目醒め
別視点
その直後――衝突。
まるで大砲が発射されたかのような重い衝撃音と空気の振動を生じさせた二匹の接触は、どちらも一歩も引くことはない。
接触する瞬間、魚を抱くような形で歯を掴んで突進を受け止めた。が、当然衝撃を全て殺せるはずもなく、踏ん張る足が地面にめり込むほど沈みながら、そのまま押されるがまま後方の地面をも削っていく。
距離にして六、七メートルほどであろうか。
途方もない質量を持って降りかかった巨体は、少しずつ衝突エネルギーを減らしながらやがて停止した。
能力の恩恵を得た変異種だからこそ成し得た力技。それこそ、ただの蜥蜴人程度では挽肉になっていただろう威力。
蜥蜴人たちの間で、思わず弛緩した空気が流れる。
だが、ここで魚の攻撃は終わらなかった。
足が地面に拘束され、身動きが取れないことを見抜いた魚は、その巨大な口を開けて鋭歯を突き立てた。
動けないながらも身を捩ってかわそうとするが、その巨大な口からは逃れることは叶わず――。
「――ッ」
肩口に幾つもの鋭歯が穿ち込まれ、その身の鱗よりも赤黒い鮮血を飛び散らせる。
しかし、だというのにもかかわらず変異種が少しだけ目を細めるだけに留めたのは、ひとえに戦士としての矜持によるものに違いない。
むしろ、身を穿たれる痛みの中で変異種の目はその闘志を少しも衰えさせてはいなかった。
呼応するように、その赤眼の彩光が増していくかの如くギラギラとした輝きを放つ。
それを合図に魔力がさらに膨れ上がる。
食い込む上下の歯をそれぞれ掴むと、こじ開けようと力を込め始めた。
びくともしないと思われたその行動は、傷口から血を吹き出しながら徐々に身体中の筋肉を肥大させ、魚が動揺したように身を震わせる。
それは力の膠着が故の痙攣であり。
噛み砕かんとする魚と引き抜かんとする変異種――お互いの全力での力比べは、身を震わせながらゆっくりと、少しずつ天秤が揺れ動いていった。
その天秤は変異種へと軍配が上がり。
食い込んだ歯が少しずつ引き抜かれていく。
その身から多くの血を流しながらも、それに比例するように宿る力が増大する。生命力を削れば削るほど得られる力――[生存本能]は命と引き換えにそれを可能としていた。
一度傾き出した天秤は、もう元には戻らず坂道を転げ落ちるようにむしろその傾きを強めていき、無理矢理掴まれた口はやがて完全に大口を開ける形までこじ開けられる。
「グシュァァアア゛ア゛ッッ‼︎」
そして、次は自分の番とばかりに大きく雄叫びをあげた変異種は、その怪腕を以ってその巨体を投げ飛ばした。
「グッ、ギ……ッ⁉︎」
捕食者である魚には初めての経験だったに違いない、うめくような鳴き声を発しながら地面を転がっていく。
それはまるで先ほどの槍持ちの蜥蜴人の雪辱を晴らすようで。
未だ目を回す魚を視界に捉えつつ、変異種は小さくひと鳴き。その意図を即座に理解した槍持ちは自らの槍を変異種へと投げた。
変異種の統率系能力、[先導]に加え、相手が常に行動を共にする蜥蜴人だからこその息のあった連携。
それは共に生きることを前提とした生態である疑似餌兎に一切劣っていなかった。
槍を受け取った変異種は地面の拘束から抜け出すために大きく跳躍し、そのまま地面に転がる魚の尾ビレを狙って槍を投擲した。
「キィッ⁉︎」
それは容易く尾ビレを貫通して地面へと突き刺さり――地面へと縫い付けられた魚はビチビチと不恰好に体を上下させるが拘束から逃れることは叶わない。
それを前に変異種は投げ捨てた斧を拾い上げながら、ゆっくりと跳ねる魚へと歩を進める。
それは処刑を行う断罪者のような足取り。
目の前までたどり着いた変異種は、もがく魚を前にして目を瞑る。
念じるは、己の糧となった感謝と強者への敬意。
時間にして数秒――。
やがて目を開いた変異種は、片手ながらにまるで重量を感じさせなくなった大斧を振り上げると、頭部を目掛けて――。
「――」
雨の音だけが辺りを包む。
能力が解け、赤の色素と併せて漲る万能感が身体から抜けていくのを感じながら、変異種は再び目を閉じた。
「ギュア」
不意に聞こえた鳴き声を探して後ろを振り向くと、剣持ちの蜥蜴人が体を揺らしながら魔力を撒き散らす。
不自然に蠢く肉体。それに伴い訪れた発作のような症状に思わず膝をついた。
自身も過去に覚えのあるそれは、魔物特有のある現象であり――。
変異種はじっと待つ。その時を。
発作が治った頃、そこにいたのはただの蜥蜴人ではなく、身体が一回り大きくなった姿。
「グゥア゛ッッ‼︎」
その魔物の名は蜥蜴人・派生種。
蜥蜴人の中でも[剣術]の能力を開花させ、より剣を振るうことに特化した種。
派生種は自らの力を誇示するように声を発し、新たな身体の具合を確かめんと少し小ぶりとなった剣を振るってみせた。
変異種はその剣閃を確認すると、満足げに小さく鳴く。
変異種は確信していた。
残りの者たちも芽吹きのときは近いと。
そして、それは自身も例外ではなく――。
奇縁のような繋がりを感じる魔造人形との再会の日は、すぐそこまで迫っていた。




