Lv08―お姫様と決戦前夜の夜遊び
「…………………………」
夜、私とあるじにあてがわれた客室。
王様に〈姫護衛任務~竜の巻~〉を承って結局断り切れなかったあるじは明日にも早速『エルミニ山脈』に向かう運びとなった。
明日はついに初めての異世界冒険。
モンスターあり笑いあり感動ありのファンタジーを繰り広げる(予定)のあるじは、無言で客室の中央にて両手を広げ片足だけで立っていた。
何やってるんですか?
「何やってると思う?」
命?
「あ、イノチっ! って、違う」
鶴の舞?
「見よ、この美しい舞を! って、違う」
じゃあ、何なんですか。
「見てわからない? 勝利のポーズの練習に決まってるうううううううううううう!」
アホかっ! 「あべしっ」
私は助走をつけてあるじの足に体当たりする。正確にいうなら膝の裏。いわゆる膝カックン。手を広げていたバカはバランスをとれずあお向けに倒れた。
「地味に痛い………………」
馬鹿ですかあるじ。いや、もうホント馬鹿ですか? というか勝利のポーズ考えられるなんて結構余裕?
「………………………ううう」
あるじは丸くなってくすんくすん泣き始めた。うわぁ、10代後半の男が泣いてるのって地味に痛ーい☆
「女子高生風の罵倒が耳に痛ーい☆ 泣いてやるっ! 涙で湖ができるくらい泣いてやるっ!」
えーんえーん、という嘘っぽい泣き声がでてくるが当然無視して、私は丸くなったあるじの背中の上にとび乗り座る。なんとなく優越感。
「猫クン、泣いている人間の上に座るって鬼畜じゃないか?」
慰めてほしいんですか?
「え、そういう、わけじゃ………………」
慰めてほしいんですよね。
「慰めてほしいですっ! あれ? これ力関係逆転してね?」
よろしい。では慰めますけど………………あのポーズは現実逃避ですよね。
「はい、そうです。ついカッとなってやりました。後悔はしてません」
どうして今さら。明日の冒険のことですか? ドラゴンバスターから姫護衛にランクが下がったじゃないですか。
まあ、マジバトルの相手が獅子(レーヴェ)から虎 (ティーガー)に変わったようなものだけど。
「だって…………………そもそも、普通にあり得ないでしょ。魔法とか異世界とか召還とか」
今さらその話ですか…………? もうその話は決着ついたじゃないですか。
私とあるじが話し合った結果、この世界はやっぱり異世界で決定だろうという結論で落ち着いたのだ。
いろいろ調べてみると、実は地球のどこかでしたー、な魔法使いの隠れ里な存在ではないらしい。【魔法】もあったし、何より元いた世界では毎日のように発生していた『電気災害』がゼロ。
「『電気災害』とは!」
うわ、びっくりした!
あるじが跳ねるようにしてエビ反りになったものだから、あるじの背中の上から落ちそうになった。
「百年前の災害以来、地球では電気災害が多発した。
電波通信が一切できなくなる『害波』は常識。電気が滞り生物が感電死する程の地域が発生する『電磁海』。小さい規模なら静電気が発生しやすくなる気象の『電前線』などが有名だろう」
陸地に挙げられた魚のようにあるじがビチビチ動くので私もグラグラ揺れて落ちそうになる。
「しかし、この世界ではそれらが一切ないのだっ! 普通なら『雷凪』と呼ばれる特殊でごくわずかな地域か『電波防壁』という大掛かりな機械で防ぐしかないのにっ」
乗りこなすには、こうサーフィンの要領で、ほっほっほ。
「あの、聞いてます?」
聞いて、ます、よー。私が、それ、調べたん、ですから。
私は四つ足でバランスを取りながら返事をする。
調べたというのは、動物は人間には感じられないほど小さな電磁波を感じ取ることができるので電磁波の有無を計ったのだ。
私がじゃなくて、ネズミ達がだけど。
城といえどもネズミはいるようでそのネズミを一夜にして我が支配下に置いた。トムとチェリー? 窮鼠猫噛む? 現実では猫最強なのであるっ!
で、話を聞いてみたりしたのだが(同じ動物ならある程度会話ができる)どうやら電気災害は全くないらしく、調査によっても結果はゼロという、元の世界にいた身からすれば有り得ない目をも見張る事態だったのだ。
あの世界では自動車事故に次いで感電被害が多いほど、日常に溶け込んでいたのに。
「例えるなら、蘇生方法のないゲーム並に違和感あるよなー」
またゲームの話ですか……………それはともかくこれだけで十分に異世界の証明は成り立つでしょう。
そう理解したのに何で駄々こねるんですか。
「…………そりゃあ、猫はいいよな。魔法使えて最強じゃん。でも僕は何にもないんだぞ、ただのパンピーでキュートな少年だぞ僕は! 異世界バトルとか無理」
キュートかはともかく偽勇者ですからねえ。
「魔法世界で魔法使えないとか………どんなハンデだよ。ピカチュウが十万ボルト使えないくらいのハンデだろ」
でも逃げるのも無理だってわかってるんですよね。
「わかってるけど愚痴ぐらい言いたいんだよー! クリリンだってこの状況なら文句を言うさ。あれだよ、頭ではいけないとわかってるでも体は感じちゃう、みたいな」
もっと危機を感じろ。わかってるんですか? いつもみたいに逃げられないんですよ。
「…………………………」
あるじはピチピチ跳ねるのをやめた。息絶えたかな? 私も伏せてあるじと仲良く寝そべる。
「なあ、ホントに無理かな? ほら【エルミニの雪遮竜壁】の国を覆う【檻】だっけ。それ壊しちゃえばよくない?」
無理ですよ。この国の人間がそれをできるなら最初っからしてます。内から破れる檻は檻と呼びません。
「でも、猫のチート【魔法】使えば……………王家秘伝の魔術を真似できたんだろ」
それには問題があります。
「よっしゃこい! ピッチャーびびってる!」
………………真似するにはオリジナルがないといけないということ。元がないと。で、その魔法に【檻】を破る力があるならとっくにやっています。
「ば、バッターびびってるぅ………………」
バッターがビビってどうするんですか。だから【檻】を自力で破れない以上、とにかく竜にお願いして【檻】を解いてもらわないと。そのために明日、お姫様達は竜に会いに行くんですよ。
「でも、《解除よろ》《おk》だなんて簡単には進まないだろ。熱い展開にするため絶対バトルするんだぜー」
まあ、その時は………………。
「その時は?」
私は逃げます。
「ええ!? ここは普通、一緒に戦うんじゃないのっ」
それは冗談ですが、もしその時は軍門に下ればいいんじゃないですか。
「おお。勇者が仲間にしてほしそうな目で見ている! って、いいのか、それは? 勇者的に」
あるじはずりずりとホフク前進で床を這いまわる。たぶん意味はないんだろう。私は親の背に乗る子供気分。お馬さんだー。歩いてないのに移動できるとは楽ちん、な気分で話しかける。
しかも竜だけではなく、敵は他にも山の動物たちや黒外套の魔法使いまでいるんですよ。
「黒外套の魔法使い、か…………………あいつが山の動物たちを操って暴れさせてるんじゃないのか」
それならあの黒外套を倒すだけで事は収まりそうですけど、魔術は山全体の動物を操れるほど便利じゃないらしいですよ。どんなに多くても2桁が限界とか。
「だいたい竜は何を考えているのやら」
国は竜に襲われることを想定してなかった。それは竜がお友達だから。なら竜にとっても国はお友達だろう。
なぜ牙(実際は【檻】だけだが)を剥(む)いたのか。
「まあ、大体、わかってるんだけど………………幾つか情報が足りないなー」
暴れる動物たち。
封鎖された国。
盟友だった雪竜の裏切り。
謎の黒外套の魔術師。
お姫様の誘拐。
さてはて、どうなることやら。
そんな事を考えていると、コンコンと扉が叩かれた。
「あのー…………………ゆ、勇者様、起きてらっしゃいますか?」
お姫様・ユニの声だった。こんな遅くに何の用だろう?
「……………………」
あるじは無言で私を背中に乗せたままホフク前進をして扉に向かう。が、その寸前で止まって扉は開けない。
「あ、あのー…………お、お休みでしたらでしたら、お返事してください」
いや、寝てたら返事できんでしょ。
あるじは何故か返事をしないので、私も息を殺す。でも、ランプの明り(電灯なんて当然のようにない)がもれているから起きてるのはわかるだろうけど。
「ゆ、勇者様?」
「合言葉を」
「ふぇ!?」
なんか変なこと言いだしたぞ。
「合言葉を申せ」
「あ、合言葉ですか?」
「合言葉。〈ぬこが糠に釘打ちコタツでぬくぬく掃除をする〉を暗証せよ」
「は、はい! 〈ぬこがヌカにくぎ打つこたちゅでにゅくにゅく掃除をしゅる〉! こ、これでこれで、いいですか?」
「~~~~~~!」
自分が言わせた早口言葉で悶絶しているあるじを見ると正直、再就職先を考えた方がいいような気がしてくる。時給は猫缶一個から、誰か雇いませんか~。
もう一問! とか言い出しそうだったので薄いワイシャツの上から背中に爪をくいこませる。
「勇者様? だ、だめだめでしたか?」
「つ、次で最後! 僕の名前は何でしょう」
「え? あ…………! あ、アル様っ」
「せいかーい。開いてるよ」
というよりも鍵がついてないのだが、その言葉に従って扉が外向きで開いていく。
私はそれを見てはっとなりあるじの背中から飛びのく。
その見識は正しかったと言えよう。部屋の中に入ってきたお姫様はまさか入口に人がうつぶせで寝ているとは思わず、予想通りつまずき、あるじの上に倒れる。
「ひゃあ!?」
「ぐえっ」
お姫様の足が頭に当たり苦悶の声を出した自業自得としか言えないあるじはともかく、お姫様の方は予想外の事態に目を回している。
ふぅ、避けていなかったら私も潰されているところだった。
「う、うう? い、一体何が…………………へ? あ、あ、アル様がどうしてどうして下に!?」
「こんばんわ、ユニ」
「あ、う、は、はい、こんばんわ、アル様」
下敷きにされているのに妙に落ち着いた挨拶をされて面食らい、退く事も忘れて同じように挨拶を返すお姫様。
「す、すぐおどきしますから、しますから」
「別にそんな急ぐこともないよ」
「え、そ、そうですか?」
「うん」
「わ、わかりました」
なんだこの会話…………………天然と天然の会話は何処へ行くのだろうか。
「それより、何か用あってきたんでしょ?」
「は、はい、そうですそうですっ」
お姫様は体を反転させてあるじ(頭)の方を向き直る。
いまさらだが、お姫様の格好は先端に白いボンボンが付いたナイトキャップにシルクのナイトローブという、いかにもな就寝間際のもので、そんな少女が男にいわゆる馬乗りになるのはどうかと思う。
あるじがうつ伏せなので馬乗りというかマッサージ体勢? だが。
「あ、そこそこ気持ちいい」
「こ、こうですかこうですか?」
本当にやってもらってるし。お姫様があるじの背中を小さい手でぎゅうぎゅう押す。
「あ、そういえば何しに来たの? あ、もうちょっと強く」
「ぎゅー、と。あ、あのですねですね……………………明日の事について」
ピシリとはた目から見てもわかるくらい固まる。
「アル様は了承してくださいましたが、もしかすると………………メイワクではなかったでしょうか」
「………………うーん、そうかも」
「…………………やっぱり、そうですか」
「あ、いや、そうでもない……………かも」
日和見主義はヘタレの代表格。そしてヘタレはあるじの代名詞なので日和るのは得意なあるじ。イヤなら男らしくずばっと断りなさいな。
その煮え切らない態度のせいで、沈黙の帳(とばり)がおりる。あるじも、私も、お姫様も、しゃべらない。マッサージに力を入れているため少し荒いお姫様の息遣いが聞こえるだけ。
お姫様は腕に力を入れるためにより身を乗り出す。銀の長い髪がこぼれ、あるじの頭上からそそがれる。それであるじの顔が隠され見えなくなった。まるで銀の檻のようだ。
檻の中から動物が声を上げた。
「じゃんけん…………しようか」
「はい?」
またあるじが変なこと言いだしたぞ……………。
「じゃんけん? ですか」
「そう。というかこの世界にはないの? こう、グーチョキパーで」
「似たようなものならありますあります、けど」
「グーはチョキに勝つパターン? それとも逆?」
「グーがチョキに、パーがグーに、チョキがパーに勝ちます、よ?」
「日本式かぁ。懐かしい」
あのう、ジャンケン講義に花咲かせてないで、説明してください、いきなり寝言言いだした理由を。
「簡単な話さ。明日の事が気になるのなら白黒つけちゃいましょうって話。ジャンケンで僕が負けたらユニの言う事を聞く。ユニが勝ったら僕の言う事を聞くで、どう? 負けても勝ってもウジウジ言うのはなし。わかった?」
なんかあるじが一方的に得をしそうな賭けですね。
そんな私の心配をよそにお姫様は元気よく返事をする。
「は、はいっ!」
あるじはいつの間にか裏返って拳を天に突き出している。お姫様があるじの腹に乗っかっている状態、って描写するとヤバいが今のあるじはテレビのお兄さん的テンションでお姫様はあるじより一回り小さいのでなんか微笑ましい。
「よーし、一回勝負だっ! 準備はいいかっ!」
「はいっ!」
「僕の言葉に続けー!」
「つ、続けー」
「勝ちたいかー!」
「か、勝ちたいかー」
「ハワイへ行きたいかー!」
「行きたいか行きたいかー!」
なんだこのノリ…………………。
「じゃあジャンケンするぞー!」
「するぞー!」
「野球をするなら、こういう具合にしやしゃんせ〜」
「しやしゃんせ〜」
「アウト! セーフ! よよいの」
アウトォォオオオオオオオ! ザクッ! 「ぎゃああああああああ目がああああああああ!」
私はあるじの眼球ににネコパンチ(強)をくらわせる。
何も知らない子になに野球拳させようとしてんですかっ!
「説明しよう野球拳とはジャンケンで負けた方が服を一枚脱ぐと言うあだるていなゲームだ!」
そこまでわかってて悪逆非道なことしようとしてるんですか。
「つ、つい……………」
「あの、脱いだら、いいんですか?」
女の子が男の人の上でそんなこと言っちゃ駄目です!
「特盛りでお願いします」
あんたも変なこと言っちゃ駄目です!
私の教育的指導で服から手を放したお姫様と未だあお向けなあるじ。とはいっても本気じゃなく90%は芸人魂による遊び心(残りの10%はマジ)だったのだろうけど。
「よーし、仕切り直しでもう一回いくぞー」
「いくぞー」
ジャカジャカジャンケンとかも駄目ですよ。フリが長いですから。
そんな私の視線であるじは止まってしまった。やっぱりやるつもりだったのか。あるじは私を冷たい目で見る。
「…………………芸人殺し」
そのお前みたいのが若い才能を駄目にするんだよ、みたいな目やめてもらえませんか。
私がネコパンチ(威力中)とともに反論する。そんなプチケンカを割って入る人間がいた。
無論、現在進行形であるじの上に乗っかっているお姫様だ。
「あのあのっ」
お姫様がおずおずと手を上げる、というかあるじに向かってネコパンチのようにたしたし胸板を叩く。ちょっとふくれっ面で頬を膨らませている。どうやらプチケンカを自分を放って遊んでいると勘違いしているようだ。
「掛け声なら、普通の月日謡をすればすれば良いと思うんです思うんです!」
「『月日謡』? 民謡、みたいなものか」
「知りませんか?」
「この手の遊びは地域で木の根のように派生するからなあ。いいよ、それ。やってみよー」
「みよー」
みよー。
「……………………」
「……………………」
……………………。
「僕、掛け声知らないからお願いします」
「あ、そ、そうですよねですよね!」
お姫様は少し顔を紅潮させて慌てながらせき払いをする。
「こほん。ではでは、いきますよますよ」
「おー」
お姫様が胸の前に握りこぶしを持ってくる。あるじもそれに合わせて手を伸ばしてこぶしを見せるのを見て、お姫様は歌うように語りだした。
「《世界は三つに流れています》」
オルゴウルのような声色で静かだが心に残る語り。突き出したこぶしは握ったっまま。
「《お月様は朝になるとお日様が怖くて逃げてしまう》」
握ったこぶしを開いてパーの形。あるじも自分のそれを開く。
「《でも人は温かいお日様を恐れない》」
パーからチョキ。あるじは動体視力がいいのでお姫様に遅れることなく続く。
「《だけどお月様が戻ってくる頃には眠ってしまう》」
チョキからグー。これは予想できる。
「《今は誰が、遊んでいるの?》」
これで最後の掛け声だったのかお姫様の声が止まる。それと同時にお姫様とあるじがこぶしの形を変えた。
結果はお姫様がチョキで、あるじがグー。あるじの勝ちだ。
「負けてしまいました…………………」
「よっしゃああああああああああああああああああ!」
あるじ喜びすぎ。たかがジャンケンでここまで喜べるのは子供でも難しいだろう。
「わ、わたしはどういたしましょうか。しょうか?」
そう言えば負けた方は買った方の言う事を聞くという条件だったな。
「よし、とりあえず一枚脱ぐイタァ!」
「えと、寝巻なので一枚脱ぐと脱ぐと見えちゃいま痛いっ!」
天然二人に鉄爪制裁を加える。
普通こういうシーンでは「僕が勝ったから、明日のことは気にしないっ。命令!」とか主人公セリフを言うものでしょう。少なくとも野球拳の続きをするシーンではない。
「え、だって、恥ずかしいよそんなセリフ……………」
歳下の娘に服脱げ言えるのに!? あるじがわからないっ!
私が猫パンチ(弱)であるじに「貴様っ、目を攻撃するなど人として恥ずかしくないのかっ。というか毛が眼に入って痛い」攻撃を加える。
「………………ふふっ」
くすくすと小さな笑い声が聞こえたと思ったら、お姫様があるじの腹の上で口元に手を当てて上品に笑っていた。
嘲笑われていますよあるじ。
「芸人は笑われてなんぼ。男は女性の尻に敷かれてなんぼ」
だからアンタはいつから芸人になったんですか。後半は比喩なしですね。
「い、いえ、馬鹿にしたわけではなく、ただ微笑ましくてしくて」
「ホホエマシイ?」
鼻水たらしたアホな子供を見ると苦笑してしまう心理だろうか。
「私、こういう風に人と遊ぶのは初めてなんです、です」
お姫様は少しさびしげな表情で笑う。私達の訝しげな表情を見て補足を入れてくれる。
「私は、ですね………………姫という立場上、遊び相手がいませんでした。二人の姉と兄も歳が一回り離れていまして、その上小さいころから内向的な性格で外にも出ず部屋で本を読んでばかりいました」
「いわゆるヒキコモリか」
………………お姫様にその言葉を使ったのはあるじが世界初だろう。
その言葉の意味がわからなかったのか(異世界ではHIKIKOMORIや似異徒は存在しないのかも知れない)首をかしげるお姫様にあるじは軽く首を引いて視線を合わせる。
「お忍びで城下町に遊びに行ったりしなかったの?」
「一人で行っても、つまらない、ですから。……………ですから」
外に行かないから友達ができず、友達がいないから外にはいかない。悪循環だ。
「彼女がいないから着飾らない、着飾らないから彼女ができないみたいな負のスパイラルだな」
切ないセリフもあるじにかかればギャグになってしまう。秘技・雰囲気ブレイカー。
「だからだから、今、楽しいです」
「楽しい?」
「そうですそうです」
少女は両手を口元で合わせて花が咲くように顔がほころぶ。そのかわいらしい笑顔で、その無邪気な少女が自分の腹部の上で馬乗りになっていることを意識させられたのかあるじの顔が少し赤くなる。
「不謹慎かもしれませんけど、けど。アル様が現れて、話しかけてくださって、こうしてジャンケンができて、遊ぶことができて」
お姫様だから。それだけの理由で彼女―――ユニは色々な物が手に入った代わりに色々な事が出来なかったのだろう。たった一回のジャンケンを遊ぶと表現したのは、少し悲しい事なのだろう。
「お友達ができたみたいで、みたいで楽しいです」
「……………………………」
「ご迷惑、でしたか?」
黙っているあるじが気を悪くしたと思ったのか、あるじの顔を覗き込む。覆いかぶさるようにせまる少女の端麗な顔に取り乱すでもなく、少しだけ笑った。
「じゃあ、明日のが終わったら…………遊びに行こうか」
「! はいっ」
自分のした行為が心情的にも逃げにくくしていて自分の首を絞めてことに気づくのは数十分後の眠りに落ちる直前であり、遠足の前の小学生のように(心理は真反対だが)眠れなくなってしまい朝までしくしくと泣くあるじだった。
ようやく次から冒険編です。
ヘタレと猫がどこまで戦えるのか見守ってやってください。