信込む
別視点
血魔剣。
其の剣はまるで意志を持つかの如く、持ち手の本能に呼びかけてただひたすらに血を啜る。それはあたかも武具の形に押し込めた獣のようである――。
創世記にて語られるこの剣の伝承が誤りでないことは、私が誰よりも理解している。
これで写本というのが信じられない。言葉は交わせないにせよ、貴種も同様の恐れを抱いているのは間違いないようで、先ほどから小さな唸り声を上げ続けていた。
そこにあるだけで根源的な恐怖を呼び起こすのは、この剣の持つ能力などではなく、その謂れに起因するただの副次効果なのだろう。
自然と、今日一番の緊張がこの場を支配していた。
「戒律:【貴族】《第三篇》、『िकदुेवसदीैदततरलग』」
そんな矢先、一足先に魔剣からの魅了とも呼べる誘引から目を覚ました貴種は、すかさず魔法を行使した。
魔法行使の際の祝詞が私の耳に届いたが、肝心の内容は知らない言語だったためまるで参考にならない。
「ま、魔力残滓の量と身体魔力循環から見て、ぉそらく《第三篇》程度の身体強化魔法かと」
そんなもどかしさを感じていると、文字通りに目を光らせて貴種を見つめるダインから私へと、有難い情報がなされる。
その眼は魔力量や魔力の動きから、ある程度の効果さえも予測する。複雑なものとなると予測は難しいらしいが、あえてこの判断ミスが命取りとなる場面で口にしたということは、かなりの確信を持っての言葉だろう。
魔法効果がわかればこちらも対策が立てやすいため、その発言の価値は計り知れない。
だが、いくらなんでもダインの眼の行使時間は長すぎる。
「ダイン……ッ‼︎」
貴種に気を払いながらもダインへと目を向けると、表情を苦しげに崩しながら、鼻から絶えず出血するパートナーの姿が目に入る。
脳の処理限界をとうに超えていたのだろう。それでも、美しく輝く両の目が一瞬の瞬きすら許さないとばかりに私と貴種の姿を写し続けていたのは、ひとえに彼の責任感と根性が成した賜物という他ない。
「――後は私に任せろ」
これ以上の負担は、ダインに後遺症を残すことになる。
だが、彼が普段の言動に反して意外と強情なのは百も承知。私の懸念をそのまま、ダインは私の言葉にムッとしたように言葉を返した。
「今は、そんなことを言っている場合じゃ――」
「……お前が苦しそうにしていると、私が戦闘に集中できないのだ」
ダインが強情になることさえ予期して、被せるように更に言葉を返す。
こう言えば、ダインの性格上からして引き下がると理解しての発言。事実、わずかに私を睨むように目を細めながら唇を引き締めて、それ以上食い下がることはない。
ダインが虹の目を閉じて、私たちバディの貴種への視線が切れる前に、私は奴へと視線を戻す。
眼を閉じたか否かは確認するまでもない。きっと、彼なら私を信じてそうしているはずと、私も彼を信じているから。
「すまないな」
「ぃえ……でも絶対勝ってくださいね」
「――もちろんだ」
力を込めた呟きがダインの耳に入るよりも早く――。
「ギシャアアアァァァッアア――ッ⁉︎」
[縮地]で貴種へと肉薄し、振りおろした魔剣が厚い鱗を意図も容易く切り裂いた。
刃から伝わったのは、少し硬めの樹を斬る程度の感覚で、本来の鱗が持つ性能からすればその感覚は驚くほど軽い。そして、肝心の裂傷は奴の行動を阻害するほど深く刻まれたわけではなかったが、それで十分だ。
「――ッッ⁉︎」
伝わってくるのは驚愕。どうやら魔剣が与える影響に気付いたようだ。
「痛いだろう?」
いつまで経っても魔剣に刻まれた裂傷が再生しない。[再生]の能力を所持しているのにも関わらず、だ。
それどころか止血すらする様子がなく、地に垂れた血液が意志の持った幼虫のように這いずりながら剣を持つ私の方へと近づいてくる。
これが、血魔剣の持つ最大にして最悪の効果。
私が傷つけたものは、この魔剣を送還するまで絶対に回復しない。
継続的な痛みに苛まれることが初めての経験なのか、あるいは自慢の鎧が容易く破られたことによるものか――貴種は人族である私にも理解できるほど大きく顔を歪ませる。
「この程度で済むと思うなよ」
だが、ここでは終わらない。
未だ混乱の中から抜け出せない奴の隙をついて、使い慣れた闘技を魔剣で以って巨躯へと差し込んだ。
「――【青剣流】 《段位》・『大閃断』」
「〜〜〜〜ッ‼︎‼︎」
鱗を纏った巨大な左腕に吸い込まれていった刃は、途中でその勢いを一切減衰させる様子もなく胴と腕を別つ。
一閃の勢いに充てられた貴種の巨腕は、まるで丸太のように転がっていった。




