打勝つ
別視点
剣から発せられる薄青の霞が、付着した血と相まって【紫扇流】のような鮮やかな紫を発する。
そんな色彩も、血が剣に付着して少しすると、色が抜けていくように元の刀身の持つ金属の色味へと戻っていった。
原理はわからない。だが、間違いなく血を欲する剣が、その身を濡らす血液を吸っているのだ。
使用者の特権なのか、血を取り込んだ剣は私にもその一部を還元し、闘技を使ったばかりだというのにも関わらずまったく疲労感に見舞われることはない。
それどころか、研ぎ澄まされるように相手の一挙一動を捉え、血が沸き立つような高揚感と相待って全能感に脳が打ち震える感覚に支配される。
「もっと――もっと血を寄越すのだッ‼︎」
脳からの過剰な伝達によるものか、チカチカと視界が発光したと錯覚するほどの滾り。
この剣を握ると、異常なほど好戦的になってしまうのも、私がこの剣を大嫌いな理由の一つだった。
そんな自覚症状があるのにも関わらず、まるで麻薬のように、胸に宿る興奮は一向に冷めやらない。
むしろ深く、さらに深くと、意識がぼんやりと希薄になっていく。
それが心地いいような悪いような不思議な感覚。
恐怖は一切なく、それに抗わずに自然とその感覚に同調したくなる。
――おそらくは、それが剣に“呑まれる”ということなのだろう。
「それだけは駄目なのだ……ッ」
後ろ髪を引かれるように、だが、確固たる意思を持って拳を強く握り込んだ。
気合いの入れた叫びは、冷や水として少しの足しにもならず、むしろ蒸気を上げながら私の中でさらに暴れ回るが、必死にその衝動を組み伏せていく。
今は、今だけは《写本》も、騎士団も、そして父だって全てどうだっていい。
衝動に身を任せて本能に動くのではなく――ただ、強敵と対峙する一介の剣士としてこの刃を振おう。
「――グォアルッッ‼︎」
貴種から発せられるなけなしの咆哮に[重威圧]の能力が込められているのを肌で感じるが、その程度では私の“熱”は少しも下がらない。
唸りを上げる熱を排出するが如く、貴種へと駆け寄っていく。
「――くぅッッ‼︎」
「――グィァッ‼︎」
交錯した刃と爪は、空気が震えるとさえ錯覚するような衝撃と金属音を轟かせた。
やはり強い。ただの爪如きが折れずに魔剣と渡り合っているのも驚嘆に値するが、隻腕だけで互角の戦いができていることがなによりの奴の強さの証。
魔剣の能力で混乱しているところを狙っていなければ、おそらく押し切られていただろう。
さて、どうするか。
「――ファナッ‼︎」
唐突なダインからの呼び声。その真意を理解する前に大きく後退する。
そして一拍遅れて答えに辿り着いた。
眼は使っていないはず。だが、熟達した魔術師は魔法行使の兆候を肌で感じることができるという。
だとすれば――。
「ッ、魔法か!」
気づくと同時、貴種が大きくその場の大地を踏み締めると、地震のような揺れに伴い、奴を起点にして鋭利な岩石が周囲に蔓延った。
「チィッ‼︎」
迫り来る剣山を更に後退して避ける。が、攻撃技から一転して奴を守る防御壁と化したことに思わず舌打ちが漏れる。
時間をかけることで精神状態を持ち直しつつ、痺れを切らした接近に対してカウンターを狙う魂胆か。
確かに足元に気を配りながら相手取るのは避けたいところ。
だが、その二択しかないと思っているのなら甘いな。
【青剣流】《級位》・『空断』。
身を地面ギリギリにまで屈めて放った闘技はただの斬撃では終わらず、薄青の円弧が刀身から抜けるように前方へと放たれる。
所詮は《級位》級の闘技であるため、貴種へのダメージは端から期待していない。
狙ったのはその前の剣山たち。三日月の弧を成した斬撃は、見事なまでに私と貴種を分つ岩々を根本から切断する。
「これで障害はないなぁッ!」
ここで決める。
溢れんばかりの力を以って地を踏み締め、練り上げた魔力を一柱へ献上。
戒律:【善】《第二篇》、『自己犠牲の精神は尊く賞賛されるべきである』。
得られる見返りは、己の耐久や抵抗力を低下させただけ、筋力と速度を向上させるもの。
現状でも擦れば致命傷というならば、防御などもはや限りなく下げても構わない。
効果を発揮した瞬間、踏み締めた地面を蹴り上げて貴種の元へと接近を果たす。
疾風迅雷の迫撃。
貴種が爪撃で迎え撃たんと腕を振り上げるが、私のほうが速い。
私の速度に一拍遅れ、まるで旗を靡かせるように澄み渡ったような薄青の霞が魔剣に追随する。
決めたるは己が持つ最高の技。
四文字の名を許された闘技は、死の風となって対象の首を別つ。
――【青剣流】 《准師範代》・『首断風閃』。
まるで突風の如く冴えわたる一閃は、私を狙う爪撃を完全に置き去りにして、貴種の頭部を跳ね飛ばした。
「――ヵ」
本来であればここで決着。
しかし、相手は高次の魔物。それでもなお頭部は私を睨み、命令系統を失ったはずの胴体も私を狙う腕を一向に速度を緩めない、が――。
――轟ッッ‼︎
突如として暴風が吹き荒れ、貴種の頭部が落下するよりも早く、全身を撫でながら通過していく。
そしてそれは“風”と形容するほど生ぬるいものではなく――。
「――」
風が撫でた身体に刻まれるのはおびただしい数の裂傷。これがこの闘技の付加効果であり、《准師範代》では、一種の魔法のような事象でさえも可能とする。
まるで天然の鎧など微塵も役に立たないとでも言わんばかりに体鱗を切り刻みながら、奴の行動の一切を許さずに微細な刃の暴風は過ぎ去っていった。
その場に残ったのは、重圧を放っていた貴種とは思えないほど、見るも無惨な光景。
闘技による裂傷群で、一部骨が露出して魔物に食い荒らされた後のような残骸だった。
「――っは」
その光景を以ってようやく短く息を吐くと、捨てるようにして魔剣を送還させる。
手から離した魔剣は、地面に接触する前に灰色の残滓となって空に消えていった。
「や、やりましたね」
「いや、まだだ。この集落にいる蜥蜴人は殲滅する」
ダインの安堵した声を制し、先ほど三次種にやられた冒険者から剣を拝借すると、すぐさま剣戟の声が聞こえる方向へと歩き出す。
頭を失った集落は統率を失い、やがて周囲環境へ間違いなく悪影響を及ぼす。あわよくば避けられたとしても、二次種あたりが生き延びて新たな統率種になるのも厄介だ。
そう考えて鍔音に近づきながら、ふと思い出す。
この剣の所有者の身を断った変種の存在。
変異種から派生した歴戦個体――。戦えば倒せないことはないだろうが、間違いなく私でも手を焼く相手だった。
なぜ、襲撃されているのにも関わらず姿を消したのか。奴が猛威を振えば確実に討伐隊は壊滅していただろう。
あれは一体なんだったのだろうか――。
胸中に新たに芽生えた不安は、戦闘を終えたばかりの私の心に絡みつくように影を落とした。




