伝説級の馬鹿に認定された。



 しかし、それにしても雪竜は驚きすぎじゃないだろうか。たしかにあるじは馬鹿だが、この程度のことはあるじの本性の片鱗にしか過ぎない。

 あるじはまだあと二回、プライドを捨てられる。この意味がわかるな………?



 それともこの時点で、あるじは竜すらも恐れられるバカっぷりなのか。私があるじの教育方針を考えていると、竜は言った。

「《その魔法を、【エルミニの雪遮竜壁】を(けい)は―――何故使える?》」

 小さな月のような輝く目は私達、ではなく、私を見ていた。

 な、何故って言われても。お姫様が使ったのを見たら、自然と使えたんですよ。

「《…………血の契約なしには【雪遮竜壁】は使えない、いや使いようがない》」

 どういうこと………ですか?


 おぼろげながらに何か不穏な気配を感じ取っていた私はしかばねあるじの上で雪竜の話に耳を傾ける。


「《【雪遮竜壁】という魔法は、最高の防御魔法だ。吹雪を閉じ込めたような透明の壁を発生させ、攻撃を防ぎ相手の動きを妨げる。どんな魔術でも破れぬ、どんな魔法でもヒビ一つ入れられない魔法だ。

そう、話に聞く【神文字】のような反則技を使わぬ限り。正確に言うと、あれは防御魔術ですらないのだ》」


 防御魔術―――じゃない?


「《正しくは壁―――物質ではなく反作用力場だ。立方体を【想定】し中心の魔力を想定空間内で【流転】させる。中心から外側に向けて熱を【流転】させることで外側の【加的動力】を放射し、【減的動力】で雪を発生させそれを循環させることで、一回分の魔力でこれほど高度な魔法を発動できる》」


 ……………これは日本語なのだろうか? そういやここは異世界だから異世界語なのかもしれない。

 専門用語連発で意味が一つも理解できず私の頭を混乱させる竜の〈幾何学的魔法理論応用編講座〉は進んでいく。


「《竜以外が使うには【竜の血】を活性化させ一時的に【凪質】と【竜属】を得なくてはならぬ。空間に散布する【風粒子】の【占有主権】を【連鎖】させることで他者による魔法的干渉も防ぐ》」

 ま、待って、待ってください! 専門用語ばかりで〈いちねんせいのよい子のまほう〉科目すら履修していない私には理解できません。


 ようやくそこで竜は自分が興奮していた事に気がついたのか、ふんと鼻の間近にいれば私ぐらいならフっとばされてしまいそうな鼻息をついた。

「《ふむ……………………つまり、『エルミニの雪遮竜壁』は普通の防御魔法よりも複雑な理論で動いている》」

 超難易度SSS(トリプルエス)だから、真似できるはずがないってことですか?

「《いや、竜にしか使えないのではない。竜だから使える魔法、ということだ。竜の血を身に流るるものにしか〝見え〟ず〝知り〟えない》」



 雪竜。

 雪山の王者にして、雪を知る者。



「《翼が背にない人間が飛べないように、鰓を持たぬ鳥が深海に行けぬように、指を持たない鳥が道具を作れないように―――竜にしかない器官で【雪遮竜壁】は発動する。

 ――――だが卿は、【竜の血】という翼がないのに、鳥のように空を飛んでいるようなもの》」


 私は頭の中で、翼をつけて空を飛ぶあるじをロックオンして撃ち落とす妄想をしながら頭の中で整理する。


 雪竜の血がないと――【雪遮竜壁】は絶対に使えないんですか?

「《血に含まれる【魔力属性】・【制御構想】・【占有権】を何かで代用する¬¬のなら―――具体的に表するならば、分子構造を把握できる竜と同じ賢い目を持ち、竜と同じ数百年の時を生きて蓄積した年代物の魔力を宿し、竜と同等以上の魔力量を保持して――それで、ようやく一回分だ》」


 ………………とりあえず必要条件がすさまじいのはわかった。魔力量の意味はわからないけど。

 魔法の才能の多寡程度では【雪遮竜壁】という秘儀を扱うのは問題外であることもわかった。

 竜の眼光にちょっと圧されながら、頭を働かせて私は答える。


 で、でも、異世界に召還されたんですし…………それくらいありじゃないですか?

「《何故―――異世界に【召還】されたことが【魔法】を使える事につながる? 空に行けば翼が生えるか? 海に潜れば鰓ができるか?》」

 ……………それもそうだ。



 例えばこの異世界召還が神様による奇蹟なら、不思議能力がついていてもおかしくないが、私達を召還したのは人間(ユニ)である。

【召還魔法】が移動するためだけの魔法なら変な能力はつくはずがない―――と思うが、そもそも【召還魔法】は動物を召ぶもので世界を移動させる機能はないはず。



 本来あり得ない機能。

 それはつまり―――誤作動(エラー)


「《我が血を受ける者か、竜でない限りその魔法を使うのは理論的に不可能だ》」


 それは多分、雪竜から見たら、奇蹟というより、異常に見えるのだろう。

 沈まない太陽。

 親が存在しない子供。

 死者の復活。

 魔法を使う竜から見ても―――気味が悪い。


「《どういう理屈で――その【魔法】は発動できている?》」


【魔法】を見ただけで、自分も使えるようになる【力】。

 言葉にすると簡単だが、そんなことが普通できるわけがない。見ただけで技術を真似できるなら、この世は音楽家画家などの芸術家で一杯になっている。

 そんな当たり前の常識を無視して、私にはそれができている――――――理屈も、理論も、何も知らないままに。


 私達の【異世界召還論】がおかしい理由。

 非常事態(エマージェンシー)異常自体(アンナチュラリー)


「《まるで、死んだ者が動くかのように――整合性がとれていない》」


 南瓜を馬車に替える魔女。

 海の泡となる人魚姫。

 月へ帰るかぐや姫。

 現実にはありえない空想(どうわ)

 物語には有り得ない誤植(ズル)

 法則には有り得ない埒外(チート)


「《その事は、周りに話さない方がよい》」


 魔法がある世界でなお、有り得ない事象。

 それはなにを意味しているのだろうか。

 それは私達をどこへ誘うのだろうか。

 なにも、わからない。


「《それは、この世界の理を壊す力だ―――――》」


 


 









 




『地熱街』ウィルマ滞在2日目。

 高級旅館『雪解け水で煮え湯を飲む』で話を聞いた後、私とあるじは例の〈魔物狩り〉が出るらしい『シーパァ森』に来ていた。



 シーパァ森は道こそないものの行く手を阻むような背の高い草はなく、特にこれといった特徴もない普通の森だ。深い霧に覆われていたり木々が生い茂って夜のように暗い、という事もなく空から日光が注がれる森林浴にぴったりな場所である。


 所要時間は鳥君で約四時間。

 普通ならこの倍はかかるみたいだが、鳥君の爆走RUNに振り落とされそうになりながらもたどり着いた。鳥君には森の外で待っていてもらい、私とあるじだけで森の中に潜入した次第。





「…………本当に何もいないな」

 私の横を――というか私があるじの足元で歩いていると、上から声がかけられた。

「音が全然しない…………気味が悪いな」



 この森に入った時から感じていたが、普通なら聞こえるはずの小鳥のさえずりや動物達の気配が全くせず、風でこすれあう梢のささやきしか、音がない。

 動物達の姿を一匹も確認できなかった。

〈魔物狩り〉から逃げたのだろうか? それとも――――――。



「とりあえず〈魔物狩り〉――か、どうかはわからないけど、動物達を脅かす存在はあるみたいだな」

 安全靴で草を踏みならしながらあるじは辺りを見まわす。

「それ以外は普通の森だよなー。魔物狩りもいなさそう」

 それよりも、どうやって探すんですか、魔物狩りを?

 私の至極もっともな意見にあるじはきょとんとした目をする。

「え? 普通に歩いて探しまわれば…………」

 この広い森をしらみつぶしで歩きまわるつもりですか?

「う、うん…………」

 この下手すると街一つ分ありそうな広い森を?

「は、はい…………」

 魔物狩りの姿も知らないのに?

「ひっ、一人と一匹で力を合わせれば! きっと大丈夫!」

 都合のいいことを言いながらあるじは木と木の間に目を凝らし、宝くじの山の中から当選番号を探すかのような作業に入る。当たりがないかもしれないところがミソ。

 何時間かかるどころか見つけられるかどうか。

「あ、見つけた」

 早あっ!?

 あまりに驚いたため尻尾が直立する私の脇で、

「この草食べれそう。持ってかえろ」

 見つけた草をぶちっと引き抜き根についている土を払い、ジャンパーコートのポケットの中へ突っ込んだ。 魔物狩りはどうした。

「え、あーうん、両立していこう」

 そう言いつつもあるじの視線は足元をさまよい食べられる野草を探している。多分、夕飯に私の皿に盛られるのだろう、と思うと少し鬱になる。

「お昼はこれで決定だな」

 二食連続ですかっ!? カレーの二日連続とかならまだいけるが雑草のソテーを二日連続は厳しい。猫は肉食なのに…………。



 意気揚々と草花を摘む――というと乙女チックだが実際はナズナやヨモギっぽい食べられそうな何か(メイドイン異世界)を採取している。その足元で私はげんなりする。


 毒は匂いでわかるから心配ないが、数年あるじと一緒に野草を食べる生活を続けていたら味の良しあしがわかるようになってしまい、このままだと肉食獣にあるまじきことにベジタリアンになってしまうのかと恐れているのだ。



「ナズナ、ヨモギ、タンポポ、ハコベ、フキノトウ、ゼンマイ、ワラビ、ネコ、フジ、サンショウ、クズ、ドクダミどれを食べても美味しいよ~」


『食べられる野草の歌』作詞・あるじ、作曲・あるじの即興の歌を歌いながらぶちぶちっと野草を摘んでいる。ん、というか野草以外の単語が混ざってなかったか?

 何故だか背中の毛がぞわっと逆立つのを感じ、何とかあるじの興味を野草から引き離そうとして見る。


 や、野草なんか探さないでください。アリアが待ってるんですから、早く帰らないと。

「あー………」

 あるじは口の端に草をくわえ―――生で食うな―――探す手が止まった。




 今、話に出てきた記憶喪失少女・アリアさんは同行しておらず高級旅館に置いてきたのだ。

 女の子を魔物狩りなんて物騒なものが出る森に連れていくわけにはいかない。

 しかし、本人はそんな理屈よりも感情の方が大事だとばかりにあるじにしがみついて離れようとしなかった。


 なんとか説得して解放してもらったが―――その際の代償は大きかった。

 私は毛が真っ白になる程の恐怖を覚え、あるじは顔が真っ赤になる程の羞恥を覚えた。「もうお嫁にいけないっ!」と言ったのはもちろんあるじ。


 あるじは今、アリアに貸したはずの服、ジャンパーコートを半袖の上に着ている。解放してもらう際、さすがに外へ行くのに半裸はまずいという常識から服と靴を幾つか返してもらったのだ。

 旅館ということで浴衣(日本の伝統衣装・着物の簡易版)を借りる事が出来たので、ワイシャツ以外は返してもらった。




「行きに4時間かかったから帰りも同じ時間かかるもんなー」

 今はもしこの異世界が24時間制ならば14時くらい。

 このまま帰っても夕方18時と、少し遅い時間。遅くまで放っておくとあの少女は何をし出すかわからない。少なくとも、あるじは心配だろう。色々な意味で。


『地熱街』ウィルマで起きた二つの事件。

 連続少女失踪事件。

 街長暗殺事件。

 そして路地裏で血まみれだったアリア。

 同時期に起きた、3つのこと。

 無関係かもしれないし、関係しているかもしれない。

 あるじはどう考えているのだろうか。

 もふもふとタンポポを食べている様からは何も考えてなさそうだが。



 そんなこんなで、おつかいその2。〈魔物狩り〉を探せ。

 お姫様が乗っている馬車を通すためにこの森からもまだまだ遠い、ウィルマまでの道にて通せんぼしている魔物の群れをどけなくてはならない。


 でも、お姫様から逃げるのなら放置しておいた方が色々都合がいいと思うのですけど。

「んー…………でも」

 そっぽを向きながらどうでも好さそうにあるじは言う。

「約束、したからなー」


 約束? もしかしてネコミミオッサンとのやり取りの事だろうか。


 あれは一方的な命令ですよ。

「それでも、一度引き受けたんだから………出来る限りのことはしないと」

 いつになくあるじは真面目だ。どうしたんだ、といぶかしむ私に一つ心当たりがあった。

 そそくさと草を分けて歩くあるじの背中に、一こと告げる。

 お金。

 ぴたっ、とあるじの足が止まった。

 ………………………。

「………………………」


 沈黙が場を支配する。空寒い風が私とあるじの間に吹いて、草木を揺らした。


「だって! お金ないんだもん! お世話になるしかないよ! どうせアリアのことでこの街から離れられそうにないんだし! ここでもう一頑張りして、それでお金もらえたらいいなーって思うことのどこがいけないの!」

 沈黙に耐えきれなくなってあるじは自白を始める。

 こいつ、金に魂売りやがった!

「字も読めないし、魔法は訳わかんないし! 雪山で頑張ったんだからお給金くらい、いいじゃない」

 それでお金を受け取った後はバックレる気でしょう。


 お姫様がこの街に来たら、言いくるめて当分食べるものに困らないだけのお金をもらってそのあと逃げる、という算段なのだろう。


「……………………」

 沈黙は金なり、とはよく言ったもので。

 あるじは「森林達よ! おらにマイナスイオンという正体不明の力を貸してくれ!」とか言いつつ探索を再開する。弁解をしないのを男らしいと言うべきか弁解もできないのをヘタレと言うべきか。

「まっものマモノ魔物狩りー、出ておいでー。出ないと目玉をほじくるぞー」

 物騒なことを言いつつ、あるじは土を掘っている。モグラでも探す気か。



 返事をするのは木々のこずえだけで、動物的な返事は帰って来ない。青々とした木と草が生えているだけで、目の前を横切る小動物の影はない。ちらちらと揺れる光は風で揺れる木の枝の間から差し込む日差しだろう。



 そもそも。

〈魔物狩り〉を見つけてどうするんですか?

「? 見つけるだけだけど」

 あるじは発掘した未鑑定品の何かをポケットの中にしまいながら私を見る。そんなガラクタ拾っちゃメッ。

 見つけて、どうやってこの森からいなくなってもらうんですか?

「…………普通にお願いすれば」

 森中の魔物を倒しまわるような好戦的なヤツが話を聞いてくれると思いますか? 〈魔物狩り〉というぐらいですから強いですよ。こう、触手がウネウネしていて目がらビームを出しながら空を飛ぶ《同族殺し》スーパーベアーみたいな。

 そんなのが襲いかかってきたら…………。

「……………………」

 堀りあてた人参の土を払っていたあるじの手が止まる。

「…………………お、襲いかかってきたら?」

 即エンカウントバトルですよ。

「か、かかかかか可能性の話だよな。ももももも、もしかするとこの森にもういないかもしれないし、たたたた戦いにならないかもももももも」

 動揺しすぎですよ、あるじ。



 もしかすると、戦闘になる可能性を考えていなかったのか。

 そうか。いつもみたいに逃げないのかーと思っていたら、事態を把握すらしてなかったとは。私の予想の一つも二つも上をいくとは、さすがあるじ。

 あるじはあまりに動揺しすぎてニンジンをガジガジ食っている。兎かあんたは。



 私があきれながら見ていると、背後で音がした。

 パキリ、と枝が折れる音がした。

 何かと思って振り返ると、すぐそこに、ガラスの大剣をふりかぶる人間がいた。大剣はものすごいスピードであるじに迫り、そして斬り裂かれた。

 ざくん。





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