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11.旦那様の恋人から召喚されました……。

本日二話目の投稿です。

話が佳境に入りました。


 何とも言えない複雑な気持ちで、エマは一通の赤い封筒を見ていた。

 触っただけで毒殺されそうな気がして、思わずハンカチ越しに掴んだのは失礼にあたるのだろうか? 見ていないからよしとしよう。

 赤い封筒に入った手紙は、第一王女からのお茶会への招待状だ。いや、召喚状か……。

 くるべき時が来たという気持ち。逃げ出したいという気持ち。利用したのはお互い様ではないかと開き直る気持ち。色々な気持ちがごっちゃに混ざり合い、パレットの絵の具が様々な色に変化するようにエマの心も複雑に変わる。だが、色を混ぜれば混ぜるほど、行きつく先は黒だ。エマの心も黒く重い。


「エマ様、本当にこのドレスでよろしいのですか?」

 エマの心が重いように、ルピナの言葉も歯切れが悪い。「別のドレスにしましょう」と言いたいのを我慢しているのがよく分かる。

「いいの、これで」

 それだけ言うと、エマは赤いドレスに袖を通す。


 ルピナが用意していたのは、緑に金糸の刺繍とレースがあしらわれたドレスだ。リオンヌ公爵夫人として、夫の色で勝負しろということだ。だがエマはそんな勝ち目のない勝負は、最初からする気はない。

 だからこそ赤いドレスなのだが、アナベルの髪の色と同じ赤いドレスなんて、ルピナからしたら意味が分からないだろう。


(でもこれは、私にとってはアナベル様の色ではなくて、アナさんの色。今日もアナさんに背中を押してもらう)




 アナベルの侍女に連れてこられたのは、王族専用の中庭だ。日差しを避けるように、蔦の絡まるガゼボにお茶の準備がされている。

 手紙に『貴方と二人だけで話がしたい』とあったように、お茶の用意は二人分だけだ。案内して来てくれた侍女も、指示されているのかさっさと戻って行ってしまった。


 今日の初夏の日差しは多少強いが、高い屋根と緑の蔦に守られたガゼボの中は快適だ。

 ガゼボに続く小径はハーブで彩られ、紫や黄色やオレンジなど色とりどりの花が咲いている。木々は初夏らしく青々としているが、春には花を咲かせたのだろう。王族専用の庭だ、きっと花の盛りも美しいに決まっている。

 そんなことを考えながら、小説に使えるかもしれないとエマは王城の景色を頭に叩き込む。そうでもしなければ、緊張で逃げ出してしまいそうだ。

 景色は見飽きてしまい、奥に見える雑木林の木の本数を数えだした頃にアナベルが登場した。




「初めまして、エマ。私はアナベル・セントール。本日は来て下さって、ありがとう」

 本来であれば、エマではなくリオンヌ公爵夫人と呼ばれるはずだが……。アナベルはそう呼ぶ気はないらしい。

 それは淑女の戦闘服と言われるドレスにも現れている。光沢のある緑のドレス全体に金糸の刺繍がされ、その模様がリオンヌ公爵家の紋章であるマーガレットだ。ルピナが選んだドレスを着なくて良かったと、エマは自分の危機管理能力を褒め称えた。

 エマは女性として決して小柄な方ではないが、アナベルの方が随分と背が高い。前に立たれると影で覆われてしまうほどだ。

 そのスラリとした長身を利用して、アナベルがエマを見下ろしている。


「初めまして。エマ・リオンヌでございます。本日はお招きいただき、この上ない喜びです……」

「堅苦しい挨拶は要らないから、座って話をしよう」

 エマの挨拶を途中で止めると、自分はさっさと座ってしまった。気に入らない相手でも、挨拶ぐらいさせて欲しい。


 仕方なく椅子に戻るエマを見たアナベルがクスリと笑った。

「ふぅん、レアンドルが大事にするのも納得だ。これだけの美人、今までよく隠してこれたものだ」


(嫌味か! 絶世の美女にそんな言葉を言われるなんて、屈辱以外のなにものでもない!)


 アナベルの色気漂う青い垂れ目でそう言われて、その言葉を素直に受け入れられる人がいるだろうか?

 白い肌に澄んだ青い瞳、波打つ豊かな赤髪。こんなにも美しく華やかな人に褒められて嬉しい?

 いつも鏡で豪華な深紅の薔薇しか見ていないから、道端に咲く菫が新鮮に映るってことなのだろうか? 何にしろ、エマにとってはちっとも嬉しくない。


 苛立つエマに対して、アナベルはゆったりとした態度で話しかけてくる。

「エマの小説を読んだ」

 エマの背骨に鈍い痛みが走る……。怒りも消え去り、指先が痛いくらい身体が冷え切ってしまう。


(ついに、きた……)


「エマはああいう新婚生活が、したかった?」

「……」

「私としては、不満な内容だった。ああいう四六時中も離れないようなベタベタした関係は、私の好みではない」


(世間に公開していた二人のデートは常にベタベタしていたから、てっきりお好みなのかと思いました)


「あの話の続きを書くなら、今度私達の家に来るか? 実際に私とレアンドルがどんな風に愛し合っているのか見た方がいい」

「……」


(いいえ、結構です。ああいうイチャイチャした溺愛を求める読者が多いと分かりましたから)


 何もしゃべらないエマに業を煮やしたのか、アナベルの瞳がスッと細くなる。

「しかし、エマは美しいな……。レアンドルのタイプではなくて残念だ」

 舐めるように何度もエマを見ていたアナベルの視線が、エマの豊かな胸元で止まる。エマの細い腰からは想像がつかない大きな胸が、上品なレースで隠されている場所だ。

 それに対して王女の首の詰まったドレスの胸はぺたんこだ。これではレアンドルの好みのタイプが、エマのはずがない。


「今日エマに来てもらったのは、実は小説のことではない」

 そう言うとアナベルは優雅な所作で紅茶を一口飲んだ。思わず見とれてしまうほど美しく、アナベルの動きの一つ一つを書き起こしてメモしたい衝動に駆られてしまう。


「レアンドルと離縁して欲しい」

 うっとりと見つめていた唇から、とんでもない言葉が飛び出した。

 頭を殴られたような気分とは、このことか!

 この言葉を全く予想していなかった訳ではないが、まさかという気持ちの方が大きい。

「隠れ蓑は、もう不要ということですか?」

 エマの言葉にアナベルは思った通りという顔で、ニヤリと笑った。そこには妖艶さはなく、策士のしてやったりという笑顔に見えた。


「ふふふ、いいね。そういう言葉が出てくるということは、エマはレアンドルを愛していないんだよね?」


(私がリオンヌ公爵様を愛していると思って生贄にしたのなら、相当根性悪だよ?)


 エマの中にまた沸々と怒りが湧いてくるのを押えこみ、冷静さを装う。

「私とリオンヌ公爵様は二度しか会ったことがありません」

 レアンドルがアナベルを愛しているのは周知の事実なのに、そんな人を愛するはずがないという言葉を呑み込んだ。


「だったら、レアンドルと離縁するのは問題ないよね?」

「……お言葉ですが……」

「どうぞ」

「私がリオンヌ公爵様と離縁して困るのは、殿下と公爵様だと思います」

 ふふふと笑ったアナベルがエマの黒髪を一筋摘まむと、手のひらの中で弄ぶ。

 その行為にエマはゾッとしたが、手をひっぱたこうものなら不敬罪となるので堪えるしかない。


「私には双子の弟がいる」

 アナベルの弟は身体が弱く、気候の良い隣国で幼い頃からずっと静養している。数年前から体調がだいぶ良くなってきたので、来月には国に戻ってくる予定だ。戻ってきた際にはエマの二番目の兄が護衛騎士に任命されることになっているから、もちろん知っているに決まっている。


「エマはレアンドルと離縁して、第二王子と結婚すればいい」

「……………………」

「ふふふ、エマは驚いた顔も可愛い。知的な顔が、あどけなくなる」

 うっとりとエマを見るアナベルが気持ち悪くて距離を取りたいが、執拗に髪に触れられているせいで身動きが取れない。

「あはは、不快な顔? 恐怖の顔? エマはどれも可愛いな」


(ちょっと、どういう性癖? この人と寄り添って微笑み合っていられるなんて、リオンヌ公爵様って性格が破綻しているんじゃないの?)


「道筋は王家がちゃんとつけるから、エマは安心していていいよ?」

 アナベルの中では、エマが離縁することは決定事項のようだ。勝手すぎて怖い。

 青い垂れ目が、ずっとエマを捉えて離そうとしない。予想外のアナベルの態度に、エマは恐怖で泣き出しそうなほど怖い。手と足はもう、ずっと震えている。


「妊娠したとか何とか理由をつけて私がレアンドルに嫁ぐから、白い結婚だったエマはその代償に第二王子に嫁ぐって話にしようか?」

 勝手に話を進めるアナベルの顔がどんどん近づいてきて、エマの身体は震えたままどんどん強張っていく。

「レアンドルはエマのことが全然タイプじゃないけど、第二王子は間違いなくエマのことを好きになる。誰よりも何よりも大事にするよ」

 そう言ったアナベルは髪を弄んでいた手で、エマの頬に触れようと近づいてくる。

 エマの不快感は最高潮で、ガタガタと震えながら涙が溢れて視界がぼやける。叫ぼうにも、喉が閉じられたみたいに声が出ない。


読んでいただき、ありがとうございました。


本編はあと三話予定です。

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