思起す
別視点
「フン〜フフン〜♪」
風が吹き抜ける平原。街の城壁がもう随分小さくなってきた頃、ふと、俺の耳に澄んだ歌声が聴こえてくる。
美声を響かせる歌声の君に視線を向けると、歌っていたのは麗しの姫君でも冒険者の心を惑わす妖精族でもなくクシーだった。
「これから森に入るのに随分余裕なんだな」
特にクシーは運び屋であり、小鬼族ならまだしもなす術もなく殺されるであろう魔物が跋扈している森へこれから入るというのに、一切の気負いが見られない。
意外と経験長いのか?
「まあ、だって危なくなったらセンパイが助けてくれるんすよね?」
そう言って笑う彼女に、こちらまで気が抜けていく。
一見ただの馬鹿に見えるが、もしかすると大物なのかもわからんな。
「とても良かった、よければ今夜の宴でまた披露してくれんか」
そのタイミングで横から声をかけてきたのは、今回俺たちのパーティと同行する別パーティ『囲炉裏の灯』のリーダ、えっと確か――
「ゴーンさん、気が向いたらいいっすよ〜」
「なんだそりゃあ」
そうだ、ゴーンだったか。意外と名前を覚えたりとしっかりしていて、その割フランクな態度が冒険者にはウケるのだろう。もう馴染み始めてやがる。
『囲炉裏の灯』はゴーンを筆頭に、運び屋を抜いて四名からなる俺らと同数のパーティだ。ゴーンの獲物がハルバードであることから攻撃の要でもあるのだろう。残りが盾と杖、弓でバランスはとれていそうだ。
ゴーンと……名前はこれから覚えていくことにしよう。
クシーが加わったことで五人パーティとなった俺らだが、今回は更に四人加わり九人での行動となる。
昔から合同の探索は多々あることだったが、違うことがあるとすればクシーの存在だろうか。俺らまでいつもより他パーティと馴染むのが早い。
お互いの信頼関係が少しでも進めばそれだけ連携にもつながってくるため、クシーの加入がプラスへと進んでいることは間違いなかった。
「クルートさん……でよかったっすか?」
ゴーンが声をかけたことで他の三名も輪に入ってきた。相変わらずクシーは三名のことを覚えていたらしく、相変わらずのコミュニケーションスキルで接している。
他人の能力詮索はタブーであり、聞く気もないが、ここまで来ると[交渉]のような疎通系の能力でも実は所持してるんじゃないか?
「ちゃんと覚えてくれてたんだ」
「モチロンっすよ!」
クシーの笑みが溢れる。……『囲炉裏の灯』越しに俺を見ている気がするのは絶対に気のせいだろう。
クルートクルートクルート、よし。
「せっかくなので握手しましょう!」
不自然なほど、逆にいっそのこと清々しいほど強引に握手を迫る姿に、そういえば俺たちと出会ったときもこうして握手を迫られたなと思い出す。
彼女としてのこだわりなのかなんなのか、左手を差し出して四人と握手を交わしていく。
そういえば顔見知りや店でもやけにボディタッチが多い気がするし、ランドを始めとして彼女の行動に勘違いするやつも多そうだ。
俺にはどうでもいいことだが。
「ぼちぼち森が近づいてきたから、ここからは気を引き締めていけよ」
「承知っす」
彼女の短い返答が届くのと、森から伸びてきた樹々の影の端を踏みつけるのはほとんど同時のことだった。
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「戒律:【魔術師】《第一篇》、『炎とは知能を以 って克服できる』」
神聖な祝詞のような詠唱を否定するかのような掠れくぐもった声を乗せたゴブリン語。
そしてそれは空間から扉を開いて顔を覗かせるように、虚空からじわりと火球を発生させた。
小鬼族・魔法種が醜悪な笑みを浮かべながら手を振ると、まるで飼い慣らされた獣の如くこちらへ向かってくる。
「バル姉!」
「任せて!」
待っていたかのようにバル姉が魔術を行使すると、俺たちの前に水の障壁が姿を現し、水蒸気を発生させながら火球と溶けるように消えていった。
この機を逃すまいと発生した水蒸気の目隠しに姿を隠しながら、小鬼族らへと肉薄。
俺の槍が小鬼族の軽い身体を掬うように刺突し、一匹撃破。
一息遅れて、パーティの頭でもあった小鬼族・魔法種の呪詛のような断末魔があたりに響いた。
「小鬼族・魔法種は殺った!」
断末魔と入れ替わるように響く、勝鬨の声。
ランドが決めてくれたようだな。
徐々に靄が晴れていき、先には小鬼族らの死骸が周囲に転がっていた。
とりあえず周囲の魔物は殲滅したようだ。
「も、もう出てきて大丈夫っすよね……?」
そう言いながら木陰からおずおずを姿を見せるクシー。魔法種を初めて見たのか、見つめるように呆けていた彼女だったが、いつの間にか距離をとって隠れていたらしい。
魔法種の死骸を、まるで面白いものを見るように近づいて観察し始める。というより、組合に提出する証明部位がわからんのか?
「討伐証明部位、小鬼族は統一で耳だぞ」
「ありがとっす」
正解だったのか、せっせとナイフで切り取り始めた。小鬼族の表皮はゴムのような感触で意外と切りづらいからな。クシーの力じゃまだもう少しかかるだろう。
俺も転がっている残りの小鬼族から切り取るとしよう。
「……回復魔法すか? これまだ息がある?」
「どうした?」
彼女から目を外した途端になにかを呟くのが聞こえた。が、クシーは即座に否定する。
ただの独り言か。
――パンッ。
「わわっ!?」
再び彼女から視線を外すと今度は湿っぽい水音と共に彼女の驚きが入り混じった声が届いた。
今度はなんだと視線を向けると、小鬼族・魔法種の特徴的な肥大した頭部が、水風船を割って弾けた後のようにあたりに飛び散っている。
「……驚かせるような真似はすんな」
「ご、ごめんなさいっす」
一体何をどうしたらこうなるんだ?
小鬼族・魔法種の頭は実は風船のように空気を含んでいて、むやみやたらにナイフで突き刺すと破裂するってか?
「んなわけないよな」
となると考えられるのは、魔法種の近縁種か魔法種を経た亜種なんかか?
得られる状況がこれ以上ないため、体液を浴びたクシーの体調だけ変調がないか確認するが、急変する可能性もゼロじゃない。
今俺らが位置するのは《外域》。すぐに撤退しなければならないほど焦るような状況でもない。
「――とりあえず、休憩にするか」
血まみれのクシーを中心に、証明部位を各々取って集まってきたメンバーたちに俺はそう告げた。
「センパーイ」
「……なんだよ」
木によりかかるように休んでいた俺の前へ、彼女は相変わらず俺の心配なんてどこ吹く風で隣に腰を下ろす。
「槍術上手くないすね」
「……うるせえ知ってるよ」
一言目がそれかよ。
昨日からだが、さっきの戦闘もしっかり見ていたらしい。
「他の武器は使わないんすか?」
クシーの探るような視線。一体何を――
「……剣とか、刀とか」
突然の言葉に心臓が強く鼓動した。
それはまるで俺の脳を揺らすようにじわじわと染み込んでいく。
知ってる?
噂?
いやそんなやつじゃない。
どうしてよりにもよって――
「こいつ刀術の天才だったんだよ」
動揺する俺を現実へ引き戻したのはランドの声だった。
いつの間にか俺たちの話を聞いていたようで、そう告げながらクシーの隣へと勢いよく座り込む。
大方クシーとの会話の機会を伺っていたのだろう。……しかし俺の前でその話をするかよ。
「余計なことを言うな」
「――だった?」
俺の言葉の後に声を漏らしたのはランドではなく彼女で。
そりゃあ気になるわな。有耶無耶にするのもできなくはないが、ここで口をつぐんでもランドが話すのも時間の問題か。
ああもう――。
「……つまらない話だよ」
仕方なく口を開く。いつまでも治癒しない裂傷の神経に触れないように、注意深く周囲だけに手を這わせるように――
「刀術でトチってパーティが半壊したんだ」
クシーは何も言わない。そしてそれがどういう意味を持った沈黙なのかは知らない。けど、俺が思い続けることは一つだけだった。
幼馴染と田舎村から目を輝かせながら出てきた若き日。
情報不足で知らされていなかった亜種の花人精霊と対峙した日から俺の時間は止まっている。
――花人精霊・亜種の幻覚作用の含む花粉。
――増えていく魔物に刀を振るう。
――大きな刀傷が刻まれ倒れ伏す幼馴染と、血の滴る刀。
「――だからもう使わない。使えない」
刀を握るだけで吐き気を催す俺に剣士としての道なんて残っていなかった。
「ふーん、そうなんすか」
ここでようやく口を開いた彼女の、彼女らしい相槌にどこか気が楽になる。
今更責められたいとも思わないし、そもそもそこまでの事情を彼女へは語っていない。
ただ、それでも彼女の天邪鬼のような無関心な態度が今は有り難かった。
「向こうでもっと明るい話しようぜ」
俺のことを思って一人にしてくれようとしたのか、自分のために俺を切り離したかったのかはわからないが、重苦しい空気を払拭するようにランドがクシーへ切り出した。
「……センパイは――」
だが、彼女にしては珍しく、ランドを一瞥した後無視して俺へと声をかけた。
「なあっ」
だが、ランドも食い下がる。思わず、クシーの肩を掴もうとランドが動き出した瞬間――
「ちょっとうるさいっす」
無機質な声が響いた。
それがクシーのものであり、彼女の右腕が弓の弦から弾かれた矢の如く、一瞬にしてランドの首を締め上げたその動きは、俺の刀術による動体視力を以ってしてもギリギリだった。
動体視力による信号が脳へと送られても理解が拒否する。何が起きているのか理解できない。
「はあ……まあ、いいタイミングっすね」
俺が脳内の散らばった言葉を拾いまとめ上げて彼女へ問いかける前に、クシーは何かを一人で完結したかのように呟いた。
「カ……ッ、や……め……」
首を絞める細腕はランドの身体を最も容易く持ち上げて、首を握りつぶさんと締め上げる。
……なんだよあれ。
首を締めるクシーの右掌から、ほのかに青いオーラのような光が漏れ、そのまま湧き出るかのようにまとわりついていく。そして、それが何なのか理解するよりも先に、
「ばいばーい」
「ン゛ギゃぴッ――」
それは呆気ないもので。宙でもがくランドの首が、細枝を握りつぶしたかのように分かれた。
はずみで首がクルクルと宙を舞った拍子に、ランドの虚ろだが、まだ生気の残る瞳と目が合って――
俺までグルグルと上下の感覚がなくなるような不快感の中で、どこかから、熟れた果実の転がる音がした。




