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継ぎ接ぎ人形ちゃんは奪いたい  作者: 陽碧鮮
第1章 誕生
36/46

追想す

別視点


 一方、《界域》の『かき回す旋風』では、吹き荒れる風に混じり金属の触れ合う音が響く――。


 時は、運び屋(クシー)曝露変種(ワリエタス)が場を離脱してすぐ。離れていくクシーを目掛けてかけたセンパイの必死の呼び声に応えたのは、淡々とした派生種(ソードマン)の剣戟だった。


「ッ、クソ……ッ‼︎」


 派生種(ソードマン)の激しい剣撃にばかり集中していると、横から派生種(ランサー)の吹く風をも切り裂くような鋭い槍撃が鼻先を通り抜けていく。

 息つく暇もない連携に、まるでクシーを気遣う余裕がない。


 目の前に突き出された槍を剣先ですくい上げるように跳ね飛ばそうと腕を振るうが、二次種の蜥蜴人(リザードマン)の腕力ともなると槍は空に固定されたように微塵も微動だにしなかった。


 派生種(ランサー)がセンパイに身体を向けようと動き始めたところで、センパイ自身もその動きの流れに沿うことで壁代わりにし、派生種(ソードマン)の追撃を遮る。

 そして派生種(ランサー)の攻撃が始まる前に大きく後退して距離を取った。


 攻撃の手が止んだことで攻防に割かれる脳のリソースは減ったが、その分新たに思考を埋めるのは自身が“姉さん”と呼び慕う運び屋(ポーター)のこと。


 クシーが熟達した魔術師(ウィッチ)であることはセンパイも承知の上。そして、貴族として高威力の魔法を行使できることも理解している。


 ――しかし、それでもあの存在感を放つ蜥蜴人(リザードマン)に勝てる光景は微塵も浮かんではこなかった。


 立ち姿、呼吸、重圧感――どれをとっても隙などまるで感じさせず、一体どれほどの高みにいるのかすらわからない。

 己が戦えば一分持つかと言ったところ――それが現状で曝露変種(ワリエタス)との隔絶した戦力差にセンパイが下した評価だったが、無情にもその評価は概ねではあるが正しかった。


 突然の圧倒的格上の出現とクシーの離脱による動揺。

 センパイはここにはいないはずの曝露変種(ワリエタス)に完全に呑まれていた。


 そんな精神状態のまま、蜥蜴人(リザードマン)らが持ち直す時間など与えるはずもなく――。


 空気を“割く”というより空気を点で“圧縮する”と言った表現が正しく思えてくるほど、凝縮された槍による突きが派生種(ランサー)より繰り出される。

 下位冒険者どころか中位冒険者であろうと対処を誤れば即座に死を招く一撃。


 的確なポイントで受け流しながら反撃に出ようと脚に力を込めるが、咄嗟に再度後退。


「魔物のクセに……ッ、なんでそんな連携をッ!」


 センパイに受け流されたことにより流れた派生種(ランサー)の身体の陰から、派生種(ソードマン)の目が覚めるような刺突が先ほどまで立っていた場所を過ぎていく。


 まるで冒険者のような連携。未知の経験に衝撃を受けながらも“そういうもの”として戦術を組み替えようとするが、魔物という認識から中々上手いこと意識を切り替えることができない。

 事実、《界域》程度までの魔物は、低位であれば高度な連携を図る知能を持ち合わせておらず、中位の君臨種であっても却って連携を取り合う相手が存在しないためセンパイの反応も仕方のないものであった。


 もはや、魔物というよりも冒険者二人を相手取っているかのような感覚。


「――ッ!」


 受け身のままではジリ貧だと判断したセンパイは、前に出ている派生種(ランサー)へと斬りかかる。

 囲まれなければある程度まで派生種(ソードマン)の攻撃は絞ることができる。そう判断しての接近だったが、相手は槍の使い手(ランサー)。お互いのリーチは、こと戦闘に関して考えればあまりにも違いすぎる。

 突き詰めてしまえばただの魔物だとどこか侮っていたセンパイの蛮勇とも言える特攻は、攻撃が起こる前に自身の首筋に赤い線を刻まれたことにより急停止。



「――はッ」



 幸いにして傷は浅く、血が吹き出すことはなかったが、それでも寒い感覚を覚えて思わず息が漏れる。普通であれば確実に致命傷にまで届いたであろう一撃。

 それはこの区域に満ちる突風、その一際大きな強風がセンパイの身体を僅かに煽ったことにより起こったミリ単位の意図せぬ回避だった。


 首元からチリチリと集中を蝕むような痛みが走り、はじめて実感として生まれた死の匂い――それはこの場において致命的な要素であり。

 恐怖を振り払うように掠めた槍の穂先を刀で払いながら何度目かもわからない後退を重ねていく。


 一転して相手の攻撃をひたすら受け続けるセンパイ。そんな攻勢の意志が見えない消極的な打合いは、蜥蜴人(リザードマン)たちをみるみる勢いづかせた。


 革鎧に、衣服に、そして頬に。


 時間が経過すればするほど増える直線的な傷は、精神を蝕むだけではなく、生傷から垂れる血が絶えず男の体力を奪っていく。


「ハァ……ハァ……」


 蜥蜴人(リザードマン)たちの連携と、思うように動かない身体の前に、次々と刻まれる傷。

 絡みつく恐怖はやがて、センパイから正常な判断力を奪っていき――。


「う、ぁああ!」


 靄がかった刀身から繰り出された半月の一閃は派生種(ランサー)の槍から腕へと伝っていき、身体ごと大きく仰け反らせる。が、【桜刀流】による闘技を使ってもなお直接的なダメージは与えられず、むしろ警戒感を与える結果に終わるだけだった。


 そのおかげで攻撃の手が止んだことは幸いだったが、そう何度も同じ手が通用するわけもなく、加えて連発すれば自らの生命力が簡単に底をつくため使うのならここぞという場面が最善。


 だが、センパイにそんな判断が下せるような精神状態ではなく――。



「ハァ……ハァ……」


 視界がぼやける。刀を持つ手が震えているのは疲労によるものか恐怖によるものか、もはやそれすらわからない。


 ぼやけた視界の中で、艶めかしい緑の体鱗を持つ二体の蜥蜴人(リザードマン)の姿が記憶の中のある花と重なって見えた。


 ――翡翠蓮(キュレア)みたいだな。


 綺麗な水辺に群生し、珍しい緑の花を咲かせるそれは男の故郷ではありふれていながらも美しい光景を創り出しており。

 《外域》にある群生地によく探索がてら見に行っていたが、果たして今も残っているのだろうか――そんな思考にまで至りかけるが、今はもう共に行く相手がいないことを思い出して考えるのをやめる。


 無駄な思考を切り捨てるようにもう一歩踏み出しながら闘技を発動。素早い連撃は派生種(ソードマン)を牽制しつつ、さすがの派生種(ランサー)と言えどもその腕に刀傷を刻み込む。


「うおぉぉぉおお!」


 そして死地に飛び込む己へ鼓舞するように声を上げながら更に前進しながら追撃の刀を振るった。

 重なる剣戟の音。その間にも身体には刃による傷が増えていき、自身の出す声がどこか遠くに聞こえる。


 ここまでか――そうセンパイの中で諦めのような感情が湧き上がったとき、ふと、声が聞こえた。



 ――私がどうして翡翠蓮(キュレア)の花を好きか、知ってる?



 空耳かと疑ったそれが、過去の記憶によるものだと理解するのに然程時間はかからなかった。


 それはまるで走馬灯のようで――。



「――子供の頃から見てるからか?」


 冒険者を目指さんと村を出る数日前。翡翠蓮(キュレア)の群生地で幼馴染と肩を寄せながら、幼馴染――カレラの問いにセンパイが口を開くが彼女は首を横に振る。


翡翠蓮(キュレア)の花って、茎や葉と同じ緑色なのに一目で見分けられるくらい綺麗だから」


 だからね、と言葉を重ねる彼女に無言で耳を傾ける。


「私も、そういう存在感を持つ人になりたいの」


 確かに子供の頃から見てるっていうのもあるけれどね、とはにかむカレラに、センパイは恥ずかしそうに――素直になれない子供のように明後日の方を向きながら呟く。


「なれるのかよ」


「なるよ、高位冒険者に」


 即答する彼女の湖畔を見つめる目はどこまでも真っ直ぐで。そしてその表情は自分なんかよりもどこまでも大人びて見えた。


「だから、あなたもそんな存在を手折らず見守ってくれるような――そんな人になってほしいな」


「……気が向けばな」



 若さゆえに言葉を濁した男の答えは、約束を違えることにならなかっただけよかったのだろうか。

 いきなり現実に引き戻され、気づいた時にはカレラはいなくなっていて、残っていたのはパーティメンバーだという運び屋(ポーター)の女性のみ。


 運び屋(ポーター)ながらに美しく目の離せない存在感を放つ彼女は、どこか男の記憶の翡翠蓮(キュレア)の花と重なって見えて。

 傷が癒え、彼女のところへ向かったセンパイの口は自然と開いた。


 ――俺、結構強いから一人でも姉さんの警護兼ビジネスパートナーとして役に立てますよ!


 唐突すぎる交渉。パーティメンバーと言うからには彼女も男の容体は知っていた。

 だからこそ、いきなりのセンパイの押し売りに最初こそきょとんとした顔を浮かべたクシーだったが、すぐに咲き誇るような笑顔を浮かべて返事。


 ――じゃあ……僕という存在が手折られないように見守っててください。


 ――ッ!



 それは奇しくもカレラと同じ言葉。男が運命だと感じるのも無理はない。


 しかし、その言葉は断じて“運命”と形容できるような輝きを放つものではなく、まるで呪いのようで――。

 己が己自身を縛る呪いであり、センパイも理解はすれど振り払うことは叶わない。


 それでも男は誓う。今度こそ守ろうと。

 それがたとえ今更拾えないものを拾おうと藻掻く道化師のようなエゴだとしても。


 人の言葉の理解を持ち合わせない蜥蜴人(リザードマン)へ、一瞬で過ぎ去った様々な想いを吐き出すが如く声を上げる。


「――こんなところで翡翠蓮(姉さん)を手折られるわけにはいかねえんだよ!」


 久しく見ていないような気がするその花は、男の記憶の中で風化しないまま美しく咲き続けており――。

 自然と力の入る男の手に、もう震えは残ってはいなかった。

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