《第二章 偽勇者と儚い少女のゼレナーデ》
「あのお方が、お前の主だ」
僕が覚えている一番最初の記憶がそれだ。
朝凪。
それは一族郎党全員がボディガードを営んでいるという、親戚というより血でつながる巨大な組織、という一面の強い血族。
その本家の末子として僕は生れた。
当然、生まれた時からボディガードになるために戦闘訓練だけではなく、情報関連その他モロモロの教育を受け、護衛人〈セキュリティ〉のように賢くあれ殺し屋〈タナトス〉のように強くあれと育てられてきた。
護衛人。
対殺し屋のスペシャリスト。通称・警察と呼ばれ全世界の『都市〈シティ〉』に支部がある、治安維持機関『国際私営万物警護局』のエリート。
表の姿は要人要所の警備会社、裏の姿は全『都市』の最大の権力を持つ勢力、真の姿は殺し屋〈タナトス〉だけではなく裏の住人を狩る裁断者。
殺し屋。
裏の世界のトップスター。窃盗団、泥棒、詐欺師、非合法研究者、電脳犯罪者と数いる裏社会の住人にすら恐れ嫌われる化物たち。
百年前の『災害』で個人の価値が上がるという現象が起きた。災害による有用な人材の減少、情報通信技術の低下で情報の価値の上昇、さらには電位変質〈メタモルフォーゼ〉による金になる天才の誕生。
これらを要約すると、つまり個人の命の価値が跳ね上がったのだ。
価値があるならそれを商売にする者が現れる。
それが殺し屋〈タナトス〉。
人殺しだけが仕事ではないがそれが最も多いといわれる犯罪者。指名手配された殺し屋〈タナトス〉には警告なしに殺害をして良いという条令まである危険人物達。
前者はともかく後者をも目指せというのは朝凪の家がどれだけ異常なのかを表している。
従えることなかれ、仕えるこそ至上なり。
そんな理由で、動物を飼う事さえ禁止されている御家。
「あのお方が、お前の主だ」
しかし、異常なんてものは外から見ないとわからない。犬小屋の犬は室内の心地よさなど知りえないのだから。
だから、僕はそう言われても何の感慨もなかった。というか何かを思える程には幼さすぎて感情は発達していなかった。
その「お前の主」と言われた人物がまだ赤ん坊だったとしても、だ。
だから僕の印象に残ったのは、その赤ん坊よりもその後に合わせられたとある人物。
「やあ、初めまして」
声をかけた人物は家より大きいかと思う程の身長のグレースーツだった。当時の僕は幼い年齢にふさわしく視点が低いせいでそう錯覚してしまったのだ。その体と見比べても腕が竿のように長いせいでより一層そう見えたのだろう。
その腕で、グレースーツに合わせたグレーのハットを脱ぐと、茶色の長い髪がこぼれた。
「私のことは聞いているね?」
グレースーツの北露系の顔立ちは何が嬉しいのか楽しそうに笑っていた。
僕はその顔を見て、四捨五入すると100に届きそうな身長差による圧迫感が消えるのを感じた。
「…………………………………」
僕は何も言わず黙って彼女を見ているだけ。
彼女は長い腕とやはり長い足を折り女性にしては背丈が高い体を折り曲げて恭しく礼をした。
「×××」
僕は名前を呼ばれる。記憶ではジャミングされたかのようにそこだけがかすむ。何て呼ばれたのだろうか。ご子息? 坊ちゃん? 少年? 君?
確かなのは―――在名〈ありな〉とは絶対呼ばなかったということだけだ。
「今日からわたしが、君のせんせいだ――――――」
『ネコが勇者の異世界召還論』
《第二章 偽勇者と儚い少女のゼレナーデ》
―――――――――――――――――開幕。
連載再開します。
更新は不定期になりますが、あるじと猫の物語にお付き合いください。