筒抜け
新章分のあらすじを更新しました。
ネタバレ含みますが、興味のある方はご覧ください。
街のはずれにある古びた館。
少しだけ開かれた窓の外から、街灯に留まった鳥の鳴き声が木霊して聴こえる。
街灯の魔石から発せられて伸びる光は、数刻前であればひどく頼りなく感じたであろうが、僅かに白み始めた遠くの空がそれを助けるように緩和させていた。
あと少しすれば、夜も明けるだろう。
日が昇れば今日の夜勤も終わりだというのにも関わらず、館内の廊下を歩く男――ケリーの機嫌はすこぶる悪かった。
「――なんだって俺が支部長なんかに」
思わずそう愚痴が溢れるケリーは、夜勤の終わりだということも相まって、周囲の耳などお構いなしの様子で怒りを露わにする。
実際には、責任者でもない自分がなぜ支部長に呼ばれたのかという不安な気持ちを、無理やり怒りに変えているというのが正しいのだが。
それも、ケリーと支部長の関係を考えればそれも仕方ないだろう。
ギルドといっても、一般に広く市民や関係機関と交流を持つ相互協力組織ではなく、ケリーが所属していたのは都市の暗部――すなわち闇ギルドであった。
中でもケリーが携わっていたのは、魔法狂化薬という禁止された薬の製造。
本来、魔力を外部から補給することで使用者の魔法の効果を上昇させる魔法強化薬だが、そこにいくつかの工程等を組み込むことによって、使用者に異常な陶酔感と中毒性を持たせることができる。それが、魔法狂化薬と呼ばれる所以であった。
魔法強化薬に多少の材料や製造工程を増やすだけで生み出すことができるのに対して、その異常な中毒性は莫大な利益を生み出す。
本来であれば、どの国でも製造するだけで近親者にまで罪が及ぶほどの重罪だが、そもそも製造方法自体、研究に取り憑かれた狂魔術師でもないと知り得ないような情報でもあった。
その情報を突然仕入れてきた支部長には、どこか気味の悪いものを感じてはいたものの、ケリーとしては、この製造方法がどこから仕入れられて、どう使われているななんてことはどうでもよかった。
むしろ、それに興味を持つような性格であったなら既に消されていただろう。
そんな製造の担当に選任されている不安と、少しの後ろめたさを感じながら、足早に支部長のいる部屋へと向かう。
「――はぁ」
到着して小さく息を吐くと、4回のノック、ワンテンポの間を開けてさらに2回ノックする。少しすると、扉の先から入室を促される声が聞こえた。
俗に王国式と呼ばれるノックは、この闇ギルドの支部長の未練の証であり、譲れないこだわりであったが、下の人間からすれば面倒極まりない。
むしろ、貴族の肩書きにこだわり続ける支部長には憐憫の感情さえ湧いてしまう。
部屋に入ると、正面のソファに座る女――支部長がちょうど手に持った書類を小机に置くところだった。
最近になって突然つけ始めた真っ白な仮面が、ランプの揺れる灯によって絶えず模様を変化させながら、ケリーへと向き直る。
「ごきげんよう、最近の調子はどう?」
開口一番に問われたのは狂化薬の状況について。莫大な利益を生み出すといっても、狂化薬の製造が始まったのはまだつい最近のこと。
流通し始めたばかりの状況に、成果を数字として求められても、いささか説明するには足りないものがある。
だが、その内容とは裏腹に、思いのほか機嫌の良さそうな声音にケリーは僅かに安堵した。
「資料は追ってお渡ししますが、ギルドとしての利益は間違いなく昨年よりも上がるかと」
「それはよかったわ」
やはり機嫌がいいのか、特に詳細を求められることなく話が途切れた。
機嫌のいい女の姿など数えるほどしか見たことがなかったため、内心驚きながらも胸内の不安が晴れていくのを感じる。
そして、この推測を確信に変えるため、普段のケリーなら絶対にしなかったであろう雑談に口を開いた。
「何か、良いことでも……あったんですか?」
「あら、わかる?」
心なしか弾む声。どうせ趣味の悪い話だろうが、話を聞くだけでちょうど仕事が終わる時間になるのならケリーにとっても悪い話ではない。
「話すと長くなるのだけれど――」
そう言っておもむろマスクを外す支部長。何を、と聞く暇もなく、その下からのぞかせた素顔に言葉を失った。
現れたのは、目が覚めるような目が覚めるような容姿。栗色から翡翠色のグラデーションのかかった艶やかなボブカットは、彼女の愛嬌を覚える柔らかな表情と相まって、翡翠花のような華やかな印象を見る者に与えている。
成熟した体つきということもあり、道端で見かけたら視線を奪われない男はいないだろう。
だが、それよりもケリーが言葉を失った理由は他にあった。
なぜなら、その容姿はケリーが知っている支部長のものではなく――。
「――運び屋……?」
運び屋。魔物の討伐や希少資源の採取を生業とする冒険者に付き従い、荷物持ちとして資源の流通を支える存在。
目の前の女は、最近になってこの街の冒険者組合に出入りするところをよく見る運び屋であり、話したことはなかったが、その容姿と体つきから以前より密かに狙っていた女であった。
「おょ、僕のことを知ってるんすか?」
突然変わった口調に面食らいながらも、妙に冷静な頭が状況を整理しようと熱を上げ始める。
――なぜ、そんな女が闇ギルドの支部長に? それよりも自分が前に見た支部長の女は一体……?
「まあ、そんなことより――」
必死になって稼働していた思考も、運び屋からの何気ないような一言で凍りついた。
「ケリーさん、魔法狂化薬の利益をくすねてるっすよね?」
「なん……ッ⁉︎」
突然のことで弁明らしい弁明の言葉も紡げないまま、ケリーは察する。おそらく自分が呼び出されたのは、この話のためだろう、と。
事実、ケリーが利益の一部を自らの懐に入れていることは間違いない。運び屋の口ぶりからして懐疑的なものではなく、確信を持ってのことだということも理解した。
――だが、どこから? 絶対に漏れるヘマはしていないはず。
そんなケリーの疑問を感じ取ったのか、運び屋は嬉しそうに口を開いた。
「ニイフさんが教えてくれたんすよ」
「嘘だッ‼︎」
ケリーが思わず声を荒げるのも無理はない。
ニイフ――それはケリーの古くからの親友であり、自身の横領の手助けをしてくれた男の名だったからだ。
「あいつが口を割るはずねえ」
「なんでも教えてくれたっすよ?」
ニイフとは家族以上の絆で繋がっており、たとえ金をいくら積まれても、どれだけ暴行を受けようともお互いを売ることはありえないとケリーは断言できる。
しかし、運び屋はそんな二人の絆など嘲笑うかのように言葉を続けた。
「貧困に喘ぎ、泥を啜ってでも成り上がろうと三人で誓った幼少時代。そんな仲間の治療費が足りずに着服したんすよね?」
口元を大きく吊り上げて語る女の姿は、まるで人の皮を被った見知らぬ生物のようで。
生理的嫌悪感と湧き上がった怒りから、思わず腰のナイフを抜いて運び屋へ駆け寄る。
所詮は運び屋。戦闘能力などたかが知れているし、仮に以前見た支部長と同一人物の魔術師だとしても、この至近距離からでは対処は難しいと考えての判断だった。
刃が届くまであと三歩、二歩――。
しかし、そこまで近づいているというのに、魔法行使どころかケリーの接近に構えようともせず、女は笑みを浮かべている。
「――ッ⁉︎」
あと一歩――、そこまで近づいた途端、不自然に身体の自由が効かなくなった。
硬直というよりは拘束。例えるなら、まるで見えない何かに絡みつかれているような、不快感のある感覚。
だが、頭だけを動かして自分の身体に視線を向けるが、拘束具のようなものは何も見当たらない。
「――ああ、出すときは透明化してるんすけど、せっかくだから紹介しましょうか」
そんなケリーの混乱をよそに、運び屋の声に応じて空間が僅かにブレたかと思うと、徐々にそれは姿を現し始める。
彼女の足元から伸びた縄のようなものは男に近づくにつれて太くなっていき、翠の鱗を纏った大蛇がとぐろを巻くようにケリーを拘束していた。
「なんだよこれっ……!」
こんな大蛇が自身の身体に巻きついていたのにも関わらず、姿が見えなかったことに加えて、なぜだか直前まで気配を感じなかったことに、ことさら恐怖を覚える。
「【魔樹の側枝】と曝露変種を軸に色々改造した僕のペットっす」
大蛇は、艶やかな体鱗を光らせながら、ケリーの様子を伺うように顔の近くまでチロチロとした舌を寄せる。
「あ、リーダーの統率者と蜥蜴から取って、“ドゥルタ”なんてどうっすか?」
名前なんてどうでもいいと今にも叫び出したくなる気持ちだったが、それをすれば大蛇に噛みつかれるのではないかという恐怖で、身体を震わせながら堪えるしかない。
「そんなことよりも、これをケリーさんに見てもらいたかったんすよ」
おそるおそる目の前の蛇から視線を移すと、運び屋はキャッチーなウインクをケリーへと向ける。
そして、閉じた片目が開かれると、そこには萌黄色に変色した瞳が姿を現した。
「これ、羨ましくないっすか?」
それは親友であるニイフが持っていた魔眼。視界に捉えた幻惑系能力の影響に一切惑わされなくなるそれは、数ある魔眼の中でも特殊なものであり――。
「それをなんでお前が持っ――」
「……食べちゃっていいっすよ」
期待していた反応ではなかったとばかりに、一転して冷たい声が運び屋の口から漏れると、瞬時に大きく口を開いた大蛇がケリーの顔に影を作り――。
「でる゛――」
蛇の口内からくぐもった声が響く。
あっという間に飲み込んだ大蛇は、何事もなかったかのように恭しくクシーへと近づいた。
それはまるで、主人に図々しくも労いの言葉を求める忠実な猟犬のようで。
「よしよし。まあ、僕から伸びる身体の一部として動かしてるだけだから、ただのお人形遊びなんすけどね〜」
撫でられながら話を聞く大蛇は、窓の外から登る朝日に透けるように、姿を消していった。




