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Lv05―モンスター・ネゴシエーション

 軍章バッチをワイシャツの襟に付けたあるじは死んだ魚の目をしていた。

「………………僕の人生なんてこんなもんだよなー。貧乏くじばっか追われてばっか押し付けられてばっか。僕は何一つ悪くないというのに」

 虚ろな目をしながらあっはっはと乾いた笑い方をするあるじはハッキリ言って怖い。

 でも大丈夫ですよ! 私はあるじを見捨てませんから!

「うっうっ、ありがとう猫。そんな優しさが胸に染みる」

 ですから今日の夕飯は豪勢にしてくださいねっ。

「…………たった今、キャバクラに通いつめる独身男性の気持ちが理解できた気がする」

 遠い目をしてそろそろ傾き始めた太陽を見るあるじ。

 見るならあっちの方を見ましょうよ。



 あっち、とはもちろん動物大軍の方向である。

 約700メートル前方という遠くにいるというのに視界の右から左まで占領する程の規模だ。大群の下には青々とした草原と踏み固められたあぜ道があるだろう。



「あの中を通って行くとか動物好きでも無理だと思うんだが」

 動物が好きでも、動物が自分を好きになってくれるとは限りませんからね。

「好き、なんて感情そんなもんだろ」

 私はあるじのこと好きですよ。相思相愛ですね。ですから明日の朝御飯も豪勢にしてください。

「僕はお前なんて大嫌いだぁっ!」


 そう言いつつも小声だ。さすがにこの距離なら大丈夫だろうが、万が一あの群れに気付かれたらモンスター遭遇バトル×512とかになるので気をつけなくてはいけない。

 見つからないようにするため、あるじはまだ丘の上でうつ伏せに寝転んでいる。


「……ホントにどうしようかー」

 ため息をつくように気だるげに言う。



 目的は動物の大群の間をすり抜けること。

 もし動物が兎のような小動物だけならいいのだが、狼に二足歩行鰐に巨大一つ目蝙蝠といった、例え一匹であったとしても近づきたくない猛獣ばっかだ。それが×50。

 普通に歩いていくのはまず無理である。かといって遠回りするのは時間を大幅ロスしてしまう。



 あるじ、いい案ないですか?

 あるじは苦い顔をして首を捻る。

「うーん、いくつか方法は思い浮かんだけどさ」

 おお、淒いですね。その方法とは?

「まずそのいち、猫の【魔法】を使って姿を消して気づかれないように行く」


 私が使える魔法の一つ、【四文字魔法】の【バニッシュ】。効果は姿を消す、というだけのものだが、何の準備もなく姿を消せるというのはかなり便利だ。

 便利、なのだが………あいにくと効果が半端なのだ。実験であるじの姿を消してみたのだが匂いというか気配が全く消えず、本当に姿を消すだけの魔法なのである。


「猫が姿を消した時、僕でも気づけたからなあ。あんま意味ないし、敏感な動物にはまず意味がない。

 というわけで方法そのに。猫だけが鳥君に乗ってあの魔物の中を通り街まで行って用を済ます」

 …………………………………。

「同じ動物だから攻撃されないだろうし、あれだけ大勢集まってるんだから天敵がいても攻撃するってこともないはず。僕は一人で、優雅に違うしっかり留守番する。うん、これが一番いい案だな」

 …………………………………。

「ね、猫サン? 無言は怖いんですけど」

 あるじ。

「は、はい」

 ちゃんと仕事しなさい。

「はい……………」

 青草に額を押し付けて、とはいっても伏せていたのでそもそも頭は地面に近かったが、あるじは静かに謝った。

 だがすぐに頭をあげて元の調子に戻る。こんなやり取りはお互い日常茶飯事だから私もあるじも後にはひきずらないのだ。

「方法そのさん。黙って遠回りをする」

 ……いいんですか? 時間がないから魔物群の真ん中を通るという強行策を言われたのに。

「大丈夫、言い訳は考えてある。目の前で倒れた妊娠したお爺さんの荷物を背負って………あれ?」

 イロイロ混ざってますよ。遅刻の言い訳を考える学生か。そんな言い訳を信じるのは余程の馬鹿か心がきれいな人間だけである。

 で、次はなんですか?

「………………………」

 反応がないので横を見てみると、あるじはうつむいて草をつついて遊んでいた。

 え、今ので思いついたの全部ですか!?

 結局一つもいい案なかったのに、どうするんだ。

「いや、もう一つだけあるんだけどさ」

 草をひっぱりながらあるじは言った。

 あるなら言ってくださいよ、もう。それはちゃんとした案ですよね。

「ああ、成功率80%ぐらいはでるだろうな…………でもなあ」

 なにを渋ってるのかはわかりませんが、それしか方法がないのならちゃっちゃっとやりましょうよ。このまま考えて時間が過ぎたら元も子もありません。

「そうだなー。行くか」


 あるじは立ち上がりなだらかな丘を下りていく。その際に服を払わなかったので草がいたる所にくっついていた。ジーンズにしまっていないワイシャツの裾やジーンズその物、ぼろぼろなジャンパーコートにはバッタがくっついている。

 急にあるじが立ち止まった。そしてバッタも落ち、足元にいた私に降ってきたがネコパンチではたき落とす。


「鳥君、連れてこないと」

 魔物の大群をどうにかすり抜けたとしてもそこから何キロも離れている次の街へ行かなければならないのだから、どういう方法でも連れて行くのは当然だ。

「あー……………」

 だが、あるじは止まったまま動かない。行かないんですか?

「行きたいんだけど、行ったらネコミミオッサンにまた何か言われる気がするんだよ…………」

 あるじはオッサンが苦手なようだ。まあ、猫耳つけたオッサンが得意だなんて人間はいないだろうが。

「絶対あのおっさん僕のこと嫌いだよ……………」

 憂鬱気味につぶやくあるじ。確かにここ数日、寝食を共にしているが必要事項以外は話しかけようとしてこないし、話しかけてきてもどこか棘がある。

 まあ、勇者なんて胡散臭いの名乗ってるんですから仕方がないじゃないですか。

「自分からは一回しか名乗ってないんだけどな………」

 鈍感なあるじでもここ数日のギスギスした空気は嫌だったのか、またため息をつく。

「口笛吹いたら来たりしないかな」

「クルルルル」

「そうそう鳥君がここに、っているよ!?」

 いつの間にか背後にいた金と銀の中間の色をした巨大鳥に驚きあるじはたたらを踏む。私は気付いていたので驚きはない。

「え、何でいるの?」

 本気で驚いているあるじの言葉に鳥君はGryrrrrrと唸り声で答えた。

「何て言ったの?」

 足元にいる私をひょいと抱えて通訳の要請をしてきた。

《仮とはいえ、あるじが望む時に傍にいるのが騎士の役目だ》ですって。

「かっこよすぎる! 下手すると僕より数倍かっこいいんじゃないだろうか…………」

 安心してください。あるじの1024倍はカッコいいですから。

 そんなことを言いつつあるじは私を鳥君の鞍の上に乗せ、自分は手綱を握って鳥君と並んで歩く。

 あるじは乗らないんですか?

「このまま行く」

 私達の進路方向は動物の大群へとなっている。そういえばあの群れをすり抜ける方法とやらを聞いていなかった。

 もしかして私の【魔法】を使って皆殺しにするんですか?

「こらっ」

 痛っ!

 私の発言にあるじが眉を潜め、私の頭をはたいたのだ。

「あのね、殺すとかそんな物騒なコト言っちゃいけません」

 な、何でですか?

「軽々しく殺すとか言っちゃいけません」

 ヘタレなあるじは動物に危害を加えることがお気に召さないらしく教育ママみたいにお小言を言う。

 でも相手は魔物、モンスターですよ?

「それでもだよ。別に殺すなとは言わないけど、殺す必要がないのに楽な方法を選ぶために暴力を肯定するな、って言ってるの」

 それだけを聞くと平和主義のヘタレにしか聞こえないが、あるじはヘタレではあっても平和主義ではない。

 勇者なのにモンスターを倒さないんですか?

「必要、なければね。今は必要じゃない。魔物を殺してまで通るほどに切羽詰まってる? もし通れなかったとしても通り回りして遅刻するだけだ」


 魔物を倒さない勇者。

 それは輝かない宝石みたいな無用の長物。


 でもあるじ、それならどうにかする方法はあるんですよね。

「あるよー」

 短く一言だけだったが、それなりに自信がありそうな声だった。

 あるじがそう言うなら、と私の意識は別の所に向く。



 歩いている鳥君の背の上は振動がそれほどなく乗り心地最高だ。欠点を言うならば、鳥君の首が邪魔で私では前方を確認しずらい事だけである。

 それも少し体を動かせば解決する。鞍から落ちないように爪を立てて、横に首を動かして前方の視界を解放すると、近くなった動物の群れが見えた。一番近い動物までもう100メートルもない。

 こちらの接近に気がついたのか何百という動物達のつヴらな瞳とギラついた眼がみつめている。兎や小鳥だけならともかく鰐モドキや鹿モドキといった猛獣から、一つ目蝙蝠などの異世界モンスターまでもがこちらを見ているのが不気味である。



 ほ、本当に大丈夫なんですか?

「だいじょぶ、だいじょぶ。信じなさい。信じる者は儲かるからさ」

 鳥君の一歩一歩が大きいために小走りのあるじは逆に不信になるような事を言う。

 心配しつつもついに距離は10メートルをきった。

 動物達の大群の中から一匹、私達を出迎えるように現れた。いや、一匹と呼ぶのかは分からないがとりあえず巨大な、あるじの身長の倍はありそうな一個体だ。

 ぬめぬめとしている柔らかそうな半透明なボディ。濾過された水のように不純物が何も混じっていない、ガラス細工のようでもある。

 目や足や手などはなく動物というよりも、もっと小さな生物に酷似している。形は不定形で、今は半球状の体から、ぬーっとクラゲの触指のような物が一本だけ伸びている。その中には球体――ミドリムシやプランクトンの核のようなものが蛙の卵のように透けて見えた。



 ザ・リアルスライムのご降臨だ。



 スライムというより地球外生命体っぽいが。

 空想世界(ゲーム)でスライムといえば雑魚の代名詞なのだが、目の前のそれはかつて出会った怪鳥や雪竜のように王者の風格をまとっていた。この動物群のリーダーだろう。

 あるじ、どうするんですか?

 そう問いかけるが、返事はなかった。不審に思い、横を見た。ちょうどあるじの頭があるはずの場所には何もなかった。

 はっ、とあるじの企みに気がついた私は振り返る。100メートルほど後方にあるじが立っていた。

「さあ、猫がんばれ! 交渉は任せたっ」

 また私ですか!

 どうやら先日の鳥君と同様、私が魔物と直談判する、というのがあるじの考えた方法だったようだ。あるじ本人は安全な位置で待機するという非道っぷり。せめて隣にいなさい。

 鳥君の上でしばし呆然とするが、よくよく思い返せばあるじはこんな人間だったという事に気がついた。危険が迫れば一も二もなく脱兎するのがあるじの流儀。雪竜の一件は百年に一度あるかないかの真面目モードだったのだ。


 色々あるじについて諦めた私は他の何百という動物が見つめる中、言葉が通じるのか不安になりながらも巨大スライム、というかアメーバに話しかけた。

 しかし本当に返事が返ってきた時は驚いた。

《コンニチワ》

 それは人に聞き取れるような言葉ではなく、ブブブとスライムの表面が風で揺れる水面のようにざわめきだった。

 だが、はっきりと動物特有の意思は感じた。驚きつつも返事をする。

 今日はいいお日柄ですね。

《ソデスネ。アナタ何カ》


 どうやら外見通り会話は得意ではなさそうだが、聞き取れない事はない。触指の一つが私の近くまで伸びる。その先端に埋まっている球体がぐるぐると回転していた。あれが眼の代わりなのだろうか。


 私はここを通りたい者なのですが、通っていいですか?

《イイ。ココハ私達ノ土地デハナイ。許可、必要ナイ。猫ト鳥、通ッテイイ》

 私達の通行許可は簡単におりた。意外と話がわかるスライム?

 じゃあ、人間が通ってもいいですか?

 ほんの少しだけ期待しながら聞いてみたのだが、かんばしくない返事が返ってきた。

《ダメ。人間通ル、ダメ。仲間、オビエル。人間ハ敵》

 おおう。やはりモンスターは人間を見ると襲いかかる性質を持っているようだ。ファンタジー世界の魔物はやはり危険な存在なのか。

 そう思っていたから、次の言葉には違和感を覚えた。

《人間ダケジャナイ。他ノ動物モ敵》

 他の動物も敵?

《ソウ。私達、襲ワレタ。多クノ仲間、殺サレタ》


 襲われた、殺された。

 なにやら不穏な単語が混じっている。そこでふと思いついた。


 もしかしてあなた方がここに居座っているのと関係があるんですか?

 スライムはしばらく沈黙した後、ブブブと震えて答えた。

《一昨日、私達、住ム森、敵ガ現レタ》

 森とは多分、次の街への方向にはるか向こうに見える深緑色の森の事だろう。

 それよりも、敵?

《ソウ敵ダ》

 敵、って人ですか? それとも魔物の天敵とか?

《違ウ》

 ………じゃあ、何ですか?

 ブブブとスライムは動いた後、触指の球体がピタリと回転を止め、そこはかとなく困ったような雰囲気を感じた。

《ワカラナイ。敵、魔物カ人間カ、一匹カ群レナノカ、ワカラナイ。ソレ、森ニイル動物、タクサン殺シタ。私達、ソレ〈魔物狩リ〉呼ンデイル》

 魔物狩り。

《魔物狩リニ抵抗シヨウトシタ。ダガアレ、恐ロシイ。魔力、大キスギル。私達デハ束デモ勝テナイ》

 この何百、何千という魔物や動物達を従える森の王とその軍勢が勝てない、だって?

《ソレデ私達、逃ゲタ。デモ逃ゲハジメタ時、モウ殆ド残ッテイナカッタ。ダカラ私達、北ニ西ニ南ニチリヂリ逃ゲテキタ》

 ここにいるのは魔物狩りにあった動物の生き残りの一部。命からがら逃げてきた避難者。

 ということはここに住み始める気ですか!?

 それが一時的な避難であっても、それはマズイ。あるじが通れないどころかお姫様の馬車すら通れない。文字通り通行止めになる。

《イヤ、私達ハ北ニ行キ『蠢く天の道標』ニ住処ウツス》

 えーと、『蠢く天の道標』はエルミニ大山脈の別称。私達はそのふもとのシェイラ・ジャルガ王国からやってきたのだから、ちょうどすれ違う形になるのか。

 じゃあ、今すぐにでもここからいなくなるんですか?

《イヤ。ソノタメ、先ニ住ム魔物ニ交渉ノ使イ、今ヤッタ》

 ………それって少なくとも後数日はここにいるってことですよね。

《イヤ。十数日カカル》

 …………うーん、と私は唸る。



 ここから十数日も動物達は動かないなら、あるじどころかお姫様達も通れない。

 ならば、私だけ通って街に行き討伐隊を―――は駄目だ。ついさっきそんな考えをあるじにたしなめられたばかりだ。

 何故、あるじが【魔法】による殺戮ではなく、【会話】による交渉を選んだのか。それは私に、それ以外の結果を出してくれと期待しているのだ。

 あるじの期待――そう、期待だ。今まで私にお願いやおつかいを頼むことはあっても、期待をされたことはなかった。一見無責任な根拠のない信頼を、猫である私に託されたことはなかった――に応えないわけにはいかない。

 だけど現実的には行き詰まりだ。やはり遠回りするしかないか?



 どうすればいいか悩んでいると、張りつめた弓の弦を射たような音が聞こえた。

《一つ、いいか?》

 その音は、私のすぐ前方――私が乗っている鳥君の声だった。今まで黙って成り行きを見ていた鳥君がスライムに話しかける。

《己らは、〈魔物狩り〉とやらを恐れて逃げだしたのだな》

《ソウ》

《ならば》

 鳥君が長い首で振り返って私を見た。違う、見ているのは私ではなくもっと後ろ。あるじだ。

《その〈魔物狩り〉を――――我らが〈あるじ〉が追い払えば、己らは森に戻るか?》

 ―――――――!?

 私は突然の話の流れに驚く。

《アア、魔物狩リ、イナクナレバ森ニ戻ル。問題ナイ》

 確かに、それが今一番の解決策だ。

 しかし問題は――――――

《ダガ、人間ニ魔物狩リ、倒セル、思エナイ》

 ―――――あるじに〈魔物狩り〉を倒せるかどうかだ。

 かつての世界で不当な評価を得ていた目の前のスライム――『森の王』ですら逃げだした、そんな怪物をあるじが倒せるかどうかである。

 私の予想ではエンカウントするよりも早く逃げ出す。それこそはぐれメタルのように。

 だが鳥君はそんなあるじのことを買い被っているのか話を進める。

《ただの人間ではない》

《ナニ?》

《彼の者は偉大なる『蠢く天の道標』の王者【雪竜】シェラージェルゥガ殿の眷属だ》

《人ガ眷属………?》

 鳥君の言葉にスライムを含めた何重都の動物が顔に驚きと畏敬の念を覚えるのを見た。


 眷属とは、手下もしくは庇護下にある存在という意味だったはず。あの雪竜が人を手下にするとは思えないのだろう。しかも冴えないヘタレな人間ならなおさらだ。私はその事よりも改めて【雪竜】の名のすごさに感心していた。


《この猫も眷属であり、その証に【エルミニの雪遮竜壁】の担い手だ》

《―――――ソンナコトガ》

《猫よ、できるか》

 その一言で私は鳥君にアレコレ離したのを思い出し、鳥君が何を望んでいるか理解して、私は心の中で一言唱える。



 デア・エーヴィッヒ・シュネーシルム・アオフ・シュパネン。

 ―――――――――【エル(der ewige)ミニの(Schnee) 雪 遮(schirm) 竜 壁(aufspannen)】、と。



 その一言に反応して、物理法則に反した現象が発生した。

 前触れもなく現れるのは、半透明の中で雪が舞う壁。虚空に現れ、接地していないというのに地面に落ちず、宙に停止したままの【壁】。見ていると寒そうなのに触れても全く冷たさを感じさせない【魔法】の壁。

【雪竜】とシェイラ・ジャルガ王族にしか使えないはずの絶対防御の魔法。


 この妙技に動物達は驚きと畏敬の念を覚える―――と思ったのだが、違った。

 驚きなんてものではない。何千という動物達がそれを見た途端、まるで電池の切れた玩具のようにピタリと止まってしまったのだ。

 驚きというより絶句。

 その中で唯一、動きを見せるのはスライムだけだった。

《【エルミニノ雪遮竜壁】ダ、ト……………》

 ブブブブブと振動して意思を表現する。やはりその意思は呆然としていた。



 鳥君にこの事を教えた時も、【雪竜】本人(本竜?)にこの魔法についてたずねた時も、凛々しく堂々とした彼らが絶句するという珍しい光景を見ることができた。

 異世界から来たゆえに何故か手に入れた私の能力――他人が使った魔術を覚える能力―――は、やはり異常な出来事らしい。雪竜にもいろいろ釘を刺された。

 だからこそ名刺代わりになるとは思っていいたが、ここまで効果があるとは…………。



 忘我の状態から復帰したスライムが何本も触指を伸ばして、まるでその中に埋め込まれている球体が眼球の役割をはたしているかのようにジロジロ私を観察する。

《猫、雪竜ノ秘技、使エル、ワカラナイ。ガ、確カニ雪竜ノ眷属ノヨウダ。ナラバ魔物狩リ倒ス、デキルカモシレナイ》

 ぽんぽんと話があるじの嫌がりそうな方向へ進んでいくが、私はあるじじゃないので止めない。さっきの意趣返しじゃないですよ。

《ココ、通ル、許ス》

 あざーす。

 触指を一本残してひっこめたスライムに私は感謝した。それと助けてくれた鳥君にも感謝。

《我にも渡りに船であった。〈仮〉あるじのことを我の眼で見極めたいと思っていた所であったのだ》

 と、相変わらずクールなお答えで、あるじはまた期待されているようだ。


 ようやく次の街に進めると思った私はあるじの所に行こうとしたが、スライムが待ったをかける。

《〈魔物狩り〉倒シタラ、コレデ連絡》

 一本だけ残った触指が私の頭上に伸びた。かと思うと、透明な管の中をさっきとは別の綺麗な黒真珠のような球体のが先端に向かって動いているのが見えた。

 黒真珠は私の視界から消え、多分私の頭上に伸びた触指の先端に移動したのだろう。

《コレ割レバ、私ワカル。倒シタラ合図。スグ森ニ戻ル》

 おお魔法アイテムまで支給ですか、と喜ぶ私の頭上でブチュウと捻りだすような音が聞こえると、頭にボトッと重みが加わった。

 それは黒真珠なのだろうけども、プレゼントは黒真珠だけじゃなかった。

 共にベチョっと頭の上に水よりもネバついた液体が鳥のフンのように降りかかったのだ。それは私の毛に染みこみ冷たさを伝え、頭から顔に垂れてくる。

 …………………………………。

 突然のスンゴイ嬉しくないプレゼントに私は(私を乗せている鳥君は)スライムに背を向け、離れたあるじの元へトコトコ歩いていく。

 何とも言えない悲しみを抱えた私に、お気楽で何も悩みなどないような緩んだアホ面で出迎えてくれやがった。

「話うまくいったー?」

 ……………はい、通っていいらしいですよ。

「おお、よくやった!」

 両手をあげてオーバーに喜ぶあるじに私は一言つけ加える。

 お土産もあるんですよ。

「いたせりつくせりだ! なになに聖剣とか秘宝とかもらってきたの?」

 はいコレ。

「……………このにゅっちょりとした物体は何さ? うわぁ。ねばねばが手にくっついてとれない……………」

 それともう一つ、イイ物もらいました。

「イイ物?」

 はい、新しいおつかいです。

「は?」

 

 

 

 

 そして私達、あるじと猫と鳥の一行は大量の魔物がふさいでいた道を通り、その先にある街へ向かった。

 その街で数日前から起きている失踪事件など露も知らず、私達は事件に巻き込まれていく。




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