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Lv25―閉幕のエテューデ



 あの騒乱から約1週間後。


 天使が死んだことで操る者はなくなり、動物達はいつもの近づかなければ危害を加えない大人しい存在に戻っただろう。

 ユニはシェイル・ジャルガ王国の姫として雪山の王【雪竜】と対談した。そして両者ともお互いの健闘に感謝し合いこれからも厳しい自然の中で生きていこう、と誓い合った。


 その後、夜だし一日休んで行けという竜のお言葉に甘えて竜の巣で私達は休んだ。

 ユニは早く国に報告したいようだったが、夜の雪山は気温が氷点下以下まで下がるし簡単に道に迷ってしまう、という事でしぶしぶ了承した。

 その時、雪竜と話をして色々興味深い事を聞けたのは意外な収穫だった。




 次の日、凶暴な動物に襲われないよう護衛の動物たち(竜は従えはしないが人望はあるので大抵の動物が言う事を聞いてくれるらしい。あるじの数万倍のカリスマだ)に守られながら下山したのだ。

 情けない話だがユニは魔力ゼロあるじは瀕死で私も既視感デジャブの後遺症でまだ頭が痛いとパーティ全滅一歩手前だったからお互い早く柔らかいベットで休もう、と励まし合いながら歩いた。

 目的地は一番近い軍の駐屯地で、彼らに送ってもらおうという算段だったが、山を出て雪原の雪をさくさく踏みしめた所で馬がやってきた。

 どうやら、怪鳥の時はぐれてしまった護衛が応援隊を呼んで戻ってきてくれたようだ。その人たちに聞いた話だが、腹を貫かれた護衛さんも療養しているが元気だそうだ。

 私達が穴に落ちた後、怪鳥は飛び去ってしまい護衛たちはそれで難を逃れたようだ。




 私はそれを聞いた時、ふと面白い考えが頭に浮かんだ。

 それはあの雪王鳥と呼ばれたにわとり(フェーダー・フィー)

 あれは私達を襲ったのではなく、私達を助けてくれたのではないか? という韜晦(とうかい)以上の意味をもたないあてずっぽうの推量だ。

 判断材料は襲われた結果を見て、だ。

 あれがなければ私達は真正面から、それこそ強い魔物が守っているであろう入り口を突破しなければならなかった。

 だが洞窟に落ちたことで、相手の不意を突くことができた。でないと、あの【天使】が蝙蝠しか従えてなかった理由がない。

 怪鳥は群れではないから従えることはできず、その上、王と呼ばれていることから強いこともわかるので天使の従えた動物による監視もあったから、ああいう手段しか取れなかったのではないだろうか。

 そう考えると少し愉快な気分になった。




 そんなことをあるじたちに話しながら、応援隊にこれはありがたいと馬で運んでもらう。

 馬に乗る組み合わせはお姫様が主張して、ユニが馬を操りあるじが振り下ろされないように後ろでしがみつく、という男女逆だろうという配置。私は二人の間に挟まれて潰れないようにするのは大変だった。



 そしてようやく国に戻った時はさらに大変だった。

 国中お祭りモードで騒がしいのは当たり前。ユニと一緒に連れられて会った国王はオオユウシャヨ、ヤッテクレルトシンジテイタ(以下略)とあるじにキスでも迫らんばかりに感激していた。あるじもオヤジにキスを迫られ涙を流さんばかりに感激だ。その傍ではユニが頬を膨らませて不機嫌になっていた。

 さらに騎士にならないか貴族にならないか姫の夫とならないか、と色々言って真っ赤になったユニに怒鳴られていたがあるじは全て断った。

 あのえげつない策を立てたのが王であると知っているので好意を受け取りづらいのだ。その後、あるじはユニに恨みがましく見つめられていたがこれもまたどうでもいい話。

 私達が望んだ結果はもう得られたのだから。





 

 

「アル様!」

 由緒正しい王家で行われたとは思えない騒がしい宴を抜け出して、ほてった体と肉球を冷ますにはちょうど良い石畳の廊下を歩いていた私とあるじに声がかかる。

 あるじは下戸なので酒を飲めず、アルコールがまわった周りのハイテンションについていくことを諦め、ほぼ主役と言っていいのに抜け出してきたのだ。私はメイドさんに目をつけられてしまいこねくり回されるのが嫌なので逃げてきた。

「どうしたの、ユニ? もしかして戻ってこいって言われた?」

「い、いえ、そうではなく」

 お姫様の正装なのか体のラインがくっきりとしているのにどこかゆったりとしていて優雅な、袖口が異様に広いのが特徴的でドレスローブのような民族衣装、簡単に言うならワンピースを着たユニがぱたぱたと足音を鳴らしながら近寄ってきた。

「出ていかれてしまったので、どうかなさったのかな、かな、と」

「んー、そんなことはないよ。ただ冷たい空気を吸いたくなっただけだから」

「…………………あの」

 ユニは言いにくそうにしながらもまっすぐとあるじを見る。

「――――――今回は助けていただき礼を述べさせていただきます」

 両手を胸の前で拳の部分だけ交差させるという動作と共に腰を折り頭を下げる。多分シェイル・ジャルガ特有の感謝を表す仕草なのだろう。

「シェイル・ジャルガ王国の第三姫として篤く勇者殿に感謝――――――」

「ヤダ」

「ふぇ?」

 礼儀正しい工場を途中で遮られて素っ頓狂な声を上げる。というかあるじは何が嫌なんだ? とバリバリ観客モードで傍観する私。ちなみにバリバリは爪をとぐ音(興味なし)。

「あ、あのヤダ、というのは?」

 恐る恐るといった感じで、怒られるのを怯える子供のようにユニは聞く。ちなみにあるじの表情はいつも通り緩んでいる。

「僕の名前は在名(アリナ)だよ。ユウシャなんて名前じゃないし、ダイサンヒメなんて人の名前も知らないね」

「え、あ……………………」


 かー、っとユニの顔が真っ赤になる。あるじは意図してないだろうが言外に『僕は姫じゃなくてユニを、君だから助けたんだ』と伝わったのだろう。


「あ、わ、わわわ、わひゃしっ」

 ユニさん壊れかけてますよ。

 でも数回深呼吸して自力で立ち直ったユニは(まだ顔は赤いが)もう一回礼を言う。こんどは姫としてではなくユニとして。

「アル様、何度も助けて助けていただきありがとうございます」

「ん、どういたましてー」

 あるじは何て事でもない風に軽く答える。


「お、お礼は、どうすれば」

「いいよ、そんなの。でもしばらくは食事とか宿の面倒をお願いしたいな」

「そんなのは当たり前です! それだけじゃなくて…………………ごにょごにょ」

「? …………………………」


 ユニは目の前で手を組んで少しうつむいて何かをつぶやくがあるじは聞き取れなかったようで首を横に振る、かと思えば急に固まった。

 どうしたんだ? と固まった視線の先をたどるとお姫様の胸元。どうやら両手を前に組んだことでゆったりとした服装だから胸元が少し空いて見えるのだろう。



 目の前の小柄な少女は頬を紅潮させ潤んだ瞳で上目遣いでこちらを見つめてくる。

 手を前で組んだせいでドレスローブの胸元が少し空いてしまい、普段は見えない(シュネー)のような白い柔らかそうな胸元が際どく見えてしまう。それから清楚な彼女とはかけ離れた魅力を感じてしまった。

 そしてふんわりと漂ってくるのは少女の香水か汗か、不快ではない甘い匂い。そこまで見て自分の鼓動が普通より早くなっていることに気づく。



 とか思っているに違いないこの思春期少年めっ! あるじのことを誰よりも知る猫がお送りしました。

 実際のあるじは、顔を真っ赤にしておたおたしている。ヘタレですからこんなものです。

「アル様!」

「はいっ!?」

「アル様が望むなら私は何でも用意します」

「え、ああ、お礼の話か。だから別にいいんだけどね、僕が損したってわけじゃないんだから」



 あの【天使】を倒して騒動を解決したのはあるじにとっても必要なことだった。

 あるじは強くない。それなりに実戦経験があるのは百戦して百回逃げてきたから。

 だから【檻】に囲まれたという状況は、逃げられないというシュチュエーションはあるじにとっては鬼門だった。だから逃げられるようにしなければならなかった。

 逃げるためにも、敵を倒さなくてはならないという矛盾。

 あるじ本人にしたら矛盾もしてないのだろうが。



 それを謙遜と受け取ったのか、つめよるようにして抗議する。

「それでも! 私は助けていただいて、とてもとても嬉しかったです! 本当に! だから、何かを、して差し上げたくて、たくて………………ごめんなさい、アル様のためじゃなくてなくて、私がしたかったんです」

「…………………………………」

 しゅん、とうつむいてしまうユニはわかるが同じようにあるじもうつむいてしまうのは何故だ。あるじの顔は真っ赤で、ってああ、照れているのか。

 顔はそこそこだがヘタレなあるじにとって女の子(それが年下でも)にこういう事を言われるのは私が知っている限り初めてだ。キザな台詞を言うのは天然だから。

「あ、あああアル様がお礼の内容を決められないのなら私が考えて考えてきたものがあるんですけどそれでいいですか!」

「は、はいっ」

「お、お父様が言っていたので私としてはそんなことはないないと思うのですが、でもでも! お、お礼として私をもらってくだしゃい!」

「……………………………」

 固まるあるじ。真っ赤になるユニ。黙る二人。

 その沈黙を破ったのはあるじの笑いだった。

「――――――あーっはははははははは!」

「???」

「いやいや、ありがとうね。うん元気が出たよ」

 どうやらあるじはユニの言葉を冗談だと受け取ったらしい。馬鹿というかヘタレというか。それでこそあるじです!

「うん、冗談でもゆにゆにみたいなかわいい子にそんなこと言われて嬉しいよ」

「か、かわいい子!? う、嬉しいだにゃんて、それに、ゆ、ゆにゅゆにゅ……………………」

 ぐるぐると目を回しそうなほど慌てるユニと笑うあるじ。

 強制的に異世界に召(よ)んだ【魔術師】と無理矢理に異世界に呼ばれた『召還者』。

「じゃあ、僕はもう少し歩いてくるよユニは宴に戻った方がいいよ、今回の立て役者なんだから」




 雪竜と対談して騒乱を収めて来たのは【第三姫】とされている。お姫様は護衛と共に向かって悪の魔法使いを倒したことになったのだ。

 あるじが【天使】を倒したことも国の上層部の人たちしか知らない。【天使】の再来はそれほど異常な事態だったのだ。

 あるじが『召還者』だということは、どうやら王様はまるっきり信じてないらしく知っているのは私達三人だけ。あ、【雪竜】にも話したから竜も知ってるな。



 踵を返して歩きだすあるじ。一緒に散歩に行こうとか気の利いたセリフは言えんのかね。今までそんなに人付き合いがないから、馴れ馴れしくはあっても親しくはないのだ。

 立ち止まりも振りかえるつもりもなく歩いていこうとしたあるじの足は、一歩で止まった。

 ユニが袖口をつかんで引きとめたのだ。

「…………………ユニ?」

 あるじが聞くがうつむいて答えない。でも袖口は掴んだまま。

「ユニ? どしたの」

「………………………アル様が、どこかへ、行ってしまうような、ような、気がして」

「いや、まあ…………散歩に行くんだしそりゃそうだけど」

「……………………わかってます」

「なら」

「アル様に元の世界での生活があることはわかってわかっています」

「………………………………」

 主人が使い魔に願いを言う。

「ですから帰らないでとは言いません。ですが」

 うるんだ瞳であるじを見上げる幼い少女。

「一言だけでいいですから、私にお言葉をかけてからにしてください………………」

 それは何か。

 命の恩人とかへの愛着。

 好意をもった異性への恋慕。

 そういう事だけではない深い煩雑とした意味が込められていた。その想いの名前はわからなかったが、あるじはユニの頭に手を置いて、

「…………………………………うん」

 一言だけ、そう答えた。

 


 

 少年と少女の出会いで始まった私達の前奏曲(プレルーディウム)にすらならない練習曲(エテューデ)は静かに終わったのだった。








ようやく次回で第一章最終話。

最終話は舞台裏の話。


一章終わった時点での感想をお待ちしております。

質問その他も、数が来れば特別編組むかもしれんです。

なので、わかりにくいところなどの指摘もお気軽にお願いします。

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