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継ぎ接ぎ人形ちゃんは奪いたい  作者: 陽碧鮮
第2章 母娘
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高歩き


 雨は、街を出たその日の夜からより強く降り始めた。


 ポツポツからパチパチへと、その音の性質を変えて落ち始めた水滴は、夜が更けるにつれて土の匂いをより重たく膨らませ、最終的には篠突くような雨へと成り果てて、僕らの小さな野営地を包み込んでいた。


 焚き火の炎は、湿気を帯びた薪を無理やり炊いたせいで、どこか心許なく、煤煙ばかりが舞い上がる。

 草に滲んだ雨粒が光を反射し、周囲の輪郭がどこか歪んで見えたのは、雨脚のせいばかりではない気がした。


 まるで生き物のような雨だな。

 呼吸し、目を光らせ、足音を追う――そんな得体の知れない感覚が、この雨から滲み出ていた。


 僕の中にある“知識”が僕に語りかける。


 ――この森梅雨の時期は、魔術師(ウィッチ)としての感覚が研ぎ澄まされる気がするのよね。


 降ってくる雨粒には微量ながら“魔素”が含まれている。

 だからこそ、慣れていない者たちからすれば、その魔素が魔素酔いを引き起こすかの如く翻弄してくるのだ。


 続けて、“彼ら”の知識が教えてくれる。そして、森の魔物たちは、冬眠から晴れるように――ゆるやかに鼓動を始めているのだと。



 その夜、センパイは寝袋の中でぐっすり眠っていた。

 僕が夜通し見張りをすることにあえて何も言ってこなかったのは、僕の体調の変化をめざとく感じ取ったからか。

 どうやら、この雨は人族(ヒューマン)よりも魔物寄りである僕の身体を昂らせるらしい。


 そのことから、普段よりも身体の細かな制御が効きづらくなっており、物を壊したり、躓いたりするということが頻発していた。


 街にいる間はこんな長時間雨に当たることがなかったため気にもしていなかったが、思わぬ弊害だな。

 明日あたりにはこの変化にも慣れると思うが――。


 僕は火を見つめながら、ゆっくりと指を折りたたみながら拳を握りしめた。



 3日目までは変わり映えのしない景色が続いていたが4日目に差し掛かると、樹々がところどころに樹立する、森とも呼べない林の中を進んだ。

 昨日までは草原の中に簡易舗装された道で辺りが開けていたが、今日はそれに比べると視界は悪い。

 相変わらずの曇天で薄暗く、かつ雨が降り続いて靄が発生していることも要因だろう。


 しかし、こうした中でも行商人等が通行するための道が通っているため、魔物との遭遇はほとんどないのだとは思う。

 あながちそんな思考が的外れではなく、林を抜けるまでに目立った魔物との遭遇はないまま、道中に一度だけ現れた小型の兎のような魔物はセンパイが一刀のもとに斬り伏せていた。


 とはいえ、野営地の確保はこの時期とは相性が悪かった。

 雨が降り止まぬままでは、乾いた枝等は手に入りづらく、用意した保存食もどこか湿気を帯びている。

 僕は食事を気にしないが、これにはセンパイが堪えているようだった。


 道中であまりすれ違う行商人や同業を見かけないと思っていたが、これなら確かに“森”へ近づく行商の時期をずらすのも納得だ。

 何組かが合同で野営地とした名残りの焚き木跡と、センパイの深いため息が、強まった雨に滲むように掻き消えていった。



 5日目の朝。


 ようやく雨が弱み、僕らは視界のひらけた丘陵地帯を越えていく。


 空は昨日よりも高く、鈍色の雲の隙間からわずかに零れる陽光が、ところどころ湿った草木に反射して金色に煌めいていた。

 湿気が下がったおかげか、空気もどこか軽くなったような気さえする。


「晴れそうか……?」


 小さく漏らしたセンパイの言葉に、僕は肩をすくめる。


「なんともっすね。まだこの辺じゃあ影響範囲かとは思うんすけど」


 そんな僕の言葉に、センパイは落胆の色を見せた。


 確かにこの雨は視界も悪くなる上に魔素を持つ生物を認識しづらくなるからな。鬱陶しいことこの上ない。

 そんなことを考えながらも僕たちは無言で歩を進める。


 転機があったのは、そこから数時間後歩いた頃。

 雲を突き抜けて僅かに灯る日光が頂上よりも僅かに西に傾いたあたりで、丘の向こうに田畑の広がる小さな村が見えた。

 センパイも少し遅れて気がついたようで、声を上げることはなかったが、嬉しそうに笑みを噛み殺している。


 野鳥の鳴き声が微かに聞こえ、煙突から上がる煙も退屈そうに雨雲に吸い込まれていく。

 のどかな風景。だが――。


「……何かあったか?」


 村の入り口に差し掛かる少し前、センパイが警戒心を含んだ声で僕に問いかけた。


「少なくとも、良い雰囲気ではないっすね」


 村の中から聞こえてくるのは、刺すような緊張と怒りが入り混じったような複数の声。

 間違いなく、村といえど一人も村の入り口に見張りを立てないのは厄介ごとの予兆だろう。


 野営から解放される喜びから一転、センパイはここのところ何度目かもわからない深いため息をついて、村の中へ足踏み入れた。

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