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Lv02―それはまるで魔法のような

携帯の人はルビが大変なことになってると思いますが、

…………まぁ気にしないでください。

「何をやっている」

 入ってきたのは一人の男だった。

 その男は黒い帽子付き外套〈フードローブ〉を着た年齢不詳で、老人のようなしわがれた声だ。目の前で伸びている二人と残っている男の仲間だろうか。

 だが男に声をかけられた男は明らかに怯えた「ひっ」という声を漏らした。

 もしかすると援軍か……………?

「まだ手こずっているのか? さっさとそのお姫様を連れていけ」

 前言撤回。どうやら男達の上司、もしくは頭(ボス)といったところか。

 そしてやっぱり後ろの銀髪少女は男達に誘拐でもされそうになっていたのか。

 お姫様ということはいいところのお嬢さん。男達はその営利誘拐を企てる犯罪者、といったところか。

「で、ですが、邪魔が入って」

「邪魔?」

 そこで初めて黒外套はあるじと、それから倒れている男二人を見た。

「…………まさか、そのガキのことを言っているのか?」

「そ、そうだ」

「お前らはそこのガキたった一匹に手こずっているのか?」

 その黒外套の声は明らかに苛ついていて男は憐れな程に震える。

「で、で、で、ですが」

「……………………………」

 早口で弁解している男を黒外套つまらなさそうな瞳で見ている。あるじを見るとどうすればいいのか対処に悩んでいるようだ。

「もういい」

「へ?」

「お前の仕事はここまでだ」

 黒外套がつぃと細い枝のような指を持ち上げると、男の顔が蒼白になり舌がより一層回らなくなった。なんだ?

 指が振り下ろされる。

「だ、だけどコ、コイツ、いきなり現れて………………そ、そうだ! こいつ『魔法使い』だ!」

「…………………………………ほぅ」

 指がピタリと止まった。黒外套は男の言葉に興味を示したようだ。

「だが、この城にはもう『魔法使い』はお姫様ぐらいしかいないと思っていたんだがな」

 さっきからこいつらは何を言っているんだ? 

『魔法使い』? 魔法使い(ツァオベラー)だって? そんなものいるわけない。だとしたら何かの隠語か。

「まぁいい、一人増えた所で燃やしてしまえばいいのだから――――――」

 黒外套がつぃと指をあるじに向ける。

 その時、私は思い出した。あの、魔法陣を見た時の感想を。あの時、私は何と感じた?



 ――――――――――――――ホンモノ。



 あるじっ!

 私の声が間にあったかのか、それともあるじも何かを感じたのか後ろに手を伸ばして銀髪少女を捕むと横へ跳ねた。

 それは黒外套が唇を動かしたのと同時だった。

「【――――――っ、――――――っ】!」

 私の知らない言語、というか音の連なり。

 その声が合図だったかのようにゴッと空気がいきなり震える。

 それはあるじが先刻までいた場所を、何の前触れもなく炎(フランメン)が焼く音。橙色(オレンジファービック)な火の粉を撒き散らして壮絶な温度で周りを焼く。だが幻のようにそれは一瞬で消えてしまう。

「は、はあ?」

 あるじは少女と共に飛んで床に倒れたまま、体勢を立て直そうともせずに呆然と今いた場所を見ていた。まるでまだそこに炎があるのではと思ってしまう程、凝視している。

 車にひかれそうになった時のような突然の命の危険に唖然としているのだろう。私もそうだ。呆然としている。


 だがそれは、突然の炎に驚いたからではない。

 その炎を手品や化学兵器によるものではなく【魔法】によるものだと確信してしまったからだ。【魔法】の存在を知らない、あるわけがないと否定的な、いや現実的な考えを持っていた私が、だ。



 まるで既視感(デジャヴ)



 誰かに自分のものではない情報を無理やり植えつけられたかのような感触。

 そんなことを考えていたから、反応が遅れた。

「…………ただのガキか。炭になれ。【―――――――っ、―――――――っ】!」

 しわがれた小声による謎の言語――――――そう、言語だ。歌でも詩でもなく言葉――――――と共に現れたのは先程の炎(フランメン)より小さな手の平大の火の玉。


 それでも人を殺すには十分。

 それが、まだ倒れているあるじに向かって発射された。

 その勢いは銃の弾丸には劣るが人が投げるモノよりかは遥かに速い!


 だがそれはあるじの数センチ手前に現れた白い壁にぶち当たって四散してしまう。

 いや、白い壁というよりも、透明な箱の中で雪が降っているという方がしっくりくる。美しく、そして優しい、だか氷のような堅固さを持つ感じがする。

 今のも、【魔法】?


「……………ほぅ、お姫様。まだ力が残っていたのか」

「舐めないで、ください」


 少女の声だ。あるじが抱えている銀髪の少女がしゃべっている。

 その手は前に伸ばされ、その手の中には精巧な細工が施された10センチ程の杖。

 銀髪少女がこの『壁』を作ったのか?

 この少女も『魔法使い』!


「白き国の姫。今までの戦いで魔力が枯渇したかと思えばまだこれ程の障壁を張れるとは」

「下がりなさい、魔物に与(くみ)する魔術師。ここは白き王国の姫の寝室。土足で入るのは無礼だと思わないのですか」


 年相応ではないかしこまった口調。だが不自然さはない。それどころか周り自然に跪(ひざまず)かせる厳かさもある。

 だが黒外套は不快な笑みを浮かべるだけ。


「国というものは力があるからこそ。偉大な庇護がなくなったこの国に私を退かせる力はもうない」

「――――――――くっ」

「そして、あなたにも」


 黒外套が次にした事は大したことではない。火柱を発生させたり火の玉を出したりするよりは常識的。

 だけど外套(ローブ)の内側からナイフを取り出して投げつけるのはやはり非常識だ。

 それがさらに常識を打ち破ることに。

 弧を描いて放たれたナイフが銀髪少女が生み出したであろう白い壁に触れると、ガッシャャャァァァァン! とガラスが割れるような音と共に―――あんなにも―――強固そうな壁が―――壊された!

「なっ!」

 少女の整った顔が驚愕に歪む。まさか、あんなにも堅そうな壁が打ち破られるとは思っていなかったのだろう。私もそう思っていた。予想できないことばっかりが起こる。

 これが―――――――――【魔法】!

「そ、そんな【エルミニの雪遮竜壁(セツシャリュウヘキ)】が、たった一撃で………………!?」

「ほう。やはり今のが。道理で俺の【魔術】でヒビも入らなかったのか。俺の力ではその小ささでも破るのには時間がかかりそうなので、少し裏技を使わせてもらった」

 コツ、と黒外套が一歩進む。

「これでアナタを守るモノはもういない」

「くっ………………でもまだ………………! 時間さえ稼げば、」

「助けがくる? 俺の言葉を聞いていなかったのか。これで、アナタを守る[者]はもういない、と言った」

「――――――ま、さか」

「ああ、この城には【魔術師】はもういない。あるのは元人間の炭だけだ」

 その言葉に少女の右手から杖がこぼれ落ちる。

 しかし杖が地面に落ちる前に左手で捕みとった。

「それでも、私は…………………………!」

 銀灰色の瞳に火が宿る。その様子に黒外套はつまらなさそうに鼻を鳴らす。

「ふん、まだ抵抗する気か。ならば」

 まぶたの肉が薄いせいか眼球の丸みが気味悪いほどよくわかるその眼が、今まで忘れられていたかのようだったあるじを見た。

「ならば、お前が抵抗しないならそのガキの命を助けてやる」

「――――――――――――っ」

「抵抗するならばそのガキは生きたまま皮膚から肺まで余さず焼いてやる」

「卑怯!」

「賢いと言ってくれ」

 あざ笑う黒外套に唇をかみしめる少女。



 あるじは人質になったのか。私達を置いてどんどん展開する状況と知らない単語が混じった会話から、それだけがわかった。

 いきなり知らない場所に未知の方法で移されたと思ったら状況を飲み込めないままいきなり物騒なことに巻き込まれて人質になるってどこのB級映画だ。

 でも、あの【魔法】は本物で、これは現実だ。


 人質、と黒外套は言った。

 でも。

 人質というのはその人にとって価値のある人間でないと意味がない。ついさっきいきなり現れた見知らぬ人間にどれほどの価値があろうか。縁もゆかりもない見知らぬコイツの代わりにお前が死ねと言われて誰が首肯できよう。

 しかもこの黒外套が言うことは口だけであるじを絶対に生かして逃すつもりはないだろうことは明白だ。

 でも。

 あるじは同じ立場で笑って即答した。

 見知らぬ人間のために笑って死ぬ、と。

 そんな言葉をかけてくれた人間を裏切れる程、少女の瞳は濁っていなかった。

 その瞳は絶望と恐怖と諦観に彩られている。それは負の感情でも彼女の年相応の顔だった。

 年端もいかない少女の泣き顔だった。

 銀髪の少女は力なく立ち上がると、

「ご、ごめんなさい………………あなたを、勝手に、召(よ)んで、ごめんなさ―――」

 立ち上がると、とある手にトンと胸を突かれて尻もちをついた。

 そこにはついさっきまで話のカヤの外にいた、銀色が混じる黒髪の少年。



「大丈夫」



 あるじは少女のか細い声をさえぎる。

「大丈夫さ、僕が何とかするから」

 そして振り返って笑った。曇りのないこの場にふさわしくない笑み。

 現実的に見て、不可能な約束。

 それでもあるじは約束をする。

「よくわかんないことだらけだけど」

 いきなり知らない場所に来て、ここは何処かもわからず、君らは誰かさえ知らず、何で【魔法】があるのか、いきなり殺されかけて人質にされ、何もかもわからないことだらけだけど。

「だけど、相手が変わったくらいじゃ、前言をひるがえす気はないよ」

 ………………普段はヘタレなのに、こう時々格好良くなるから困る。

 私はあるじの肩によじ登る。あるじは私が乗りやすいように右腕を平行に持ち上げてくれた。

「猫。お前も付き合ってくれるのか?」

 私が付き合わないで誰が付き合うのですか?

「ははっ、そうだな」

 相手は絵本の世界に住む本物の魔法使い(ツァオベラー)ですよ。わかってますか?

「ああ、やっぱり本物の魔法(ツァオバー・クンスト)か。本当に魔法ってあったんだ。道理でビックリ」

 そんな相手に勝算はあるのですか?

「いいや、さっぱり」

 絶望的なのにあるじはいつもの困ったような微笑みを浮かべている。

「ガキ、一人で何をしゃべってる? 恐怖のあまりに狂ったか」

「狂う? いやいや、猫ちんと会話してただけだよ、だから気にしないで。というか話しかけないで。僕は魔法少女以外魔法を使える存在は認めたくないから、あなたの存在は少し不愉快だ。大体センス古すぎ、魔法使いだから黒ローブって猫にタマ犬にポチ後輩にツカイッパと名付けるくらいありえないね」

 あるじは恐怖などとは無縁そうなにこやかな顔で答える。普段は絶対言わないわかりやすい挑発。


 だが本当は怖がっている。本物の魔法(ツァオバー・クンスト)に。

 逃げたい気持ちでいっぱいだろう。一人だったら後ろを向いた瞬間に殺されるとわかっていても逃げていることだろう。

 でも、一人じゃないから逃げられない。

 ヘタレなあるじの美点。


「………………………………不愉快だ」

 あからさまな死の淵に立っているというのに恐怖などあるじはまるで感じてないように見えたのか黒外套は吐き捨てた。

「小僧、この私が、この【蒼火】と呼ばれた魔術師が骨まで炭にしてやる」

 魔法使い(ツァオベラー)は指を全部立てる。それでまた炎を呼び出すのか。いや、違う。

「【――――――っ、――――――】!」

 指揮されて飛び出たのは火ではない。

 それ自身が意思を持っている炎の形をした蛇。

 その口から吐き出すのは舌ではなく火の粉。身にまとうは鱗ではなく火炎。

 私はその蛇(シュランゲ)の名を知っている。いや、知ったのではない。既視感だ。

 

 


 フランメン・ツー・アイネム・シュランケ・ツザンメン・ゼッツェン。

 ―――――――――【炎にかた(Flammen)どられた( zue inem)宙を這う( Schlange)獲物を( zusammen)探す蛇( setzen)】。

 


 

 今度の既視感はより一層ひどい。だから気づけた。これは誰かに植えつけられた知識ではない。自分で【魔法】の欠片〈ひのこ〉から食いちぎって情報を奪ったのだ。

 何でそんなことができた方法はわからない。でも、その手段だけはわかった。

 わかっただけ、だが。


 蛇が口からシューと異音を吐き出しながら首を高くもたげる。

 

「そ、そんなっ、や、めて…………………逃げて!」

 銀髪の少女が泣きながら叫ぶ。

「骨まで焼かれるのは初体験だなー。できればミディアムがいいな」

 だがあるじは振り返って微笑むだけ。

 私はレアが一番おいしいと思います。

 私はその肩で尻尾を揺らすだけ。


 火色の蛇があるじを睨(にら)む。


 どうにかできるなんて、これっぽっちも思っていない。

 何で私が黒外套の【魔法】について理解できたかもわからない。

 でも、理解できたといっても私は所詮猫だ。何もできやしない。


 蛇は見えない道があるかのように宙を泳いで近寄ってくる。


 あるじもそうだろう。【魔法】なんて寡聞にして聞いたこともない。そんな絵空事には少し喧嘩が強い程度では太刀打ちもできない。

 故にこの人なら何とかする、という盲目の信頼でもない。


 ついに蛇の炎の温度が肌を焼く。


 あるじは数秒後に黒こげになることを予想している。それがわかってなお立っている。

 彼はそれだけしかできないと思っているから。

 だから私はあるじの代わりに、当然の如く祈った。

 

 蛇の息吹が私の毛を焼く。

 

 神にでもなく。悪魔にでもない。

 自分自身に。


 炎の蛇が顎(あぎと)を気持ち悪いくらい開く。 

 そして文字通り爆発的な速さで飛びかかってくる。

 蛇の両顎があるじの首にかぶりつく。

 

 その直前に。

 当たり前のように私は心の中で唱えた。

 雪(シュネー)の髪の少女が唱えた、守るための言葉を。

 それが当然の流れのように。

 魔法の呪文をなぞらえた。

 



 デア・エーヴィヒシュネー・シルム・アオフ・シュパネン。

 ―――――――――【エル(der ewige)ミニの( Schnee) 雪 遮(schirm) 竜 壁(aufspannen)】!




 思いの強さが具現化したかのような、白い雪景色のような半透明の魔法の壁が現れる。

 その壁に押しつぶされて炎の蛇はかき消えてしまう。

 猫の私が本物の魔法(ツァオバー・クンスト)を使った。

 私が勇者に成る瞬間だった。





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