忘去る
別視点
先ほどまでの弱々しいものと違い、右掌から不自然なほど青いオーラが、まるで熱石を水に入れたときのように迸っていく。
それはどこか現実味のない、青い塗料が付着した筆を風景画に押し付けたような、乱暴で、景色にそぐわない蒼だった。
そして彼女の浴びた返り血が、右掌から発せられた残滓と重なって鮮やかな紫を作り、見惚れるように彩っていく。
そんな幻想的な風景の中で、俺を夢から醒ますように彼女は口を開いた。
「今日で手に入った【小鬼族・魔法種の脳】で処理能力が上がった今なら使えそうっすね」
モコモコと肌が波打ったかと思うと、突如として頭に瘤が発生し、収縮。いいところに収まらないとばかりに腕や首元に発生しては表皮のすぐ下を移動しながら収縮を繰り返すその瘤は、いつか見たことのある魔物の脳みそに酷似していた。
「これ、片乳だけめちゃデカくなったっす!」
ローブの中で定位置を探すように蠢いていた肉の塊は、片胸の位置で動きを止める。
クシーが何かを話しているが、もはや俺の頭には何も届いていなかった。
目まぐるしく進んでいくこの状況についていけない俺を置いて、クシーはさらに口を開く。
「うーん、そこの3人は良いの持ってなさそうだったんで要らないっす」
そう言って指を差した先にはゴーンを含めたパーティメンバー3人。差し指から手を広げて、虫を払うかのごとくゴーンらに向けて右掌を真横に振り抜くと、
「ぅ?」「あ――」
当人たちの間には数メートルの距離があったのにも関わらず、一閃抜いたように、横並びで立っていた3人の胸部が消失した。
3人は自身に起こった異変に気付く時間も与えられず上半身と下半身が別々に落下していく。
何が起きたんだよ……っ⁉︎
遅れて後ろの樹々も、クシーが振った右掌の高さに合わせて切断。大きな音と揺れを伴いながら倒れていった。
「まだ範囲指定を行えるだけの処理能力はないか……ここまで過剰な範囲を削ると僕の魔力があっという間に枯渇しそうっすね」
ぶつぶつと独り言を呟くクシーの声を掻き消すように響く誰かの叫び声。
それを皮切りに3人以外の何故か生かされた者たちが逃げ出す、が――。
「えいっ」
俺らへ向けておもむろに右掌を向けると、全員が動きを止める。それはもちろん俺も例外ではなく。
どうして――
動きを止めたのではなく、止めさせられた。
まるで彼女を中心に引力が発生しているかのように、俺も、ガルムも、皆引き摺られながら彼女の元へと一人でに向かっていく。
「ガルムさぁーん、[槌術]の能力、目をつけてたんでいただくっすね」
向けられた右掌ではなく、左掌が近づいてきたガルムの頭を捉える。そしてそれは右掌から漏れる青とは正反対の生々しい赤のオーラを撒き散らしながらガルムやクシー自身へとまとわりついていく。
「ヒッ……!」
だが、変化はそれだけでは終わらない。
クシーの手足が脈動を始めるように徐々に肥大化していき、目の前で目の当たりにしたガルムは小さく叫び声を上げる。
そしてそれはすぐに、赤いオーラに包まれたガルドの、魔物のような言葉にならない叫び声に代わり――。
「ぷぴょッ――」
彼女が掴んでいたガルムの頭がまるで林檎のように破砕した。
「こわーい蜥蜴人・異形種のお出ましっすよ〜」
がおー! と口に出しながら両手を頭の横につけて威嚇のようなポーズを取る彼女は、もはや恐怖の対象でしかない。
どこか蜥蜴人に似た、見るからにか弱そうな彼女には不釣り合いな、鋭利な爪を伴う爬虫類の手足が身体とのチグハグさを引き立てている。
そしてその若草色の鱗が、手足を伝って這うように腕や首元へと広がっていく。
また、蜥蜴人の特徴だけでなく、岩石鰐を想起させるような――だが決定的に違う――木漏れ日に反射して美しい虹を放っている翠の水晶が彼女を守るように身体のところどころに埋まるように発生していた。
首元から顔まで浮かび上がってきた鱗が民族的な化粧のように綺麗な紋章として施され、瞳の瞳孔は不気味なほど縦に割れている。
「ちゃんと受付さんには皆さんの最後の勇姿を伝えておくっす!」
そこから起きたのは、勇姿と呼べるような戦闘ではなく、ただひたすらの蹂躙。
『囲炉裏の灯』の生き残りがガルムと同じ最後を遂げ、次に目をつけられたバル姉も、恐怖からまともな魔法名すら紡ぐことができずに涙も尿も垂れ流しながら許しを乞うて――すぐに物言わぬ姿となった。
そして残りは――
「ああ、俺か」
皆あっけなく死んだ。残っているのは俺だけだ。
いろんな思いが次々と浮かぶ。
どうしてこうなったのか。いや、そもそもこれが夢なのではないかとまだ半分以上は疑ってさえいる。
いつ夢から覚めるのだろうと現実逃避をしながら、クシーが行動に移るその瞬間から目を背ける。
だが、彼女から告げられた言葉は予想だにしないものだった。
「運び屋の一人だけ生存は疑われそうなので、センパイには明日以降もご飯を食べさせてあげますねえ」
「――は…ッ⁉︎」
言うや否や、クシーの両手が俺の頭を挟み上げ、それぞれから発せられる赤青の光が粘着するように俺へと絡みついていく。
その光が綺麗で、遠くから見るパレードのようにどこか他人事に感じられる。
もはや抵抗する気すら起きなかった。
「限定的に抜くの、初めて試してみるのでミスったらごめんっす」
大事なものを吸い取られる感覚と共に身体の力が抜けていく。
意識が薄れる。
俺は、これで幼馴染の元へと行けるのだろうか。
もう、思考もまとまらない。
「センパイ、おやすみなさい」
まるで俺を安心させるようにと呟く目の前の魔物は、道中と何ら変わらぬ笑顔を向けていて、
俺は、それがなにより恐ろしく――逃げるように意識を手放した。
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「――ッ!」
何かから逃げるようにベッドから飛び起きた俺は、ここが以前無理をしたときに利用した組合の療養室だと一拍遅れて把握する。
「気持ちわる……」
相当夢見が悪かったらしく、びっしょりと大量の汗がシャツを染め上げていた。
何か恐ろしいものを見た気がする、がそれが何だったのかはまったく思い出せない。
どうにも気持ちの悪い感覚にうんうんと唸っていると、ちょうど組合専属の回復師と思しき女性が駆け寄ってきた。
「目覚めたのねっ、体調に異変はないっ?」
「と、特には」
「あなた、目立った外傷もないのに丸一日眠っていたのよ」
それを聞いて驚いた。
丸一日眠っていたことにもだが、覚えのない探索にも。
どうやら俺は中規模のパーティを組んで、森へと探索に向かったらしい。そこでヘマをしたようだった。
こりゃあ、カレラも怒ってるだろうなあ。
どこかから聞きつけてこの療養室へ飛び込んで、頬を膨らませながらぐちぐちと文句を言う幼馴染の姿がありありと思い浮かんだ。
「ま、それならこの後もう少し様子を見て、問題なければ今夜にでも出てってもらって大丈夫よ」
「それなら助かります。カレ…幼馴染も心配してるだろうし、この前ようやくランクが上がって見習いから抜けられたから、休んでる場合じゃないですし!」
そうだ、こんなところで立ち止まってる暇はないんだ。俺の[刀術]とカレラの[召喚術]があればきっと高位冒険者だって夢じゃない。
まあ、まだ駆け出しレベルなのだが。
そんな新米にも関わらず、見ず知らずの女性に熱く語ったのが無性に恥ずかしくなって、恐る恐る表情を伺う。
だが、そこには失笑すらなくて、なぜか怪訝な表情を浮かべていた。
「――なにかおかしかったですか、ね?」
思わず聞いてしまうほどには。
「……あなた、今いくつ?」
「17ですけど?」
俺の問いの答えどころか、突然の脈絡のない話に混乱しながらも答える。
そのままいくつかの質問をされ、答え続けていく。質問自体はどうしてそんなことを聞く必要があるのか聞きたいくらいの内容だった。
そして――
「……記憶の混濁が見られるわね」
「えっ」
そこから淡々と告げられた内容。
記憶喪失による7年間の空白。俺は24歳らしい。
原因は探索で心的外傷が刺激され、自己防衛のために働いたのではないかとのこと。
そして、彼女の語った中にどうしても聞き逃せないことがあった。
「カレラが、死んだ……?」
「ええ、組合から提供されたあなたの情報に事前に目を通していたの。そこにはあなたの心的外傷についても書いてあったわ。つまりは――」
彼女が話を進めるほど、俺の脈拍音が耳鳴りのように頭の中に響いていく。
「パーティメンバー、カレラの死」
「――っは、冗談はやめてください!」
俺が語気を荒げても彼女は悲しげに首を振るだけで、証拠だって見てないのに、俺は項垂れるしかなかった。
ただただ信じられなかった。
「……一人にしてください」
「ええ、ゆっくり休みなさい。また今夜様子を見に来るわ」
いまは何も考えたくなかった。今夜までここにいればふらっとあいつが部屋に訪れそうな気がして。
今はそれに縋るしかなくて。
「ん……?」
あてもなく視線を彷徨わせると、こちらを見つめる視線に気付く。
出入口すぐ脇の壁に寄りかかる、緑の映える綺麗な女性が、その翡翠の瞳を反射させるように瞬きながらこちらを見据えて、そのまま微笑みながら部屋を出ていく。
「ああ――あの子、あなたと同じパーティだったみたいで、ずっとあなたの様子を見てたのよ」
俺は、ふとカレラの好きな翡翠蓮の花を思い出して、どうしてか、見失わないように彼女の後ろ姿を見つめ続けた。
=====Status=====
《Active》
[強欲な左掌][怠惰な右掌][再生][潜伏][食魔変換]
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《Passive》
[痛覚無効][魔力■■][直感][打撃耐性][魔法天稟][水精の介意/New]
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