Lv09―『エルミニ山脈・ふもと』・雪景色の冒険
(寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い!)
ヘタレゆえに状況に流されつづけているあるじは、辺り一面銀世界な雪山の麓で寒さに震えていた。
摂氏マイナス50度。
水が凍るとかそういうレベルじゃない。もはや髪が凍るレベル。
山に登り始めると(といってもまだ傾斜はそれほどでもない)急に冷え始め今では雪もちらりほらり。「はっ、北露(ルスラント)生まれの僕にとって少し寒いぐらいどうってことない」と息巻いていたあるじは今では鼻水を凍らせながら震えている。
あるじー、大丈夫ですかー。
(こ、ここ、これが、だ、だい丈夫に、見えるか?)
いえ全く。
お姫様に用意してもらった防寒の【魔法陣】が仕込まれた毛皮付き外套(ファー・コート)など冬山装備一式をもらったとはいえ、ここ『エルミニ山脈』の寒さはケタはずれだ。
『エルミニ山脈』はいくつもの山脈を一まとめにした扱いなので寒いだけでなく広さが半端なく少しでも迷ったら冷凍食品コースに強制進行させられる。だから玄人でもあまり奥まで踏み込まないらしい。
ちゃんと木々も生えており(当たり前だ。じゃないと動物達が住めないだろう)、雪が毎日のように降っているわけでもないのでちゃんと日光が差し込むこともある。だが、今の天候は吹雪いてこそないが粉雪が降り状況は最悪とまでは言えないが最高とは程遠い。
私達の現在地は山脈の中央にそびえる山へ向かう途中。お姫様を竜の元へ護衛するために数人の兵士(いかにも屈強そうなおっさん。あるじ要らなくね?)と砦を出て約6時間。
早くもあるじがダウンしそうな状態だ。
(寒いよう、お家に帰りたいよぅ)
だから家はこの世界どころか元の世界にもないですから。
(だいたい、一番最初の敵がスライムじゃなくてドラコンってどういうことだよ。しかもスタート地点は歩いているだけで体力が奪われる雪山ってどれだけプレイヤーに優しくない設定だ?)
またゲーム俗語〈スラング〉ですか。でも、あるじが前やっていたドラゴンを倒すゲームのスタート地点も同じく雪山じゃなかったですか?
(ゲームと現実を一緒にしちゃいけません!)
あんたに言われたくないよ! この間かめはめ波をだす練習してたくせにっ!
(ふがっ!? あれは魔法ができないか試してたからだろっ)
あーやだやだ、その歳になって漫画のまねごとをして恥ずかしくないんですかぁ?
(こっ、この猫! それ以上その事について触れたらその皮剥いで燻製にすんぞ!)
バチバチバチと雪原で熱い火花を散らす私とあるじ。
と、そんな私達の間に割って入る人がいた。
「ア、アル様? どうかしました、しました?」
お姫様・ユニである。彼女も毛皮付き外套(ファー・コート)を着てフードもすっぽりかぶっているのが雪ウサギを彷彿(ほうふつ)とさせかわいさ3割増し。
さっきからあるじと私は声を出さず目と目で会話していたのでハタから見れば猫にガンを飛ばす変な人である。
それだけではない。今の私はお姫様の服の中に入り胸元から顔を出している状態だ。正面から見ると顔が二つ縦に並んでいる感じ。
「あ、あの、先程から見つめられて、少し少しはずかしい、です………………」
だから私を見るということはお姫様の顔を見るという事。お姫様は自分が見つめられていると勘違いして顔を真っ赤にしている。普通、猫と目で会話しているとは思わないからな。
「な、何か、私の顔、変ですか?」
「あー、いや、カワイイ顔があるだけだよ」
「か、かわゆ………………………!?」
その言葉にユニの顔がボンという音が聞こえたかと思うくらい急激に赤くなる。
ヘタレのクセに口だけは上手いんですから。
(うるさいよ猫。だいたい何でお前そんなオンナノコの胸の中だなんて羨し、もとい、やましい場所にいるのさ)
私の体はモフモフで温かい猫カイロですよ。お姫さまが風邪ひいたらどうするんですか。
(風邪ひきそうなのは僕だから。お姫様はここの育ちだからシティーボーイの僕と違って寒さに強いだろ……………と)
あるじは視線を上げて私の顔からお姫様の顔へと移す。
「それよりも後どれくらいかかる? ユニさん」
「あ、はい! ええ、と、まだまだかかります」
ちなみに雪竜までの居場所はお姫様がわかるらしい。
「一応、大昔に雪竜と契約した一賊の末裔なので」
とのことで、とりあえず納得しておく。
そんなやり取りをしていると、護衛のうちの一人がいきなり切迫した声を上げた。
「あ、あちらにスールの群れが!」
スール。深貪狼。
私の数十倍はありそうな、下手すると高校生男子の体くらいの大きさの狼。
特徴は【魔法】こそ使わないが、口内に蟲を飼っている。その蟲は神経毒を分泌し牙を突き立てた獲物の動きを数秒も持たず沈黙させる。
要するに毒をもった狼である。
そんな物騒な、私と違って愛らしさが全然ない狼8匹が私達から約100m程斜め左前方にうろうろしているのだ。
「どうして、こんな所に…………………彼らの生息地はもっと深い森の中のはず」
「ひ、引き返しましょう。この人数では無理です」
「あんなヤツらまでこんな浅い所に出てきてるのか……………」
狼は雪のおかげがまだこちらに気が付いていないのに護衛たちはもう焦っている。それほどヤバい相手なのか。
(猫ー)
あるじが短く確認してくる。私はニャーと鳴いて返事。
スッとあるじが手を伸ばして手の平を狼たちがいる方向にかざす。
「じゃあ、追い払いますか」
昨夜、戦いに行く前に現状の戦力調査をした。今回の戦いは逃げるわけにはいかない。が、だからと言って命まで賭けるわけではない。
戦えるなら戦う、逃げるなら逃げる。
その境目を見つけるためにも、そういうことは必要なことなのだ。
昨夜あまりにも緊張して寝付けずすることがなかったこととは一切関係ない。
「重き力よ、解き放て」
あるじは魔法が使えなかったが、私だって満足に使えるという訳ではない。魔法の呪文なんて知らないのだから。
「深海の海にもがいて沈め」
だが、それは呪文を知っていれば魔法を使える、ということだ。
「―――――――――――――グラビデ」
――――――――――――【グラビデ】
あるじの声と重ねるように心の中で唱える。するとその呪文に呼応して数十メートル先に【魔法】が発生した。
それは重力場を加圧する【魔法】。たしかHPの1/4をダメージとして与える魔法だったはず。
これはとある『最後の物語』という最後とか言いつつ100年も前から続く今年でXLの大台になるゲームのシリーズから引っ張り出してきた【魔法】で、なんと名前を言うだけで呪文詠唱が必要ないという素晴らしい魔法である。ちなみに名前の前の変な呪文はあるじの独創。
「だって、名前だけじゃ味気ないだろ。魔法の呪文くらい僕の黒歴史をあさればいくらでも出てくる!」
とか言っていた。馬鹿丸出しである。
で、いきなり発生した重力場に上から押し潰されそうになって驚いた狼たちは子犬のようにキャンキャンと鳴いて山の奥の方へ逃げていった。
ふっ、犬畜生の系譜の分際で私に勝てると思うなよ。
(お前、ほんと犬嫌いだなぁ)
ええ、犬猫の仲ですから。
(それは逆にほのぼのとして和みそうな気がする)
「す、すごいです! 流石勇者様!」
「う?」
意外な所から賛辞キタ。
「重力変化の魔術を、しかもあんな簡単な呪文で行ってしまうだなんてっ!」
キラキラキラとものすごい憧れの眼で見てくるユニから目をそらすあるじ。恥ずかしがっているのではなく子供を騙しているような気分になって罪悪感が芽生えたのだろう。
実は、あるじが【魔法】を使えなくて私が使えるというのを黙っているからだ。
こういうのは隠しておくに限る。こちとら、もともと使える手札(カード)が少ないのだから騙すと言えば人聞きは悪いが一心同体だから別にいじゃんと言い訳してみる。
そうしなくてはならないのはアテにしていた【魔法】がショボかったからだ。
さっきの重力場の範囲は精々直径6mの半球。お姫様で【魔術師】のユニは驚いていたが本物(ゲーム)だとその倍はあったし、ダメージも1/4どころか1/8しか与えられないみたいだ。
あるじで試した。ヘタレなあるじでも一撃では倒れず6回連続でようやく白眼をむいた。
他にも「ファイガ」(火が出る魔法)を試すが黒外套(ローブ)のと比べると半分くらいの炎しかでず、
「サンダガ」(雷の魔法)を試すと静電気で私の毛がぶわっとなるだけで、
「ヘイスト」(素早さを上げる魔法。通勤時間とかに欲しい)は加速がつき過ぎて曲がったりできず壁にびたーんとぶつかって二人とも目を回した。
つまり実践では使えそうもないショボさだった。
結論、ゲームの魔法(元の世界の妄想魔法)は使える。
が、【四文字魔法】(あるじ命名)でなくても威力は半減してしまうのだ。
だから戦いになって使えそうなのは、私の【魔法】では多分【エルミニの雪遮竜壁】だけだろう。
それとあるじの腰に吊ったそれなりに業物であるらしい80センチの野闘剣〈グラディウス〉と100センチの西洋剣〈サーベル〉。
剣なんて扱えるのか? と聞くと「鉄は斬れないけどコンニャクは斬れるぜ!」と大変頼もしいお言葉が返ってきた。
これが一人と一匹の召還された勇者の性能。
…………………おーい、召還によるボーナスはどこへ行った? 召還された勇者は卑怯な強さが手に入るんじゃなかったんですかー。
現実は漫画のようにはいかないということか。為になります。
ここは異世界。何があるかわからないので、隠せる情報は隠して慎重に行くことにしたのだ。
でも、これは慎重とかそういう問題ではない気がします…………………
「だ、だよねえ……………」
狼を退治した数時間後の私達の目の前には体長4メートルの怪鳥が君臨していた。
「『にげる』選べないかなぁ」
現実の戦いだから無理ですよ、あるじ。
さて、冒険編の始まり。
偽勇者と魔法猫(使える魔法がほぼ一つ)はどこまでがんばれるでしょう。