晒合う
新たに生み出された能力に意識を向けながら、木の檻を突破してきたリーダーと視線がぶつかる。
[吸魔]、それは僕の不足点を補うような理想的な能力だった。
リーダーとの距離がお互いの間合いまで迫り――僕は十近い【側枝】を肩から生やして、僕の腕そっくりに形成。その全てで以ってリーダーへ殴打した。
絶え間なく繰り出される拳は、点というよりも面的とさえ形容すべき物量を誇っており。
大斧が一度に半分以上の【側枝】を切断するが、すぐさま断面から同形の腕が生え揃い、打撃へ復帰する。
魔鉄の如き鎧を纏った蜥蜴人へ殴打というのはいささか心許ないが、魔造人形の種族特性とも言うべき身体能力と、質を覆す物量で愚直に攻める。
そしてそれは、ただ単にリーダーへのダメージだけを狙ったものではなく――。
「グ、ガァ……ッ?」
どうやら気づいたようだな、自身の魔力が減り続けていることに。
肉体同士の接触攻撃の度に相手の魔力を吸い取る。それが新たに僕に芽生えた能力の特性だった。
十の拳で絶え間なく殴り続け、殴った先から魔力が回復――即座に傷が癒え、さらに余剰分の魔力が身体から溢れ出す。
「――【疑似・巨人族の腕】」
剪定され続ける木腕を生やし直し、身体まで及んだ斬撃を[再生]で癒してなお、都度溜まっていく魔力を前に、さらに背から僕の数倍はあろうかという巨大な木製の腕を生成。
強く握られた巨拳の等しく無に帰す鉄槌により、リーダーは押し潰されてそのまま地面に大きなクレーターを齎した。
それでも手応えは今ひとつか。
生まれた猶予で今のうちに[怠惰な右掌]による更なる能力の統合を行う。
統合の副作用とも呼ぶべき来たる痛みに身構える――が、何もなく混じり合い。最初の時点で僕の身体が適応する身体へと変質したのか不明だが、それなら好都合だ。
[逃足]――『囲炉裏の灯』の有象無象のものだった、逃げる際に俊敏に補正がかかる能力と、[念力]を統合して[空歩]を。
黒ずくめの[潜伏]と、蜥蜴人・亜種の[挑発]、魔豚人・孤立種の[威圧]を混ぜ合わせると、新たに[演出]という能力が生まれた。
その間にどうにか続けていたリーダーとの力比べも、[怠惰な右掌]の操作に気を取られた隙に押し返され、大斧の一振りで巨大な腕が粉砕する。
あのまま押し潰せればよかったのだが、巨人族の剛腕を模してなお曝露変種と互角らしい。
粉々になった木片が乾いた音を立てて降り積もる中、リーダーは僕だけを視界に捉えながら肉薄。
通常サイズの木腕で応戦するが、斧撃で切断した木腕を再生させる間を縫うように掻い潜りながら僕の身体に傷を増やす。
明らかに先ほどもよりも僕へ刻まれる傷が多い。先の攻防を経ただけですぐに順応する相変わらずの戦闘センスの高さに舌を巻く。
さらに、一度の攻防で削り取られる腕の本数が増えてきたため一度後退すべく大きく跳躍。すると、リーダーはすぐさま沈み込むような姿勢を取り――ドンッっと轟く地響きを発生させて追撃せんと、僕の後退地点を目掛け大斧を振り上げて迫り来た。
そしてその到達はタッチの差で僕が着地するよりも僅かに早く、曝露変種の斧撃を受ける身としては致命的な遅延だった。
二つの脳による思考加速の中で捉えたリーダーの斧撃は、予測する先では寸分の狂いなく僕の心臓の位置を両断する軌跡を描いており。仮に今から身体を捻っても深刻な刃傷は免れないだろう。
そんな必至の攻撃――。
それを僕は、空を蹴り込んで身体を押し上げることで凶刃から逃れる。
これが僕の第二の能力である[空歩]の効果。宙をまるで締め固めた大地のように足場として、無障害での立体軌道を可能とする。
物理法則を無視した、不自然でしかない跳ね上がりでの軌道修正でそのまま【側枝】を肩甲骨付近から生成。
[空歩]により必中だったはずの攻撃をスカされてよろめいたリーダーへと、再び疑似的に模倣生成した、指を組む巨人族の両腕を叩きつけるように勢いよく振り下した。
爆発音にも似た轟音。
相手は大斧で防御するが、芯まで響く僕の本気の一撃に食いしばる歯の砕ける音が耳まで届く。
にも関わらず倒れる様子のないところを見るとタフネスも一級品だな。
着実にダメージを与え、戦況は好転しつつあるがそれでもあとひと推しが足りない。
繰り返して相手の魔力が尽きるのを待ってもいいが、先ほどのように同じ手がそう何度も通じるとも思えないしな。
案の定すぐに巨腕の拘束から逃れたリーダーは先ほどよりも慣れた手つきで乱雑に腕を振り抜き――まとめて巨腕を叩き割った。
……さて、どうしたものか。
「と、り、あ、え、ず――よッ!」
目の前に転がった巨腕のオブジェを全力で蹴り飛ばしてリーダーのもとへ打ち付ける。
視界を埋めるほどの硬木が質量を伴って迫っていくが、リーダーに慌てる様子はなく一閃。
轟音を立てながら後方へ転がっていく巨木になどお互い目もくれずに、開けた視界の先にいる相手の次の初動を見逃さんと目を凝らす。
先に動きがあったのはリーダー。身体が一層肥大し、力を込めたのがわかった。
僕が一手でも判断を誤れば即座に決着のつく攻防であることはお互いの周知。つまりはリーダーの愚直とも言える近接戦闘は、奴の並外れた身体能力を考慮すれば何よりの優位性であり、それを繰り返すのは合理的な判断だと言えた。
とりあえず、向かいくる奴の刃をまともに受けないようにだけ気をつけてリーダーの僅かな隙を突くことにしよう。
そう判断して、リーダーの動きに対応するためこちらも身体に力を込めようとしたとき、異変に気付く。
その動きは――。
予測が確信に変わるよりも早く、曝露変種が大きく一歩目を踏み出すと、そのまま僕と距離があるのにも関わらず携えた大斧を振り抜き――投げ放った。
「あ――ッ」
凄まじい運動エネルギーを伴った超速の大斧は、グルグルと回転しながらまるで巨大な円月輪のように一瞬で僕の元へと到達し、間抜けな言葉を引き出してそのまま上下を両断した。
普通ならまだ断面から枝を生やせば復旧可能だが、リーダーが武器を追いかけるように追随して僕の身体がずり落ち始める頃に到着。
「ぐゲッ⁉︎」
異常な再生力を警戒してか、即座にこぼれ落ちた上半身の心臓部を踏み潰して処理。それだけでは飽き足らずに撓らせた尾を振り抜くと、頭部が一瞬にしてミンチと化した。
徹底的な後処理。ここまでされれば例え核が無事だとしても死んだふりしかできないだろうな。
脳を壊された時点で思考能力が極端に落ちるだろうから、事前に行動入力をしていなければ死んだふり以前に無意識に脳を復旧させようと身体が反応するかもしれないが。
まあ、そんなことはどうでもいい。
ようやく隙を見せたな。
「――ッ⁉︎」
リーダーの瞳越しに反射する、景色がブレながら突如として僕が現れる姿がはっきりと目に入る。
どういうことかわからないだろうな。完全に壊された僕が足元に転がっているのに、リーダーからすれば二人目とも呼べる僕が横から現れた理由が。
油断――というより完全に虚をつかれたリーダーは、ただ立ち尽くすだけであり、僕の願ってもない好機となる。
肉体の再生と共に腕に生成していた木槌で全力の一打。咄嗟に防御に大斧を差し出すがもう遅い。
木槌が大斧の刃先に掠るが、止めることまでは叶わずにそのまますり抜けて直撃。
リーダーの身体へ吸い込まれた木槌は、体鱗ごと肉をかき分けて埋まるように沈み込み――次の瞬間、凄まじい破裂音が耳をつんざいた。
「アっ」
振り切る前に木槌自体が衝撃で破砕してボロボロと砕け散る。
僕の力に耐えきれなかったのが一番の原因だが、直前で刃に掠ったのも要因か。おかげで力をすべて伝えきれなかったが、さすがにやったか?
だが、衝撃で吹き飛ばされながらも体勢を整えて着地してから地に踏ん張って勢いを殺し、片膝は付けど倒れる気配は一切ない。
それどころか打撃の直撃した脇腹の体鱗は割れ剥がれ、泡混じりの血を吐いてもリーダーの瞳から微塵も光は消えておらず、むしろ一層蔓延る緊張感はその重みを増した。
それでも相当のダメージを与えたことに違いはないようで、膝をついてから立ち上がる様子は見られない。
まあそんなことよりも本人は脳内中に疑問符が浮かんでいるだろうがな。蜥蜴人の表情までは読み取れないため、呆けているのかどうか判断できないが。
ネタバラシをしようにも言葉が通じんからどうしようもないが、お前が斬ったのは人形だ。そこで壊れているのは核も意思もない、文字通りの抜け殻。
入れ替わったのは巨腕を蹴り上げて視界を一度切ったタイミング。一瞬の隙をついて核と掌だけ身体から切り離し、新たな身体を急造した。
さすがに瞬時に身体を生み出すのは不可能だったため、【迷彩蛙の表皮】を全身に纏いながら近くで息を殺して少しずつ再生していったがな。
問題は全復旧にかかる多量の魔力だったが、幸いにして[吸魔]の貯蔵分もあり魔力は潤沢だったため押し通せた。
ここまでが僕が二人いる理由なわけだが、それでも普通ならリーダーが生命力の感じられない抜け殻を本体と見間違えることはないだろう。
ここで役に立ったのが僕の第三の能力――[演出]。
この能力の効果を一言で説明するならば、“僕の印象を自在に操作する”というもの。
威圧感、安心感、圧迫感、緊張感、警戒感、親近感――僕に対する印象を様々な方向へ導きやすくするこの効果は、戦闘に限らずすべての状況で適用できる非常に有能な能力となり。
そして今回、僕が操作したのは“存在感”。
新たな肉体を得た僕の存在感を極めて薄く、抜け殻となった人形の存在感を限りなく高くし、結果リーダーはまんまと罠にかかった。
これが幻惑系能力で生み出した分身ならば野生の勘とも言える天然の第六感が働いたかもしれないが、今回囮に使ったのは能力でも何でもない本物の僕の肉体。
踏み潰した身体の感触も確かだったこともあり、リーダーに疑う余地はなかっただろう。
依然として膝を折り続けるリーダーは、深く息を吸いながらゆっくりと目を閉じる。
敵を前に随分と悠長なものだが、もう虫の息だな。
もう少しだけ、抵抗できなくなるまでなぶってからゆっくりと奪うとしよう。
「――?」
豪勢な食事にありつく前の子供のように逸る気持ちで隙を晒すリーダーへ一歩踏み出した途端、突如として空気が変わる。
それは今までの重い緊張感ではなく、まるで領域を越えたときのような肌を刺す緊張感。
つまりは周囲の魔力が異常に高まったということであり、その原因は――。
閉じられていたリーダーの目が見開かれると、姿を現したのはギラギラとした鋭く縦に割れた瞳孔。そしてそれを囲む金の虹彩に、血が滲んだような真紅が広がっていき――。
「ヴヴァゥ……」
身体も呼応するかの如く、体鱗が赫く染まっていった。
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《Active》
[強欲な左掌][怠惰な右掌][再生][盾術][槌術]
[吸魔/New][空歩/New][演出/New]
《Passive》
[痛覚無効][魔力抑制][直感][打撃耐性][魔法天稟]
[水精の介意][繁殖]
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