煌々と
「いい死合いだった!」
「キ、シィ……」
ファウスティナの力強い言葉にまるで同意するかの如く、頭部だけになった六刃蟷螂も力なく鳴く。
昆虫の生命力は凄まじく、胴体から切断されたというのにも関わらず目が周囲を見渡そうと絶え間なく動いていた。
「気持ちわる……」
その光景を目の当たりにしたセンパイがえずきながら目を逸らす。
相変わらずよく分からないやつだ。僕も頭だけになっても少しの間は活動できるのだが。あらかじめ頭部に核を移動させていれば頭部だけでも生き続けられるしな。
「それにしても、何もなさそうっすね」
ファウスティナの直感の赴くままに《界域》にまで足を踏み入れたが、出会ったのは凶暴な危険指定の魔物だけ。まだ進んでもいいが、これだけ戦闘音を響かせていたにも関わらず何も反応がないことから、周辺に目的のものはなさそうだ。
期待はずれな結果だが、そこまで確度の高くない能力なのか?
「うむぅ」
ファウスティナは渋そうな顔を作り小さく唸る。センパイは景色を眺めて心を落ち着かせているのか、そんなことなどまったく気にしていなさそうだ。
そんな中で声を上げたのはダインだった。
「す、少し待ってください」
そう言うや否や、長く垂れる前髪を右手で持ち上げてその双眸を顕にした。
「わお」
七色の瞳。そう表現するのが正しいのかすらわからないが、それだけダインの持つ瞳は幻想的な色合いを醸し出していた。
ぼやけるような淡い光を纏いながら、その色彩は移り変わるように絶えず変化して行く。
これが《虹彩》と呼ばれる由来。そして、そう呼ばれるに値する力がその瞳には備わっていた。
「――ぁっち、蜥蜴人に似た魔力を数多く感じます。……位置にしておそらく《戻域》に入ったくらい」
大きく瞼を見開きながら斜め奥を指差す。
魔力及び魔法の可視化――それがダインの持つ魔眼という能力の効果だった。
僕も種族特性的にある程度は魔力の発露は感じ取ることが可能だが、こいつのそれは僕の比ではない。
魔力による周囲の感知や視認したものの魔力量の把握、噂では行使する魔法の種類まである程度予測することが可能らしい。それならば常に眼を使えばいいだろうと言われればそれも難しい。
「――ふぅ」
右手が離れてすぐに垂れた前髪によって再び両目は遮られ、ダインは小さく息を吐く。
その短時間でダインにのしかかったのは魔力消費などではなく圧倒的な情報量。
僕のような副脳を生み出すことができない人族では特殊な能力でも無い限り処理能力が到底追いつくはずもない。
あの様子では行使できて三分から五分といったところか。瞬間的なオンオフが可能なのかは知らんが、それをファウスティナとの連携で補っているのかもしれない。
「このまま進みたいところだが、さすがに二人を連れたまま行くのも難しいな」
ファウスティナの言葉にセンパイが首を縦に振って応ずる。二人の力ならやってやれないことはないだろうが、無駄な危険は犯さない方がいいという判断だろう。
悩むファウスティナへ妙案を吹き込んだのは、またもダインだった。
「そ、それなら二人を《外域》に送って引き返します?」
「それは名案だっ」
決まればそれからは呆気ないもので。行きと同じく一太刀で息絶えていく魔物を眺めながら、気づけば《外域》との領域界へと辿り着いていた。
目に見えて下がる魔力濃度を空気の違いから感じ取ったのか、先頭を進むファウスティナが自然と足を止める。
「ま、魔力も下がってますね」
髪を下ろしてもその程度のものなら“視える”のだろう。感覚から足を止めたファウスティナへ同意するようにダインが続いた。
「じゃあ、ここまでっすね」
「ああ、街まで同行できず申し訳ないのだが」
「俺が姉さんをお守りするからヘーキヘーキ」
本当に申し訳なささうな表情で謝るファウスティナに対してセンパイは楽観的だ。まあ、《外域》まで入ればまず脅威となる魔物はいないしな。この前の二人での探索と何も変わらないため問題ないだろう。
ファウスティナは相変わらず渋い顔だったが、ダインに呼ばれると切り替えるように引き締めた表情に変わり、すぐに二人で引き返していく。
せっかくの糸口がこの時間で消えてしまう可能性もあることを考えれば大したお節介だな。まあ、僕には関係ないことだが。
「じゃあ、僕たちは帰りますか」
「おう」
まだ戻る時間には早い時間だったが、昨日と同じく切り上げることにする。《外域》が安全と言っても、この状況では無闇に散策するよりファウスティナたちの報告を聞いてからの方が間違いないだろうしな。
特に、変異種のような特殊個体に出てこられても面倒だ。
センパイも病み上がりのうえ、連日の疲れが溜まっているのか特に意見はない。二人で《最外域》へと歩き始める。
「――そういえば、さ」
突然、神妙な面持ちでセンパイがポツリと切り出した。どうしたんだ?
「姉さんって、貴族なんだろ?」
「ん〜……そうっすけど、どしたんすか?」
何の意図があっての質問か知らんが肯定。
そう、僕は王国貴族の娘ということになっている。
単純にこれからずっと僕の異能を隠したままというのは不可能だと判断したからだ。それに伴うカバーストーリーはそれなりに信憑性のある筋書きにする必要があった。
僕は魔術師であり、門外不出で一子相伝の【血統】魔法を身につけた貴族。その【血統】魔法は倒した相手の力を再現できる特異なもので、普段は貴族だとバレないよう魔術師だということをも隠している――という体だ。
最初は疑いの目こそ向けられたものの、そこで闇ギルドで相対した貴族崩れの知識が大いに役立った。
王国流での口上に合わせて王国礼式の華麗なカーテシー。記憶のとおりの所作を見せたときのセンパイは、目が飛び出るのではないかというほど驚きに染まっていて。
さらにその【血統】魔法で異形種からセンパイ共々逃げおおせたと語ってから僕への憧憬の眼差しが加速した気がする。
「いや、改めて姉さんってすごい人なんだなって……」
「僕もセンパイも同じ組合員で変わらないじゃないっすか」
やはりいまいち意図の図りかねるが、とりあえず知識を頼りに言葉を出力する。
まあ、なぜだか少し嬉しそうに笑みを浮かべているため、あながちズレた発言でもないはずだ。
「姉さんは――」
センパイが再び口を開きかけたそのとき、その声を掻き消すような異音を捉えた。それは僕たちへ近づいているようで徐々にその音を強めていき、それに合わせて近くの草むらが大きく揺れ動く。
何だ――と思うのも束の間、草むらから飛び出した薄汚い肉の塊がそのまま僕へと突っ込んできた。虚を突かれる形になったが、冷静に対処すれば十分に対応可能なレベルだ。
どうしたものか悩ましいが、とりあえず左掌で触れながら回避して、情報を整理しつつこの先を組み立てるか。
肉塊から突き出る頭部に手を置いて曲芸の如く宙返りしようと足に力を込めようとした瞬間にそれは起こった。
「ブオウッ‼︎」
魔物のひと鳴きで身体が硬直する。まるで身体が萎縮したかのような体組織の停止。そしてそれは回避には致命的な遅滞であり――。
「ふぎゃっ――⁉︎」
「姉さんッ!」
巨大な塊が僕へと直撃。跳ね飛ばされて砂埃を上げながら地面を舐めるように転がっていく。幸いなことに打撃には耐性のある僕だが、これは流石に効くな。
何から攻撃されたのかは知らんが――まあ、手を出してきたのなら潰すだけだ。
「可憐なレディへのアプローチにしては無作法っすよねえ?」
立ち上がるために掴んだ近くの木の幹が、乾いた音を立てながら指の形に凹んだ。




