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継ぎ接ぎ人形ちゃんは奪いたい  作者: 陽碧鮮
第2章 母娘
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旅立ち


 ――雨が降っていた。


 ぽつ、ぽつ、と、天幕を叩くような音が続く。窓越しに空を見上げれば、薄墨を流し込んだような曇天が広がっており、境界も輪郭も曖昧になった城壁がその下で濡れそぼっていた。


 明らかに少し前よりも大気中の魔素密度が増している。

 窓枠を伝う水滴が、魔力を帯びた細かな蒸気となって大気中や土壌に染み込むのを感じていた。


 時期が来たか――と、体験のない実感(・・・・・・・)が脳裏を掠める。


 魔境と呼ばれる“森”に接するこの地域は、一定の周期で森の内部に存在する【雨止まぬ暗闇】と呼ばれる、雨が降り続ける空間の影響が周囲にまで及ぶ。

 どこかの地方で見られる梅雨に似たこの現象は、雨に混じる魔素により森の魔物たちの動きを活性化させ、人の領域をじわじわと蝕んでいた。


 つまりは、この“森梅雨”の期間は、魔物が凶暴化し、森の浅瀬にも、より奥深の魔物が時より姿を表すということに他ならない。

 いつもよりも待ち時間が長いのはそのような要因からか――。


 そんな思案をしながら、僕――クシーは、冒険者組合の受付へと足を向けていた。


「クシーさん、お待たせしましたあ」


 受付嬢の柔らかな声が耳に届く。窓辺から視線を移せば、いつもの笑顔を浮かべて手を振っている受付嬢の姿。

 だが、その笑顔の中に一瞬、苦笑いを浮かべた気がした。


 「んー?」


 小さく首をかしげながら、僕は窓口へと歩を進める――が、そこでようやく妙な“視線”に気づく。


 視線の主は、組合の隅にいた一人の若い冒険者。まだ若い、訓練を終えたばかりのような装備で、手入れされたばかりの剣の鞘が、無垢な若さを表すように腰で光沢を放って主張していた。


 僕と目が合ったその瞬間、彼の顔がほのかに紅く染まり、慌てた様子で視線を逸らす。


 ――なんだ?


 敵意は、ない。少なくとも、感覚や僕の第六感能力(スキル)である[直感]で察知できるような悪意の波動は存在しない。

 あまりにも熱のある視線に違和感を覚えた僕は一度足を止めて思案するが、2つ存在する僕の脳みそを高速稼働させてもその目的は理解できない。


 結局、そのまま受付へと向き直って歩き出そうとするが、また僕を刺す視線。しかも今度は別の冒険者から。


 思い返せば、最近こういった注目を受けることが増えた気がする。いや、もはや注目――というより“凝視”に近いか。何かを見極めようとするかのような、しかし能力を図るものとは何か別の意図を孕んだような――不思議なまなざし。


 ……ああ。


 そこでようやく思い至る。


「――姉さん、なんか綺麗になった? 肌とか」


 つい先日、センパイが照れくさそうに口にした言葉を思い出す。


 確かに、変化はあった。曝露変種(ワリエタス)との死闘の末に、突然身体の制御を失って魔素の奔流を浴びた僕は、全身の構造が変質した。

 器と呼べるようなものを無理矢理に膨張させ、多量の魔素を含むことで再定義された“僕”は、明らかにそれまでの自分とは違う存在だった。


 つまりは、魔物が引き起こす“進化”というやつが、僕にも作用したのだろう。

 ハナから人族(ヒューマン)であるという自認こそなかったが、魔導人形(ホムンクルス)が魔物寄りの生物だったらしい。

 僕を創造した男が知ったら狂喜乱舞する新事実に違いないな。


 見た目こそほとんど変わり映えしないが、髪先の緑のグラデーションが三分の一近くまで侵食している。他には胸に多少肉が付いたことで、動きにくくなった程度だろうか。

 胸のサイズアップは個人的に進化ではなく退化だと言いたいのだが。


 それを差し引いても、かつては魔造人形ホムンクルスと分類された存在だったはずの僕は、今やその枠を超えているしな。


 ――魔造人形ホムンクルス渾沌種カオス


 再定義するとすれば、この呼び名が今の僕には相応しいだろう。


「……センパイ、すごいを通り越してちょっとキモいっすね」


 あの時、反射的にそう言ってしまったのは仕方がないだろう。素直にセンパイの洞察に驚きはしたが、常日頃から彼はそこまで各個人の変化に目を向けているのだろうか。


 「な、なんでだよっ!」


 かつ、センパイは顔を赤くしながら抗議してきたが、顔を赤らめる要素はあったか?

 

 そんなセンパイが、今も僕の後ろを黙ってついてきている。後ろから感じるその存在に、少しの殺気を感じる気がするが、僕へ向けられたものではないため無視して窓口へと辿り着いた。

 そこで受付嬢と簡単な挨拶をそこそこに、本題に口を開く。


「僕たち、ここを出て次の都市に行こうかと思ってるっす」


「そうですか……クシーさんが他でやっていけるのか私は心配なのですが」


 なんともひどい回答に、後ろに立つセンパイの噛み殺したような笑い声が耳元に届いた。

 この受付嬢は、以前に僕が実力を示すためにパンチを披露したときの担当であり、あれからよく窓口で声をかけてくれるようになったのだが。


「それで、次は……王国を目指されるのですね?」


 僕が事前に記入していた簡易な聴取資料に、受付嬢はスーッと目を通しながら尋ねられる。


「そうっすね。ちょっと興味ある話も聞いたので」


「興味?」


「不思議な“門”があるって。王都近くの都市に」


 受付嬢の表情が納得の色を浮かべた。受付嬢、引いては冒険者組合なら知って当然の場所らしい。


「ああ、“迷宮都市”ですか。あそこには多くの冒険者が集まりますからね」


 “迷宮都市”。無限に広がる迷宮が位置する、物語のような都市があるという話をファウスティナから以前聞いていたのだ。

 こんな辺境の地から、同じように都市の話を聞いて夢見る冒険者が多いのか、受付嬢も特段別れを惜しむこともなく、淡々としたやりとりが続く。

 だが、ここでふと気づいたように受付嬢が疑問を投げかけた。


「クシーさんたちは前線基地へは……行くわけないですね。失礼しました」


 勝手に納得するのは結構だが、ハナから決めつけられるのも不本意だな。


 “森”を攻略する冒険者たちの前線基地(フロントライン)。まさに蜥蜴人(リザードマン)異常発生や【雨止まぬ暗闇】の影響を最も受けている地帯。

 《界域》などは足元にも及ばぬ奥地へと建てられた、文字通り最前線を維持するための基地は、普通の魔物の強化個体や派生種が数多く発生する異常域であり、熟練の冒険者でもたどり着く(・・・・・)ことすら難しいと言われている。


 とまあ、不本意とは言ったものの、受付嬢の言葉通り、前線へ行くのは早計だろう。少なくとも、曝露変種(ワリエタス)をただの片手で屠るくらいの力がなければ。


 であるからして、魔物を狩るのにおあつらえ向きな迷宮で地力を上げる算段を立てたのだ。


「それでは、いってらっしゃいませ」


 あっさりとした出立の受付を終えて振り返ると、ファウスティナとダインの姿があった。少し離れた場所でこちらに手を振っている。


「もう出るのか?」


「はいっす。お二人は、まだ残る感じっすか?」


「もう少し蜥蜴人(リザードマン)の調査を続けて、それで何もなければ王都に戻るつもりだ」


 となれば時期は違えど方向は一緒か。それならどこかでまた顔を合わせることもあるかもしれない。


 ファウスティナの声は落ち着いていたが、奥底に何かを探している色を感じる。

 僕たちが先の蜥蜴人(リザードマン)掃討作戦に隠れて参加していたのがバレたとは思わないが、直感系能力(スキル)のせいか、本件についてはきな臭い何かを感じているようだ。


「ま、また会いましょう」


「はいっす」


 二人とも、受付嬢と同様に簡単な挨拶のみで、僕たちはその場を後にした。


 冒険者たちは、その職業柄からなのか別れに対して頓着がないらしい。

 まあ、下手に話を続けてファウスティナの“嗅覚”に引っかかるのは避けたかったため好都合だが。


 城門へと続く道を歩く最中、センパイはあたりの店に忙しなく視線を移動させる。

 この見知った都市を出ることに対して思うところでもあるのだろう。僕にはわからない感覚だが。


「――あ」


 と、そこで僕はあることを思い出した。


「――ウルトラデラックスジャンボパフェ……」


 この街を出るということは、もう食べられないということで――。

 僕の独り言ともとれるか細い声を、センパイは耳ざとく拾う。


「……あんなの食べ続けたらマジで死ぬぞ」


 センパイの呆れた声に対して僕は抗議の声をあげたが、容赦なく手を引かれ、街門へと向かって歩かされる羽目になった。

 あれは糖分と量の関係からなのか、魔素を最も効率的良く体内で変換できるというのに。


 そんな僕たちの姿を城門前の警備兵が苦笑いをしながら見送る。


 雨は、この地域の影響から外れるまでは当分止まないだろう。

 森が静かに息づく中、僕たちは喧騒を伴いながら新たな目的地へ向けて、足を踏み出していった。

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