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4.社交はしなくてよいと旦那様が言いましたよ。

本日一話目の投稿です。

よろしくお願いします。

 食事の後はセオによって、屋敷の内情や領地についての説明を受ける。

「領地につきましては先代の公爵様が管理しておりますので、報告書に目を通していただくことが主な仕事になります」

 タウンハウスの管理については、エマに大きな不安はない。母の亡きあと、ロルジュ伯爵家の女主人役をこなしてきたのはエマだったからだ。女主人として最も大事と言える仕事を除いてはだが……。


 セオは言いにくそうに眉を下げると、「社交ですが……」と切り出した。

 ロルジュ伯爵家でも、エマの手に余っていたのが社交だ。お茶会の開催どころか、お茶会に参加するのだって避けたい。いや、避けてきた。そんなエマについた二つ名が、『幽霊令嬢』だ。

 外に出なさ過ぎるエマが、本当にロルジュ伯爵家に存在するのか分からないのと。出席必須なお茶会や夜会に参加しても、顔は前髪で隠されていて不気味なのをかけているらしい。あまりにも的を射た二つ名に、エマは名付け親に感心するばかりだ。


 とまぁ伯爵家の社交もまともにできなかったのだから、公爵家の社交なんてできるはずがない。

 だからこそ、結婚の話が出た時にエマは「社交はできないけどいいのか?」と確認した。リオンヌ公爵家からの回答は「社交は無理にはしなくてもよい。こちらも自由にするので、そちらも自由にしてもらって構わない」だった……。


「社交はしなくてよいと聞いております」

 エマにしては珍しく、きっぱりとした口調で言い切った。

「……ですが、リオンヌ公爵家としては、当主の妻のお披露目をしない訳には……」

 有能なセオも歯切れが悪い。だが、エマも決して譲れないところだ。ここで折れてしまっては、なし崩し的に社交漬けの毎日が待っている。


「……あの、気を悪くしないで聞いてもらいたいのですが……。世間は私がリオンヌ公爵様の本当の妻だなんて、誰も思っていません。そんな私をお披露目する方が、公爵家の評判を落とすとは思いませんか?」

 いつもピンと伸びているセオの背中が、ガックリと折れ曲がってしまった。彼だってエマの言う通りなのは分かっている。それでも、リオンヌ公爵家としてのしきたりを正しくこなす。それがセオの仕事だ。

 昨日からお世話になっているし、エマにだって申し訳ない気持ちはあるが、こればかりは仕方がない。

 リオンヌ公爵家の若き当主には長年の恋人がいる。それは社交界では誰も知らぬ者がいない事実なのだから。




 レアンドルと長年に渡って恋仲なのは、このセントール国の第一王女アナベルだ。

 二人は幼少期から幼馴染であり、病弱な第一王子と共に三人で仲が良かった訳だが。王女が留学から帰ってきた四年前からは、特に親密になった二人の姿があちこちで見られるようになった。


 アナベルもレアンドルに負けず劣らずに美しい女性だ。情熱的で燃えるような赤髪と、色気が滴る青い垂れ目は、老若男女問わず見る者全ての心を奪ってしまう。美しい二人が並ぶ姿を見た者からは、これ以上にない賞賛の言葉しか出てこない。

 そんなお似合いの二人を一目見ようとする令嬢達が集まって、「二人を愛でる会」ができてしまうほど二人の関係は有名だ。

 王女の夜会のエスコート役は必ずレアンドルだ。盛装してひときわ輝く二人を一目見ようと、令嬢達の持ち物にはオペラグラスが必須となった。

 休日に王城の中庭で微笑み合う二人を鑑賞するために、用もない令嬢達が城にあふれてしまうのも有名な話だ。

 そうやって二人は人目をはばかることなく、愛を育んできたのだ。


 第一王女と由緒正しい公爵家の当主であれば、本来なら結婚もあり得る。もちろん二人もそのつもりだったはずだ。

 だが、王妃であるアナベルの母と、レアンドルの母は姉妹で二人は従兄妹に当たる。加えて国王とレアンドルの父もハトコだ。そんな血が濃い二人の結婚に両家は渋り続け、ついには二人の仲を許さないという結論に至った。


 結論が出れば、あとはそれに合わせて行動あるのみだ。王家と公爵家なのだから、大概のことはできてしまう。

 第一王女と王家に連なる公爵家の醜聞を消し去るため、両家は火消しに走った。

 まず着手したのが、レアンドルの結婚だ。

 優秀で美しい容姿に、申し分ない身分で事業も順調。本来であれば、国で一番の理想的な結婚相手だ。だが、四年もの間、王女との蜜月を見せつけられたのだ。いくら何でも令嬢達だって、二の足を踏んでしまう。だが、それでも、リオンヌ公爵夫人の称号を手にしたいと思う強者だって少なくなかった。そんな強者達の心を萎えさせる話が飛び交うまでは……。


 普通ここまでの醜聞になれば、王女は他国の王族や貴族に嫁いでいくはずだ。幸い美しいアナベルには、他国からの縁談だってひっきりなしで、王家としてもいつでも送り出せる準備はできている。ましてやアナベルは二十二歳、結婚するには決して若い年齢とはいえない。

 だが、レアンドルと別れさせられたアナベルは、また留学すると言う……。結婚ではなく、留学だ。しかも、どの国に行くかは伏せられている……。これが示す答えは?




「リオンヌ公爵様の心におられる方のことは、誰もが知っています。私はリオンヌ公爵家が体面を保つために選ばれた妻ですが、私はそれをちゃんと弁えております」

 そうだ、レアンドルの愛の巣はアナベルの下だ。留学とは偽りで、本当はどこか別の屋敷で二人は今も、これからも愛し合い続けるのだ。


 きっと王家もエマのことを調べ上げた上で、この娘ならば文句も言わず丸く収まるだろうと選ばれたのだ。

 『幽霊令嬢』と呼ばれ今まで一度も婚約話がきたことがない地味な娘なら、こんな結婚にだって黙って耐えるだろうと。


 だからエマも、それを承知の上でこの結婚を受け入れた。

 格上である公爵家からの申し出だし、後ろに王家の影だって見える。名門と言えど、伯爵家ごときが断れる訳がない。

 屈強な騎士だった父だって、「すまない」とエマに詫びた。父がエマに詫びたのは後にも先にもこの一度だけだ。それだけ酷い結婚だと分かっていたのだ。


 エマの父親にとっても辛い選択だったが、渡りに舟の話だったかもしれない。男性恐怖症で格下の相手に持参金付きでしか嫁げない娘が、思いがけず高位貴族に嫁げた。おまけに王家にも恩が売れたのだから。

 エマにしたって男の人とは向かい合えないのだから、名前だけの妻は大歓迎だ。でもまぁ、決め手はそれが一番の理由ではない。

 エマもエマなりに、この結婚を利用している……。







 エマがリオンヌ公爵家に来て、一カ月が過ぎた。

 あの日以来セオが社交を勧めてくることはなく、快適な毎日を送っている。

 そう、エマ・リオンヌとしては、すこぶる順調だ。

 社交以外の女主人の役割はセオの助けもあり、問題なく行えている。それでなくても、この屋敷の使用人は優秀だし、名目上の妻であるエマに同情的なのか非常に優しくてありがたい。


 使用人の中でも、最もエマに献身的なのがルピナだ。

 エマとジルロ先生のファンだと公言するルピナは持てる力をすべて出し切り、毎日エマを着飾ってくれている。この一カ月間、屋敷内から一歩も外に出ていなくて申し訳なくなるほどだ。

 その上、執筆活動の手伝いまでしてくれている。基本的に外出しないエマは、ルピナに王都の情報などを色々教えてもらっている。

 ベテラン庭師のエドは、屋敷内に飾る花を毎朝一緒に選んでくれるし。エマが好きそうな花を取り寄せて、散歩用の小径を制作中だ。

 熟練料理長のドミニクも、食の細いエマの好みを把握して、毎食丁度いい量で美味しい料理を提供してくれる。料理に興味を持ったエマに、調理指導までしてくれるのだ。

 メイド達も名目だけの妻だと馬鹿にすることなく、エマを大切に扱ってくれる。彼女達から仕入れる恋愛事情は、非常に役に立っている。


 一カ月で人との距離がこんなにも近くなるなんて、人見知りのエマとしては考えられない事態だ。

 エマの食が進まないことに気づいたセオが、使用人との食事を許してくれたのが一番の理由だ。

 使用人のみんなは温かくエマを輪の中に迎えてくれ、エマのペースに合わせて話をしてくれる。こんなにも中途半端な状態にいる女主人にも関わらず、気安く接してくれるが尊敬の念も失っていないのだ。

 無視をされたり見下されたり憐れな目で見られると思っていたエマは、リオンヌ公爵家の使用人達に感謝の気持ちしかない。


(リオンヌ公爵様にとって、本当の妻はアナベル様。あまり私が女主人の役割を果たすのも、使用人と仲良くなるのも、お二人にとっては不快かもしれない。少し寂しいけど、距離は詰め過ぎないようにしないとね)


 立場上アナベルがこの屋敷に住むのは難しいかもしれないが、もしかしたらひっそりとエマと入れ替わるということだってあり得る。

 ルピナにその話をした時は、「それは……、悪く考え過ぎなのでは……?」と引きつった顔で言われた。だが、エマはそうは思わない。

 常に最悪の事態を想定して備えておけば、激しいショックを軽減できる。エマはそうやって自分を守ってきた。作家として想像力が豊かな分、突拍子もないことを想定していることも多々あるが……。


 しかし、今回、作家であるジルロに起こった事態は、エマの想像の遥か彼方上をいっていた。

 そう、作家ジルロは、ただ今、大ピンチなのだ……。


読んでいただき、ありがとうございました。

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