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継ぎ接ぎ人形ちゃんは奪いたい  作者: 陽碧鮮
第1章 誕生
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踏込む


「ギッ――」


 ファウスティナの腕がブレると同時、茎を伸ばして向かいくる三株の蠅捕魔草(ハエトリマグサ)がバラバラになって落ちていく。中身から漏れ出た消化液が地面に染み込みながら、血液とは違うすえたような嫌な臭いが辺りに漂った。


「手応えがなさすぎて逆に腕が鈍りそうだな」


 転がる死骸には目もくれずに納刀しながら困ったように呟く。

 無理やり連れてこられて困ってるのは僕の方なんだが。


 ダインに提案された探索は当たり前のように翌日を指定され、僕とセンパイ、ファウスティナにダインの四名パーティで《外域》へと足を踏み入れている。

 僕は問題ないが、こいつらは準備というものを知らないのか?


 まあ、僕もセンパイもそれでも断るに至らなかった理由があった。曰く、僕たちは傍観しているだけでいいとのことで、なるほど確かに今のを見る限り納得だ。


 納刀し、うむ、と突然一人納得し始めたファウスティナは、僕たちの方へ向き直ると口を開く。


「もう少し踏み込んで調査したいのだが、領域界が近かったような――このまま《界域》へ向かってもいいだろうか?」


 そして、もちろん安全は保証するとの言葉を付け加える。明らかに退屈な戦闘だったしな、そう提案するのも無理はないか。


「いや、ファウスティナが戦いたいだけなんじゃ」


 センパイの鋭い指摘に若干口を引き攣らせるファウスティナ。


「図星か」


「だだ断じて違うぞ! こちらから嫌な臭いがしたのだ!」


「ウルフかよ」


 上擦った否定の言葉もセンパイの言葉で引き攣った表情から渋い表情へ変わっていく。随分と忙しいやつだ。


「で、でもファナの()は当たりますから。ぃってみませんか?」


 信頼、とは違うな。にも関わらずこの女が信用に足る理由があるとすれば――能力(スキル)か。

 おそらく第六感系の能力(スキル)。思えばファウスティナに対して身体的接触を一度も果たせていない。

 性格的な面での忌避も考え得るが、僕の掌との接触を能力(スキル)により無意識にでも避けていたと考えれば辻褄は合う。


 となれば、向かう先に何かしらあるのは確実。こいつらがいれば死ぬ確率は低いだろうし、行ってみるのも手か。


「うーん、行ってみるっすか?」


 事故でもなんでも、二人に“左掌”を使える機会があれば儲け物だ。特に第六感系の能力(スキル)は希少。僕の[直感]は気分屋なため、もう少し聞き分けのいい能力(スキル)を手に入れたいところだしな。


「姉さんが行きたいなら賛成」


 僕の思惑など知る由もないセンパイは当然乗ってくる。つまりは反対する者がいなくなったわけで、


「よし、ダイン頼んだ」


「――戒律(ミツヴァ): 【(ウルグス)】《第三篇(トリア)》『時として権力者に見初められぬよう』」


 ファウスティナの声に応えるようにダインが魔法を行使。直後、僕らの存在感が目視でも認識しづらい域まで薄くなった。

 僕の[潜伏]を魔法化したようなものか。


「こ、これでこの周辺の魔物のレベルなら走っても気づかれない、はずです」


 やはり練度が高い。《第三篇(トリア)》を行使できるのは中級以上の証だが、その発動も淀みがなかった。

 その発揮された効果を以って、奥へと走り出す。


 移り変わる景色。運び屋(ポーター)の僕や魔術師(マジシャン)であるダインに気を遣っているのかやや速度は抑えられているが、四人が走りながら移動しているのにも関わらず視界に入る魔物は僕たちを認識しない。


「むっ――」


 ごく稀に進路を塞ぐように立つ魔物は、入り口に垂れる蔓草を刈り払うが如く刀の錆にされていった。


 走る時間が続く。そして、領域界まであと少しというところでセンパイがおずおずと口を開いた。


「……ファウスティナって、【桜刀流】の階級はどのくらいなんだ?」


 会ったときから気になっていたのだろう、同じ“刀”を扱う剣士としてファウスティナの実力を。そして、【門下生】の己がより高みへ登れるかもしれない相手として。


 当の本人は頭にハテナが浮かんで少しの間、やがて合点がいったように問いかけに応じた。


「言いにくいのだが……興味があって最近使っているというだけで刀は専門ではないのだ。故に【桜刀流】には流派入りしていなくてな」


「まじかよ……」


 思わず言葉を失うセンパイ。

 前情報と武器が違うと思っていたがそういうことか。主武装ならどれだけ強くなるのか――末恐ろしいな。


 そういえばと、走りながら揺れる七聖教のブローチを見て僕も気になったことを問いかける。


「ファウスティナは教団の関係者なんすか?」


 僕の目がブローチや刀に向けられていることを気づいたらしいファウスティナが、苦笑しながら首を振る。


「いや、ただの信者だ」


「七聖教って、確か七人の聖女様を信仰してるんだったよな?」


 七聖教――世界の黎明期に起こった、混乱に陥る人々を救世して回るという七人の美徳を司る聖女たちとその教えを信仰する宗教だ。

 正直聖女たちが起こしたとされる奇跡を含めて眉唾物の物語なため、僕にとっては子供に読み聞かせる絵本と何ら変わらないのだが。


「ああ、特に私は【勤勉】の聖女を信奉していてな。“創世記”での逆境や苦難に折れずに向かっていく彼女の姿に心打たれたのだ」


 確かに経典で語られる【勤勉】の聖女は不運や不幸体質といってもいい。それでも人々のために奔走するというのはそれなりに受ける(・・・)話となりそうだ。



「雨か」


 そんな話をしているうち、いつの間にか空には暗雲が垂れ込めて僕たちの頭に数滴の滴を落とした。それはすぐに強くなっていき、みるみる視界が悪化していく。

 それに合わせて、雨が僕たちの隠蔽魔法を洗い流すかのように効果が消失した。狙ったようなタイミングで効果時間が訪れたようだ。


「さ、さっきまであんなにも晴れていたのに」


「いつもじゃないんすけど、特異地(アノマリー)の【雨止まぬ暗闇】が近い影響っすね」


 文字通り常に雨が降り続ける【雨止まぬ暗闇】の周辺域は、その影響を受けやすく雨が降りやすい。

 そこまで広範囲に影響を及ぼすわけではないため、そろそろ《界域》へ足を踏み入れたのだろう。雨が降り始めてから明らかに周囲の魔力が濃くなった。


「《特異地(アノマリー)》か、話に聞いたことはあるのだが――今日はやめておくか」


「当たり前だろ! 《戻域》レベルの区域なんてこんな軽い感じで行けないから!」


 漂う魔力までは知覚できなくとも二人のレベルならば空気の違いは感じられるはずなのだが。剣士というのは豪胆なのか阿呆なのか。


 掛け合いが行われながら更に進んでいくと景色に変化が。辺りに生える樹にちらほらと果樹が混じり始める。


「ぉ、大きくないですか?」


 聳えるように生える果樹は徐々にその背を伸ばしていき、()る果物はすでに僕の背負うバッグよりも大きい。

 先ほどまでとは明らかに異なる植生。通常の植物分布では説明ができないような、突然植生環境が変わることはこの“森”では珍しくなかった。

 やがて実は僕の半身にも及び――。


「採取したとして、持ち帰るのにも一苦労だな」


 そんなことを言いながら大きく見上げるファウスティナ。目の前には壮大な世界が広がっていた。


 ――区域の名を【妖精族の眼界】。


 建造物では見ない高さの樹々が立ち並び、見上げようと身を寄せた茸の傘は僕たち四人をいとも簡単に雨から守る。

 まるで僕たちが妖精族(ピクシー)になったかのように錯覚するこの巨大区域は、昆虫系の魔物が多いのも特徴であり、雨に隠れる少し先に僕よりも大きいであろう甲虫が蠢いていた。


「――ん?」


 一息ついたのも束の間、雨音に混じって耳に届く微かな羽音。四人全員がそれを聞き逃さない。

 さっそくお出ましか。


 時間が経つにつれて段々と大きくなるその音は、独特な風切り音を含んでおり――。

 遠方から雨に遮られて影となっていた飛翔体は、近づくにつれてピントを合わせるように、やがて姿を現す。


 風切蜻蛉(ソードドラゴンフライ)


 独特な風切り音を奏でている薄い羽はすれ違いざまに相手を切り裂き、高速の中でそれを可能とするのは二メートルにも及ぶ巨大な身体に見合うだけの複眼。


 上空を高速で飛び回るために攻撃のタイミングは近づいてきた一瞬のみであり、速さに順応できずに身体を分つ者も少なくない厄介な魔物。


 だが、ファウスティナの培われた動体視力はそれをも容易く上回る。

 金属音を響かせながら脇を通り過ぎていった風切蜻蛉(ソードドラゴンフライ)は自身の異変にも気がつかないまま上空へと昇っていき――頭部と腹部、尾部の三パーツへ切り離されていった。


「今のは鍛錬になりそうだ。直進すぎるきらいがあるからもう少し変則的に攻撃してもらいたいものだが」


 なんてことないように注文をつけているが、おそらくガルムたちのパーティだったなら何人か死人が出ていたに違いない。

 ここに更に変則的な動きが加われば、それはもはや上位の別種扱いだ。いるとすれば《界域》の君臨種か《戻域》クラスの魔物。


 ファウスティナが余裕に見える反面、普通なら速度に対応できない者が多くを占める。魔法による攻撃も狙いが付けにくいうえ、その速度により距離などあってないようなもののためむしろ魔術師と相性が特に悪い。

 外殻もそれなりの強度を誇っているはずだが、衝撃による罅割れもなく、綺麗な切断面を晒している。


「フ、ファナ……音立てるとまずいかもです」


 ダインの忠告は時すでに遅く。

 落下音が響き渡り――やがてそれに引き寄せられた昆虫型の魔物が次々と姿を現した。小さいものでも僕と同じくらいの体長があり、それがいくつも群がるとそれなりの圧迫感を以って向かってくる。


「うっげえ……」


 センパイがその光景を見て嫌悪感を露わにする。ダインも眉を顰めているが、ファウスティナはあまり気にしていなさそうだ。

 個人的には小鬼族(ゴブリン)の集団が迫ってくるのと何が違うのかわからないのだがな。


「入れ食いだなッ」


 向かってきた魔物は数匹ファウスティナに斬られるが、残りはファウスティナ含め僕たちに向かってくることなくそのまま通り過ぎていく。

 それは僕たちに向かってくるというよりも何かから逃げるようで――。


 ――なぜ。


 湧き上がる疑問は、更に後方からゆっくりと歩み寄ってきた者によって氷解した。

 視線を向けると、羽を羽ばたかせながら一気に距離を詰めて僕たちへ大きな影を作り、


「くっ――」


 鋭利な手鎌が三本振られ、ファウスティナは身体の前に刀を差し込むが――想像以上の怪力によって身体が宙に浮く。続けざまに訪れる三本の刃は、あえて再び受けることで上手く飛ばされながら後退した。


 距離をとったファウスティナは刀を構えなおすと、鋭い眼光で睨みつける。それを成した魔物は両の眼をギョロギョロと動かしながら、その六本の(・・・)手鎌を威嚇するように広げた。


「キィキィッ――」


 組合にある図解で見たな。確か、危険指定された魔物の一覧に載っていたはずだ。

 センパイも同じ記憶が呼び起こされたようで、思わずといった様子で声を上げた。


「まずっ――“六刃蟷螂”だ!」


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