Lv14―『竜の祭壇』・謎の少年
不思議な明るさに満たされた半球状の空洞にたどりついた私達二人と一匹。打ち合わせやその他モロモロをして準備万端さあイベントよ来い! と意気込んでいた私は予想外の人物遭遇に意表を突かれた。
「こんにちは、お兄さんお姉さん猫さん」
そのドームの中央に立って巨大な扉への進路を阻むのは十歳くらいの金髪少年で、あるじの胸程の身長をしているその体をすっぽりと黒い外套(ローブ)で覆っていた。
黒い外套。
それから連想されるのは黒外套の炎の魔法使い。
私達を殺そうとした、今回の事件の真犯人筆頭。
普通なら同じ色の服を着ているだけでは、流行(はや)ってるのかな、としか思わないけど。
そうでなくても、こんな場所に一人でいるだなんてみるからに怪しい。あるじもそう思うのかユニをかばうように後ろに隠しながら話しかける。
「こんにちは。僕は在名。ちょっとドジ踏んでこんな所に迷い込んでしまったんだけど、君は?」
「僕? 僕も迷ってしまってね。やんなるよね、外は一面真っ白でさ、まいっちゃうよ」
「そうか。君も迷ったのか。安心した」
「お兄さん達も?」
「ああ、いきなり足元が崩れて真っ逆さま」
「さっきの大きな音はそれだったのか」
10歳程度とは思えないしっかりした応対をする。
少年は迷ったと言っているがどうだか。あるじの友好的な態度も相手の出方を覗っているだけで油断などしていない。
「ところで、お兄さんはこの土地の人じゃないね。アリナってこの国の人の名前っぽくないよね」
「僕は旅人だよ。最近来たばっかで」
「あれ? 国を覆ってる【壁】はどうしたの?」
――――――――かかった。もし、今回の件の関係者ならそこに食いつく。だって数ヶ月前から発生した【エルミニの雪遮竜壁】は何人たりとも通さない【檻】。
【召還魔法】のような例外を使わない限り越えられはしないのだから。
でも本当に道に迷った魔法使いの可能性もあるから早まるような真似はしない。
「【壁】はね、よくわかんないけど通ってきた」
「へー! お兄さん、魔術師? でもアレを通って来れただなんてスゴ腕だね!」
嬉しそうに、10歳に届くかどうかという外見を裏切らない天真爛漫な笑顔を見せる。
……………関係ないのか?
「僕はこの国に入った途端アレができてさ。出るに出られなくて困ってたんだよねー」
「そうだよなー」
「お兄さん、アレ何なのかわからない?」
「それはわからないんだ。ところで、その黒い外套、カッコイイね。【魔法使い】みたいだ」
その相手を揺さぶるあるじの物言い。黒外套の仲間なら何らかの形で反応を示すはず。
少年はその言葉にキョトンとすると、にぃと悪戯を成功させた少年のように笑う。
「黒い外套、ってこれのこと?」
黒い外套を指さしながら少年があるじに尋ねる。
「…………………………ああ」
「ふーん」
まさか本当に、こんな幼い少年があの人殺しの仲間なのか? じり、といつでも飛びだせるように足に力を込める。
「まあ、暗いから仕方がないのかな?」
「まあ、暗いけど、それが?」
「コレ、外套じゃないんだよ」
その瞬間、黒い外套が内側から膨れ弾けて――――――舞い上がった。
「なっ!?」
―――――――――!
息をのむ私達。それは外套ではなく、バサバサバサッと羽ばたきこの広い空間を飛び舞い踊る。
外套だと思っていたものは―――――コウモリ! 何十という彼の体にとまっていた蝙蝠が一斉に羽ばたいたのだ。
そのうち1匹が少年の伸ばした手の先に器用に留まる。
「エシィーヅ。地元じゃ光蝙蝠と呼ばれている珍しい種類のコウモリだ。道中で友達になったから一緒にいるんだ」
手の甲に留まった蝙蝠をもう片方の手であやしながら説明する。
黒い外套(ローブ)どころか服ですらなかったわけか………………警戒心が強い蝙蝠を手なづけるなんてこの少年、只者ではない。
とか、思いつつそろりそろりと足音を立てずに歩く。目的地は少年の向こう側にあるとびきりデカい扉。
「驚いた?」
「ああ、驚いたよ。でも、光コウモリ? なんて名前の割には光ってないな」
「ああ、光るのは彼らが魔法を使った時だけだよ。彼らは臆病で体が小さい割にけっこう便利な
魔法をつか―――――――――ん?
………………………お兄さん。お姉さんと猫さんは "どこ行ったの" ?」
少年が疑問の声を出す。そう、あるじの後ろにいたはずの私とユニはいつの間にか少年の視界からいなくなっていた。実を言うと先程の蝙蝠の羽ばたきに紛れて移動したのだ。
その疑問にあるじが答えないで、折れてしまったほぼ柄だけの野闘剣〈グラディウス〉で手の平を叩いて微笑んでいると、少年が苦笑のような息をもらし眼を細める。
その眼はナイフのように鋭利な輝きを放ち左右を見渡す。
だが、この部屋には私とお姫様の姿はない。あるじが彼の前で微笑んでいるだけだ。
「へぇ、そうか。うまい【魔術】だ―――――ねっ!」
少年は背後を振りむいて鋭い視線を飛ばす。
するとどうやったのか〈姿を消していた〉私とユニの頭上で何かが弾ける音がして、私達の迷彩が消えてしまった。傍から見ていればユニとその足元にいた私が何もない場所から現れたように見えただろう。
四文字魔法【バニッシュ】。四文字魔法のくせに五文字ある【四文字魔法】だが効果はいたって簡単で《姿を消す》のみ。
それで少年の目を出し抜いて奥の巨大扉の先へ進んでしまおうと企んだがそう上手くことは運ばない。あと数メートルだったのだが。
何でそんな騙すようなことをしたか? だって、この少年。
「コウモリを従える。つまり動物を操る。って、怪しすぎるんだよ!」
何かを私達にするつもりだったのかこちらを睨んでいた少年だが、あるじの声に咄嗟に振り向く。いい判断だ。
あるじが投擲した剣―――――折れた柄だけの剣が少年に直撃するコースを進んでいたのだから。
少年はその攻撃に慌てず、だが、避けもしなかった。
その代わりにとある〈こと〉をした。
折れた剣がそのまま少年の額にぶつかるかと思った時、剣はカァンと何かにはじかれ少年には当たらない軌道を描いて地面に落ちる。
それは光の壁だ。少年の眼前に五〇センチ四方の光る透明の壁が浮かんでいた。
まるで【エルミニの雪遮竜壁】のような壁。つまり【防御魔法】!
「いきなり攻撃してくるなんて酷い――――――なっ!?」
少年は何かを感じ取ったのかまた振り返る。本当にいい勘をしている。こっちにはまだ私がいるのを忘れていたくせに。
炎を呼び出す四文字魔法――――――【ファイガ】!
私が呼び出した炎が一筋になって少年に向かう。が、やはり目の前の【光の壁】に阻まれてしまう。
むう、やはり【四文字魔法】は実戦じゃ使えない。不意の一撃だったのに火傷も負わせられず、先程の【バニッシュ】にしても見つかってしまったし。戦場だったら蜂の巣だ。
【光の壁】を消すと少年は苦笑しながら指を鳴らす。
「………………息があってるね。成程、猫さんもこの子たちと同じで【魔法】が使えるのか。火を吹く猫だよね」
珍しい、と言いつつ鳴らした指が合図だったのか上空を飛んでいた蝙蝠たちが一斉に少年の元に集まる。そしてまた黒い外套をまとう。
「そっちのコウモリも【魔法】使うんだろ。光の壁、か。確かに光ってたな」
前後の不意打ち気味な二段構えの攻撃が防がれてしまったというのに余裕綽々(しゃくしゃく)なあるじ。
第一目的は達成したからだ。
「………………はぁ、別に通せんぼする気はなかったんですよ」
少年が見やる方向は、人の手では開けられそうにないほど巨大な扉。そしてその奥の、走って逃げていくお姫様。だがその姿はバタンと独りでに閉じた巨大扉に遮られて見えなくなった。
「嘘つけ。通さない気まんまんだったくせに」
そうだそうだー。この悪役ぷりてぃふぇいすー。
「どうして…………僕を疑ったんですか?」
何を、とは言わない。
「一つ、動物を操る能力があったら今回の騒乱を起こせる、ということ」
山脈中の動物を操るだなんて【魔法】を詳しく知らない私からしてもすごい規模だというのがわかる。そんな魔法を年端もいかない少年が使うのは疑問だったが、何かあるのかもしれない。
「二つ、コウモリ達が全然しゃべってなかった、ということ」
「しゃべって?」
「知らないの? 動物達って結構お喋りなんだよ」
これは私からの情報。あれだけキィキィ鳴いていたのに一匹すらも私に言葉をかけてこなかった。同じ動物だからこそできるコミュニケーション。それが成り立たない。まるで意思がないかのように。
「三つ、こんな場所」
あるじが見定めるように周囲へ視線を走らせる。ドーム状の部屋。自然にできたとは思えないなめらかとした床。ヒカリゴケの照明。その中央に立つ少年。
決闘場で挑戦者を待ちうける戦士のようだ。
「見るからに黒幕部屋だろ、ここ」
ゲームに脳を侵された自信満々な声。ゲーム自体をやる機会はほとんどなかったのにゲームの攻略本を日々読んでいたのが悪かったのかな。教育間違えた。
異世界の住人はその内容が理解できたのが泰然とほほ笑む。
「そうだよ、僕がこの騒乱の仕掛け人だ」
その笑みは少年の幼い顔には似合わない汚らしい物だった。