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継ぎ接ぎ人形ちゃんは奪いたい  作者: 陽碧鮮
第1章 誕生
16/46

成替り


「お、お嬢サマ……?」


 入ってきた者たちは四名。

 仮面に驚いたのか、二階の床がなくなり豪快な吹き抜けとなった部屋の状況に驚いたのか。吹き抜けでの同僚たちの惨劇が余程堪えたのだろう、引き攣っていた表情が僕を見て余計に強張った。


 やけに肌触りの良い仮面の表面を指の腹でなぞりながら仮面の意匠を反芻する。

 僕の記憶たちは、いわゆる“趣味が悪い”ものだと口を揃えて僕へ伝えてくるが、あいにく部屋にあったのはこれだけで、そもそも醜美の感覚はないのでどうでもいいな。


 警戒心すら芽生え始めた部下たちに、先手を取るように声をかけた。


「魔法で新しい身体になったの」


「へ、はぃ?」


 何を言われているのかわからないという顔だ。多少の差異こそあれ、どの顔も一貫してそれとわかるものだった。

 突然そんなことを言われても当然の反応か。


 訝しげな表情を作る部下たちに言葉を紡ぐ。


「マリス、計画の首尾はどうかしら? ミーガン、他の支部からの増員の件は?」


「ですが、いや……」


 女の記憶は、腐ってもここの頭だったようで目の前の部下たちの行動をある程度教えてくれる。

 だからこそ、組織内でしか知り得ないことを話してみたのだが、相変わらず部下たちの表情は硬い。


 となると、手っ取り早いのはこれか。



「私の言うことが信じられないの?」


「――っ⁉︎」


 部下それぞれの首元に、一人でに浮かび上がった槍が誰の手も借りぬまま突き刺さらんと向かってゆき、穂先が肌に触れる直前で停止した。

 まるで時間が停止したかのように。


 先程奪った[念力]の試運転を兼ねて放った槍たちは、まるで自らの手足の如く忠実に踊ってくれる。

 問題なのは、手足を操作するが如く思考リソースを割かなければならないことだな。女が使っていた時点であり程度予想はしていたが、操作する物を増やすということは操作する身体の手足の数を増やすことと同義だと思った方がよさそうだ。


 突然放たれた女の能力(スキル)で息を呑む部下たちに続くように、ダメ押しの一言を告げる。



「――それとも……ママから言ってもらわないと聞いてもらえないのかしら?」



 話し方と能力(スキル)――そして最後の言葉が確信となったらしく、部下たちは辿々しくだが僕の前で跪き始めた。


 騒がれて殺すのも面倒なため、とりあえず思惑通りにことが進んでよかった。

 このまま好き勝手進めたいところだが、そうなると失った分くらいは追加で手駒が欲しいところだな。


 となると――後はママとやらへの説明か。


 人知れず仮面の下で、意匠に沿うようにゆっくりと口角を吊り上げた。



===============

========

====


 日が傾き始めた頃。冒険者組合はその日の成果の報告に訪れた冒険者たちによって喧騒に包まれていた。

 組合が一日のうちで騒がしいのは朝と夕。単純に朝方に依頼を受注しに来る冒険者が集中するのと、夕方にその成果を報告に来る冒険者が集中するためである。

 だからこそ、その仕事終わりに一喜一憂し、酒でその日の出来事を流し込みながら馬鹿騒ぎする夕方は一日の中で最も騒がしい時間と言ってもよかった。


 夜に報告に訪れる者も少なくないが、やはり視界の取れない時間帯にわざわざ危険を犯してまで外に出ている者は例外で、訪れる大半は最も混み合う時間を嫌ってわざと時間をズラしている者だろう。


 そんな喧騒が冒険者組合の中で響き合っている中、その建物の最上階――組合支部を統括する支部長の部屋は一転して静寂に包まれていた。

 もともと一般の冒険者が立ち入りを許可されていないというのもあるが、その中で相対して座る二名からも言葉が紡がれることなく部屋は静寂が支配している。


 部屋の中で動くのは先ほど入れた紅茶の湯気たちで、部屋の重い空気など微塵も感じさせないように自由気ままにゆらゆらと立ち昇っていた。

 普段から自分で淹れているのか、呼び出した本人――支部長は自ら淹れたにしては芳醇な香りが立つ紅茶を、そのカップの意匠にはまるで合わない乱雑な作法で一気に呷ると、大きく熱のこもった息を吐いた。


「話はどこまで知ってる?」


 単刀直入。引き締まった身体からは紅茶よりも濃い湯気が立ち昇りそうなほど密度という名の覇気に溢れており、それを無理やりにでも包む、はち切れんばかりに膨れたシャツが一種の威圧感を持って相手へと降りかかった。

 そして支部長の暴力的とも言えるプレッシャーをも飄々と受け流しながらカップに手をつける男。銀髪の長身に同じく引き締まった肉体と、一見して麗しい要素が全身に散りばめられているのだが、いかんせん蓄えられた髭がその魅力を全て殺している。

 本人は験担ぎのつもりらしく、支部長もわざわざ人の身なりに口出しする理由もないため、男――高位冒険者のアンドリューは長い間この姿であった。


「外に出た冒険者たちがほぼ壊滅。成したのは魔物(イレギュラー)ってことだけだな」


「……そこまで知ってればあとは補足程度か」


 重苦しい空気を振り払うかのように始まった組合長からの問いかけに、淡々と自身の把握している事実を話すアンドリュー。

 これは高位冒険者であるアンドリューが特別知っているというわけではなく、それだけ先日の事件が冒険者間で大々的だったということだ。


「魔物の種類は?」


蜥蜴人(リザードマン)異形種(テリビリス)らしい。……あくまで状況証拠と生き残りの証言からつけた当たりだがな」


「ああ、あの女の子か」


 アンドリューの脳裏に屈託のない笑みを浮かべる翡翠の女性が浮かんだ。


「逃げおおせたのはお前の言った女の運び屋(ポーター)と冒険者一人だが、特に冒険者の方は心がやられたのかあの有様だ」


 先日、九名の中規模パーティにて森への探索に向かい、二人のみが重症を負いながら命からがら街へと戻った事件。冒険者組合を騒がせることとなった本件は、一人はショックからか記憶に混濁があり、事件どころか数年間の記憶が飛んでいる有様で、未だに解決に至っていなかった。


「魔物による襲撃の痕跡があったが、あの惨状を引き起こしたのが魔法か能力(スキル)かも判別できん」


魔法種(メイジ)じゃねーのか?」


 魔法種(メイジ)は変異により脳が肥大し、その影響からか思考能力が通常種よりも飛躍的に向上しており、魔法に長けているという特徴がある。

 魔法種(メイジ)ではなく異形種(テリビリス)というからには並の変異からは明らかに外れた存在であるという判断に至ったのだろうが、アンドリューはその理由が知りたかった。


「手段が魔法だったとしても現地状況が報告通りなら手広すぎる。明らかに魔法種(メイジ)の枠に収まっとらん」


 支部長から語られた現在把握している魔物の情報に、アンドリューは耳を傾ける。そしてそれは確かに蜥蜴人(リザードマン)という種から、そして魔法種(メイジ)の常識から外れていた。

 だが、裏付けされた報告を自ら語りつつも、支部長はどこか思案げな表情を浮かべる。


「どうした? 何か気になることでもあるのか?」


「何かはわからんが、どうにも引っかかってな。例えば――運び屋(ポーター)が何か隠してる、とかな」


 支部長は怯えながらも理路整然と当時の状況を語っていた運び屋(ポーター)の女を思い浮かべる。職員が聞き出した際に支部長も同席していたが、詳細に語られた証言に矛盾点は一切ない。だからこそ、支部長はこの説明できない思いに歯痒さを感じている様子だった。


「隠すって何をだよ? 魔物じゃないと成し得ないような有様だったんだろ?」


「……そうなんだが」


 そう言いながらも依然として支部長の表情は硬い。その一種の執着にも似たような妄言ともとれる言葉にアンドリューは眉を顰め始める。


「じゃあ何が気がかりなんだよ。[直感]なんて希少能力(レアスキル)持ってたっけか?」


「む……強いて言うなら長年の勘ってやつだ」


 根拠のない説明にアンドリューの眉間の皺はさらに深まる。


「はあ? あの運び屋(ポーター)はコニンの槌すら避けられなかったやつだぜ? まあ、確かに滑って結果的に俺が入らなくても当たらなかっただろうが」


 偶然アンドリューが見かけた冒険者による新米運び屋(ポーター)への絡み。それ自体ままあることで、激昂した冒険者の鈍い攻撃を他でもないアンドリューが気まぐれで助けていたのである。だからこそ運び屋(ポーター)の戦闘能力は把握しているつもりだった。


「そんでもって演劇みたいなコケかたしてたよなぁ。目だけはめっちゃ動いてて挙動不審だったし、ふふっ」


 思い出した光景が変にツボに入ったのかさっきまでの眉間の皺はどこへやら、一人押し殺したような笑い声が部屋に響く。

 支部長がわざとらしく咳払いをすると、ようやくアンドリューも脱線した話を軌道修正した。


「どちらにせよ、ちょっと緊急の用が入って俺は当分ここを外すんだ」


「それは他の支部長から聞いている。やむを得ん」


 高位冒険者ともなると、各所からさまざまな依頼が舞い込んでくる。だから高位になるほど一箇所の滞在は少なく、アンドリューも長期間この街に滞在しているが、だからといってホームというわけでもない。

 今回それでも支部長がアンドリューを呼びつけたのは、タイミングが悪く他の高位冒険者がこの街にいなかったために他の伝手を欲したからである。アンドリューもそれを理解してここへ来ているため話は早かった。


「ああ、だから代わりに声かけてみるわ。若造だが、ちょうど見込みのあるやつがいたんでな」


「腕が確かならいい、悪いが頼んだ」


 そこで話は済んだとばかりに部屋を後にするアンドリュー。いつ食べたのか、紅茶と一緒に出した菓子はすべて消えていた。

 おおかた追加で依頼を受けることを嫌ったのだろう。足早な退出に支部長は大きく息を吐いた。


「――このまま無事討伐されればいいが」


 アンドリューが出ていき、誰も聞く者がいなくなった組合長の言葉は、誰にも干渉することなく部屋に溶けていく。

 言葉にしても残り続ける、この不安が杞憂に終わらないような胸騒ぎを覚えて、おもむろに立ち上がった組合長は、何をするでもなくただ窓から街を見下ろした。



 時は、この街に蔓延る闇ギルドの頭が人知れずすげ替わる惨劇が起きた僅か数日前まで遡る――。

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