Lv03―新たなる仲間………仲間だよね?
この世界の文化レベルは13世紀ぐらいだ―――と言えたらどんなに楽だろうか。というよりかつての世界のことを魔法世界に当てはめることなんて不可能だ。
だから断言できるのはこの世界には自動二輪(モート・アラート)どころか蒸気機関車(ダンプフ・ロコモティーヴェ)すらなく、旅の手段は持ち前の足をつかった徒歩か動物を利用するかの二択しかない。
瞬間移動(ワープ)の魔法とかないのかと思ったが、どうやら使えるのは魔導士、いわゆる化け物的な天才だけらしい。召還魔法は瞬間移動(ワープ)とは別の原理らしくユニも使えないとのこと。
と、いうわけで私達が乗るのは目の前の動物らしい。
「…………………………猫サン」
なんですかあるじサン。
「………………この生物はなんなんでしょう」
呆然とその生き物を目の前にしてあるじは立ちつくしていた。
数十分前までは荷物を用意していたあるじだったが、ユニが突然部屋に入ってきたかと思うと「アル様お時間ですよですよー」「おやつの時間?」「お出かけの時間ですですよ」「え、今日が旅立ちの日!? 思い立ったが吉日かっ」上機嫌であるじの手を引いて連れ出していってしまったのだ。
旅の目的からしても急ぎだとわかっていたが、まさかその日のうちに出立すると思っていなかった。
ユニがあまりにも嬉しそうな笑顔で、にこにこというよりニッコニッコだったので呆気にとられてしまった私は二人の後を追った。
石畳の廊下は、特に金持ちっぽい壺や絵が飾られているわけでもないのに(偏見)雅やかだ、というか上流な気分になる。柱や鴨居に目立たないようにほどこされた装飾が、逆に高貴な気がする。気がするだけですよ。本当は猫ですからよくわかりません。
廊下を歩いて二人に追いついた場所は、私達が泊まっていた客室から10分も歩いた所だった。というか一度も建物外に出ていないのに10分も歩けるところにこの城の広さを感じ取っていただきたい。
その場所は城の正面入り口の近くで、一人の男が立っていた。
男は三十後半の、顔面や軍服の長袖のまくってむき出しになった腕には幾多もの傷跡が見える、いかにもな歴戦の戦士といった風体だ。コマンダーやらの二つ名が似合いそうで、その髪もまさにイブシ銀の輝きでそれに合わせているだろうネコミミも銀灰色(グラォ)だ。
……………………………。
もう一度言おう。
―――――ネコミミをつけたオッサンが立っていた。
「よりにもよってネコミミ初登場がオッサンかよ…………!」
そんな事を言いながら崩れ落ちるあるじ。一応、私も猫耳なんですけどね。
ユニはそのネコミミオッサンに二言三言だけ告げると「ではでは、また後で。アル様ネコさん」とだけ言ってぱたぱたと今来た道を戻って行ってしまう。
「待ってこんな正体不明のオッサンと一緒に置いてかないでー!」
地面に伏したまま、恋人に捨てられた女性のように懇願するも既にユニの姿はない。
後に残されたのは猫と崩れ落ちたヘタレと無言なネコミミのオッサン。
なんだこのカオス………………。
無言の空気が痛いので何とかしようと、まだ地面に両手をついているあるじの肩をぺしぺし前足で叩く。起きなさい。
「………………とりあえず、どちら様?」
あるじは仕方なくといった感じに立ち上がりながらオッサンver.NEKOMIMIに話しかける。私は立ちあがろうとするあるじの肩に両前足をひっかけた。すると視界がいつもの160cmほど上昇する。今はあるじの肩にぶら下がっている位置だ。
ネコミミオッサンは何も反応せず無言で立ちつづけ、もしかして趣味の悪い銅像か? と思っていたら予想通りの渋い声で名乗った。
「……私の名はスィニクス・ピアッサー。シェイラ・ジャルガ王国軍二十四番隊隊長だ」
「ご丁寧にどうも。朝凪・サバギィ・在名と猫です」
「…………………」
「…………………」
とりあえず語尾に「にゃん」とか付けなかったので安心したが、それだけ言うとまた黙ってしまった。誰かしゃべれ。
ユニはどういうつもりで私達をここまで連れてきてこの男(不審人物? それともファンタジーっぽく獣人というやつか? 部隊長ってことはそれなりに偉い?)に会わせたのだろうか。
このまま日が暮れてしまうかと静観していたが、先に動いたのは沈黙に耐えきれなかったあるじ、ではなくネコミミオッサンだった。
「…………付いて来い」
それだけを渋い声で言うと踵を返して正面入り口の脇の、使用人専用扉から出ていってしまった。あるじもそれに続き、室外の肌が痛い程の冷気に身をさらす。
シェイラ・ジャルガ城は外側から、城壁、城下町、城壁、庭、城という構造になっている。庭の部分はそのまま庭園だ。花は咲いていないが手入れされた植木が緑色や赤褐色な(ロート・ブラオン)葉で、花ではなく葉で魅せている。
城の正面は庭園だが両脇は軍庭になっていて、そこに軍の重要施設がある。軍の演習などもそこで行われるらしく、白い息を吐きながら剣を振って訓練している兵士たちが幾人も見受けられた。
城から出た私達は軍庭をつっきってどこかに向かっているらしい。オッサンはしゃべらないし、あるじも言われるがままについていくだけだ。もしくはネコミミについてどう突っ込んだものか悩んでいるみたい。というか腕むき出しのオッサンは寒くないの?
そして15分ほど歩いた私達の目の前に、横に長い建物が現れた。建物といっても城や屋敷ではなく、何かの施設のようだ。
ネコミオッサンはその建物の扉を開けて入っていく。あるじもそれに続く。
中はかなり広く、高さもそれなりにある。たまに雪降る外ほどではないが肌寒い室内だ。それよりも気になるのは臭い。汗臭いような枯れ草のようなガソリンを千倍薄めたような。一言で表すなら獣臭い。
そこでピンと来た。
1年くらい前の事だが都市〈シティ〉・山東(シャントン)にたどりついた時に訪れた、気性の大人しい電位変質〈メタモルフォーゼ〉動物を集めていた马厩(マァチウ)がこんな臭いだった。
ここが軍の設備の一部ならばもう決まりだ。軍馬を飼育する厩、もしくは馬小屋だ。外が寒いから半ば室内飼いみたいなものなのだろう。
私は獣なのでこの臭いは気にならないがあるじは鼻にしわを寄せているだろうと思ったが、あるじは目をキラキラさせていた。
「す、すげー…………まさに異世界だ」
私は何をそんなに興奮しているのかがわからない。厩なのだから馬がいるのに決まっているし、そんな目を輝かせるものなどないのに。
だが、数秒後に私は納得した。厩の中を見渡してみると、そこには縄で繋がれた動物達がいた。厩なんだから馬がいるのは当然だ。ならそれ以外は?
そこにいたのは見たこともない十を越える動物達だった。犀(リノーツェロス)と牛と熊を掛け合わせたような超重量の動物や胴体が長い白熊(アイス・ベーア)みたいなものいる。怪鳥とは違う、明らかな異世界の生物に目を輝かせるなんて純粋だなあ、と思ったがそれだけではないようだ。
あるじの視線を釘づけにしているのは鳥だった。
通常の鳥類どころか人類よりも一回り大きく、猛禽のような精悍な顔立ち、長い脚は駝鳥(シュトラオウス)のようにしなやかさと力強さがみえる。ダチョウにしては首が太く羽毛に覆われている。羽毛は金のような銀のような輝きをそのどちらともつかない中間を奇跡的に維持していた。
ありふれた言い方をするならば、不死鳥のようだ。
「もっと直接的な言い方をするならば、チョコ………」アウトォォォォォォ!
初めて虹を見た少年のような笑顔の理由は、某ファンタジーゲームに登場するような動物をお目にかかれたからだろう。
そうでなくともゲーム脳うんぬん以前に、雪山で私達を奈落の底に突き落とした怪鳥やあるじをボコボコにした光蝙蝠たちと違って、異世界らしさを感じさせる神秘的な雰囲気をまとう様はため息をつきたくなる。
魔法を初めて見たときより数倍は感動できる。
「で、僕らは何でこんな所に連れてこられたんだ?」
合わせて10羽(それとも頭?)はいる駝鳥モドキをキョロキョロと眺めながらあるじは呟いた。それに答えたのはネコオッサンだ。
「ここは騎獣舎―――――兵士が乗る、馬以外の貴重で優秀な人を乗せる動物――騎獣を飼育している」
「そういや馬はいないなー」
「…………………」
「…………………」
え、説明終わり? それだけでネオッサンは黙ってしまった。あるじも興味はネコミミのオッサン、もしくはオッサンのネコミミから鳥に移ったみたいで気にしていない。
「いいなー、乗ってみたいなー」
「………………乗ってみるか?」
ネおっさん(ネオさんみたいだ………)はその外見、おもに頭部、には似合わない渋い声であるじの独り言に答えた。
「いいの!?」
「ああ…………もとより、そのつもりで、連れてきたのだからな」
「どういうこと?」
あるじは首を傾げるが目は鳥達に釘づけだ。
「………今日これからすぐに、私達二十四番隊………通称・騎獣隊は第三姫の出立の護衛につく……………君もともに来るのだろう? 私達は専用の足(けもの)がいるが、君にはいないようだからコチラで用意したのだ」
「おおー! さすが王国、太っ腹だ」
護衛するのに必要だから当然だと思うのだが、あるじ騙されてる。純心あるじは先程から見つめている駝鳥似を指さした。
「あの鳥(フォーゲル)! 乗るならあの鳥がいいな」
「………あれらはシエルティだ。雪跡鳥と呼ばれる珍しい種でエルミニ山脈付近にしかいない。空は飛べないが、加速力では馬も目ではない」
「ほー」
「………興味があるなら、ちょうどいい。用意した騎獣………といっても鳥だが、それもあれと同じ種だ」
「シェイラ・ジャルガ王国への忠誠度が高まってく! これでこそ異世界! 先週の竜退治編は別の物語で今週からハートフルな異世界旅行記編の幕開けだっ。バトル? 何ソレ食べれるの? な勢いで異世界を観光するぞっ」
予想外なイベントに鼻息を荒くするが、何か悪いことの前振りとしか思えない。うーん、偽勇者だし、また事件に巻き込まれることはないとは思うけど、大丈夫かな。
「で、で、で。どれ? 僕が乗るヤツってのは」
「あれだ」
ネッサンが顎で示した方向は小屋の奥。木の柵で区切られた動物達の個室の中でも一際大きなスペースを与えられているその動物は、金とも銀ともつかない美しい羽根色をした鳥だった。
「………………」
望みの鳥を目の前にしたあるじだが無言で立ち尽くしていた。
「…………………………猫サン」
なんですかあるじサン。
「………………この生物サンは何なんでしょう」
あるじのお望みの鳥サンですよ。
目の前の鳥は、他のチョコじゃないシエルティという鳥と同じく美しい金銀色を放っている。面構えはこちらを向き凛々しく、座っているため羽毛に隠れ見えないが二足はダチョウのように太く力強いだろう。
ただ難を言うならば、少しばかり目つきが悪いかもしれない。目は射殺さんとばかりに鋭くかの雪王鳥を連想させる。右目を横断するように刻まれている縦傷も凶悪さにひと役買っている。体型は他の鳥の倍はありそうで翼もその胴体をおおうように巨大。クチバシも他の鳥に比べると鋭そうで怖く、顔も精悍というより凶悪で百人殺しとか成し遂げてそうな面構え。番人というか牢名主のようにふてぶてしくゴゴゴゴゴというオーラを放っている。
まあ、そんな所もチャームポイントですよ。
「違う、むしろキルポイントだ、あれは鳥じゃない。核実験の放射能を被曝して突然変異を起こしたナニかだよ」
あるじが鳥とは思えないプレッシャーにおののき、首をブリキのおもちゃのようにぎぎぎと動かして、無言のネコミミオッサンへ向く。
「もしかするとまあ有り得ない事だと思うけど万が一というか当たらぬも八卦当たるも八卦もしくは惑星直列みたいなこともありうるから一応念の為に確認してみるけど僕が乗る鳥ってあのモンスターというか魔王?」
「……そうだ」
「嘘でも否定して欲しかった! チェンジお願いします」
「……お客さん、あいにくとうちの子は一人だけなんで」
「オンリークラブかっ!?」
何の話だ。
あるじは目つきが悪い(どのくらいかと言うならば、この顔にピンときたら系)シエルティに怯えている。人間が鳥にマジビビリするなよ、と思わないでもないが仕方がない。下手すると怪鳥と同じくらいのプレッシャーを感じる。この間のあれが怪鳥なら、目の前のは恐鳥だ。
「何でこんな所にボスモンスターが生息してるんだ…………」
呆然と自分が乗る事になる恐鳥を見ながらつぶやく。それを見たネコミミオッサンが注視しなければわからないが、得意げ、もしくは嘲笑うかのように唇を曲げた。
「…………ふっ、アレはこの厩舎一番の古株。そして唯一騎手が、主がいない騎獣だ。………先日の騒乱も騎手がいないのにもかかわらず一頭で暴るに暴れて動物たちを蹴散らした。魔法が使える雪影兎シュルンや毒をもつ深貪狼スール、剛力を誇る木砕熊スリュグなどをモノともせずにな」
「…………僕よりあきらか強いのね」
強化されていたとはいえコウモリ十匹にいいようにやられたあるじとしては思う所がある、というかより一層に恐鳥に対する恐怖心を募らせる。
「……誰一人としてアレの背に乗ることはできなかったが、勇者ならアレを手なづけるくらい、どうってことないだろう」
「なんでみんな勇者に盲信的な期待するの!?」
というか、その話だとネコミミのオッサンもあの恐鳥に乗れないという事ですよね。動物乗り隊の隊長なのに。
「……………………」
あるじが翻訳して言うとネコミミオッサンは黙った。痛いところだったようだ。
「………そ、そんなことはない。最近は心を開いてくれている。その努力だってしている。………こうやって動物の耳をつけているのもその一環だ。こうすればそのうち同じ動物として心をひらいてくれるかもしれない」
動物ナめんなアッ!
と、私は憤慨したがあるじは「そ、そっかあの耳は天然ものじゃないのか。ならノーカン、ノーカウントだ。ネコミミ族とのファーストコンタクトは失敗していない………! 問題ないな」などと馬鹿な事をつぶやいている。
大の男、しかも渋めのオッサンがネコミミつけてるって十分、問題じゃないのか? 獣人とかやむを得ない理由があった方が数百倍良かった…………。
そんな私の視線を感じ取ったのかネコミミオッサンはたじろぐ。
「………ほ、本当だ。現にもう少しだけ心を開いている。………普通なら血だらけになるまでつつかれるが、こうやって近づいても何もされない」
そう言いながら近づくが足取りはそろりそろりと超警戒している。そんな姿を恐鳥はぎょろりと目玉を動かして一瞥した。
「ほ、ほらな。大丈夫だ」
ネコミミオッサンはそう言うが恐鳥との距離は1m以上離れていて、隣のスペースにいる別の鳥が自分に用があるのか? と首をかしげている。ダメじゃん………。
「……確かに普通なら無理だが、君は勇者様だろう?」
棘が含まれた言葉にあるじはカチンとなる、わけもなく汗をダラダラ流して緊張している。だが、口元には笑みが。
「いいよ、見せてやる勇者の力を!」
あるじは一歩、二歩と近づいて恐鳥に近づいていく。そして正面に立つと、ギロッとガンをつけられるがあるじは一歩も引かない。勇者としての底意地を見せるのかっ――――――
「猫サン! 勇者の力見せてやってくださいっ」
――――――見せずに私に丸投した!? あんなに自信満々に言ったのにっ。
予想外すぎて私はあるじの肩からずり落ちそうになりながらも言う。
「僕が自分の力を自信満々に言う訳ないだろ。一ケタの掛け算の答えがあっているかどうかすら不安になる僕が!」
あるじが自信満々に全力で自己否定をした。その迫力に不覚にも一瞬だけ納得しかけたけどダメでしょ。怖いからって私に丸投しないでください。
「いやいや、そうじゃない。役割分担だ。猫はさ、あの恐鳥と会話できるだろ」
ああ、そういやそうでしたね。あまりに現実離れした美しさと恐ろしさで同じ動物である事を失念していた。
「だから交渉をがんばってくれ」
やっぱり丸投じゃないですか。と、ぼやきながらも結局引き受ける私は飼い猫の鑑。
えーと、とりあえず…………初めまして。お名前をうかがってもよろしいでしょうか?
私は恐鳥に向かって同じ目線から(位置的な意味で。私はあるじの肩に乗っている)コンタクトをとろうと試みる。恐鳥は座っているのに、首が長いこともあり1メートル半近い座高だ。
恐鳥はGrurrrrと獣の唸り声、すくなくとも鳥の鳴き声じゃない、喉の鳴らし方をした。
「何だって?」
私とは以心伝心だが他の動物とは意思疎通できない人間のあるじが私に聞く。
えーとですね、《名乗るなら、まず己から名乗るのが礼儀だろうが》ですって。
「な、なんというもっともな一言だ…………朝凪・サバギィ・在名と猫です」
ここからは同時翻訳で進行。
《我が名はセリクッド=シルシノーム=シエルティⅩ世だ》
「立派な名前だー!?」
《その己らは我に如何様(いかよう)か?》
「あ、いえ、そのですね。あなた様の背中に乗せていただけたら、と思いまして」
《…………それは如何なる理由でか?》
「えーと、ですね。ダイセート? に行くお姫様の護衛につく事になりまして、はい」
《それで我が背に乗せろ、と》
「は、はい」
上司のミスを指摘するしたっぱ会社員のように恐縮しきって恐鳥と会話するあるじ。動物相手に平身低頭すぎやしないか? でもそんな腰の低いあるじが大好きです。
《………姫とはユニ嬢のことか?》
「い、イエス、ボス」
《ふむ………ユニ嬢の為とあらば否応はない。が、我が背中に乗せるのは己が忠義をささげると決めた者だけ。悪いが己らを乗せることはできん》
「下手すると登場人物の中で一番かっこよくないか? というか僕には説得無理。猫、後は頼む」
あるじが恐鳥のハイスペックさに驚嘆しシッポを巻いたので代わりに私が矢面に立つ。メンドクサいので翻訳はやめる。
さきほど〝ユニ嬢〟と言いましたけど、ユニの知り合いですか?
《……ユニ嬢は我がまだ幼き頃に世話をしていただいた親に近い存在だ。己らこそ、その口ぶりからして、ユニ嬢の何だ?》
ふ、ふ、ふ。聞いて驚いてください。ここにいるちょっと間の抜けた何の取り柄もなさそうな幸も陰も薄そうな黒髪灰目の少年こそ、この間の騒動でユニの危機を救った張本人ですっ。
《な、なんだと………。この幸も陰も薄そうで、力も頭も弱そうな少年がユニ嬢の危機を救っただと…………!?》
「?」
恐鳥が眼を見開いてあるじを凝視するが、私達が何をしゃべっているかわからない本人は首をかしげている。
《真実……なのか?》
ええ、あるじは見かけとは裏腹に名のある武術を収め特殊な魔法を使う勇者です。狼の群れなんて指先で蹴散らし、光コウモリなど歯牙にもかけず、自分の倍以上ある怪鳥にもひるまず一騎打ちで倒し、あの伝説の雪竜ですらひざまずいた程ですっ。
「何を話しているがさっぱりだが、とてつもない虚偽の気配を感じる」
この間の騒乱もあるじがお姫様を雪竜の時まで護衛した結果、収束したわけですからあるじのおかげといっても過言ではないです。雪竜にも認められたお人ですよ。
《こ、この者があの雪竜の…………》
「何故だろう、異世界に来てからたびたび感じる、まるで医者夫婦の一人息子が一流医大を三浪してまで受験するような過大なプレッシャーが…………」
会話を訳してないのに話の流れを感じるのは無意味にすごいが、当然無視。
《………俄かには信じがたいが、確かに少年からはユニ嬢の匂いがする》
長い首を伸ばしてスンスンと顔をあるじに寄せクチバシを上下させるようにして匂いを嗅ぐ。あるじは、もしかしていい匂いさせてたら食われますかっ、と体を固くしている。
《先日のユニ嬢直参の部下が全滅させられた話は聞いていたが、成程。どこに護衛を務められる人物が残っているかと思えば、異邦の者か。どことなくそんな匂いがする》
Gruuu…………と小さくうなった恐鳥は目をつぶり、思案しているようだ。
《……ふむ、ユニ嬢の恩人ならば我も相応に礼をつくさぬ理由はない。忠をつくすにはまだ己らのことを知らぬ、だが背に乗せるくらいのことはできよう》
恐鳥が立ち上がり――でかっ! 私はともかくあるじより大きい――確かに人の一人や二人は軽々乗せられそうな体を起こした。
「はわわわわ食われる!」
何か勘違いしているあるじの前で、片足を折り頭を下げる。恭しい礼だ。それは王に跪き頭を垂れて忠誠を誓う騎士のように優雅だった。
右腕ならぬ右翼を、金銀色の羽根につつまれたソレをあるじの方に差し出した。
《如何ほどの付き合いになるかはわからぬが、力を貸そう。仮のあるじよ》
握手をしよう、という意思表示らしく礼をしたまま右翼を差し出す恐鳥に、あるじは戸惑う。
はっ、とようやく気がついたらしく、あるじの姿くらいなら隠せそうな巨大な翼に手を合わせた。ぽむっという擬音が出そうなほど気安く手と翼を重ね合わせて、あるじは言った。
「わん」
どうやら「握手」ではなく「お手」だと思ったようだった。
シェイラ・ジャルガ王国軍二十四番隊騎獣隊隊長スィニクス・ピアッサーは驚愕していた。
彼は第三姫ユニの直参――直轄の部下ではないものの昔から、それこそ隊長になる前か面識はあった。
彼の師である【爆雪の魔術師】シグルア・ホーネンはユニの師でもあった。形式的には兄弟子にあたるのだろう。師の繋がりだけではなく、彼女の人懐っこい身分など気にせず接する性格もありスィニクスはユニを、畏れおおい事だが妹のように思っていた。歳は親子ほどには慣れているが。
だから、雪竜への護衛の件、ユニの身を何処とも知れぬ馬の骨にまかせたという話を後から聞いて王の裁断に立腹もした。
そして、今度はアレスタクト大聖都への護衛もするだと…………?
身元も能力も知れないイチ魔術師――しかもふざけたことに『勇者』と名乗ってるだとか――をユニに近づけるだけにとどまらず護衛をする二十四番隊の編隊に組み込むだなんて正気とは思えない。
ユニの直参は全滅させられたから適材がいないにしても、あまりにも愚かすぎる。本気で考慮したとは思えない。
いや、考慮していないのだろう。『第三姫』とはそういうものだ。『エドガルズ連盟』により戦争が禁止された平和なこの大陸では政略結婚など数少ない。国家間の関係を良好にするための婚姻があるくらいだ。シェイラ・ジャルガでは第二姫だけがその役目を担う。
第一姫が国を背負い次期王の子を、姫を、【エルミニの雪遮竜壁】の担い手を産む。第二姫は他所の国に嫁ぐ。第三姫は――――――。
そんな事を常冬の城シェイラ・ジャルガ・パレスの正扉の脇で手持ち無沙汰にたたずみながら考えていると、十数メートル先の廊下に二人の影が見えた。
一人は少女。この地特有の銀髪よりもなお美しい雪色の髪を振り乱しながら小動物のようにとてとて小走りでこちらに向かってくる、12そこらの少女。美しいよりも可愛いらしいという表現を用いたくなるシェイラ・ジャルガ第三姫・ユニだ。
一人は少年。16くらいにして身丈170くらいの少年。容貌はそれなりに整ってはいるが情けなく曲がった眉や目元が台無しにしている。ユニに手を引かれて歩かされている様はなさけないの一言に尽きる。それより目を引くのは、白のワイシャツ――高貴な立場の人間が着るような高級品――に労働者が着てそうな暗藍色のジーンズというチグハグな格好だ。
だが一番目を引くのは黒にすこし銀が混じった髪。
かつて『見捨てられし大陸』と呼ばれた、エドガルズ大陸が結界で包まれる前には交流があったらしいムスピルヘイム大陸には黒髪の人間が大勢いたらしいが、今ではかなり珍しい。ここシェイラ・ジャルガでは皆無だろう。
少年の手をぐんぐん引いて歩いている少女が近づいてきた。彼がこんな扉以外何もない所にいたのは彼女に呼ばれていたからだ。護衛につく少年に騎獣を用意するために、である。
ユニが去ってから挨拶もそこそこに騎獣舎へ連れて行く。
そこで『暴君』と呼ばれる凶暴横柄シエルティに会わせてみた。
暴君は親の親の親の親――かなり昔からこの国に仕え勲功をたたきだしてきた、いわゆる血統書つきの一族の末裔だ。そのためかプライドが高く、背に何者も乗せようとしなかった。
普通なら人間に従わない騎獣は処分されてしまうが、シエルティという種は希少かつ有能であって暴君自身も飛びぬけて能力も血筋も優秀なために騎獣舎の牢名主のように居座り続けた。
騎手なしでも問題ない知能と能力を持っているとはいえ、騎手がいた方がより効率が良くなると判断した数年前の騎獣舎管理人兼二十四番隊隊長は募集をした。
暴君を乗りこなした者は身分を関係せず暴君の専属騎手となり二十四番隊に配属する、という若者には出世のチャンス、熟練は腕試しとして多くの応募があった。
計百二十名がのぞんだが、ある者はつつかれ、ある者は背中に乗った途端に振り落とされ、ある者は頭から丸かじりにされ、ある者は肥溜めに蹴っとばされた。
結局、合格者は一人も出ず今に至るという経緯が暴君にはある。
そんな暴れ鳥を少年に託したのは勇者なら乗りこなすと思ったから、ではない。むしろ逆で、乗りこなす事が出来ないと思ったから暴君を引き合わせたのだ。
はっきり言って、この少年のことは好きでも嫌いでもない。当たり前だ、話どころか人となりさえ寡聞にして知らないのだ。
ユニは気に入っているようだが、そんなことは大した意味にはならない。人柄がいい? 姫に愛敬をふりまかない人間が何処にいる。
ユニ本人に自分が姫であることの自覚が薄いため、特につけいり安そうに見える。だからこそ自分が過保護なくらい気にしなければならない。もう彼女を孫のように愛でる老魔術師も生意気なくらい元気な少年兵士もいないのだから。
だから理由をつけて護衛に同行させないように、ユニに近づけないように一計を図ったのだが…………
「わん」
少年は差し出された暴君の翼に手を重ねていた。暴君は片膝を曲げて頭を下げている。
スィニクスは想像がいすぎる結果に絶句した。
その動作はシエルティが主と認める時にのみ行われる『忠誓』という動作そのものだったからだ。あの何百人という人間をコケにしてきた暴君が認めたのだ。自分が猫耳をつけてまでしたのに心の扉を開くどころかノブすら回らなかった、あの暴れ鳥が。
「…………………………」
その事実に驚愕を覚えながらも、少年の評価を書き換える。それなりにできる人物ではあるらしい。それなりに、だが。
またもや自分の知らぬ所で評価が上がった少年は今、暴君に首根っこをつかまれ、大きな背に放り投げられて、必死にしがみつきながらもずり落ちそうになって「猫、助けてー!」と叫んでいた。