馴合い
別視点
冒険者組合。人類の敵たる魔物の駆除に始まり、取るに足らない日雇いの力仕事からはたまた王宮の極秘任務まで、都市の歯車の如く回っている組織である。
そんな血生臭いことを請け負う組織といえど、やはり生きている以上無視できない欲求が当然としてあり――。
組合に併設された飯屋から、飯にありつく冒険者たちの怒号が今日も響き渡っていた。
時刻は夕時、一日の仕事を終えた冒険者たちが空になった胃と汗となって抜け出た水分を補給しようと我先に飯屋へ駆け込む。
厨房から運び出された大皿の肉やジョッキになみなみと注がれたエールが、夕暮れ時から照らし始めた暖色系の光源と相まって冒険者たちには宝石のように輝いて見えていた。
そこで食事を取り囲む一組の集団。今日の一仕事を終えた俺の所属するパーティはその喧騒の真っ只中にいた。
「なっ、それ僕のっすよ!」
「ガハハっ、早い者勝ちって言葉を知らんのか?」
俺の対面に座っていた運び屋――クシーが思わずといった調子で立ち上がる。
原因はなんてことのない、パーティメンバーのガルドがクシーが手を伸ばしかけた鋭利魚のムニエルを横から掠め取ったのだ。
ガルドは俺のパーティでは重装歩兵としての役割を担っている。馬鹿力な炭鉱族の種族特性を生かして槌を日頃振り回している彼にとっては多少デカい鋭利魚など取るに足らないようで、フォークで突き刺して全てを自らの取り皿へと持っていった。
それを昨日から運び屋としてパーティに同行し始めたクシーは、到底敵わないであろう細腕を振り上げて翠がかった髪を揺らしながら抗議し始めた。
昨日も同じ問答を見たなと思わず苦笑いをこぼす。
クシーと出会ったのは単なる偶然だ。昨日の朝、組合の受付から最近運び屋として登録したクシーを紹介され、そのまま意気投合して今に至る。
まあ、それを偶然と言ったら今のパーティメンバーなんて全員偶然になるのだが。
クシーの社交力もあってか、昨日の今日であっという間にパーティに馴染み、目の前のような掛け合いを繰り広げている。
抗議の声をあげるクシーを横目にムニエルを大口で頬張ったガルド――これも昨日と同じ流れだ。
というか、すでにクシーの脇には彼女が食べたであろう食事の皿が塔のように積み重なっているのだが、まだ食べるつもりか?
昨日ならこの時点で心を折られていた彼女だったが今日は違うようで、それならと別の肉料理へと手を伸ばす。だが――。
「じゃあこの肉は今日最大討伐数の俺のもんだな!」
「ちょ――っ⁉︎ その討伐した各部位をせっせと持ち帰ってきたのは誰っすかね⁉︎」
先ほどの再演を見るかのような流れるような手つきでクシーが手を伸ばしかけた肉料理を掻っ攫っていったのは、パーティの一番槍を務めるランドだった。
一番槍と言っても獲物は剣で、真っ先に魔物へと突撃し、遊撃として動くこの男はパーティの要と言ってもいい存在だ。
容姿もまだ少し幼さは残っているが、十分に男らしい美丈夫であり、良く言えば優男、悪く言えば軟弱と称される俺とは対照的にとても眩しいやつだった。
余談だが、一番槍でない俺の獲物が槍だ。
こいつは昨日からこんな調子でクシーへちょっかいをかけていた。
我が強く、いつもこのような調子のガルドと違って普段ならそんなことはしないやつなのだが、悪意ではなく純粋に興味を惹こうとしている様子を見る限り――まあそういうことなのだろう。
「ふん、力こそ全てだからな」
そういうアプローチをすると逆効果だと思うが、まあこれはこれで面白そうだからいいか。
ランドの言葉を聞いたクシーはと言うと、反論するかと思いきやポカンとした表情を浮かべていて。
どうしたんだ……?
そのまま感情が消えたように無表情へと変わった彼女の、瞳の奥から顔を覗かせたのは、濁り蠢く――。
「もう、からかっちゃ駄目でしょ。クシーちゃんもごめんなさいね」
そこで口を開いたのはバルリーナ、通称バル姉だった。落ち着いた性格で思慮深い彼女は魔術師として優秀で、パーティのブレインも担っている。
ね? と首を傾げたことでバル姉の艶やかな黒髪が、灰色のローブ越しに美しい曲線を描いている豊かな胸の前を沿いながらスライドし、それを見たランドは思わず凝視する。
「はいっ、終わり」
大きく手を叩きながらそう告げる彼女の姿は、まさにパーティのお姉さんと呼ぶに相応しいものだ。
バル姉の仲裁により、停滞しかけた場の空気が再び動き出す。先ほどのは見間違いだったのか、再び彼女へと視線を向けると不満げに頬を大きく膨らませていた。
「謝罪不要! 僕のパンチをお見舞いするっす!」
「ぜひ頂戴したいところだが、あいにくお返しする肉はもうないぜ」
「クソ〜〜っ」
泣き交じりの声で吐き捨てながら、空に向けて繰り出された、運び屋にしては意外と早いレベルのラッシュが風を切る。
ローブを着てもなお主張する豊満なボディは、彼女の動きに合わせて上下し――いい酒のつまみだな。
そうして少しの間、ランドを直線上に捉えたラッシュが続き、そこで俺の視線に気づいたのか、渋々と言った様子で席に座り直して俺との会話に興じようとする。どうやら飯は諦めたようだ。
見ていたのはこっちなのだが、かといって進んで絡みたい気分でもなかったのだが。
そんな俺の気持ちなど露知らず、嬉しそうな表情を浮かべながらテーブルの対面にいる俺へまで身体をできるだけ近づけて内緒話をするように、
「大丈夫っすよ。明日から食べさせないっすから」
無垢な笑顔でそう言い切った。それは本当に澄み切ったもので――どうせ先ほどのように返り討ちに遭うのだろうと言うのは水を差すような気がして、なにも言葉を紡げずに思わず苦笑する。
「センパイはこれまで通り食べたいっすか?」
「んあ? まあ、一日の楽しみだからそりゃな」
せっかくの至福のひとときに、俺まで抗議活動に巻き込まれたんじゃたまったもんじゃない。
そして何故か俺の呼称が“センパイ”である。顔合わせをしたときに簡単な探索のレクチャーをしたからなのか、はたまた別の意図があるのかは不明だ。
「ふーん、そうっすか」
納得したのかしてないのかわからんが興味を失ったとばかりに適当な相槌を返される。
まあ、見るからに気分屋だしな。納得してもらえたと信じよう。
――場合によっては明日の夕飯は飯の争奪戦が繰り広げられるかもしれないが。
「そういえば、ローブが浮浪者みたいのじゃなくなったんだな」
「レディに向かって浮浪者ってなんすか! ねぇ⁉︎」
「だってあれは、なぁ?」
彼女が昨日まで着ていたローブはどれだけ取り繕ってもローブと呼べる代物じゃなかったからな。
生地はボロボロでかろうじて着ていられるだけの、もはやローブとしての機能をほとんど残していなかったもの。加えて泥やらで薄汚れて黒ずんだ色味。
ローブもまともに買えないのかと一同同情の眼差しを向けていたのだが、今日会ったときには新しいものを着ていたためバル姉なんかはホッとした表情をしていた。
「フフッ、新しいのが住み込み先にあったんすよ」
「しかもこれ結構いいやつじゃねーか?」
探索をしているときは気が付かなかったが、こうして落ち着いてまじまじと見てみると生地はかなり上等なものだ。それに一見すると鶯色のローブだが、首元や腕から見える深碧の裏地が彼女の色と絶妙にマッチしていて思わず見惚れてしまった。
こんなもの、少なくとも俺やパーティメンバーが贔屓にしている店などで簡単に買えるものでないのは確かだ。目利きもできないただの平民の俺じゃあそれ以上のことは一切わからないが。
「フッフッフッ……見くびってもらっちゃ困りますよセンパイ」
クシーもこのローブの価値をわかっているのか、チッチッチと大袈裟に指を振って満面のドヤ顔を向けてくる。
なんかすげームカつくな。
彼女自身が自覚しているかは知らないが、その見た目は世辞抜きにかなり麗しい。熟した妙齢の姿から放たれる蠱惑的な雰囲気もあって普通なら話しかけることすら敷居が高いが、こうして気軽に話せているのは彼女の本奔放な性格故だろう。
まあ、それが美点でもあり欠点でもあるのだが――。
当の本人はというと、新しく運ばれた影烏の丸焼きを満足げな表情で頭から齧り付いていた。
どんだけ食うんだよこいつ……。




