翔廻る
魔物が子供たちを連れ去ったと思われる方角へ進むにつれ、空気が変わっていくのがはっきりと分かった。
雨だけではない――元よりこの付近に“魔素溜まり”があるのだろう。
魔素溜まりとは、簡単に言えば言葉通りで、“魔素が溜まっている一定のスポット”を指す。
極端な話をすれば、僕たちがつい先日まで活動していた“森”――つまりはこの雨の元凶も魔素溜まりに分類される。
おそらくだが、魔素溜まりで活動していた魔物たちが森梅雨の影響で外部へ進出した――これが今回の起こりだろう。
なぜ今になって連れ去りが発生したのか――今までは森梅雨の時期でも家畜や別の魔物のみを偶然連れ去るだけだったのか、それともここ一年足らずで急速に巣が拡大したのかは知らんが、それなりの規模の巣であっても不思議ではない。
村長からの案内図に従って人の踏み跡すらない方向へ進んでいくが、相変わらず視界は悪く、鼻腔の奥を刺激するのは土の匂いだけだった。
――魔物が、不自然なほどいない。
いや、正確には鳥も獣も、虫すら姿を見せない。
どうやら、推論の後者の可能性が高いらしい。
確か、虫型だったか。産卵に特化した異常個体でも発生すれば、一年足らずで急速に規模を拡大することも容易だろう。
それこそ、動物すべてを取捨選択せずに残らず栄養分としているのならば――。
「……逆に不気味っすね、こういうの」
「ああ、道があったときの方が、まだ魔物もいた」
センパイも異変に気づいていたのか、刀の柄に手を添えたまま、常に周囲を見渡している。
僕の感知や第六感能力でもそれらしい反応はないため取り越し苦労だとは思うが、警戒するに越したことはない。
まあ、こうして進んでいれば、いずれそれらしい場所に当たるか。
音を吸い込むような沈黙。これは自然が生み出す静寂ではなく、何者かが周囲から生命を奪って初めて成立する、そんな暴力的とも言える静寂が支配する。
途中で陽が落ちてきたため、野営を経てから再出発し、そこから更に半日が経過した頃――。
「……あれか」
センパイの声に、僕も視線を向けた。
視界の遥か先に、不自然な岩山が聳え立っている。
霞がかっているため正確なことはわからないが、高さは三十メートルほどか。山というには小ぶりだが、人工物のような異様な滑らかさと角ばった形状が、ただの自然の産物とは思えない異質さを放っている。
その岩肌にはいくつもの穴が空いており、まるで巣穴のように規則的に並んでいた。
そして、その周囲を――
「蜂……?」
高く細かな黒金色の羽音が辺りに響く。
まるで自分たちの庭とばかりに、悠々と姿を現したのは蜂型の魔物だった。
大人の上半身ほどもある巨体に、細長く節くれだった脚、硬質な外殻。そして獰猛な鉤爪と、腹部に備わった鋭利な針。
それが、少なくとも十数体は飛び交っている。
「これはビンゴっすね」
村人が聞いた方角に複数行動タイプの魔物と羽音。こいつらが子供たちを攫ったと見て間違いないだろう。
先ほどまでの静寂とは一転して風切り音が奏でる不協和音に、センパイは思わず顔を顰めた。
「とりあえず接触してみるっすよ」
センパイが逡巡するが、答えを待たずに一人岩山へ向けて走り出した。
「ちょっ――戦う気満々かよッ!」
「敵性があるのは確定してるっすよっ。そもそも、あの魔物たちに見つからないまま岩山に近づくのは難しそうですし」
言いながら、蜂型の魔物たちがこちらに気付くのは予定通りだったが、岩山を守るように僕の行く手を遮った魔物を見て、あの蜂たちと岩山との関係を確信する。
さしずめ、奴らは巣の門番の役割を任された個体か。
「っ来たな!」
センパイが叫ぶと同時、数体の蜂型の魔物たちが急降下してくる。
私は即座に左腕を振るった。
「――【魔樹の側枝】」
膝から先を魔樹に変化させてムチのように迎撃することで、突撃してきた魔物を軌道ごと弾き飛ばす。
が、反応したのは最初の数体だけではなかった。
周囲にいた蜂型の魔物たちが一斉に羽音を高め、こちらに殺到してくる。
「ちょ、思ったより早い反応っすね!」
予想外の速度に、僕は宙に向けて脚を踏み込んで跳躍――宙を歩く能力である[空歩]を発動した。
空中で踏み込み、二段跳躍で軌道を変えると、僕を追ってきた数体がそのまま地面へ激突。腕を伸縮させながら木槍へと変状させ、脳天を穿つことで蜂を始末する。
「センパイ、後方っす」
「わかってる!」
センパイは背後から迫ってきた別の群れに刀を振るい、金属質な外殻を斬り割った。
門番レベルなら、僕の【側枝】やセンパイの刀でも十分に対応可能のようだ。
追加でこちらへ流れてきた蜂へ、木で硬質化させた手をカウンターで叩き込む。
衝撃で破砕した外殻を突き破り、代わりに相手の翅が痙攣を起こして動きを止める。
「これならやれるっすね」
この数なら支障にもならない、が。
問題は、この岩山のどこに子供たちと魔物の統率種がいるかだ。そのためには――。
「センパイ、陽動頼むっす。僕は一足先に中の構造を見てくるんで」
「なっ⁉︎ また勝手に――」
「任せたっす!」
センパイの制止を聞かずに、能力[演出]を発動――僕の存在感を薄める。
そのまま僕は蜂の背を蹴って上昇、[空歩]で巣穴のひとつへと飛び込んだ。
外の魔物たちにまったく気付かれずに侵入できたとは思わないが、あの程度の数ならセンパイが足止めしてくれるだろう。
中は意外にも広く、湿り気のある洞窟が広がっていた。壁には凹凸があり、そのほとんどが蜜蝋のような材質で塞がれている。
「なんすかね?」
試しにいくつかの蝋を剥いでみると、中からはかすかに動く動物たちが姿を現した。
なるほど、麻痺毒か何かで鮮度を保ちながら保存しているのか。
無事かどうかは知らんが、子供たちはまだ回収できる余地はある。
まあ、目的は子供たちの救出などではないが。
この依頼を受けたのは、これらの魔物――あるいは、その統率種から何か簒奪できるかどうか、ふと興味が湧いただけだからな。
久しぶりの左掌の行使の予兆に、自然と包帯から粘度の高い真っ赤なオーラが滲み出る。
そしてそれは、尺取り虫のように洞窟の奥へ向かって向かう指向性を見せていた。
「統率種は……あっちってことっすか?」
僕は左掌に手を取られるように、巣の奥へと進んでいった。




