産出す
それにしてもあまりに呆気なかったな。
僕の動きにまるで反応できていなかったところを見るに、王種としての力は“繁殖力”というその一点に特化しており、戦闘能力としては護衛種以下だったということだろう。
それならば、護衛種との戦闘中に割り込む様子がなかったことや、僕の一撃に反応できなかったことにも合点がいく。
まあ、終わったことはどうでもいい。
それよりも重要なのは【托卵蟲・女王種の生殖管】だ。理屈からいけば僕の“子”を生み出せるということか?
魔導人形の性質上、子孫を生み出すのは限りなく難しいと言わざるを得ないが、この【托卵蟲・女王種の生殖管】と魔豚人・孤立種から得た――他種族間でも子を成すことができる[繁殖]の能力があれば話は変わってくる。
托卵蟲を見るにどちらかというと無性生殖によるコピー品の製造のようだが、試してみる価値はあるな。
そんなことを考えながらそのまま奥へ進むと、ほんのかすかなうめき声が耳に入った。
声は洞窟壁の貯蔵庫と見られる穴から漏れており、蜜蝋のような閉塞をやぶると、中から身を震わせる少女が姿を現す。
一人目――。これなら残りの二人もこの穴のどこかにいるだろう。
状況を理解できていない少女を無理やり穴から引き抜くと、僕の隣へ無造作に投げ置く。そこで小さな声を上げたが、顔には恐怖と疲労の色が濃く、もはや声を上げるのすら限界のようだった。
「無事でよかったっすね」
僕は笑顔を作りながらそっと、小柄な少女の肩に手を置いた。
せっかくだから試してみるか。
「一瞬で終わるので、大丈夫っすよ」
少女が不安げにこちらを見上げたその瞬間――。
空気を裂く音と共にズンッ――と少女の身体が揺れて、目は大きく見開かれる。新たに生み出された尾のような生殖管を、少女の腹部へ差し込んだのだ。
「ぁ――ぁあ――」
それなりに多量の魔力と共に、重要なものが生殖管を伝って抜き出されていく不快な感覚。そして、悲鳴を上げる暇もなく、少女の身体が痙攣し始める。
起こりは痙攣だったが、まるで水面に足を投げ入れたように少女の肌が波打ち始めた。そして、それは次第に水底から浮かび上がる水泡の如く内側からボコボコと皮膚が盛り上がり――。
「――ァ」
軽い音を立てて弾けた身体の中から這い出したのは、黒色の肉塊。それは急速に体積を増やし、やがて人型を形成する。
母体の赤黒い血と粘液を纏いながら、ずるりと地に落ちたその姿は僕と瓜二つで。
ただし、見た目は十代後半程度か。目は真っ黒に染まり、髪も闇に濡れたような色合いで、無表情な顔には不気味な無垢さがあった。
「――は、はじめまして?」
“それ”に対して意思の疎通を図るが、こちらに一切の関心がないのか、言語に基づく知識がないのか、一瞥すらない。
後者だとするならば、まるで赤子が急速に大人へ至ったような――。
直後、少女が水風船のように膨張を始め、肌が弾けながら変形していく。
赤黒い肉の塊に、蜥蜴人のような体鱗が浮き出て、魔樹の側枝を模した触手が発生。その表面は、魔豚人から分泌されるような油分が艶かしく光っており、触手のところどころで迷彩蛙の表皮の如く姿を透けさせる。
最も目につくのは、肉塊中段がが大きく横に裂けて、中からは岩石鰐を彷彿とさせる歯が見え隠れしていた。
「――ゥアアァァァアッッ」
巨大な口から放たれた咆哮が、ビリビリと僕の肌を刺す。
目の前に現れたのは――全高三メートル近い、異形の化け物だった。
「うーわ、これマジっすか……?」
触手群がゆらゆらと何かを探す仕草をとったかと思うと、唐突にそれぞれが周囲に伸びていき、そのうちの一本が僕へと迫る。
後退して迫り来る触手を避けたが、地に突き刺さった触手は、地面を縫いながら正確に僕へと追従してきた。
目となる器官は見当たらないが、泥蛇と同様に熱源感知か?
再度襲いかかる触手に対し、腕を変状させた木槌で殴りつけるが――粉砕どころか手応えもあまり得られない。
魔粘性体を殴ったときの感覚に似ているな。となれば打撃では有効打は見込めないか。
先ほど、ドゥルタ経由で取り込んだ【托卵蟲・護衛種の前脚】を生成。洞窟内でも、ほんの僅かな光源に反応して主張するように反射させる騎士の剣が、火花を散らしながら触手を両断した。
切断できたはいいが、触手外皮の体鱗のせいで刃が使い物にならんな。
刃こぼれした【前脚】を再生させるが、触手も同様に、切断面から我先にと肉がせり上がって元の形状へと戻っていく。
面倒だな、と辺りに目を向けると、周囲に向かっていった触手たちが托卵蟲の貯蔵庫から魔物たちを引き摺り出していた。そのまま身体中央の口へと放り込むと、身体の急激な変化で消費していた魔力が回復しているのがわかる。
ひとまず補給を止めた方が良さそうだ。
ちょうど触手が残りの子供のうちの一人を選び当てたらしく、それを口に放り込む隙を見て【前脚】を身体に刺し込んだ。
「――アア゛ァァァアアアッ」
木や金属が軋むという表現が相応しい、不協和音の絶叫。
これに無条件反射の機能が備わっているのかは知らんが、大きく身を捩らせると、刺し口のすぐ隣から新たな触手が生成されて僕へ叩きつけた。
一瞬、平衡感覚が狂うほどの衝撃。
【小鬼族・魔法種の脳】を副脳として感覚機能を補完し、跳び退き際に【前脚】で身体に縦の切り込みを入れる。
体鱗のせいで思うように攻撃が通らない。そして斬撃だけでなく、魔粘性体の保護膜も機能しており、打撃耐性もあるため厄介なことこの上ない。
だが、この身体を維持しながら触手も生み出す以上は魔力消費も莫大になるだろう。となれば、狙うのは致命の一打ではなく、[吸魔]による継戦能力の奪取。
僕の体組織に基づいて産まれた生物である以上は僕が魔物たちから簒奪した器官を引き継いでいるようだが、自身の根源に根付く能力はそうはいかない。
つまりは[吸魔]や[生存本能]といった手札は最初から考慮しなくていいということ。
また、産まれたばかりのこいつは言ってしまえば赤子であり、本能のままに暴れる獣のようなものだ。戦闘経験もないとすればいくらでもやりようはある。
そう考えた矢先、奴が大きく身を震わせ――魔力を発散させた。それに伴い、身体中から口と思しき器官が発生して、まるで合唱の如く息を合わせて祝詞を唱え始める。
「「「「「戒律:【偽善】――」」」」」
「なっ――⁉︎」
こいつ、僕の魔法適正をも――。
「「「「「《第三篇》『老人も赤子も病人も関係なく、か弱い私と同じ量の積荷を運びましょう』」」」」」
奴のおびただしい触手が自身の一本の触手へと群がり、力任せに千切ると――それに呼応して僕の片腕も突然に切断された。




