御勧め
別視点
まとまらない思考の中、必死に状況を整理する。
そもそもなぜ私が悪者のような形になっているのだ⁉︎
「貴様がむ、胸を触ったのが始まりではないか! 一体何が狙いなのだ!」
威嚇するように眼光鋭くクシーを見遣る。対する彼女はビクッと身体を揺らして伺うようにこちらを見た。
そんなにコロコロと表情を変えても私は騙されんぞ。
「僕はただファウスティナさんと仲良くしたかっただけなんですっ」
ええい、そんな目で見ないでほしいのだ。まるで私が悪者のようではないか。
彼女の宝玉のような翡翠の瞳が、若干潤みながら私を捉えて離さない。
「うぅ……」
その目だっ! その上目遣いは反則ではないか!
なぜこういうときだけ輝いて見えるのだ。どうして可憐なのだ。
「女子会楽しみにしてたんすけど……」
頬を赤らめながらはにかむクシーはそれだけぼそっと呟いて、嗚呼――。
「よしっ、早く食事に行こうではないか」
「ファウスティナさんっ!」
私の両手を掴んで目を輝かせる。
もう何も考えまい。こんなにも可愛らしい後輩を持ったのだ、不満なんてあるものか。
「ほら、こっちっすよ〜!」
「ふふ、前を向いて歩かないと転ぶぞ」
手を振りながら微笑む彼女へ手を挙げて応じる。ああ、これではまるで妹のようだ。
騎士団の数少ない同性の後輩たちは元気だろうか――不意に過った小さく胸を刺す痛みはじんわりと広がろうとするが、記憶を押さえつけるように無理やり忘れようと努める。
これでいい、もう私は騎士ではないのだから。
「行くっすよ!」
少しの間ぼうっとしていた私を急かすように私の手を取りそのまま店の入り口を通る。
カフェ、だろうか。本来白く発行する魔光石が暖色系のガラスを通し、暖かな褐色光となって私の心を落ち着かせる。
中途半端な時間だというのにも関わらず店内にはそれなりに客が入っており、飲み物一つで各々が談笑を楽しんでいた。
こんなところで夕食? とも思ったが席に案内された先で説明されたメニューを聞くに心配なさそうだ。夜は夜で酒を提供しながら繁盛しているらしい。
クシーはもう目当ての品があったようで即座に注文、私も待たせるのを嫌って無難なものを即断した。
こんな雰囲気の店に来るのはいつぶりだろうか。少なくとも冒険者になってからはないだろう。
「クシーは何度かこの店に?」
「いえ、バル姉っていう元パーティメンバーがここはオシャレだし、イチオシの料理があるから絶対行った方がいいって!」
こう思うのも失礼だが驚いた。最近の冒険者は進んでいるのか、この地が特別なのか。同性の冒険者たちとだけで食事したことはないが、冒険者は酒精が含まれた飲み物が飲めればどこでもいいのだとばかり思っていた。
「バル姉という方もこの街に?」
流行の先端を行くバル姉とは一体どんな人なのか。
私の興味とは裏腹に、クシーは苦笑いで一言。
「あー、この前いなくなっちゃいました」
「あ……」
そう言われてハッとする。報告で聞いていた凄惨な被害、元パーティメンバーとは――。
「気にしないでほしいっす。今でもバル姉はずっと僕の中にいますから」
「……すまない」
両手を胸に当ててそう言う彼女は穏やかな表情をしていて、クシーという人物の芯の強さを感じた気がした。
自然と作った握り拳に力が入る。そして改めて決意の炎が胸に宿った。
異形種は絶対に討つ。
その決意をあえて彼女へ伝えることはない。ただ討伐の結果を持って彼女の元へ帰還すればいいだけのこと。
――たとえ、《写本》と呼ばれる所以となった忌々しく唾棄すべき能力を使ってでも。
「――僕にも集落の状況を教えてもらっていいっすか?」
真剣な表情で突然切り出したのは探索で別れた後のことで。ローブの中から組合で発行している“森”の簡易的な探索地図を取り出すとテーブルに大きく広げ始めた。
「教えるのは構わないが当日は同行できないぞ?」
「承知の上っす」
知った途端にでも飛び出していきそうな張り詰めた雰囲気を感じ取って断りを入れるが、彼女が折れる様子はない。
彼女自身もこの状況にもどかしい思いを感じているのか。本来であればおいそれと話すべき内容ではないが、彼女にならばいいだろう。
「――先ほども話したとおり、蜥蜴人の集落は《戻域》に入ってすぐの……この辺りだ」
簡易地図のためおおよそでしか測れないが、地図上に記載された【雨止まぬ暗闇】や【妖精族の眼界】を頼りにその隣接地を指し示す。
「確認できた限り、通常種が百匹程度。そこに一次派生種と思われる個体が数匹、二次個体が二匹、そして件の異形種が集まって集落を形成している」
一次派生種はどうとでもなる。中位低級冒険者ならサシでの状況ならば何ら問題はないであろうし、二次派生個体も複数で囲めば対処できるか。派生種間での連携や通常種を従えての連携を取られたら厄介だが。
問題なのは異形種と称される個体。三次、下手すれば四次に届く個体である可能性がある。こいつはダインと付きっきりで相手にする必要があるだろう。
「まあ、出払っている個体がいる可能性も否定できないため念のため決行日までにもう一度ダインと調査には行くつもりだがな」
「……そうなんすか」
そう言って黙り込むクシー。己の無力さを憂いているのか、その中で自身ができることを模索しているのか――一体彼女は何を思うのだろう。
「お待たせしました〜♪」
充満する重苦しい空気を払拭する英雄のように颯爽と現れたのは、何やらとてつもなく巨大なグラス型の器を持った店員であった。
あれは一体なんだ?
遅れてやってきた別の店員が私の前に魚の香草焼きを置こうとするのを見て、急いで地図を畳んでクシーへと手渡す。そして私の料理が置かれた後、もう一人の店員と協力してテーブルを小さく揺らしながら謎の物体が置かれた。
「これは……?」
よく見るとグラスにはクリームや果実といったものが層を成して積み上げられており、いわゆるパフェと呼ぶべきものだろう。
ただ、相当大きい。一番上に飾るように乗せられた焼き菓子たちは彼女の顔を一部隠すほどだ。
圧倒されながらも問う私に、クシーは得意げな表情で返答した。
「ウルトラデラックスジャンボパフェっす!」
「?? うるとらでらっくすじゃんぼぱふぇ……?」
何かの呪文か? 少なくとも料理名ではない。
「すごいパフェってことっす。カロリーもすごいということで断念したバル姉が僕に託すって」
確かに凄まじいカロリー量だろう。あまり体重を気にすることのない私でも躊躇する量。クシーは私の視線に気づくと、何を勘違いしたのかいそいそとパフェをすくい始めた。そして、
「はい、あーん」
ベリー系の果実を山盛りにして鼻先まで突き出されるスプーン。一瞬たじろぐが、彼女に目を向けると相変わらずの笑顔で――。
「ふっ」
この笑顔を何としても守らなくてはな。
差し出されたパフェの味は思ったよりも果肉が酸っぱくて、口を一文字に引き締めた。




