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Lv18―VS人間の上位者




「――――――――――――僕は【天使】だ」

 その言葉の意味が一瞬分からなかった。

 わかった後も混乱するだけで、あるじも眉をひそめて小首をかしげ今の言葉の重要な単語をもう一度咀嚼するために反芻する。

「…………………天使」




 天国の住人。頭の上に輪っかを浮かべ背中から羽をはやした子供。神のしもべ。

 ルーベンスの絵の前で倒れるパトラッシュとその主人のHPを回復させずそのまま天国に連れて行ってしまう極悪非道な護送人。

 処女であるマリア様に神の子を妊娠したと伝えるもう少しやりようはなかったんかいよくショック死しなかったなというメッセンジャー。

 はたまた、どっかの畝織家に居候して最初の愛のパワーとかいう設定はどうなったんじゃい! と言いたくなるズボラなオタク。

 それが私の知っている天使像。




 それが目の前の少年だって?

「HAHAHA! そんな馬鹿げた話が……………………ある、はず、ないよね?」

 あー。そういやありましたねそんな話。お姫様が言ってた、この世界は天使と悪魔と戦争していて今は休戦中だって。



 この世界で【天使】は聖書くうそうの存在ではなく、天国という異世界の住人として名をはせている。

 かつての侵略者として。

 まあ、休戦というか【結界】を張って大陸規模のヒキコモリ作戦を続行しているようだが、手を出せないという意味では同じ。



「い、いやだって、結界? 要するに【壁】みたいなものでは入れないように覆っているんだろ?」

 ここ100年は天使の姿を見た者はいないって言ってましたね。

「ああ、それはね。【封印結界】は数巡月にほんの一瞬だけ弱くなる周期があるんだ。そこを突けば【天使】が侵入することも可能だよ。ま、来れる天使にも条件があるしそんな大勢では来られないからこの世界に天使がホイホイいることはないけどね」

「そんな幻の逸品が目の前に現れるわけないでしょ! 空から女の子が降ってきたり、電車でエルメスのティーカップをくれる娘なんて存在しない!」

 あるじ、今は天使の話ですぜ。



 ヘタレなあるじは目の前の少年が天使であることを否定したいらしい。そういえば人間の4倍くらい強いんだっけ天使は。

 でも、コウモリを操る少年は確かに強いけど伝説の存在という程ではなかったような………

 嘘か、ハッタリかもしれませんよ。

「そ、そうだ、この嘘つきめ!」

 あ、今はコウモリしかいないですけど、そういや山中の動物を操ってるんですから確かに強いかもしれないですね。

「…………う、う、嘘つきぃ」

 もはやあるじは涙目。あるじの為に否定したい材料を集めたいのだが、逆に納得する部分が多々あるのだ。




 山中の動物を操るなんて、【魔法】を使えても難しいといわれる離れ業。年相応ではない精神性。明らかに闘いに場慣れしている雰囲気。得体のしれない不明瞭さ。どれもこれも人では不可能なことでも【天使】だと、人外だと言われてしまえば納得できる。

 天使がこんな酷いことをするか、というのはともかく。




「嘘なんてついてないよ」

「嘘つき嘘つき嘘つきー!」

「だから嘘じゃないって」

「だったら証拠見せてみろよ! いつ何時何分何秒地球が何周回った時に天使になったんですかー?」

 あるじ……………………そこまで認めたくないのか。

 だが、それは悪い、いや最悪な方向に転がる。

「証拠、証拠ねえ。いいよ見せてあげる。このままだと時間かかりそうだしね」

「え、あ、やっぱいいっす、遠慮します」

「遠慮すんなよ、僕とお兄さんの仲だろ」

「どんな仲ぁ!?」

「えーと、追う者(ハンター)逃げる者(うさぎさん)?」

「最悪だ!」

 そんなあるじの(無駄な)抵抗を聞かず、少年が自分の10歳ほどの幼い体を抱いてうずくまる。片足だけ立ててうずくまり、場所が場所なら教会で十字架に祈りをささげる敬虔な教徒に見えるだろう。

 彼の顔は地面を向いて表情は見えない。

「何してんの?」



 その姿は恐怖におびえる無垢な子供のように。

 その姿は罰を恐れる罪深き咎人のように。

 その姿は寒さに身を凍らす獣のように。



「証拠、さ――――――――――――」

 そう不敵に笑った彼の体に変化が起きた。




「――――――【私に妙なる安息を(Sanctus)】」




 少年の小さな背中の、肩甲骨の辺りが盛り上がったかと思うと。

 じゅるり、と。

 粘りのある水気を含んだ音と共に、体の中から何かが皮膚と肉を突き破って生えてきた。

 それはまるで内側から寄生虫が食い破ったかのような生理的嫌悪感を励起させる様。肉が飛び散り、まるで骨が折れて肉を突き破る様を想像させ見るからに痛そうだが、少年はむしろ誇らしそうだ。



 それは【翼】。



 人の姿に翼というのは天使の一般的なイメージである。翼は人に与えられていない空を飛ぶためのもので、人間の上位種であることをはっきりと表す。

 少年はまぎれもなく天使だった。

 問題は、その一対の【翼】。

 それは鳥のように美しい羽根ではなかった。鉱石のようなもので構成されている、少なくとも生物的なものではない。無機質さを持った無骨で、そのくせ機能性のなさそうな、先端がいくつにも分かれて枯れ木のような外見をしている。

 まるで、金属でできた木の枝を人間の背中にぶっ刺したかのような歪なシルエット。これが天使だなんて聖職者は死んでも認めないであろう姿だ。

 これが――――――――――――――【天使】!



「これが天使である証拠の【翼】だ――。信じ――?」

「え、あ、それやっぱ――【翼】だったのか―――」

「【翼】以外の――だって言う――だい?」

「大穴で角――――きた――かと――た―――」

「――――――――――、――――――!」

「――――――、――――、―――――」



 二人のやり取りが遠く聞こえるのは、私がまだショックから立ち直れていないから。グロテスクな【翼】が生えてきたのを見たショックからではない。

【翼】を見た途端、【魔法】を見た時のような既視感(デジャブ)がまた発生したのだ。




 それは翼ではない。

 翼とは風を受けて空を舞うための器官。

 それは風を受けて宙に舞い上がらず、遠い世界から力を受けるためのアンテナ。

 その者だけが持つ世界にただ一つの【翼】の銘は【群れを従える者】。




【魔法】を見たときの数倍酷く、頭がガンガンとして耳鳴りもするくらいだ。

 どのくらい酷いかというと、あるじの肩の上で踏ん張れなくなってぼてっと床に落ちてしまうくらい。

「猫!?」

 急に落ちてそのまま動かない私を見てあるじが驚くが、私はか細くにゃーとしか鳴けない。

「ど、どうした!? 猫取り線香にでもやられたかっ」

「あー、多分、【神力】にあてられたんじゃないのかな?」

「し、神力?」

「うん、人間達は【魔力】って呼ぶけど。この【翼】は神様から力を与えてもらうための目印だから、大量に送られてきた魔力に驚いたんじゃないの?」

 というか神様って何だ? とかツッコミを入れることもできない私。

 あるじも私の体を抱えて揺さぶるだけでツッコみはない。

「猫、猫っ、生きてるか?」

 い、生きてますよ。それよりもあの【翼】ヤバいです………………がくっ。

「【翼】がやばいって!? 猫ぉぉぉぉぉおおおおおお!」

 さすがにタチの悪い冗談だったがあるじはいいリアクションをしてくれた。ほんの少しだけ心は回復する。

 だがその言葉に反応したのはあるじだけではなく天使もであった。

「【翼】がやばい? へぇ、その猫さん結構な洞察眼を持ってるね?」

「…………どういうことだ? 鹿の角みたいにけっこうな切れ味を持ってるとか?」

「違う違う。【魔法】的な意味でだよ………………まあ、一から説明してあげよう」



 少年は私が倒れたことに意も介さず話し始める。まあ、会話のメインはあるじだからなぁ。脇役はつらいでごんす。(混乱中)



 天使は自分の背中から生えた少し血のついた【翼】を愛しそうに優しく撫でていて、あるじは片膝ついて私を腕の中に抱いたまま天使の声に耳を傾ける。

「この【翼】は神様から力を与えてもらうための受信装置なんだ」

「せんせー、まず神様の説明をしてください」

 私もしてほしいです、と合いの手を入れようと思ったが口を動かすのも辛いしもともと喋れない。

「神様というのは私達【天使】を統べる(しゅ)の事だ」

「王ってこと?」

 その言葉に少年は不快さを隠そうとせずむっとする。

「違う。全知全能にして全ての存在の父で生きとし生ける者に恩恵を与える偉大なる神のことだ」

「………………宗教とかじゃなくて? 実在するの」

「当たり前だ」

 自信満々というよりも常識で言うまでもないと言いたげに少年は断言する。

 ………………まあ、天使がいるのだから神がいてもおかしく、ないか?

「さすが、素敵魔法ワールド………………いや、いいんだ。天使がいるなら猫耳少女やエルフ美女にお目にかかれる可能性があるということだから」

 素敵なポジティブさにお見それいたします、あるじ。



 少年はあるじの戯言に耳をかさず得意げに説明を続ける。

「天使は【翼】を伝って神から力を与えられることができるんだ」

「力を与えられる、って一千万馬力を出せるとか?」

 茶化そうとではなく本気でそう言うあるじ。

 天使は、パチンと指を鳴らす。

「力とは物理的なものじゃなく。【魔法】的な意味だよ。つまりこの場合【神力】すなわち【魔力】を神から送ってもらえる」

 少年の肩に留まっていたコウモリの胸が淡く光りだす。

 その光は【┳┓】の形。

「つまり、どうなると思う?」

「どうなる?」

「自前の【魔力】を消費してもすぐ【翼】から供給され回復するから魔力の枯渇に気にする必要がなくなり――――――大技が連発できるようになる」

 コウモリが口を開いた。その口から【光の壁】が、ではなく、今まで見たことのない暗い色の光が放たれた。

 その光は一直線に矢のように飛び、まるで質量をもっているかのようで、あるじの頭に当たるとバンという音とともに衝撃を放つ。

「づぁっ……………」

 私を抱えていて咄嗟に腕でかばう事が出来なかった頭からどろりと赤い血が流れた。

 それを見て少年は口元に笑みを広げ、変わらない声色と速さで話している。

「今のは【光の壁】のアレンジ。これを壁状に放出するのではなく波として放射すると今のように衝撃波が出せる。普通なら一発で魔力がなくなるんだけど」

 もう一度、コウモリが口を開き衝撃波を放つ。あるじは私を抱えたまま立ち上がり避けようとするが足を撃たれて倒れる。

「ぐっ…………!」

「すぐに回復するから何発でも打てる。神から送られてくる魔力は無限に近いからね」

 バサバサとコウモリが飛び立ちあるじを囲む。その胸には【┳┓】が輝く。

「さあ、抵抗してもいいけど大人しくした方が身のためだよ」

 あるじの頭から流れる血が、私の体に落ちて白い毛を赤く染めた。




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