出会い
予期せぬ蜥蜴人たちの連戦に遭い、早々に“森”から切り上げた僕らは真っ先に組合へと戻ったのだが――。
「……すっげえ混んでない?」
「どうしてすかね?」
まだ日が暮れていないような時間だというのにも関わらず、組合の入り口からは多数の人影と騒がしい喧騒が聞こえてくる。
普段なら確実に空いている時間なんだがな。
いつもと違う光景に訝しみながらも、入り口を通るとそこには二人の見慣れぬ者が立っていた。
「……だれ?」
「いや、知らないっす」
男女ペア。周囲の冒険者たちが二人を囲むように話しかけていることから、おそらくこの二人がこの混雑の原因なのだろう。
二人も、僕たちが入ってきたことに気がついたようで、僕たちの顔を凝視するとやがて口を開いた。
「失礼、《運び屋》クシーでよかっただろうか?」
「はあ、そうっすけど」
声をかけてきたのは女の方――どこかお堅い雰囲気を放つそいつは二十歳を過ぎたくらいであろうか、騎士が着る制服を改造したような白を基調とした衣装を身に纏い、それに長身とほつれ一つない黄金の長髪が加わることで“らしい”出立ちとなっている。
胸元には七聖教、だったか? 【勤勉】を表す聖紋章が施されたブローチが首からかけられ、携えられた刀の鞘にも同じ紋章が刻印されていた。
教団の関係者か? それにしてはもう片方の男が普通すぎる気がするが。
僕のそんな内心が透けて見えたのか、少し苦笑した女は直す余地もほとんど見られない佇まいを改めて、胸に手を当てた。
「いきなり不躾に申し訳ない。私はファウスティナ。師匠、ああ――アンドリュー師匠に入り用ができたそうでな。代わりに私たちが“森”の調査を頼まれたのだ」
凛とした佇まいから放たれる強者独特の雰囲気。一挙一動にそれが如実に現れており、おそらく僕が戦ったら十回に九回は負けるだろう相手。
アンドリューがそんな者を代わりまで呼んでまで気にする“調査”とは、十中八九異形種のことだろう。
絶対に悟られてはならない。故にそっと警戒のレベルを上げる。
「ぼ、ぼくはダイン。ファナ――ファウスティナとパーティを組んで活動してます」
次に名乗ったのはファウスティナの隣にいた男。小柄で大きめの黒ローブに着させられているような着こなし。
茶髪の地毛は目を完全に覆い隠しており、口調と同様に自己肯定感の低さが滲み出ていた。
一見すると戦闘能力皆無だが、魔法を行使していないのにも関わらず身体から余剰分と思われる魔力が染み出すように漏れ出ており、その魔力量の多さを物語る。
どちらも強者なのは疑いようがない。冒険者でも中位以上は確実だろう。
「嬢ちゃんも知ってるよな? 《写本》と《虹彩》、ここ最近名の上がる冒険者たちだよ」
遠巻きに酒を煽っていた冒険者が、酒焼けした声で彼女らの“通称”を伝える。
微塵も知らん――と言いたいところだが、ガルムやバル姉の記憶に覚えがあった。
高位冒険者に弟子入りした、新進気鋭の二人組パーティ。新顔のように言われているが、名が上がるような実績を残し始めたのが最近なだけで実際は歴もそれなりなのだろう。
一朝一夕では積み上がらないであろう、臨戦態勢でもないというのに澱みのない各所作が通ってきた修羅場の数を窺わせる。
噂通りならば、二人を《写本》に《虹彩》とはよく言ったものだ。
ひと世代前を生きるセンパイは話についていけず、つまらなそうにファウスティナの刀を見つめていた。
冒険者か。親がこの掌を盗んできたのは七聖教団からだからな。教団由来の者ならすぐにここを発っていたところだが、二人の話からしてひとまず良かったというべきか。
まあ、いずれにせよ面倒なことになりそうなのは間違いないが。
とりあえずこちらも名乗るとするか。
「僕は運び屋のクシー、こっちは我がパーティの主力であるセンパイっす」
「いや先輩はおかしいから」
流れるように割って入るセンパイに思わず舌を巻く。
この間までのセンパイとは別人のような社交性だな。
「そうか、よろしく頼む、クシーにセンパイ」
「いやいや、若輩に先輩呼びはおかしいでしょ」
「……? センパイなんだろう?」
「フ、ファナはこういう人なので……」
キョトンとするファウスティナを横目に苦笑するダイン。あまり冗談が通じないタイプのようだ。
絶句するセンパイを尻目にファウスティナは切り出した。
「――そこに席を用意したんだ。良ければあの日の話を聞かせてもらえないか?」
あの日というのは僕とセンパイのパーティが悲しいことに壊滅した日のことだろう。
話の概要は知らされているはずだが、どうしたものか。これ以上話して下手にボロが出るのも避けたいが、断わる理由も思いつかない。
こういう愚直なタイプは普段足りないように見えても、こういうときは核心を突くような直感を発揮しやすい。
――こうすればいいのよ。
どうしたものかと頭を悩ます僕に妙案を吹き込んだのは、僕が記憶のイメージから脳内世界に生み出したバルリーナ。
椅子に身を預けながら足を組み、バルリーナがいたずらっ子のように笑みを浮かべながら提案したそれは――。
「うぅっ……ガルムさん、バル姉、ぐすっ……っ」
泣き落としだった。
瞳からとめどなく溢れていく涙。それに伴いファウスティナをはじめとするこの場のメンバーの空気が凍る。
「おっお前ッ、うちの姉さん何泣かせてんだぁ‼︎」
その空気を真っ先に破ったのはセンパイ。憤怒の表情を浮かべるこの男は、思わず柄に手を伸ばしかけていた。
一体何でここまでキレる要素があったのか理解はできないのだが。
「い、いやっ、そんなつもりはなかったのだぁ」
センパイの圧に負けたのか、ファウスティナが慌てながらダインへと助けを求めるように視線を送る。が、
「フ、ファナは馬鹿真面目で、空気とか諸々読めないところもあるからね……」
「なっ、何てこと言うのだダイン貴様ぁ!」
か弱い女性を泣かせたファウスティナに味方はおらず。僕の嗚咽が響く中、ファウスティナが出した答えは――。
「ダイン、後は頼むぅ」
相方への丸投げ。
先ほど見捨てられたダインへと詰め寄っていた女とは思えない手のひら返しで、ダインの後ろへと身体を隠す。
最初の威厳はどこへやら。センパイも怒りが抜けていったようで、どこか悲しげな表情でファウスティナを見ていた。
ダインも小さくため息をつくと僕たちへ頭を下げる。
「ク、クシーさん、うちのフィナが失礼しました」
「すまない〜」
後ろからではあるが、ダインに乗っかるように謝罪の言葉を口にする。が、微塵も気にしていないためどうでもいい。
それにしても涙は女の武器とはよく言ったものだ。あの状況からまさかここまでひっくり返るとは。
そして大体こいつの事は把握した。真面目で愚直、予想外のアクシデントに弱い――初見殺しの多い僕の機能と意外と相性がよさそうだ。死んだふりから奇襲でも仕掛ければ三割程度までは勝率を伸ばせるかもしれない。
ダインの方は未だ未知数だが、魔術師ならば僕の得意とする近接戦に持ち込めば殺れるか?
「いえ、気にしないで大丈夫っす……」
バレたときのことを考えながら脳内シミュレーションを組み立てるが、ツーマンセルの時点で勝ち筋はゼロと言っても等しい。
センパイが片方足止めしてくれて初めて微かに見え始めるが、それを求めるのは酷な話か。
泣き止んだ僕を見て少しは落ち着いたのか、真面目な表情に戻ったファウスティナは強引に話を戻す。
「見苦しいところを見せて申し訳ない。組合長から話は聞いていたのだが、少しでも情報が欲しくてな」
やはり、既に話は伝えられていたようで。
身を抱くように左手で右肘を触りながら若干気落ちしたような声音でそう話すファウスティナを前に、ふと先の探索での一件を思い出した。
「そういえば、今日の探索でかなり蜥蜴人を見たような――」
蜥蜴人の異常発生。話には出さないが、その中から変異種のような屈強な特殊個体まで発生していることを考えれば僕の自演を抜いても異常事態と言って過言ではなかった。
「ああ、ここ数日で同様の報告が頻出してるらしい」
当然か。こんな辺境の組合を拠点としているほぼ大多数の低位冒険者は《最外域》から《外域》を活動範囲としている。文字通り、《外域》にて命をかけている多数の冒険者たちは少しの違和をも見逃さないのだろう。
「手がかりか何かは掴んでるのか?」
センパイの問いかけに二人とも首を振る。
まあ、わかってたらこんな風に絡んではこないか。
「さ、差し当たって現地調査したいんですけど……」
まだここに着いたばかりだろうからな。近隣の街からでもそれなりにかかる旅路だったというのに真面目なことだ。
いずれにせよ、このレベルの冒険者がいれば《外域》より先の領域でも安定して探索を進められるようになるため、なんらかの手がかりは期待できるだろう。
僕としては上手いこと責任をなすりつけられれば有難いのだが。
話はこれで終わりか?
「じゃあ――」
ダインの煮え切らない言葉に[直感]が微警鐘を鳴らしてきたため、話を打ち切ろうと口を開くが――。
「うむ、ちょうど“森”の普段の雰囲気を知っている者と一緒に出たかったのだ」
ファウスティナはまっすぐに僕たちを見つめながら微笑を浮かべていて、つまりはそういうことだ。
続くようにダインも口を開いた。
「よ、よければ森の探索、ご一緒しませんか?」




