Lv12―『エルミニの大洞窟』・姫の懺悔
「あ、あの」
レッツ洞窟探検(もしくは魔物の巣潜入)と歩きだそうとする私とあるじをお姫様が呼び止めた。
「どうしたん?」
「あの、アル様はどこにどこにいらっしゃるのか、と」
不安そうな幼さがにじむ声。
「僕はここだよ。すぐ隣」
「暗くて、見えません………………」
この洞窟唯一の光源だった落ちてきた穴は雪や岩で埋まってしまったので光が全然差し込まないのだ。
でも全く差し込まない訳ではない。現に猫である私、深夜にも路地裏を逃げ回ったりするため夜目が利くあるじも問題はない。でも、お姫様であるユニにはそんなスキルはないようだ。
「こっち、こっち。まだ目、慣れない?」
「…………ご、ごめんなさいごめんなさい。アル様」
「じゃあ、ホラしがみついていいよ。見えないなら足下とか危ないし」
手を差し伸べるあるじ。いや、目が見えないのに掴めるわけがないでしょ。その失策に気がつかないのか平然としている。
「い、いいんですか?」
「うん」
あれ、問題ない? 少しは見えているのか。
「遠慮しなくていいよ」
「で、では、いきます!」
何故か意気込んだ声を出したお姫様は、頼りない足取りであるじに近づき、差し出された手をつかまずに胴に抱きつくようにしがみついた。
「ぎゅ~~~」
「あ、あのユニさん?」
「い、いいですよねアル様! 暗くて見えないですし、ですし! だ、駄目ですか……………?」
「だ、駄目じゃないけど」
「ありがとうございますございますっ」
そしてさらに抱きつくお姫様と慌てるあるじ。
ラブコメはおウチに帰ってからやってくれませんかねぇ。
「うるさい、猫。先へ進もう」
あるじはお姫様を腰に装備しながら歩いてゆく。待ってくださいよー。
私は二人を追い抜いて先頭に立つ。感覚が鋭い私が先頭に立った方が安全だからだ。何となく後に人間が付いてくるのは気持ちがいい。しっぽふりふりしちゃう。
おっとそんなこと考えている場合ではない。考えなしで、しかも現在お姫様とラブコメっているあるじの代わりに色々考えなければならない。
でも猫に頭脳労働をまかせるあるじってどうなんだろう……………。
「ユニ、大丈夫?」
「な、何がですか?」
「少し、震えてるよ。暗いのが怖いの?」
「いえ……………」
お姫様がふるふると幼子のように頭(かぶり)を振る。あるじに密着しているので頭を胸にこすりつけるようになる。
「……………サウスさんが」
「あの鳥に襲われた人、だよね」
「はい、それに他の皆さんも…………大丈夫でしょうか」
連絡を取ろうにも穴はふさがてしまったので安否の確認はできなかった。
「穴には落ちてなかったから大丈夫だよ」
「でも私達は幸か不幸か落ちたから、怪鳥から逃げられましたけどあの人たちは……………!」
お姫様の声が涙交じりになる。泣きやませるのはあるじの役目なので私はスルー。
しかし、暗いのはともかく地面がデコボコしているので猫の私としては歩きにくい。脚が短いのは関係ありません。
でもよく見てみると、自然にできた割には地面がならしてあるような気がするし、何より水っ気が全くない。
洞窟というのは種類にもよるが山の中心から漏れた水が長い年月をかけて山の中を削っていった物じゃないのか? 削った後に枯れてしまったのか。
それとも何物かの手が加わっているとか。とりあえず警戒レベル1アップ。
私が警戒している間に口説き落としたじゃない慰めることに成功したのかお姫様は明るい調子に戻っている。
「じゃ、じゃあ、アル様の昔の話とか聞きたい、ですです」
「僕の話? 面白くないよ」
「アル様の事なら事なら何でもいいですからっ」
どう話が転んだのかあるじのカコバナに話を咲かせているようだ。
実を言うと私が出会う以前の話を聞いたことがないので少し興味がある。警戒を怠らずに耳を傾ける。
「んー、昔のことか。本当につまらないけど軽く話すか」
「わーパチパチ」
わー。
「生まれは、まあ良い家だった。治安の良い『都市〈シティ〉』に住んでたし。遠縁の人間まで数えると百ぐらいいたな」
親類縁者が百というのはかなり多い。そうか、あるじはいいとこのお坊っちゃんだったのか。
「で、お家が生業(なりわい)とする職業があって、まあボディーガードみたいなものなんだけど」
「ぼでーがーど?」
「ん、横文字は伝わらないのか? まあ、ユニにとっては、あー、護衛の人達のことだ」
さっきまでヘコんでいた事柄だったため言いにくそうにするあるじ。だがユニはもう平気のようだ。というか過保護すぎでは?
「………………うん」
「大丈夫?」
「はい……………続き、お願いします」
「で、そのお家柄、僕も小さい頃から教育されて。戦闘技術とかイロイロ」
「だから、お強いのですかですかっ」
「あー、うん、まあ」
実際はコマンドに《避ける》《逃げる》しか実装されてなかった人なので、やはり尊敬のまなざしは苦手のようだ。
ふうん、成程。ボディーガードということは戦闘の訓練も積まされるのだろうからそれなりに強かったのもうなづける。本人がその事に気づいてなかった理由はわからないが。
まあ、あくまでそれなり、だが。あの男たち三人に勝てたのは偏にあれがザコだったからだ。現に黒外套には手も足も出なかったし。
でも、避ける逃げるはそこで学んだものではないのだろう。あれ程の危機に敏感な能力は実際に危機に出会わないと得られるものではない。とか偉そうに言ってみたり。
「でも、僕は落ちこぼれでさ。で、ついに勘当を言い渡されてぶらり一人旅をしている間に色々な事件に巻き込まれて色々な人に追われて。猫と出会って。借金取りから逃げ続ける、でもそれなりに楽しい生活が続いて―――――――【召還】されたんだ」
「…………………………」
「ユニ?」
「あの……………やっぱり、元の生活が恋しいですか?」
「え?」
あるじが立ち止まる。私も立ち止まる。ユニはあるじの胸に顔を押し付けているので表情はうかがえない。
「…………………元の、元の世界が恋しいですか」
勇者勇者言って謝罪とか無いから、勇者は木の又から生えてくる的な考えをしているかと思っていたのだが違ったのか。
「…………………」
「ごめんなさい。わかっていました、勇者様にだって元の生活があったことは。
元の世界には家族がいて、元の家があって、元の生活があったことを」
お姫様は顔色こそわからないが、悲痛ながらもどこか凛とした声色で吐き出すように流すように言う。
あるじの表情は普通。いや、家は借家の契約を解いたばっかりだったからないんですけど、とツッコむかどうか考えている顔だ。シリアスシーンですよ、あるじ。
「いきなり不躾に召(よ)び出されて、召び出されたらすぐに戦うことになって、殺されそうになって」
「でも、ほら、魔法使って倒したし」
【召還】されたはずの、被害者であるはずのあるじがフォローする。加害者が罪を責め、被害者が弁解する。立場が逆だ。
「いいんです。ごめんなさい、わかっています」
「だから、ね」
「わかっていたんです。あの時、勇者様が【魔法】を使えなかったことも」
「……………………」
どういうことだ?
「あの時の勇者様のお顔は死地に向かう者のでした。私だって一国の姫です、そういう人の表情くらいわかります。
勇者様は抵抗できずに私の盾になって時間稼ぎにもならないのに殺されるつもりでした」
「……………………………うん」
「でも、でも! 【魔法】が使えて命を取り留めてよかった、と本当に心から思いました。本当です、嘘じゃありません、信じてください」
「……………………………うん」
「ですが、私はこの国の姫としてあなたにお願い、いえあなたに命じなければならない事がありました」
「………………………」
「今、私達の国はここ数十年なかったぐらいの危機です。
ここ数カ月、他の国と連絡が取れないため輸入に頼っていたもの全般は補給ができず、国は食糧危機に陥りかけています。
それに相手が獣とはいえ膨大な魔力を持った怪物たちも混ざっていました。そしてすぐそこに魔物たちがたくさん住む山があります。
兵は無限ではありません。気力は無限ではありません。兵糧は無限ではありません。魔力は無限ではありません。
だから、こんな時に現れた救いの光である勇者を逃がすわけにはいきませんでした」
そこまでこの国は追い詰められていたのか。確かに、こんな寒冷の土地では獲れる作物も少ないから食糧などは他の国からくる行商人に頼っていたのかもしれない。
このままでは滅びはしないが、国が傾きそうな情勢。そこに現れた状況を打開できる者。姫としては命の恩人であろうとも利用しない訳にはいかない。
「黙っている事があります。私の正しい任務のことです。勇者様は竜との対話の護衛、と言われたのですよね。
でも、私の本当の任務は、裏で人間が背後にいた場合はその者の捕獲。もし竜が首謀者の場合はその――――駆逐」
下手人の捕獲と竜殺し。
「私の護衛ならば、私が危険になれば、戦いを好まないアナタでも剣をふるってくれるとの王のご判断です」
あの陽気な男がそんな謀を図っていたなんて、やっぱりオッサン食わせ者だったか…………………。
お姫様は今まではお腹の中に詰めたまま消化できなかった物を吐き出していく。
「アナタがこの世界に来る前は勇者じゃない、普通の人間だと知りながら! 私は! あなたに! 命をかけて! また命の危険にさらすことになるのに…………………」
その凛とした姫の威厳のこもる声。でもあるじに抱きついて胸に顔を押し付けている仕草は歳よりも幼く見える。
「終わった?」
彼女にあるじはゆったりと柔らかい声をかける。
「…………………………はい」
「んー、とね。びっくりした。まさかドラゴンスレイヤーを見込まれているとは思ってなかったし、そこまで謀略が張り巡らされていたってのも驚いた」
「……………………………………」
「でも」
あるじはいつも通りどこか抜けた声。
「覚えてる? 『通りすがりの君を守る勇者さ』って言ったの。あの時僕は、勇者になったんだよ。だから気を病むことはないよ」
よく言えば優しい声。
「でも………………」
お姫様は納得がいかないらしく、声に覇気がない。どうやら私達の想像以上に賢かったようだ。あるじを勇者と盲信する程、馬鹿ではなかった。
そして重荷を全部背負えないほど、優しかった。
「僕は頭を使うのがあまり得意じゃないから難しいことは言えないけど。じゃあ、これも忘れた? コホン」
あるじがお道化(どけ)てせき払いをする。それにつられてお姫様が顔をあげずにあるじの顔を目だけで盗み見る。
「『よくわかんないことだらけだけど、少し変わったくらいじゃ、前言をひるがえす気はないよ』」
「あ………………」
あるじが黒外套(ローブ)に向かっていったセリフ。だが黒外套だけではなく銀髪の少女に向けても言っていた言葉。
「ゆ、ゆうじゃしゃま…………………」
その言葉に泣きそうに顔を歪める少女。だがあるじがおデコをつついて止めさせる。
「アル」
「え?」
「勇者様はやめて、アルって呼んでって言ったよね?」
「あ、は、はい! アル様!」
それは仲直りの言葉だった。
ふっ、この件の最大の立て役者は空気を読んで空気化していた私ですねっ。
「空気読め、猫」