Lv20―VS結界壊し【∃】
「【魔法】には3種類あるって知ってるかい?」
4匹のコウモリが器用にあるじの周りを旋回する。そして一斉に衝撃波の砲撃。あるじはその内一発だけを食らいながらも私を抱えてドーム中を逃げ回る。
「一つは、人間達が使う呪文の詠唱を必要とする【魔術】。呪文が必要だったり触媒が必要だったり色々あるけど正直言って【魔法】の中では一番程度が低い。まあ中には【エルミニの雪遮竜壁】とか強力なのもあるけど」
私達がこの世界の人間ではないと知って色々説明してくれる少年。
だがあるじを追いかける攻撃のコウモリ達は少しも緩まない。
その胸には不気味に輝く【┳┓】の文字。
「もう1つは、僕ら天使が使う【神文字】に力を込めて発揮する【神術】。自画自賛かも知れないけどこれが一番強い。それに【翼】からほぼ無限に魔力を得続けられるから持久力もある」
これは親切心からの行動ではない。相手に知らない情報を与えて隙を出させるためのもの。
現にあるじの耳はコイツの声を聞こうとし、頭はその理解にさかれとっさの判断が遅れる。
「最後は、あの醜くいまいましい【悪魔】どもが使う術」
だから回避が遅れ始める。万全の調子なら避けられる攻撃も、私を抱えていることもあって既に二桁ほど喰らっている。
「【獄術】というクソったれた不気味な術。強くはないが厄介極まりない」
頭から流れる血は既に乾き、私にしたたることはもうない。だが腕、脚からはまだ血が流れている。
「ちなみに動物達が使うのは特に名前がない。一応、【魔法】とだけ呼ばれているよ」
コウモリ達はつきることのない魔力を得たことで少年の【鎧】だけではなく【剣】の役割も得て無慈悲にあるじを襲う。
あるじの手には一本の西洋剣〈サーベル〉があるものの血は一滴も付着していない。
「それら通常ありえない不可思議を起こす術をまとめて【魔法】と呼ぶんだ。理解できた?」
「ああ、講釈ありがとう」
「いいや。ところでもう諦めた?」
「まだまだ、いけるぜ」
「そう」
コウモリ達はババババとフラッシュノズルのまたたきと共に衝撃波を放つ。その砲撃の一つが私を直撃する進路を進む。あるじの腕の中でまだぐったりとする私に避けることはできない。
「がっ!」
あるじっ!
その事がわかっているからあるじは体を反転させて蝙蝠の攻撃に背中を晒し直撃を受ける。そしてつるべ打ちに他のコウモリの攻撃も受け始める。
一方的だ。嬲り殺しと言ってもいい。
【エルミニの雪遮竜壁】は同時複数展開ができない。だから大量のコウモリを捕まえているので防御することもできない。
あるじ、反撃してくださいっ!
「無理だろ。この攻撃をかいくぐってさらに【光の壁】の相手までとか無理ぽ」
あの少年にじゃなくて、蝙蝠にです!
いくら魔法を使えるといってもコウモリは私よりも体の小さい動物である。【光の壁】も一匹なら一枚しか張れないので全方位の防御ではないのだからいくらでも攻撃のしようがある。
なのに、あるじは攻撃しない。
「流石に、操られてるヤツを殺すわけにはいかない…………だろ」
満身創痍の体の自分よりも敵の動物を虞(おもんぱか)るあるじ。
相手に操られているとはいえここまでやられているのに甘すぎる。ヘタレだ。でも、動けない私は文句を言うことすらできない。
「まだやるの?」
あるじの半分も真剣味が無い少年。完全に遊ばれている。
「もう、他に話すことないよ」
「………………聞くこともないな」
「じゃあ、捕まってくれない?」
「御免こうむる」
やれやれとばかりに首を振る少年は、ニタリと口の端を持ち上げる。
「じゃあ、面白いことしてみようか」
懐から取り出したのはどこか見たことのあるナイフ。
「あれは…………お姫様の【壁】を壊した小剣、か?」
「これは他の天使が司(つかさど)る【∃】の【神文字】が宿ったナイフだよ。一応、【雪遮竜壁】の対抗策として数本用意してもらったんだ」
少年が握ったナイフのお世辞にも切れ味がいいとは言えなさそうな刀身には【ҵ】の文字が輝いている。
「本人がいなくても文字さえ本人が刻めば効力を発揮するのが【神術】の利点だ。と、話がそれたね。コレには【結界】を壊す能力があることだけ分かればいい」
少年の目的が分かった。それは【エルミニの雪遮竜壁】の破壊。
まずい。今、【エルミニの雪遮竜壁】は大量の蝙蝠の参戦を封じているのだ。たった数匹でもこんなに危険なのに数十匹も加わったら一秒すらかからず制圧されてしまう。
このままいけばジリ貧。だが、【壁】が壊されても敗北必至。
「止められるものなら止めてみれば!」
少年がナイフを山なりに軽く放る。その軌道では絶対に【壁】には届かない。
しかし、ナイフは物理法則に反して【壁】に向かって一直線に飛んでいく。いや、蝙蝠か! 蝙蝠がナイフを口にくわえて飛んだのだ。
「ちっ、猫やるぞ!」
舌打とともにいきなり始まった余興に臨戦態勢をとるあるじ。あるじは私を床に下ろすと西洋剣〈サーベル〉を片手に走り出す。
あるじとナイフを持った蝙蝠とそれを守る3匹の蝙蝠がぶつかる。
より先に私が放つ炎の魔法【ファイガ】が蝙蝠を包む。動かなくても心の中で唱えるだけの【魔法】でアシストぐらいはできるのだ。
迫る炎を護衛の2匹が【光の壁】を発生させて遮る。
守られた2匹の蝙蝠は炎がおさまると【光の壁】を迂回して他の2匹を置き去りにし【雪遮竜壁】に迫る。
「させないけどっ」
立ちふさがるあるじは思いっきり振りかぶって地面に叩きつけるように剣を下ろす。
だが、その一閃が蝙蝠を切り裂く前に【光の壁】を斬らなくてはならない。刃どころか炎すらせき止めるその【壁】を。
「斬れないなら叩き砕く!」
【壁】に鈍い音とともに剣は止められるも、そのまま押す。
空中で不安定な蝙蝠は押されてしまう。ぐぐぐっ、と高度が下がる蝙蝠に向かって【光の壁】ごと踏みつぶすように足を振り下ろす!
剣圧+脚力の力押しに負けて蝙蝠は地面に叩きつけられ目を回した。
だが、そうしてあるじが【光の壁】を攻略している内にナイフを持った最期の一匹は悠々と【雪遮竜壁】にナイフを突き立てようと飛ぶ。
炎の魔法では【光の壁】は破れない。止めることはできない。
「ピッチャー」
だがあるじなら止められる。
「振りかぶって第一球」
あるじは右手を振りかぶり、綺麗な投球フォームで手の中に収めた気絶したコウモリを。
「投げました!」
ナイフを持つコウモリに向かって思いっきり投げる。
さっきの【光の壁】攻略は壊すのが目的ではなく、手加減できる、あたっても相手を殺さない武器を手に入れるため。
ナイフを持ったコウモリは後ろから投げられてきた、宙を他人の力で飛ぶ気絶コウモリを避けることができず直撃して、ナイフをとりこぼす。
カランカラン、と落ちた剣は跳ねて。
【エルミニの雪遮竜壁】5センチ手前で静止する。
「よっし…………………!」
見事なコントロールを見せたあるじはガッツポーズをとり、
背後からの衝撃波で吹き飛ばされた。
「ぐぁっ……………!」
不意の一撃に堪えることができずぶっとばされたあるじは子供に蹴られた小石のように転がり【雪遮竜壁】にぶつかってようやく止まった。
「が、っは!」
皮肉なことにナイフが目の前に転がっている位置まで飛ばされた。衝撃はすさまじかったのか口から血を吐く。
背後から攻撃したコウモリを肩にとまらせた少年は倒れたあるじと私を見て満足そうに言う。
「これでようやく捕まえた」
結界壊しのナイフを遮るのに気をさきすぎて、あくまでも敵は天使であることを失念していた。それゆえに、不意打ちとなった一撃は防御どころか覚悟すらできずに重く響いただろう。あるじは身を起こそうとすらしない。出来ないのかもしれない。
敵は消耗をせず武器は10機以上。
味方はボロボロで相手を攻撃できる武器もない。
その差は絶望的だった。
「僕の勝ちだね。勇者さん」