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継ぎ接ぎ人形ちゃんは奪いたい  作者: 陽碧鮮
第1章 誕生
24/46

刷込み


「――ほいっ」 


 襲いかかる蜥蜴人(リザードマン)が、腰上から綺麗に上下に分かれる。

 鱗による防御はまるで意味を持たず、それを成した――振り抜いた刀には血の一滴の付着を見られない。


「お疲れ様っす」


 僕の言葉に、刀を携えた剣士――センパイは嬉しそうに振り向いた。


「ま、まあ」


 こんなことになったのは数日前。この男が療養室から出てきたところまで遡る。


 僕の左掌と右掌で行った部分的な記憶の簒奪。予定では数日間分の記憶のみで、僕がパーティを襲った事実だけ闇に葬ればいいと考えていたのだが、加減を誤って数年分の記憶を抜いてしまった。

 結果、センパイは冒険者になりたての頃まで記憶喪失のような形になっている。


 そして、死んだ幼馴染の女も頼ることもできず、パーティで行動を共にしていた中で同じ生き残りという括りの僕に懐いた(・・・)

 記憶を抜いたことによる経過を確認したかっただけなのだが、どうやら目覚めたときに僕が療養室にいたことも原因らしかった。


 それはまるで産まれたばかりの雛への刷り込みのようで――。


 記憶を失ったことや頼れる者がいない不安や幼馴染がいないという喪失感から心の支えが必要なのだろう。

 なんてことのない、ただその相手が直近で関係していた僕に向いただけの話だ。

 僕にそこら辺の感情は理解できないが、僕の糧となった者たちが頭の中で寄り添うように教えてくれる。


 なにせ初めての試みだったからな。次はもう少し上手く調整が効くだろう。

 それに、何も悪いことだけではなく――。


「いやいやカッコいいじゃないっすか。えっと、何流でしたっけ?」


「【桜刀流】、今のは《門下生(ディスキプルス)》・『風』って闘技なんだけど」


 尻尾を振るようにそう答えるセンパイ。

 そう――抜いた数年分の記憶には、花人精霊(アウラウネ)亜種(サブスプシズ)との一件も含まれており。

 それを覚えていないセンパイは再び[刀術]を扱えるようになったことにより、戦闘能力が飛躍的に上昇した。


 ――俺、結構強いから一人でも姉さんの警護兼ビジネスパートナーとして役に立てますよ!


 僕へ会うなりいきなりそう言ったセンパイは擦り切れたぶっきらぼうな調子ではなく、どこか鎖から解放されたような面持ちで。


 まあ、実際には自ら幼馴染を斬り捨てており“滑稽”

と言い表す他ないのだが、その記憶をも失って何食わぬ顔で刀を振る様子はもはや喜劇的だ。


 最初は面倒だとも思ったが、懐いているのなら良いように使う(・・)か程度の考えで事件後も行動を共にしている。

 そんなこんなで今日もセンパイと二人、“森”の《外域》へと訪れているのだが、思ったよりも使えるというのが率直な感想だ。


 そして興味深いのが、先ほどセンパイが放った【闘技】と呼ばれる技。

 ほとんどの武器に存在している流派からもたらされるそれは、自身の技能以上の力と魔法に似た事象を引き起こすらしい。


 特に興味深いのは二点。

 まず、【闘技】を使用するにあたり、魔法で魔力を対価にするように、これは生命力のようなものを対価として差し出すという点。

 本人曰く使うと動作以上に疲れるとのことで、冒険者たちの間でも、活力に準じるような生命力を消費しているのではないかとの通説が主流のようだ。


 二点目は、今ここでセンパイの[刀術]に関する記憶を抜いても、僕は【闘技(・・)を使用できない(・・・・・・・)ということ。


 《門下生(ディスキプルス)》級から始まる闘技体系は、《准師範》や《最高師範》といったいくつかの階級に分かれており、階級に伴った【闘技】を扱うことができる。

 そして、《第一篇(ウーヌス)》や《第二篇(ドゥオ)》のように技量に応じてより上の階級を扱うことのできる【魔法】とは違い、【闘技】で上の階級に上がる条件は本人の資質だけではなく、同流派の二つ以上上位の階級者に認められることとなる。


 したがって、過去に村を訪れた【桜刀流】の冒険者に流派入りを認められ、晴れて【門下生】となったセンパイは才能はあれど【桜刀流】の上位者に出会わなければその上の【闘技】は扱えないままであり。

 僕も知識はあっても上位者に認められるどころか流派入りも果たしていないため【闘技】は使用することが現状できない。


 個人的にはガルムが流派入りを望んでいた【黄槌流】に入門したいところだ。次点で貴族崩れの令嬢が嗜み程度に齧っていたらしい【紫扇流】や、[盾術]を所持しているため【白盾流】辺りでも候補となるのだが、どれも今の街には期待できなそうだ。

 親がそこまで【闘技】に傾倒していなかったため、知識も少なく二の次にしていたのだが、各地に流派の修行地もあるらしいため今後行くことも考えておこう。


 それにしても、体質的に(・・・・)【魔法】が使えず、外的要因で【闘技】が使えないとは難儀なものだな。

 ないものをねだっても時間の無駄なため、早々に思考を切り上げてセンパイとの話に興じることにする。実際は、【小鬼族(ゴブリン)魔法種(メイジ)の脳】を手に入れたことにより余程のことがなければ並列思考が可能となったわけだが。


「カタナでバビューンと蜥蜴人(リザードマン)を切って捨て切って捨て……さっすがセンパイっすね!」


「だっ、だから“先輩”はやめろって! そもそも俺が姉さんって呼んでるのに先輩はおかしいし!」


 愛称で呼ぶのは信頼の証であり、呼ばれた方も嬉しいのでは?

 そう思っているのだが、この男は頑なに僕のセンパイ呼称を拒絶する。理由がまるで分からない。


「だってセンパイは前からセンパイっすし、センパイのほうが年上ですし?」


「え゛っ――」


 論理的に理由を述べてみたのだが、センパイの顔が思い切り引き攣った。僕の方が年上に見えたのか? まだこの世に生を受けてから一ヶ月も経っていないのだが。

 引き攣らせた表情のセンパイは、だんだんと苦虫を噛み潰したような表情へと移り変わり――


「い、いや、俺はクシーさんのことは姉さんと呼ぶ! むしろ呼ばせてくださいっ!」


 何の“姉さん”呼びなのか、何の葛藤だったのかは知らんが何かが解決したらしい。

 別に他人からの呼称に拘りもないためそのままスルーして了承する。


 そんな掛け合いをしていると、少し先から草をかき分ける音が響いた。

 この区域は背の高い雑草が多いため普通区域よりも索敵に意識を割く必要があるな。まあ、《外域》程度の魔物ならばこうして音を立てて移動するため取り越し苦労になっている。


「ギシュアッ!」


 現れたのは蜥蜴人(リザードマン)。先ほどと同じく単体で行動しているのは、《外域》程度では敵対生物が少ないためか、先ほどの蜥蜴人(リザードマン)と別行動をしていたからなのか。


「姉さん、下がってて」


 センパイが刀の柄に手を伸ばし、ジッと蜥蜴人(リザードマン)を見遣る。

 途端にピリつく空気に蜥蜴人(リザードマン)まで触発されたのか、こちらまで襲いかかることはなく唸りながら立ち止まった。


 吹き抜ける風が周囲の草木を揺らす中、お互いが牽制し合うように蜥蜴人(リザードマン)がジリジリと間合いを詰めていく。

 僕は近くの樹に近づくと主幹から伸びる太い側枝に跳び上がり、そのまま腰掛けて重力のなすがまま足を揺らしながら行方を見守ることにする。

 そういえば、出る前に購入した干し葡萄があったな。


 蜥蜴人(リザードマン)が少しずつ近づくのに対し、センパイは一切その身を動かすことなくただ見つめ続ける。それはまるで、罠を見守る狩人のような目つきで――。


「――【桜刀流】《門下生(ディスキプルス)》・『瞬』」


「おおー」


 その華麗な太刀筋に思わず拍手する。

 蜥蜴人(リザードマン)が己の間合いに侵入した途端、刀に薄い靄のようなものが立ち上ったかと思うと、センパイの身体がブレるように移動して蜥蜴人(リザードマン)を斬り捨てた。確かにあれは本人の技能以上の力を引き出している。


「よっ、と」


 飛び降りた僕が着地するのと、センパイが大きく息を吐いて鞘に仕舞うのは同時だった。


「やっぱりセンパイの[刀術]は惚れ惚れするような手際っすね」


「はは」


 気にしてないようにしながらもどこか満更でもない表情で笑う。一言でモチベーションに影響するのなら今後もたまに言ってやるか。

 それにしても――


蜥蜴人(リザードマン)、さっきからかなり多いような――俺が知ってる頃と比べて分布が変わった?」


「いえ、明らかに異常っすね」


 気になったのはセンパイも同じようで。

 先ほどと今とで二匹、ここに来るまでにもさらにもう一匹。組合からの情報では普段であれば蜥蜴人(リザードマン)が発生するのは《外域》の先の《界域》付近。この近辺でここまで目に見えて発生率が上がるのはどうみても異常だった。


 思い返せば変異種(バリアント)に乗っかる形で僕も異形種(テリビリス)を装ってパーティを襲ったわけだが、そもそもの話で変異種(バリアント)クラスの魔物が《外域》に徘徊していること自体が異常である。

 基本的に魔物は発生した領域の区域から出ることは少なく、稀に領域を越えて活動をするイレギュラーが発生することもあるが、変異種(バリアント)は間違いなくこの蜥蜴人(リザードマン)の異常発生と関係していそうだ。


 蜥蜴人(リザードマン)たちを動かす原因は一体――。


「なーにが起きてるんすかねえ」


 センパイに問いかけるわけでもなく、脊髄反射のように呟いた。

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