刎飛ぶ
風が吹きすさぶ。それは絶えず僕の肌を撫で上げ、髪をなびかせながら過ぎていく。
荒れる強風に指向性はなく、前後左右から気の向くままに向かいくる様はなんとも不思議なもので。これがこの区域の“特性”とも呼ぶべき性質なのだろう。
強風は時に僕の加速を促し時に阻む。そんな状況も気にせずにしばらく走り続けているが、《戻域》へはまだもう少しかかりそうだ。
討伐隊は今頃蜥蜴人らと切り結んでいる頃だろう。
少し迂回しながらではあるが、ファウスティナたちの後を追うように《界域》を走り抜けており、頭上から現れた曲芸猿を部分変化させた木鞭で打ち飛ばしながら無視して通り過ぎていく。
先ほどから魔物が活発化している。活性化というよりは殺気だっていると言った方が正しいか?
そんな魔物たちを都度相手をしながら、そのまま上手く噛み合えば周囲の魔物に擦り付けるなどして突き進んでいた。
隠蔽魔法が使えればもう少し楽だっただろうがないものねだりをしても仕方ない。一人なら[潜伏]でもよかったが、センパイが付いてきている以上それも今更だ。
思わずため息の漏れる活性化の原因――それは少し前に起こった事象に起因するものだった。
「さ、さっきの轟音はいったい――」
遠方から轟いた爆発音。方角からして間違いなく討伐作戦によって起こったものだろう。
どちらが成したものかは不明だが、ここまで音が届く規模の攻撃となると一目見てみたくもある。
いつも通りの《外域》探索のはずが突然奥へと走り出した僕を慌てて追いかけるように付いてきたセンパイは、進度が緩まったのを見計らって口を開いた。
「……それで、どうして姉さんは危険を犯して界域まで?」
疑問は至極真っ当なものだ。現在《戻域》にて蜥蜴人の掃討が行われているのは組合員には周知の事実。普通だったら低位冒険者がそこに近づいていくなど自殺行為でしかない。
走り出した当初は静止の言葉がかけられていたが、無視して走り続ける僕を見て諦めていたのだろう。この領域まで来ればそろそろ相手をしてやってもいいかもしれない。
さて、とは言ってもどう説明したものか。
まあ、こうやって困ったときはバルリーナへ任せておけば問題ないことは過去の状況から実証済みだ。奪い取った記憶を参照しながら足を止める。
……ふむ、とりあえずやってみるか。
「――だ、だって……ファウスティナさんたちだけ戦せるわけにはいかないじゃないっすかっ‼︎」
絞り出すように声を上げながら両の拳を強く握りしめて振り返り際に目尻へ水分を生成していると、ぼんやりとセンパイの面食らったような表情が目に入った。
どういう感情から知らんがとりあえず続けて口を開く。
「僕だって大切な人たちの安全を守りたい……! 戦う力があるのに、のうのうと待っているだけなんて耐えられないっすっ!」
「姉さん……」
――とまあ、これくらい言っておけば大丈夫か?
微々たる量だったためか、調節が効かずに余分に出た水分がこぼれ落ちそうになるのをローブの袖口でぬぐう。
何も言ってこないということは納得させられたということでいいのだろうか。まあ、当然の如く今話した理由が真実な訳がないのだが。
ここまでわざわざ赴いたのは蜥蜴人と冒険者との衝突を狙ってのこと。
中心から離れて戦っている者たちを狙って各個撃破の形で能力を奪っていく算段だ。欲を言えばお互いの主力が共倒れしてくれれば漁夫の利で一番旨い。特に先日確認できたファウスティナの第六感系能力は垂涎ものだ。
「まあ、別にセンパイは付いてこなくてもいーんすよ?」
むしろ、こいつがここまで付いてきた理由が分からん。死の危険と僕への執着を天秤にかけたときに僕の独断先行など放っておけばいいものを。
それとも知らないうちに、僕が死ねと言えば従うだけの信頼を得ていたのか?
「ね、姉さんだけで行かせられるわけないだろ!」
……? その理由が分からないのだが、僕が死ねば孤独の吐け口がなくなるから手を貸すということだろうか。まあ、記憶が消えてから何故だか僕に付いてきたときのように戦力が増える分には越したことないか。
そう結論付け、適当な相槌を打って再び進み始める。
能力の収集。先ほど挙げたことが僕がここにいる大部分の理由だが、実はそれだけではない。
左掌が疼く。
そんな不確かな感覚で理由付けするのも納得はいっていないが、それは左掌が僕に能力の使い方を教えるように直感的に囁いていた。
――奴の全てを奪え、と。
そう言わんばかりの疼きは、領域を越えるに連れて徐々に強くなっており。それは今もなお強まって、まるで部位だけが剥き出し意思を持つかの如く、渇望するように僕へと訴えかけていた。
「――姉さん?」
ふと、再び足を止めた僕に倣ってセンパイも立ち止まる。それと同時に少し先で、草藪からかき分けながら奴が姿を現した。
ずっと来る気はしていた。
思えば初めて出会ったときから予感はしていたのだ。再び相まみえるだろうと。そう思わせるほどの見えない“糸”のような何かがお互いを繋いでいた。
「こ、ここにも蜥蜴人か……ッ!」
奴を視認し咄嗟に臨戦体制に入るセンパイに対して、僕は極めて友好的に声をかけた。
「お久しぶりっすね――“リーダー”さん」
「キシュゥ゛ヴ……」
記憶にある姿よりも目の前のリーダーの体表は魔法金属のような独特の光沢を放っており、体躯も一回り大きい。間違いなくこの前から進化を経ているな。
森の濃密な魔力に晒され続けた結果、曝露した魔力が身体に馴染んだ変種――“曝露変種”とでも言うべきか。
肩に担ぐ大斧もグレードアップを図ったのか、魔物が使うにしては上等なものに見える。
湿原での邂逅から数週間。この再戦のために能力収集を進めたと言っても過言ではない。
この蜥蜴人は僕にとって力の象徴だ。だからこそセンパイたちを襲撃したときにも蜥蜴人の姿を模した。
「姉さん、この蜥蜴人を知って――うわっ⁉︎」
リーダーを観察しているとセンパイが驚いた声を上げ、振り返ると二匹の蜥蜴人と切り結んでいた。
わざわざ後ろへ回って奇襲を仕掛けたようだが、センパイは声とは裏腹に落ち着いた剣閃で相手の攻撃をいなす。
見るに派生種と派生種だろうか。湿原のときにいた個体が進化したのか、新たに巣から連れてきた個体かは知らんが、流石にこいつらも相手をしながらリーダーと戦うのは不可能だ。
つまりは――。
「センパイ、僕は大丈夫なのでそっちの二匹の相手をお願いします」
センパイが僕を追ってきてくれて助かった。派生種二匹を同時に相手取れるかは微妙なところだが、あいにく僕が助けてやれる状況でもないため駄目なら死んでもらうしかない。まあ、そうなったら高確率で僕も道連れなのだが。
「そんな――クソッ‼︎」
センパイも僕を視線で追うが、切り結ぶ派生種と、センパイから僕を遮るように移動する派生種に阻まれる。
相手側も僕と一騎討ちで戦いたいらしく、流れるような分断。
「僕を一人にするのが心配なら、早く倒して加勢に来てください」
現状それしか言うことがない。無理矢理にも割り込みながらセンパイの元へ行くことは可能だろうが、リーダーに背を向ける危険を犯してまで実行して状況が好転するとは思えない。
むしろ、混戦になったときに不利なのは数から見て僕たちだ。
――いっそのこと邪魔が入らないよう場所を変えるか?
魔物に意図が伝わるかは不明だったが、誰もいない方向を指して走り出す。リーダーも僕との闘いに拘っているのか異論はないようで続けて走り出した。
「姉さんッ‼︎」
「ご武運を〜!」
これで仮にセンパイが死んでも多少は時間を稼げるだろう。それでも合流されることも考えて普段よりも短期決戦で決めにいくしかない。
五分ほど走ると、岩が立ち並び、風の影響を受けにくい岩場へと辿り着いた。
僕が戦うのならうってつけの場所だろう。吹き荒れる強風は、奴の屈強な身体なら何の影響もないだろうが僕の可憐な細身では戦闘の一挙一動に影響を与えかねない。
僕が立ち止まると、リーダーも歩を緩めながら緩慢な動きで以って大斧を構えた。
ピリつくような緊張感。ここから睨み合いが始まる――ことはなく、膠着を嫌って地を蹴り駆け出したのは僕の方。
今は測り合いの時間ですら惜しい。僕から仕掛けるとしよう――といっても、まずは様子見の一撃だが。
[潜伏]を発動しながら三又に分かれた【側枝】をけしかける。取得したてだった前回よりも間違いなく手慣れた枝使いにより、槍のように先端を変形させた枝を時間差で接近させる。
迎え撃つリーダーは距離感の差異に惑わされることなく最初に到達した枝を掴み上げると握り潰すように折り曲げる。そのまま遅れて到達する枝へと枝を掴みながら連続で殴打。
衝撃により爆散するように弾け飛んだ枝の先端と、残る根元を掻い潜りながら僕の脇を通り抜けていく。
速い――見た目通りの重量からは想像がつかないほどのスピード。すり抜けたリーダーからの追撃に備えて振り向くが……何もない。
何もない、というより突然視界が真っ暗になっタ。
目が使えない、それニ思考もバラつく。だが、魔法にしては行使の初動が見えなかった。
魔法や能力効果なら駄目元だが、混乱しながらも試しに腕や首などに目を発生させて周囲の状況を伺おうとする。すると、予想に反して全方位が映し出され――。
「あぇ〜〜〜っ⁉︎」
綺麗な断面を晒しながら宙を舞う、僕の頭部が目に入った。




