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10.旦那様、許されると思わないで下さい。

本日一話目の投稿です。

よろしくお願いします。

(どういうこと? どういうこと? どういうこと? どうしてリオンヌ公爵様がいるの?)


 一度しか見ていないが、あの美しい金髪に緑の目は間違いなくレアンドル・リオンヌだ……。

 薔薇園の中央に立ったレアンドルの横には、大きな鉢に植えられた蔓薔薇がある。レアンドルと共に登場した蔓薔薇には、菫色の小ぶりの花が満開に咲き誇っている。その菫色の薔薇の花を愛おしそうに撫でたレアンドルが、エマの方へ歩いてくるではないか!


(来るな、来るな!)


 反射的に逃げ出そうとして立ち上がったエマの腰を掴んだレアンドルは、自分の方へグッと引き寄せる。身体を寄せ合う二人は、溺愛する夫と照れて恥じらう妻にしか見えない……。

 恥じらう? いやいや抵抗する妻の頭にキスをした夫は、集まった令嬢達へ視線を向けた。

 まるで演劇のクライマックスでも見ているような感極まった顔で二人を見ている令嬢達は、顔を赤らめて狂喜乱舞状態だ。


 その様子を満足そうにレアンドルは見ている。

「今日は私の妻、エマのお茶会に参加してくれてありがとうございます。本来であれば私の出番はないのですが、世間で心ない噂も耳にしますので心配で見に来てしまいました」

 そう言ったレアンドルの冷たい目は、エマを馬鹿にした令嬢達を捉えていた。見られた令嬢達は、一瞬で青ざめている。

「エマは可憐で知的でたおやかですが、芯のしっかりした女性ですので、私の心配など不要だったようですね」

 エマの胸の中にはもやもやとした苛立ちが溜まっていくが、レアンドルは終始にこやかだ。

「心強い仲間も得たようですし……安心しました」

 レアンドルの視線を受けたガゼンダ公爵夫人が遠慮がちに「あの可憐な菫色の薔薇の花は、もしかして……?」と言いながらエマをちらりと見る。

 その反応に、レアンドルは優雅な顔を嬉しそうに綻ばせた。

「あの可憐で美しい薔薇は、エマをイメージして私が品種改良したものです。普段は温室で大事に育てているのですが、本日来て下さった皆さんにはせっかくだから御覧になっていただこうと思い準備しました」

 令嬢達の口から、ホウッと賛美のため息が漏れる。そして、ざわざわと囁き合う声が聞こえてくる。

「エマ様の瞳の色と瓜二つよ」

「品種改良ってことは時間がかかるわよね?」

「あの大きさや、花の立派さからしてずっと以前からってことよね?」

「アナベル様は?」

「アナベル様との仲は?」


 レアンドルはエマの逃げようとする肩も自分の方へ抱き寄せた。

「みなさんの勘違いをあえて訂正してきませんでしたが、アナベル様とはずっと幼馴染ですよ? 私はずっとエマ一筋ですから」

 アナベルにしか見せなかった甘い顔と甘い声でそう言うと、レアンドルはエマのこめかみにキスをした。

 令嬢達の黄色い声が中庭中に響き渡ったが、怒りに震えるエマの耳には入ってこない。


(いいように使われた! この男とアナベル様の隠れ蓑として、また利用されたんだ!)




 エドが丹精込めて育てた薔薇を小道具にして、アナベルとの仲は噂に過ぎず本命はずっとエマだったとレアンドルはうそぶいた。

 仮の妻として陰に隠れているだけだったはずのエマを、表舞台に引きずり出したのだ。これでは全然話が違うではないか!

 レアンドルとアナベルが別れたと言い訳するためだけの妻だったはずなのに、これでは本当に溺愛しているように思われてしまう。


(腹立ち紛れに小説を書いたのは私だ。先に目立つ真似をして、迷惑をかけたのは私。だけど、それを利用しなくてもいいじゃない! アナベル様の所に戻ったのを知られて、痛い目見るのは私なんだよ? 煽った分だけ余計に攻撃されるのは私なんだよ? この結婚は、どう考えても私の立場が低すぎると思う! もう、さっさと早く愛の巣へ帰ってよ!)


 大興奮の中でお茶会は幕を閉じたが、なぜかレアンドルは帰らずに屋敷にいる。

 部屋に戻ろうとしたエマもセオに止められて、サロンでレアンドルと向かい合ってお茶を飲むという苦行の真っ最中だ。

 さっきからチラチラとエマの顔色を窺ってくるのがウザい!

「……せっかくだから夕食を一緒に食べよう」

 レアンドルの言葉に、エマの中の堪忍袋が爆発した。


(せっかくって、なに? わざわざ俺がきてやったんだからってこと? そんなお気遣い無用なので、さっさと帰ってください!)


「いいえ、私は使用人と共にいただきます。私達の間に、そのような夫婦の真似事は不要です」

 視線も合わせず吐き出したエマの言葉に、レアンドルは酷く傷ついた顔をする。

「……エマは、リオンヌ公爵家の女主人だ。どうして使用人と……?」

 広い食堂でとる一人の食事が苦にならないのなら、さっさと行けばいい。

「私はリオンヌ公爵家の女主人として雇われたも同然です。使用人達と食事をとるのが当たり前です」

 ハッとした顔でその場から動けなくなるレアンドルに目も向けず、エマは席を立って自室へと戻った。


 エマは肖像画を叩き壊したい衝動を抑えるために、布でぐるぐる巻きにした。

 そうやって堪えた分だけ、怒りが燻ぶるどころか激しく燃え上がるではないか! こんなに腹が立つのは、生まれて初めてだ。


(公爵様は、私という生贄を骨の髄まで使いすぎだ! 自分とアナベル様の幸せが大切なのは分かるけど、私が生贄だからって何をしてもいいわけじゃない!)


「毎回毎回、配慮に欠けるんだよ! お前とは友達じゃないんだよ!」

 という叫び声とバスンバスンという鈍い音と共に、その日エマの枕が三つ死に絶えた。


読んでいただき、ありがとうございました。

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