才走る
別視点
蜥蜴人たちを目で捉えながら、今までの焦りや不安も併せて放出するように大きく吸った息をゆっくりと吐き出す。
空になった肺に新鮮な空気を入れ、気持ち新たにセンパイが一歩踏み出すのと、派生種が一歩目を踏み出したのはほぼ同時のことだった。
双方の視線が交錯したのも束の間――視線だけでなく武器が接触したことにより火花が散り、お互いのゼロ距離での睨み合いにも熱が入る。
鍔迫り合いの中、派生種が槍でセンパイを押し返すことで無理矢理攻撃するに足る空白地を生み出し、その空間を埋めるように蜥蜴人らの苛烈な剣戟が入り乱れる。
それを前にして少しだけ目を細めたセンパイは冷静に刀を振るうと、周囲を漂う羽虫を払い落とすかの如く、向かいくる刀身を打ち流した。
「――見える」
まるで先ほどとは違う。焦りから視野が狭まり、恐怖から身体が固まっていたセンパイからすれば、それは別人とも言えるほど劇的な動きの変化だった。
もちろんクシーを心配する気持ちは今も残っている。だが、蜥蜴人たちを倒して彼女の助けに向かうという確固たる意志がセンパイから焦りや動揺といった感情を消し去る。
「――ッふ!」
派生種の薙ぎ払いを、胸部を地に付ける勢いで伏して回避。そのまま起き上がり際に切り上げる形で刀を振るうが、相手の柄に上手く阻まれて本体には届かない。
舌打ちする暇もなく、視界の隅で派生種が動き出すのを捉える。此度の動きは、今までのように派生種の動きの合間に縫うように攻撃を仕掛けるのではなく、センパイの背後に回ろうとするもの。
だが、そんな突然の連携スタイルの変化よりも、派生種の動くスピードにセンパイは目を見張った。
正体は、[疾風]という派生種がこの戦闘で初めて見せる能力によるもの。
上位能力に[縮地]を置く移動系能力であり、効果は短時間の移動速度を上昇させる単純なものだった。
だが、単純だからこそ強い。
さらにはここで初めて切るカード。視認までは間に合えど、通常であれば初見で対処まで間に合わないのは無理もなかった。
センパイも例に漏れず、背後に回られた派生種に反応まですれども身体を向けることまでは叶わない。
だが、センパイに焦った様子は一切見られず――。
「それも見えてる」
無防備な背中に振り下ろされた剣は、センパイの振り返らないまま後ろに差し出された刀によって完全に受け止められる。
無謀な体勢からの防御だというのにも関わらず、その刀身は衝撃を吸収したかのように一切動じないまま派生種の剣撃を受け止めた。
それは派生種と同じくセンパイがこの戦いで初めて見せる能力。
能力、[減殺]。
相手からの攻撃による衝撃を著しく軽減する効果を持つこの能力は、効果と同等以上のデメリットを抱えており。
それは、能力発動のシビアさである。
パリィの要領で行われるそれは、接触の数瞬前から接触までの僅かな時間しかなく、極短時間の発動タイミングを誤れば、訪れるのは不発動とそれに付随する全身硬直。
恐怖に支配されていた先ほどまでのセンパイに、当然そんなリスキーな能力を行使できるはずもなく――。
だが、それを乗り越えて無駄な感情を振り払い、妙に冴え渡った思考の中で突如として浮かび上がったのは成功への確信だった。
そこへ至ったのは根拠のない希望的な観測ではなく、無意識に拾い集めた客観的な要因。
派生種の呼吸、体格、体捌き、環境音、十全のパフォーマンスを発揮したセンパイはそれら全てを圧倒的な才覚によって取捨選択し――見事にそれを為した。
それはクシーでさえ想像を超えて計りきれなかった戦闘に関しての才能。
成功の是非が死の運命を分つ土壇場の状況での成功は、男の中で何かがはまり合う感覚を生み――長く閉ざされていた堰が開き水が溢れ出すかの如く才能を目覚めさせる。
受け止めた剣を刀で振り払い、派生種による心臓を目掛けて放たれた突槍へ対処。
闘技と併せて瞬間的に力を増大させる能力――[瞬発]を行使したセンパイは、一直線に向かってきた槍先に対し、受け止めるでも受け流すでも避けるでもなく、同じく刺突を放つことで刃先同士を衝突させた。
接触の瞬間、先端同士がそのまま滑ることなく向かい合う、[減殺]以上に少しのミスも許されない神技的な合わせ。
本来であれば蜥蜴人の腕力に力負けするはずだったセンパイの刺突は、突きに特化した【桜刀流】闘技――《門下生》・『突』と能力効果により、衝撃の逆流を起こす。
結果、槍先から流れ込んだ衝撃を一身に受けた派生種の腕は勢いよく後方へ弾かれ、逃げ場を失った風船のように裂けた裂傷が皮膚から肉深くまで発生した。
予期せぬ痛みに呻きながら、今起こったことに理解が及ばぬまま派生種の動きが硬直。
それを見るよりも早く――本人の資質による戦闘への嗅覚とも呼ぶべき次点への判断は、刀を、槍と弾きあった次の瞬間には腰の鞘へと戻していた。
繰り出すは己が持つ“最速”の一撃。
[刀術]に並ぶ、自身のメイン能力である[抜刀術]。それを基にした闘技、『瞬』は派生種が反応する前に抜刀を終え、天然の鎧である鱗ごと胴を半分に断ち落とす。
その光景を目の当たりにした派生種は、怒りよりも先に恐怖が湧き立ちながら鳴き声を上げかけるが、男の一連の攻撃はここではまだ終わらない。
半分がずり落ちた派生種には目をくれず、そのまま先の派生種へ新たな闘技を発動せんと走り寄りながら刀を持ち直す。
繋ぎ合わせるような闘技の連続使用――それはまるで全力疾走の中で両手に持つ糸と糸の端を結び合わせるような妙技。
対する派生種は曲がりなりにも二次種であり、能力[剣術]を所有する操剣種。
向かいくる男を視界の中心に収めながら正眼の構えを取り、いかなる攻撃にも対応せんと集中力を高める。
このまま闘技を行使して無駄打ちにならないか――。
半ば次の闘技の発動に入りながらも脳裏をよぎった懸念を前に、幼少期に出会った師とも言うべき冒険者の言葉がふと降りかかる。
――闘技は使えて一人前じゃねぇ。色々言いたいことはあるが……ま、能力と闘技を同調できて半人前かね。
己の中に巣食う[刀術]に強く意識を集中させる。
それは、流派では『重ね』と呼ばれる、上位階級に上がるには避けては通れない最初の極意。
闘技を行使すれば必然的に闘技としての能力以上の動きに引っ張られるため、そこに [刀術]を合わせるのは至難の業。それこそ闘技に振り回されることなく、ミリ単位で場面ごとに動きを使い分けるほどの感覚と技術がなれけば。
門下生と銘打たれた男は――この瞬間、それをモノにした。
「【桜刀流】《門下生》・『断』」
己の能力を完全に制御下に置きながら放たれた一撃は、ほんの僅かながら薄桜色に霞がかったオーラを刀に纏わせて剣へと接触。
――キィインッ‼︎
高い耳鳴りのような音を立てたかと思うと、宙を舞う、柄を残して破断した派生種の剣先。そしてそれだけでは留まらずに内臓まで達したであろう深い一文字の傷を刻まれた派生種がゆっくりと倒れた。
「――フゥ」
倒れ込む音が響いてから少しだけ間が空いて、男は大きく息を漏らす。
そこでようやく張り詰めた空気が霧散するが、にも関わらず男から放たれるプレッシャーは一層増しており、戦いが始まる前と比べるとまるで別人。
――生物には『格』というものが存在し、それがプレッシャーとなって知らずのうちに他者へと伝達する。
ある程度修羅場を潜り抜けてきた冒険者なら周知の知識であるが、仮にここに第三者がいたのならそれを肌で感じたことであろう。
魔物に類するものはわかりやすく“進化”という形で姿形を変え、併せて体内の魔力が増大することでプレッシャーとして周囲へ認識させる。
だがそれは魔物だけでなく生物すべてに当てはまることで、魔力であったり、覇気であったり、気品であったり――放ち方はそれぞれであるが男には明らかにプレッシャーと呼ばれる何かが新たに備わっていた。
そしてそれは、紛れもなく高位冒険者を目指す上で必要な資質。
刀を素早く鞘へ収めたセンパイは、地から弾かれたようにある方向へと駆け出す。
「――姉さんッ!」
男の憂いと闘志は、まだ消えていなかった。




