仕返す
「――ッ」
腹部に刻まれた横一文字。
本来であれば腹部周辺が丸ごと削り消えても何ら不思議ではない一撃だったが、実際にはボールが弾かれたかのように後方へ打ち飛ばされるだけだった。
転がりながら、何とか踵を地面に打ちつけてしゃがみ込むように体勢を整え直す。
すぐさま身体を確認するが、欠損部位は見当たらないため、再生により最低限の魔力を使って腹部の応急処置を終えた。
なぜ、ただの肉の身体如きが大斧に切断されなかったのか――。
リーダーはこの状況をしばらく訝しげに見るだけだったが、やがてゆっくりと僕と大斧へ交互に視線を移動させた。
ああ、お前の想像通りだ。
僕の種族を知っている者が見れば不思議だっただろうな。なぜこの戦闘では、必要のない血液を生成してまで傷から流していたのか。
よく観察すると、リーダーの持つ大斧に付着した僕の血液は、テラテラと虹の膜をつくりながら滴ることなく刃先で留まっているのがわかる。
正体は、【魔豚人・孤立種の脂肪】。
魔豚人の特殊な脂肪を生成した血液に混ぜ込み、付着した刃物の切れ味を著しく損なわさせた。
なにせ何度も斬られたからな。この突風ですぐに乾いていく油膜は、何層にも重なることで刃としての機能を潰したことだろう。
そして来たる衝撃の瞬間、【保護膜】、【体鱗】、【脂肪】、【岩石鰐】、[打撃耐性]、[再生]――使える手札を全て駆使して、致命の斧撃を耐え切った。
これで、奴の武具が使い物にならなくなったことは間違いない。切れ味だけでなく、油膜で武器の持つ雷属性の伝導率もほとんど阻害されて意味をなさなくなっている。
「フシュゥ……シュー……ッ」
そして武具の状態に呼応するかの如く、リーダー自身も糸が切れたように突然膝を地に落とした。
かなり呼吸が荒い。依然として命を燃やすような赫々とした色彩に変化はなく、相変わらず痛みを感じている様子もないが、単純に身体の限界が近づいているのか、能力の効果が切れかけているのかどちらかだろう。
曝露変種の一撃を防ぎ切ったことで、僕に“流れ”とも言える何かが巡っていているのか。
そんなもの僕自身は眉唾程度の認識だが、冒険者たちの知識はこぞって同じ認識だと語りかける。
いずれにせよ、お互い長くは持たないな。
少しの間、膝をついたまま回復に努めた様子のリーダーは、呼吸が落ち着くと再び武器を構えて戦闘体勢へと入る。
大斧は持ったままか。打撃武器として使用するつもりだろうが、まあ、確かに武器を捨てて殴打するよりも得策かもしれんな。
奇しくも仕切り直しのような状況になったが、能力の持続時間が怪しくなってきたリーダーがすぐさま行動に移る。
弾丸となったリーダーを横跳びで避け、反射するように切り返して向かい来た連鎖突撃には【側枝】で何とか回避。
少しずつではあるが、僕自身も曝露変種の強化速度に順応しつつある。
単純に何度かの交戦で目が慣れてきたというのもあるが、何より大きいのは、ある程度までなら行動予測を可能にするほどの奴の動きの単調さ。
奴が能力を発動してからの動きは、すべてが直線的かつ搦手等のないものだった。
最近獲得したであろう能力に加えて進化、いくら戦闘センスに富むリーダーと言えど、力に振り回されるのは何ら不思議ではない。
そして、そのような歪さは必ず戦闘にも歪みを生む。
「よぉーし、見てろ〜っ」
行使するは右掌――能力統合を除いて、まだリーダーに一度も見せていない虎の子の能力。
その手札を切るならここしかない。
順応してなお紙一重の回避を続けながら、最初の攻防があった地点までリーダーを引き連れる。
「ガァアッッ‼︎」
順応しつつあるのは僕だけではなく、奴も同じ。
先ほどよりも力に依らない斧捌きによる斧撃を、[空歩]でかわしながら、右掌をリーダーへ向かって翳した。
「――怠惰な右掌」
処理能力にも負担のかかるこれは、一瞬の油断が勝敗を分ける強敵相手には命取りだ。
だが、【副脳】を併用すれば、一度なら簡単なものを発動しても支障にはならないはず。
右掌に巻かれた包帯から漏れ出すように溢れた蒼色のオーラは、たなびく包帯とは裏腹に突風の影響を無視しながら立ち昇っていく。
「おりゃッ」
それは、ごく小さな力場。
突如としてリーダーの胸元に発生し、弾けるように広がった斥力は、そのままその巨躯を突き飛ばした。
そしてそっちは――。
「――ッッ⁉︎」
虚を突かれてよろけたリーダーは、立て直そうと即座に地を踏み締めるが、そこには僕が散々振り撒いた血溜まりが赤黒く、まるで蟻地獄のように待ち構えており。
足を滑らす――呆気ないと形容するにはあまりに単純でいて、致命的な隙。
慣れた身体なら問題なかったかもしれない。
少なくとも、進化してから一度でも使う機会があったなら、おそらく勝敗は変わっていただろうな。
姿勢を崩したリーダーへと肉薄すると、何か訴えかけるような赫く染まった相貌と交錯する――が、淡々と受け返し、速やかに攻撃へと移行。
――次は先ほどのように、対象物に直撃した際に自壊するような生半可な造りにはしない。
【魔樹の側枝】に【魔豚人・孤立種の脂肪】を混ぜ込み、弾性に富む木槌を左手に発生させた。その上から硬度を上げるための【蜥蜴人・亜種の体鱗】を纏わせ、攻撃力を上げるために【蜥蜴人・亜種の体鱗】と【岩石鰐の硬瘤】を混ぜ込んで生成した水晶を棘のように蔓延らせる。
そして僕の全力に耐え切るだけの耐久力を持たせるために、表面にダメ押しの【魔粘性体の保護膜】を。
そうして生まれた――本来であれば、在ること自体が摂理に反する大木槌は、脈動するように、見るものを蠱惑するように水晶部を煌めかせた。
「ギシュアァアァアアアアアッッ‼︎」
「待ってたっすよおォオお。散々嬲られた仕返し、覚悟してくださいねえ」
ようやくだ。
ようやく届く。
リーダーの咆哮に被せるように、機械的に言葉を紡ぎながら左腕を振りかざす。
そして、混合種など歯牙にも掛けない――“狂悪”としか形容できない破壊を伴った大槌は、時が止まったような空間の中で、吸い込まれるようにリーダーへと進み――。
――ドパンッッッ‼︎‼︎
打撃音というよりは、破裂音。
そのまま[槌術]で以って振り抜くと、そんな何か取り返しのつかない音がリーダーの中から響いて――木々を薙ぎ倒しながら吹き飛んだ。
「――僕の、勝ちだっ」




