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継ぎ接ぎ人形ちゃんは奪いたい  作者: 陽碧鮮
第2章 母娘
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掛合う

別視点


 村の入り口を越えた瞬間、肌を刺す緊張感がより一層際立つ。湿った空気の中で立ち昇る焦燥感――村人たちが一様に何かに追い詰められているような、そんな空気だった。


「……やっぱり何かあったみたいだな」


 俺が姉さんに向けて呟くと、彼女から無言の肯定が返ってくる。


 僅か十数軒ほどの家と、それに付随する小さな畑。村の規模からして、あまり賑やかとは考えられないが、それでも沈鬱すぎる雰囲気が村を中心として息巻いている。

 すれ違う村人の顔は全員が曇っており、こちらを見ればすぐに目を逸らして足早に去っていった。


「センパイみたいな柄の悪い冒険者が通れば、まあ仕方ないっすね」


「おい」


 冗談を返しながらも、この村で何かが起きていることを確信する。


 そんなやり取りを交わすうちに、すぐに村の中央と思しき広場へと辿り着いた。

 広場ではある程度の村人たちが集まっており、中心からは言い争う声が聞こえて自然と歩み寄る。


「すいませーん。何かあったっすか?」


 空気を読まないように姉さんが村人たちへ声をかけた。

 こういうところは姉さんの美点だろう。俺が同じように話しかけても無視されるのがオチだろうしな。


 声をかけた途端、村人たちの視線が一斉にこちらへと向く。その視線に敵意の感情が混じっていないかを即座に確認するが――なさそうだ。


 むしろ――焦燥と、僅かな期待?


「旅の者か……冒険者か?」


 中心にいた男が声をかけてきた。先ほどまで言い争っていた男の一人なのか、顔を上気させて興奮している様子だった。

 年齢と身なりからして、村のまとめ役だろう。声色は落ち着こうと努めていることが伺えたが、目の奥は切羽詰まっていることが目に見えてわかる。


「冒険者っすよ。まあ、僕は運び屋(ポーター)っすけどね」


 姉さんの言葉に、彼はあからさまに安堵の息を漏らす。そして、こちらの反応を待たずして頭を下げた。


「頼む! 子どもたちを助けてくれ……ッ」


 やはり厄介ごとか、と内心で呟く。話の内容はともかく、断ればこの村での滞在は難しくなるだろう。


 話を聞く前から冷徹とも取れる判断が頭をよぎるが、冒険者はこの手の依頼に対しては非情なスタンスで臨まなくてはならない。

 命あっての物種であり、何より俺の身勝手な正義心で姉さんを危険に晒すわけにはいかないからだ。


 周囲の村人がざわつく中、村長と名乗った先の男は、近頃になって村に起きた出来事を語り始めた。


 この時期に訪れる雨。夜の帷と共に一層視界を覆った雨霧に紛れて、つい昨日、遊んでいた子どもたちが魔物に攫われていったという。

 要するに、魔物の活性化と、それによる誘拐事案。ありがちな状況ではあるが、村人たちの様子を見るに、今回のそれは緊急性が高いと言わざると得ない。


「魔物の特徴は?」


 俺の質問にどの村人も首を横に振る。

 濃霧の影響で視界はかなり悪く、数メートル先も見通せなかったようだ。だが――


「子供たちの叫び声と共に高い羽音のような音がしていたんだ」


 つまりは虫型の魔物の可能性。それも、子供たちを一度に連れ去ったなら複数行動と見るべき。


「どこへ向かったかわかるっすか?」


「ああ……羽音は西側に向かって遠ざかっていった。恐らくは魔物の(コロニー)か何かだろう……」


 村長の言葉に思わず顔をしかめる。魔物の(コロニー)――しかも虫型となれば、待ち受けるのは絶望的な未来しかない。


「連れ去られた子供の数は?」


「……3人」


 三人分の命、しかも子供だ。

 できることなら偵察だけでも受けてやりたい。


 そして、そんな思考に追い風を吹かせるように、一人の少女が前へと出てきた。


「……おねえちゃんをたすけて」


 小さな女の子。泥だらけの服に、握りしめた木彫りの人形。


「おねえちゃんがね、かえってこないの」


 縋るような瞳。声は、幼子ながらに堪えようと必死なくらい、震えていた。


「いつも、マリーのことをよしよしって……なでてくれるのっ。こんども、いいこに……っ、まってたねっていってくれる、はずなの……っ」


 そう言いながら、ついには感情を抑えきれずにポロポロと涙をこぼす少女を前に、目の前が暗くなっていく。


 どうする? 姉さんを危険に晒せない以上、俺一人で――いや、魔物の規模も種も不明なことが多すぎる。

 まずは偵察から始めるか? 巣の規模が広大だった場合、それこそどうすれば――。


「――僕が見つけてくるっすよ」


 溢れ出す思考を止めるように、穏やかな声音が俺の耳に届いた。

 慌てて声の主へ視線を向けると、彼女はいつも通りの人懐っこい笑顔で少女を見つめていた。


「ほんと……?」


 少女は呆然と、だが僅かに希望を持った震え声で姉さんへと何とか返事をする。


「――お姉さんとの約束っす」


 そう言ってしゃがみ込むと、少女の小指に自らの小指を結び、そこでようやく少女の顔が安堵に緩む。


 少女の表情を見てか村の空気も軽くなった気がしたが、対して俺は複雑な胸中だった。


 明らかに姉さんがしたことは安受け負いだ。見込みを誤った場合、自身の命を支払うだけではなく、少女との約束も踏み躙ることになる。

 本来なら、組合員として間違った判断だと言われて然るべき行為。


 だが、ここで今更それを言っても無駄だろう。

 姉さんの意思を変えられるかもわからない上に、それこそ村人に石を投げられかねない。


 希望的観測をするのならば、“森”のように魔力が濃い場所は少ないため、大規模な巣となりえる環境ではないということか。


 俺は静かに優先順位を再確認する。

 少しでも危険な状況だと判断すれば、姉さんの意識を奪ってでも撤退すると――。


 そんな俺の誓いにも似た思考などつゆ知らずに、少女はニコニコと姉さんに語りかける。


「おねえちゃんが、きんべんにしてればきっとかみさまがたすけてくれるからって」


「勤勉?」


「聖女信仰か」


 俺の言葉に姉さんも合点がいった表情をした。


 聖女信仰――七聖教で聖人として祭り上げられている“勤勉の聖女”のことだろう。

 ファウスティナも彼女を信仰していると言っていたが、少女の姉も同様ということだ。


 まあ、仮に助かればまさに聖女の御業と言ってもいいかもしれないな。


「じゃあ、君も勤勉に祈っててほしいっす。お姉ちゃんの帰りを」


「うんっ」


 そこからは早いもので、村長は周囲の地理に詳しい男を呼び、羽音を聞いた者と合わせて怪しい箇所を照合し始めており、俺と姉さんは子供たちの捜索の準備に追われはじめた。


 そのざわめきの中、俺は小声で姉さんに尋ねる。


「……本当に助けるのか?」


 俺が踏み込んだ質問をしたのが意外だったのか、一瞬驚いたような表情をした後、流すように軽く笑って答えた。


「あんな子供にお願いされたら無視できないっすよ」


 ――ああそうだな、姉さんにそう言われちゃしょうがねえよな。

 最初から説得しようと思っての発言ではない。ただ、最後の整理のために姉さんの言葉が聞きたかっただけだった。


 結局、誰にとっても“行動の理由”なんてものは、そう単純じゃない。今回の判断は、誰かにとっての悪であり善であり、他の誰かのとっての偽善でもあるのだろう。


 十数分の後、村長から簡易的な地図代わりの粗雑な羊皮紙を渡され、注意点をいくつか聞かされる。

 そして俺たちは、再び外と向けて歩を進めることになる。


 見送りの村人たちの中に、あの少女の姿があった。木彫りの人形を胸に抱き、じっとこちらを見つめている。

 その視線は信頼というより、信仰に近い。


 それに大ぶりに手を振って応える彼女の姿を見て、ふうと内心で息をつく。

 英雄ってのは、こうも無鉄砲な人間にしか務まらないもんなのかな。


 少女を安心させようと笑う彼女が、僅かに漂う霧のせいか、少しだけ不気味に見えた。

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