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Lv17―VS光蝙蝠




「お、るぁ!」

 あるじがバッサバッサと羽ばたきながら襲いかかってくる大量のコウモリのうち一匹を無造作につかむと、そのままオーバースローで少年に投げつける。

 しかし、当然の如く【光の壁】にポコンと当たりコウモリは再び飛翔する。

「だから、無理だ―――――って!」

 オーバースローで投げた後その勢いを利用して転がるようにして近寄り、立ち上がりからの西洋剣〈サーベル〉による斬り上げに少年は手をかざすことで―――その手の甲にしがみつくコウモリが―――【光の壁】を発生させて防ぐ。

 蝙蝠(フレーダー・マオス)の籠手か。

「もう諦めたらどう?」

 いい加減、屈することのないあるじに痺れを切らしたのか苛(いらだ)つ声を少年はあげる。

「僕の【光の壁】をお兄さんが破るのはできないよ」

「だからって逃げるわけにはいかないでしょ」

 同意します。

 私はあるじの肩に乗っかって、近づこうとするコウモリを【ファイガ】で発生させた炎を使い牽制している。

「だって、少年の目的ってお姫様だろ? 勇者としては見逃せないというか」

「勇者。くだらない」

 珍しく顔をゆがませて嫌悪をあらわにする少年。それは10の歳月だけ生きた人間にできる表情ではない。この少年、年相応の中身じゃないのか? 若返り(アンチ・エイジング)の【魔法】があっても驚かないが。




「もう、くだらない問答もうんざりだよ。僕はあのお姫様を追いかけなくてはいけないんだから」

「させると思う?」

「勝手にする――――よ!」

 少年は両手を広げて身にまとうコウモリたちの大部分を攻撃用に回す。こっちに決定打になる魔法がないとわかって、防御を減らしても問題ないと判断したのだろう。


 結果。


「あわっわわわわわっわあわあ!」

 あるじは逃げる。さすがに計48匹のコウモリを相手にどうしようもない。空からの襲撃に頭を低くして逃げる。

「ははははっ! 勇者さん、今までの威勢はどうしたのっ!」

「う、うるへー! 血ぃ吸われてたまるかっ。って、やば、追い込まれた」

 広いドームだから逃げ回る場所には困らないのにコウモリを巧みに操りあるじは壁際に追い込まれる。

「大丈夫、この子たちは血は吸わないよ。ただ頸動脈をかみちぎるだけ。終わりだね」

 少年は楽団の指揮者のように手をふるう。すると48ものコウモリが上下左右全方位から立ちつくすあるじに襲いかかる。剣を振り回そうが【炎】を出そうが数匹焼いている内に他のコウモリがあるじを襲うだろう。

 逃げられない。




「それはどうかなっ」




 だがら、あるじのとった行動は真反対だった。

 前方から来るコウモリの群れに勢いよく飛び込み、急な突貫にコウモリが対応できないウチに突破する。それだけでは終わらない。

 すぐさま後ろを向き、叫ぶ。


「デア・エーヴィヒ・シュネーシルム・アオフ・シュパネン!」

 ―――――――――【エル(der ewige)ミニの(Schnee) 雪 遮(schirm) 竜 壁(aufspannen)】!


 吹雪く透明で巨大な【壁】が現れる。その【壁】は上は天井、下は床、左右はドームの壁まで届き完全に向こう側とこちら側を遮断する。



蝙蝠の飼育小屋(フレーダー・マオス・シュタル)いっちょ完成、っと」

 向う側に置いて行かれたコウモリ達がこちらにこようと【雪遮竜壁】にバシバシ体当たりをするも魔法の【壁】はびくともしない。

 透明の【壁】はアクリルガラスのようで本当に動物園のコウモリコーナーみたいだ。



「これで、いい具合になったな」

 相手の戦力を八割強削って、二対十ですね。

「反撃開始で逆転勝利できるかな」

 無謀が万謀に変わったぐらいですね。

「マンボウってなんだよ」

 知らないですか? こう妙に平べったい魚で。

「いやマンボウのことじゃなくてマンボウに変わるって何だマンボウって、あーもうややこしい!」

 やっと来た反撃のチャンスに私とあるじはハイテンションでうかれあう。実際は【光の壁】を破る手立てが見つかっていないので楽観視できる状況ではないのだけど。





 そんな私達とは正反対に静かな少年。

 彼の表情は想像だにしない反撃への驚きでも、先程のような笑いでも、戦力がいきなり半分以下になった事への絶望でもなかった。

 無表情だ。



「【エルミニの雪遮竜壁】だ、と?」

 今見たことが信じられず放心しているからか、考えていることが口からぽろぽろ出る。

「馬鹿な、あれは雪竜と契約した一族しか使えないはず………………じゃああの一族の者? 違う、独特の魔力波が感じられない。いや魔力波というならそもそも……………」

「あ、あのー、大丈夫?」

 危ない感じにつぶやく少年を心配したのかあるじが声をかけるが反応はなし。

「ど、どうしよう、猫」

 今がチャンスです、やっちゃいましょう!

「卑怯じゃないか?」

 いいんです現実では情け無用。彼を放っておいて巨大化でもしたらどうするんですか? 特撮モノだと絶対巨大化するパターンですよ。

「確かにこの部屋デカイから巨大化できそうだな」



 戦闘状態を解除した私達がゆったりトークしている内に考えがまとまったのか少年が顔を上げる。

 そして、笑う。


「は、ははは、っはーーははははっははははははははははははははは!」

「う、うおおぉ?」

 いきなりの爆笑にビビるあるじ。私は嫌な予感がしてあるじの肩の上から警戒する。

「あははははっ、ホントに『勇者』だったのかっ!」

「ど、どうも」

 変に照れるあるじは無視して、少年は笑いが収まったのか頬に笑みを作りながらこちらを正視する。だがその眼は親の仇でも睨むかのように鋭い。




「初めまして異世界から来た・・・・・・・勇者殿! こんなところで伝説の存在に会えるだなんて!」




「い、いやあ、伝説だなんて」

 馬鹿、照れてる場合じゃないですよっ!

 私が注意したのは笑い終わった途端、少年からは得体のしれない雰囲気がより増したからだ。得体のしれない彼がさらに一層。

 それに異世界から来た、と言った。

 勇者であると名乗った覚えはあるがそちらのことは一切口にしていないのに!

 この少年―――――――何で知っている!?



「まあこの際、お兄さんでもいいや」

 そして丁寧な言葉に混ぜられるのは今までの苛立ちとはまったく別者。

 その混ぜられた気持ちの名前は《敵意》。

 今までは目の前に立つ邪魔な障害物扱いだった。しかし、今は完璧に敵認定されている。

「友好的になった所で、お姫様をさらおうとする君の目的とか教えてくれない?」

 まだその敵意に気付かないのかあるじはへらへら笑いながら和平交渉をしようとする。

「僕の目的? 目的ね、いいよ教えてあげる」

 少年は気味が悪い程、簡単に口を開いた。

「勘違いしているようだから言うけど、僕の目的はお姫様じゃないんだよ」

「は?」

 いやいや、お姫様さらおうとしといて何をぬかす。

「それはお姫様〈でもいい〉からだよ。〈でないとダメ〉じゃなく〈でもいい〉んだ」

「でもいい?」

 お姫様〈でもいい〉?

「そう〈条件〉さえ合えば誰でもいいんだよ。それこそ、王様でもお妃さまでも。ただ一番さらい易かったのがお姫様だったから狙っただけだよ」

〈条件〉? 条件さえ合えばいい? その言い方だと一国の姫である事よりも重要な事柄があるように聞こえる。

「その〈条件〉はあの国の王族の血を流す者、つまり、【エルミニの雪遮竜壁】を操ることができる者」



【エルミニの雪遮竜壁】。

 雪竜との契約でシェイル・ジャルガ王国の始祖と子孫が手に入れた絶対防御の【魔術】。



 それを扱えることが〈条件〉? 営利誘拐の為だとは思っていなかったが予想だにしない方向に進んでいく。

 ………………………ん? 今何か頭の片隅をひっかかった。何か、大事なことが……………。

 考えの深みにはまり黙りこくる私の代わりにあるじが質疑応答をしてくれる。

「つまり、少年は【エルミニのなんちゃら】の【魔法】が欲しいコレクターってこと?」

「あはは、おしい。全然違うよ」

 あどけない笑いはどこへ行ったのか悪意が詰まった嘲笑を返す。

「僕は収集家じゃないよ。僕は【エルミニの雪遮竜壁】の術法の解析をするために【魔術】を術者ごと手に入れるだけが目的。集めるのが目的じゃない、それは過程だ」



 専門用語が多くて半分も理解できなかった。聞けば聞く程この世界の事情ってヤツはわからなくなる。わかるのは〈解析〉〈手に入れる〉〈術者ごと〉といった物騒な字面だけだ。

 お姫様が目的だとして、もう1つだけどうしてもわからないことがあるのでその疑問をあるじに通訳してもらう。




 この騒乱の大本の謎。




「竜。竜はどうやって操ったんだ? その【魔法】で、かい?」

 コウモリや山の動物が操れるとはいえ竜まで操れると思うのは早計だろうし、お姫様も人間には不可能だと言っていたので、何かしら裏があるだろう。その裏を知らなければこの後、竜がラスボスとして現れる可能性は否めないのだ。

 その懸念を気味が悪いほどあっさり少年が答えて解消してくれる。

「ああ、それは【魔法】は関係ないよ。あれはただの人質で言う事聞かせてるだけ」



 ビンゴ。

 予想その1が大当たり。予想とは何かというと、あの暗闇洞窟の中であるじと幾つかのパターンを予想しあったその内の一つが的中したのだ。



 その後も小説の探偵に暴かれた小説の犯人のようにとうとうと語る。

「いや竜質(りゅうじち)かな。知ってる? この山の王である雪竜には一匹の子供がいる。

 僕の能力は【動物の群れ】にしか効果が及ばないから直接は操れないけど、そういった能力を持つ獣(こ)達に何十匹がかりでやってもらえば幼竜ぐらいなら捕縛できるんだよ」


 ちなみに予想パターンその2は竜が主犯の魔法使いとの共謀。その3は魔法使いが関与しない動物達の逆襲、もしくはお肉として食べられた仲間の復讐。


「ほんと、やになる。僕が『主』だからって『智』のヒトたちは顎で使うし、でも初めての『使命』だから意気込んで『透過』したらそこは雪山の真っただ中で、しかも武器も資金も何もかも現地調達。動物達に食べられる果物を教えてもらって木の根を掘って煮て食べてようやく『標的』が手に入る段取りになったかと思えば邪魔が入って」

 その悲しくなる愚痴のような言葉も謎な単語ばっかりで理解できない。



 私以上に理解してないであろうあるじは、むき出しの西洋剣〈サーベル〉を正眼に構えた。

「――――――んー、よくわかんないけど、君がお姫様をどうこうしようとしていることだけはわかった」

 それだけ分かれば十分とばかりに、あるじは足に力を込める。これだけ聞ければ余計なことをされる前に気絶させて縛りあげれば全て解決するのだから、いい判断とも言えないくはないが。

 すでに戦闘態勢に入ったあるじとは反対に少年の体は弛緩しきっている。その体と同じく間延びした声で少年は否定する。



「ん? もうお姫様をさらう気はないよ」



「…………………?」

 はい? どういうこと?

 いきなりの目的放棄宣言に戸惑う私達を見て、少量の嗜虐を交えた笑顔に少年はなった。

「だって、目の前に【エルミニの雪遮竜壁】を使える人物がいるのにわざわざ逃げた方を追いかける必要もないだろ?」

 そう〈条件〉。誘拐する人間は〈【エルミニの雪遮竜壁】を使えること〉。ならば、それは私達にも当てはまるのだ。

 もしかしてターゲット変更?

「だから、君達は異世界から遠路はるばる召還御苦労だけど、僕に捕まってもらうよ」


 だから――――――――――――何でこいつは私達が【召還】されたことを知っているんだ!?

 自分達が標敵になった事よりも重要な問題。


「何で僕が【召還】されたと知っているの? 君ほどの【魔法使い】になると物知りで見ただけでわかるとか?」

 あるじも疑問に思ったのか直接聞く。



 いくらなんでも、異世界から【召還】されたなんて一目見ただけでは分からないはず。私はただの猫であるじは普通の少年だ。

 しかも、この少年は驚いていたが、【召還】で人が呼び出されることはあると知っているとでもいうような反応をしていた。

 この少年は何を知っている?



「魔法使いぃ?」

 心外だとばかりに少年がうめく。

「違うよ、お兄さんが【召還】されたのを知っているのはたまたまそういう伝承があるのを知っていて、それに加えて【エルミニの雪遮竜壁】を使える人間はあのお姫様の血族だけ、だと知っていたからだよ」

「……………………なるほど」

 わからないならちゃんと言った方が言いですよ。聞くは一時の恥、聞かぬも一緒の恥です。同じ恥ですから聞いた方がお得ですよ。

「少し間違えてるからそれ。で、もう少し詳しくお話お願いします」

 ぺこりと頭を下げるあるじに毒気を抜かれて少年は呆れながらも話す。

「つまり、【エルミニの雪遮竜壁】はこの国の王族しか使えない。で、その王族には特殊な魔力波のパターンがある。でも君にはない。つまり、君は通常ではない手段でその【魔術】を使った。それで思い出したのが、僕の国にあった伝承」

「それって、例の童話? そんなの信じたの?」



 お姫様が言っていた召還された人間・勇者の冒険譚のことを言っているのだろう。

 あるじ程あけすけな言い方ではないが私も飛躍しすぎだと思った。

 だって、童話に出てくるカボチャを馬車に練成したりする等価交換の原則をシカトした魔女が実際いると信じはしないだろう。



 だが、それも少年は意外な言葉で否定する。

「童話? 違うよ、僕の国では勇者の話は結構有名で子供すら知っている常識だよ」

 常識? 童話じゃなくて?

 何か、食い違っている。

 あるじもそう思ったのか片手をあげて疑問を表す。

「はいはーい。あの、お姫様によれば人間が【召還】されるのって空前絶後の事例のはずなんだけど。そういう記録は残ってないって」

「それはこの世界の話でしょ。僕の世界では割と有名な伝承だよ」

「?????」

 クエスチョンマークの嵐が頭の中で吹き荒れる。

「この世界? 僕の世界?」

 まさか少年も【召還】されたクチなのだろうか?

 その疑問を口からこぼしたあるじをみて少年はやっと得心がいったとばかりに両手を合わせる。

「ああ、気付いてなかったのか! それじゃあ話がつながらないのも無理はない。では改めて名乗りましょう、異界の勇者よ」

 胸に手を当て一礼する様は育ちがよさそうで、少年の浮世離れした美しい顔と相まってある種の神秘性が生まれる。



「僕の名前はラフィル。位は『(しゅ)』。つかさどる文字は【┳┓】。異世界【天国】の住人」



 その笑顔からは嘲りも苛立ちもなく、ただ純度が高い笑顔。


「――――――――――――僕は【天使】だ」


 それは天使の微笑(ほほえ)みだった。



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