Lv19―『前線』・雪国の王
「五番隊、現在交戦中の三番隊と交代! 七番隊は警戒しつつ後退せよ! 焦るなよ!」
「こちら十三番隊、スールの群れと遭遇しました! 応援を!」
「だが、もう余裕のある部隊はいないぞ!?」
「くそっ! 今日中にここを落とすつもりかっ」
「二十四番隊、いつでも出れます!」
「無理だ! 【魔術】が使えない隊では被害が出すぎてしまう!」
「くっ、王子はこんな時にどこにおられる!」
「…………………………………………………………………………………………………」
その謀略室の大わらわな喧噪をユニの父にして『シェイル・ジャルガ』の王・モーシスは静かに聞いていた。
異界から呼び出された少年には簡単な騒動のように言ったが実は違う。
今、この国は紛れもなく滅亡の危機に立たされている。
問題はいくつもあった。
単純に山の動物達の騒動。
動物とは言っても【魔法】を使い人の数倍の大きさのもいる。『古き土地』と呼ばれる動物達が支配しているこの『エルミニ山脈』が全部敵にまわったようなものだ。
だが、人間の軍とて訓練された戦う者だ。同数の動物と戦っても少ない被害で撃退できる力は持っている。
では何故、ここまで苦戦を強いられているか。
敵の数が多いからでもあるが、それ以上に種類が多すぎるのだ。
例えば【魔術】に強い物には剣で、皮膚が硬い物には魔術で、空を飛び剣が届かない物には矢を、と状況に応じて道具を使い分け戦略を練れるのが人間の強みだ。
しかし、こうも種類が多いと道具を使い分けている暇もない。普段は天敵同士のはずなのにそれぞれの種族の弱点を補い合うかのように行動する動物達もいて、どこか組織だって動いているのだ。
人間の得意な知恵と道具を生かせなければ、人間は60キロの牙をもたないか弱い動物だ。優に百キロ越えの動物達とまともにぶつかっては勝てるわけがない。
それが単純な戦力の問題。
だが、時間をかけて魔術師が【魔術】を使って魔力を回復している間は兵士が前線を食い止める、というこの国の得意の戦法を使えば殺しきることができる。
時間があれば。
それができない問題がまだ一つあるのだ。
食糧事情。
単純な話、ここ半年【エルミニの雪遮竜壁】という【檻】に覆われて行商人が出入りできなくなり食料が入って来ないのだ。
ここシェイル・ジャルガは雪が降ることも多く、この土地は農耕に適していないので全くではないが食料はあまりとれない。普段は名産であるエルミニ産の鉄や鉱石と上等な毛皮、魔術研究がこの国の主な貿易の材料である。
ほとんどの食料を他国に頼るこの国はまだ飢えてはいないが、それも〈まだ〉というだけだ。
長期戦がとれない。籠城もできない。力押しも、できない。
そしてさらに悪いことに、いま前線となっている山の麓から少ししたところにはこの国の食糧庫とでも言うべき街がある。
この国だって馬鹿ではないので、自国の弱点が食料の自給率が低いことであると知っていた。だから山を背後にしたこの土地に食料流通の中枢を置いていいる。山の向こう側は海で、しかも山が険しく入念な準備をしても超えるのには下手をすると一月以上かかるという自然の城壁に守られてこの街は発展していった。
だが山そのものが牙をむいた時、背後にあるのは城壁ではなく敵の拠点となる。
そもそも何百年とこの土地で生きてきた彼らにとって山が敵になるなんて数十年来の親友に裏切られるようなものだ。想定どころかまともな対処も難しい。
「姫と妃、【雪壁】様たちは!?」
「妃様は地点Qにてお一人で戦線を支えられています」
「一姫様は地点iにてシュルンの大群と交戦中!」
「二姫は魔力回復に専念しておられます!」
「三姫様はどこに!」
「たしかシォルマで魔力回復と休息をしておられます!」
「…………………………………」
三姫―――王国の第三姫・ユニはシォルマ(【召還魔法】を使った城みたいな別荘)を既に離れて【雪竜】の元へ向かっている。
この国の巫女・【エルミニの雪遮竜壁】の使い手として雪竜と交渉しに行くため。
そして元凶なら断罪しに行くため。
雪竜と戦うなんて本来なら考えもしないことだが事態が事態だ。あらゆる可能性を考えておく必要がある。
竜を人間が操れないように、山全体の動物を人間が操ろうとすれば少なくても三百人は欲しい。そんな規模の集団が見つからないはずがない以上、動物達を操っているのは竜で決まりだ(実際は【天使】だったが百年以上も出現報告がない存在を予想するというのは無理だろう)。
それが不可能なことだとしても雪竜を殺せと命じない訳にはいかないのだ。信頼や親子の情などで考えを鈍らせるわけにはいかない。
本当なら馬鹿だが強力な戦人(いくさびと)である王子や自分自身がついていきたかったが、自分がこの戦場を離れるわけにもいかないし王子は王子で連絡のつかない敵地の真ん中で独り暴れているのだろう。
それにあの少年。
勇者、と呼ばれた少年。
髪の色は黒色とこの大陸にはない色。それにこの国の一般的な銀が混じるという珍しい髪色をしている。
この【檻】の中の王国に現れた救世主(猫については眼中にも入っていない)。
とは王は思っていない。
そもそも勇者というのは童話の話で、その童話も昔からあるこの国だけのモノだ。もし人間が【召還魔法】で召ばれた前例の資料ならもっと広く伝わってないとおかしい、というのが王の持論。
娘が助けられたことは感謝しているがそれだけでは信頼はできない。
だから、信用したのは別の部分。
【エルミニの雪遮竜壁】
それをこの王国の血族ではない者が使ったというのは、姫が考えているよりも黒色の髪の少年が考えているよりもずっと大変なことなのだ。
これはシェイル・ジャルガ王国の王と妃になった者に口伝で伝えられる事だが、この【エルミニの雪遮竜壁】は、技術とか才能という物だけでは使えこなせない。
使いこなす条件はただ一つ。この王家の血を受け継ぐこと。それのみである。
それも、母方が王家に血を連ねている必要がある。これは血をより濃く伝えるため母体の中で長い時間をかけて適応する必要があるからだ。
適応。
それは【雪竜の血】をその身に順応させる、ということ。
遥か昔の契約で【雪竜の血】を身に受ける一族・それがシェイル・ジャルガ王家。
そして【エルミニの雪遮竜壁】の曲げようの無い原理である。
だから竜の【魔法】が人の身でありながら使える。竜の【魔法】なのだから人の【魔術】では壊せるはずもない。つまり、絶対の防御となるのだ。
だがあの少年はこともなげに使った。雪竜の血が流れてないはずの少年が使ったのだ。
始めは妃の隠し子か自分の知らない間にできた子かと思った。だが、妃が子供を産むなんて事態になったら自分に隠せない訳がないし、男の自分では雪竜の血を子供に伝えることはできない。
そして極め付けは【雪竜の血】の反響能力。
雪竜の血を持つもの(竜自身も含める)の魔力波には同じ血に反応して引かれあうという現象が起きる。それ自体は大した意味をもたないが同じ血をもつ者を探せるなど利点がある。
ここまで言えば想像がつくと思うが、少年からは反響が一切ない。
【エルミニの雪遮竜壁】を使ったのに、である。
何故、彼が【雪竜の血】を持っていないのに【エルミニの雪遮竜壁】使えたかは予想もつかない。
だが、この少年の登場は、この打つ手がない状況に現れたのは、天啓のように思えた。
雪竜の血を持っていないのに竜の魔法を使える少年。それならば竜を超えることも可能ではないのか? と一計したのだ。
幸い、ユニも懐いているようでそれなりに人も好さそうで竜退治までを含んだ雪竜への護送を簡単に引き受けてくれた。
見ず知らずの人間に娘の命を預け、国の命運を預けることに抵抗がなかったとはいえない。が、このままいけば全滅は免れない状況での唯一の手はこれしかないと思えたのだ。
だからシェイラ・ジャルガの王にできることは向こうがこちらに注意を向け向こうの手勢を削ぐこと。
「私も出るぞ。今から総攻撃を仕掛ける!」
それは猫とあるじが天使にやられ地に伏す数時間前の話。