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《第一章 召還魔法で踊る猫と主のエテューデ》

 西暦2112年。

 それなりに平和でそれなりに殺伐とした時代。

 10月22日の夜二時、仏蘭西(フランクライヒ)のとある『街地〈サブテラ〉』(貧民街のことを指す)の路地裏にて。


 私とあるじは逃げていた。

 何からだって?


「一昨日は護衛人(セキュリティー)、昨日は殺し屋(タナトス)、そして今日は借金取り。何このオンパレード? 警察殺し屋ヤクザって僕って人気者っ☆」

 あるじ、現実逃避はやめましょう。

「いやいや、逃げるのやめたら捕まるから」

「待てやあああぁぁぁぁあああああああ! うっほうっほうっほおおおおおおおお!」

「ほーら、現実が追いかけてきたっ」


 黒い服を着たゴリラのような借金取り達が追いかけてくるので、私とあるじは夜の街中を逃げ回っているのである。

 あるじは二本足で私は四本足で。



 追いかけられる理由?

 よくわからないが、あるじは昔から色々な人物に追われている。

 警察の護衛人。金さえ積めば何でも請け負う殺し屋。そして金貸しにまで。

 私が拾われた時も借金取りを巻いて別の『街地』に高跳びする途中だったらしい。その日から私とあるじの逃亡生活が始まったのだ。



「しっかし、今夜の人たちは根気があるねえ。かれこれ二時間は走ってるのに一人も減ってないよ。ゴリラって足が速い動物だったのか」

 私的にはこの追いかけっこで特別手当とか出たりするのかが気になります。

「ふむ、残業手当ぐらいは出るんじゃないか。つまり、僕らがしていることは人の為になっているのか。人の役に立つというのは気持ちいいな」

 そうですねー。


 背後から「待てやアアアアアアア! ウッホウッホウッホッホ!」と雄たけびが聞こえてくるがのんびりと会話する私達。


「猫はまだ走れるか?」

 私は猫ですよ。二本脚の人間に負けるわけにはいきません。

「じゃあ、いく――――よっ」


 あるじの走る速度がぐんと上がった。あるじの着ている灰色のジャンパーコートがはためき、黒に少し銀の混じった髪が上下に乱れる。私もその後をトットットと追った。

 後方の借金取りが「うっほおおおおおお! ま、待てええええええ」わめくもののどんどん声が小さくなっていく。あるじは足が速いのだ。それだけではなく肉球で足音がならない猫の私のように靴音が響かない。


「逃亡生活で磨き上げたからな。追いつかれたら死あるのみ、だ」

 猫の私と同じくらい速いってスゴすぎですよ。

「いや、流石にお前が本気だしたら負けると思う」

 まあ、私が速くてもあるじに合わせて走らないとですから意味ないですけど。

「そりゃそうだ」



 ところで。

 何普通に話してんだよ、と思った方。ふふふっ、私をそんじょそこらの猫と一緒にしてはいけないですよ。

 なんと私は人の言葉がわかる猫なのです!

 つまり賢い猫! という訳ではなくちゃんと理由がある。




 今から100年の昔。西暦2012年。

 世界をある天災が襲った。

 その名も『電磁界現象法則歪凝』と『地殻急変異動』。

 ……………………実を言うと私もよくわかんにゃい。単語はテストに出ないので憶えなくていいです。

 とにかく災害が起きて世界が変わった。

 まず、たくさんの人が死んだ(一次被害だけで世界人口がの4分の3以下にもなったらしい)。

 そして国というまとまりがなくなった。国という体裁を維持するには人材も機材も資金も何もかもが 災害でなくなっており、代わりに人々が身を寄せあってできた自治する街、『都市〈シティ〉』が各地に発生した。『街地〈サブテラ〉』はそれにあぶれた人たちでつくられた街。『都市』に比べかなり治安も悪く貧民街と言っても間違いではない。


 だが、それで終わりではない。災害は人や国を無くしただけにはとどまらなかった。

 昔あったらしいケータイや無線通信がひどい電波障害で一気に使えなる、という事象が起きた。さらに高電磁波の発生でコンピューターや精密機械の類が全滅、とまではいかないが半分以上死に絶えた。このせいで飛行機などが一機残らず墜落したという記録が残っている。


 これらの原因は世界に電気があふれたから……………らしい。100年前のことを知らないので比較しようがないからようわからん。

 で、現在もあふれつづけている電気は災害だけではとどまらない。


 その内の一つに電位変質〈メタモルフォーゼ〉というものがある。あ、単語はテストにでないので聞き流していいですよ全部。

 生物の受精卵が電気で刺激されることでうんぬんかんぬん、要するに突然変異種を誕生させることがあるのだ。

 といっても超能力を得たりするわけでなく、人間なら目がよくなる・電波を感じることができる・頭の回転が異様に速くなる、といったような天才を多く誕生させるわけだ。


 だが人間以外の生物が電位変質を起こすと悲惨なことになる。

 蛇は大きさが軽く人の倍になり伝説の生物・龍〈リングブドルム〉のような怪物になる(手足はないけど)。

 虎は微弱な電気を操る術を手に入れ、電気鰻のように放電をする。

 もはや元の種とは全くの別の生物のようになってしまうのだ。とりわけ肉食獣がそうなってしまう個体数が多いらしい。


 で、電位変質が起きた猫が私。


 

 

 見た目は普通の、いや、美しい白い毛なみの猫だが頭脳は人間並みなのだ。

 しかも、猫だから(?)他人の気持ちもわかる。それで人の言葉を学んでないのにあるじの言っていることが理解できるのだ。


 でも、何であるじは私が言っていることが理解できるのでしょう?

「それは長年一緒にいるからじゃない? 居心伝心ってやつだ」

 おお! 流石あるじ、いい言葉を知っていますね。でも、以心伝心ですよ。

「会話の誤字に突っ込むな。だけど少し便利だな。便利といえば、猫を間にはさめば異国の人の言っていることも理解できるな」

 私は淒いですよね!

「でも、僕が異国の言葉を話せないから聞きとりしかできないがな。猫からは伝えられないし」

 あう……………すみません、あるじ。

「いいよいいよ。人生なんて日本語と独語さえ知ってれば生きていける。英語なんて、英語なんて知らなくても生きていける………………! テストがなんだ! 人間にとって大事なのはテストの点数なんかじゃない!」

 妙に実感のこもった言葉ですね。


 そんなことを話しながら後ろを見るとはるか後方に黒い人々。まだ追いかけてきてる。


「しっかし、油断したなぁ。ここ数日、護衛人セキュリティー)殺し屋(タナトス)に立て続けで追われたからしばらく大丈夫だと思ったのに」

 まさか高跳びした『街地』に着いたその日に見つかるとは。

「ついてないというか」

 どうします、今度は伊太利〈イタリア〉の『都市』にでも高飛びしますか?

「僕パスポート持ってないし発行まで待っていられないだろ」


『都市』は保安維持のために入るにはパスポートが必要なのだ。で、その発行までに住所、名前、身元引受人などの書類記入だけではなく顔写真その他モロモロの面倒な手続きがあるので一カ月は余裕でかかる。



 困りましたね。

「困ったな」

 私はあるじより先駆けて赤レンガの建物と建物の間の小道に入りこむ。

 だが、その道は。

「げっ、行き止まりだ」


 ぼろいビルとレンガ造りの家に囲まれてできた猫の額ほどの空間。

 今日来たばっかりの街だから慣れない裏道で迷ってしまったのだ。


 す、すみません、あるじ。

「あれだけ離したんだからこの程度の時間ロスだいじょう…………」

 そう言ってあるじは引き返そうとしたがその足は止まった。

「ようやく、追ぃ着ぃたあああぁぁああ」

 十数人もの黒服の男たちが逃げ道をふさいでいたのだ。いつの間に追いついたっ!?

「あー………………誘い込まれたってわけか」

 いやあるじ、そんな簡単に………………大ピンチですよ。

 黒服たちの中でリーダー格っぽい目がイっちゃった気持ち悪い男が前に出てきた。その傍らには息を切らしたゴリラ男。

「う、うっほっほげほっげほっ…………………」

「おぉおぉいよぅやく捕まぇたぜ、ぇぇええ」

 ちらりと視線をさりげなく動かして逃げ道を探しながらあるじが答える。

「僕はお前ら金貸しから金を借りたことない、と思うんだけど。僕は人に貸しをつくるのが嫌いだから」

 というより返済能力がないから誰も貸してくれないだけなのだが。物は言いようだ。

「おぅぅい、そうだなぁぁああ。でも上から捕まえろって指示がぁぁるんだよ」

 話し方がウザイ。ふしゃーと威嚇しようかと思ったけどあるじに視線で止められた。

「はぁ…………何で?」

「さぁあぁあ? 俺は知ラねぇ。でもぉ、お前何したぁぁん? すっげぇぇぜぇ、俺らぁだけじゃなくぅ護衛人と殺し屋が追ぃかけてぇるなんて、お前重要人物でもぉ、殺したんぅ?」

「さーてね」

 強面の男たちを相手に軽佻浮薄なあるじ。

 その余裕ある態度を警戒してか、それとも護衛人と殺し屋という裏世界では誰もが怯える二大存在に追いかけられている危険人物かもしれないと思ったか、黒服たちは少し離れてあるじを囲む。


 ……………………だけど、あるじは弱い。ほんっとーに弱い。

 例えば不殺を自分に課した黒猫な殺し屋とか逆刃刀を持った流浪人などの漫画の登場人物のような、そんな隠れた過去がないとすぐ分かる程に弱い。

 以前捕まったことがあり、その時は数人がかりでボコボコにされていた。向こうは荒事のプロだし仕方がない。

 まあ、隙を見て逃げだせたあるじもあるじだが。

 逃走のプロ。

 でも逃げ道ない。


 あ、あるじ、どうしましょう?

「こ、困ったな」

 あるじは皮肉気に笑っているが、私は知っている。アレは顔が引きつっているだけだ。

 リーダーの黒服男がパチンと指を鳴らすと、黒服たちの包囲が狭まる。

「へっへっへ、ペットとして高値で売り払ってやんよ」

 ひっ、わ、私売られちゃうんですかっ。

「おい」

 その言葉を聞いてあるじの眼がスッと細まった。

「そいつに手を出したらタダじゃおかないぞ」

 いつもはなよなよしたあるじが真面目な顔でスゴんでいる。

 あ、あるじ………!

「いや、ペットとして売るのはお前だガキィ」

「ペットって僕!?」

 一瞬で、あるじの顔が元に戻った。………あ、あるじ。

「大丈夫大丈夫ぅ。衣食住ぅはぁ保証ぅさぁれるからぁ」

「い、いやだ! 誰かのペットになるなんてっ」

「動物をたくさん飼い慣れてるオッサンだから可愛ぃがってぇくれるよぅ」

「しかも飼い主男って意味が180度変わうぎゃあああああああああああああ」

 嫌すぎる未来予想に早くもあるじが壊れてしまった。そうなってしまうとただの少年。

 黒服たちも取るに足らないと判断したのかジリジリと寄ってくる。

 ど、ど、ど、どうすればっ!

 あるじっ! あるじっ! 正気に戻って!

「い、いやだ、仮にも女性だったらちょっとピンクな雰囲気でいいかもだけど男だと真っ暗な未来しか思い浮かばないいいいいいいいいいいいいいいい」

 だめだっ、あるじは元に戻らない。ヘタレだから取り乱すと落ち着くのに時間がかかるのだ。

 そしてその時間が今はない。男達の手が迫る。

 捕まったらどうなってしまうのだろう? あるじと離れ離れになるのか?

 そ、それはいやだっ!

 せめて一緒にペットになるために、あるじの足にすり寄る。

 黒服たちが私を引きはがそうとしても噛みついて、あるじの足に爪を立ててでも絶対離れてやらない。



 そう決意した時。

 あたたかい感触が私の頭を撫でた。

 それはいつも私の喉をくすぐるあるじの指。

 見上げたあるじの顔は、どこか穏やかな、でも諦めた顔。

 そこで私は、ここで終わりなのだと悟った。

 あるじの口が動いた。

 に、げ、ろ。

 それを見て私は、私の心は、悲鳴を上げた。

 ―――――――――離れたくない。





 刹那、世界が雪色に染められた――――――――――――





 何の前触れもなく、足元から、目がくらむような白銀の、原因不明の光があふれだしたのだ。

 その急激な変化に動物的勘でとっさに飛びのこうとするが――――――あ、あれ? 足が地面にくっついて動かない! 四足の獣にとっては致命的。前足も後ろ足がピクリとも動かない。あるじもどうやら同じ状況のようで、驚愕で瞳を見開いている。


 夜に発生しているくせにどこか自然的な不思議な光(リヒト)。闇夜を切り裂いて昼のような明るさがあたりにあふれている。

 そこで、はっと思いつく。まさか借金取りの仕業か! だが、


「お、お前らぁ何してやがるぅっ」

「うほっほ!?」


 黒服たちは明らかに腰が引けている。これは彼らの知らなかった不測の事態。

 敵による罠ではなく、それを安堵する暇もなく、光が正体を現した。それは、

 

 ――――――――――魔法陣。


 幾重にも重なった図形と幾多にも綴られた未知の文字でそれは一つの形を描かれている。

 魔法。漫画や小説であふれている空想上の技術。

 そんな世界の住人でない私にわかるはずもないのに、それはホンモノだと感じられた。


 その瞬間、我が意を得たとばかりに魔法陣がよりいっそう輝く。私にはそれが、世界の終わりを告げているように感じた。

 離れ離れになってしまう。その予感が背中の毛を逆立て、

 あるじの腕が私を拾いあげ猫の小さな体を抱きしめた。


「ネコ―――――――――――」

 あるじっ―――――――――


 白銀が私たち二人を包み、視界が銀色に塗りつぶされた。

 その銀は初めてあるじと出会った雪(シュネー)を思い出させ―――――――――

 

 

 そして私とあるじは世界から消えた。

 他の世界に召還されるために。




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