舞踊る
赤黒い粘液を歯の隙間から垂らしながら、咀嚼したものを腹へ収めた僕は、大きく変形した鰐頭を本来の頭へ戻す。
頭が重すぎて制御するのに疲れるしな。そもそも奪い元の鰐にも言えることだが、動きが鈍重になりすぎて奇襲以外では木偶の坊でしかない。
小さく元通りになった頭とは対照的に腹が不自然なほど膨れていたが、徐々に萎んでいくのと同時に魔力が回復していく。
「うーん、イマイチっすね」
回復していることにはしているが、その量は微々たるものだ。
[食魔変換]を対人に試してみる意味合いで使ってみたが、これなら記憶を抜いた方がよかった。なぜか相手の動きも止まったことだしな。
そう思い、男が最後に言っていたことを反芻する。
――龍人族か。
僕もなんとなくだがそいつらの知識は持ち合わせていた。といっても誰もが知っているような噂話レベルだ。
曰く、それは肌に龍の鱗を持つ者たちである。
曰く、その強度は現存する龍鱗に迫るものである。
曰く、その者たちは龍の息吹すら再現する――と。
蜥蜴人との戦いにより、ボロ切れと化した布を捲り上げると、僕の前腕の肌には若草色の鱗が浮かび上がっていた。
確かに一見すると彼の龍人族だな。
実際には【蜥蜴人・亜種の体鱗】のため、“モドキ”なのだが。
あの“盾持ち”に対してなりふり構わずに全て奪い取ろうとしたのが功を期したな。この【体鱗】は今後も重宝するだろう。
まあ、龍人族にはなれんが、【体鱗】を纏ったおかげで僕の防御力はさらに上昇した。
[再生]や[痛覚無効]、[打撃耐性]に【保護膜】と【体鱗】。思えば取得してきたのを見るとタフネス特化型のような並びだ。
相手もこの手応えのなさに加えてボロ切れ姿や[潜伏]で死霊族か何かと勘違いしたんじゃないか?
「っと、そんなことを考えている場合じゃないっすね」
曲がりなりにも闇ギルドのアジトのため、一般人が入る可能性はほぼないと言ってもいいが、外に出てるやつらが帰ってきても面倒だ。
さっさとここの上席と話をつけるか。
男の残骸を残して部屋を出たのはいいが、どこの部屋だ?
そう思った矢先、[直感]が機能したのか居場所についてある種の確信を得る。こういうときでなく、もっと戦闘中に機能してほしいのだが。
端から頼りにするのも違う気がするが、ああも簡単にトカゲに嬲られるとな。
僕の不注意から始まったものなので何も言えんが、[直感]が機能しなくとも感知系の能力でもあれば違ったかもしれない。
そんなことを考えているうちに[直感]の示す部屋の前へとたどり着いた。
気負う必要はないが、ここのトップが戦闘に精通していないわけがない。確実に戦闘になるだろう。
だがまあ、いまさら身体の調整を確認する必要もないため、気兼ねなく扉を開いた。
「――あら、騒がしいと思ったけど、あなたの仕業?」
これは驚いた。扉を開くと、目の前に座っていたのは見た目麗しい女。まつ毛の整った切れ目は勝気な性格を体現しており、光沢を纏ったブロンドのストレートヘアは下賤の生まれではないことが窺える。
固定観念だが、統括しているのは壮年の男だと思っていた。
「下の男たちはどうしたの?」
心配、というよりは純粋な興味の表情を浮かべて僕へと問いかけてくる。その姿はどこにでもいる少女の姿で、闇ギルドに在籍しているとは到底思えない。
まあ、聞かれたからには答えておくか。
「うーん、多分全員死んでるんじゃないすかね?」
僕の言葉に女は驚く。
ここにたどり着いている時点である程度想像できるとおもうのだが、頭が足りないのか?
「私と同じ女の子なのね、それに口調も声音に似合わずとってもヤンチャ」
ああ、そこか。やはり部下の行く末は微塵も興味がないのだろう。
それと、訂正はしないが僕は二十半ばとして調整されているため女の子まではいかないはずだ。親の知識に影響を受けているのか、妙に女の表現が気になってしまった。
「それで、何しにここまで?」
「襲われたから先に潰しとこうと思って」
ここまでカチコミをかけて和解はないだろうが、そもそも最初に黒尽くめの男を殺った時点で、結局嗅ぎつけられてお互いのどちらかが倒れるまで終わりはなかっただろう。
「ふふふっ、それは部下が悪いことをしたわね」
「火の粉は全て払っていくつもりなので気にないっす」
謂れのない理不尽に我慢するつもりはないし、むしろ得るものもあったから本当に気にしてないな。
女も僕の言葉を楽しそうに聴いているが、このまま和解というわけにはいくまい。
「まあ、ここまで来ちゃうと私もごめんなさいで済ますことはできないの」
「そりゃそうっすよね」
支部とはいえ組織が半壊している今、当事者の僕を許せばより上の立場が黙っていないだろう。
この女を葬ったあとに、上と話がつけられればいいのだが。案がないわけではないが――。
女が立ち上がったのを見て僕も目の前に集中する。
まずはこの場をどうにかするか。
「時に――ダンスはお好き?」
女が問うと同時、部屋に置いてある箱が一人でに開き、そこから数々の武器が宙に散開していく。
それは瞬く間に部屋を埋め尽くし、僕の四方にも鋭利な刃が配置された。
魔法行使の初動は先ほどの男である程度把握できた。
僕の魔力に馴染んだ身体のおかげで、魔法発動の際に魔力の残滓を感じ取れるからだ。
今回の現象に対してそれが感じ取れないということは能力か。それがわかったところで、その能力が魔力を媒介に使用するものなのか、精神を疲弊させる等の弊害があるものなのかまでは不明なため大した意味はないのだが。
「舞踏会の始まりよ」
女が指を鳴らすのを合図に一斉に剣や槍が飛び交う。幸いにして一介の戦士たちが振るう武器の速度に比べれば大したはことないが、いかんせん数が多すぎる。
部屋に埋め尽くされながら、お互いが衝突しないように縦横無尽に動き回る武器たちを、先の蜥蜴人との集団戦を思い出しながら、身体の表面部分を走る武器は端から無視して回避を続ける。
「あははははっ、すごいわねっ!」
[打撃耐性]や【保護膜】は案の定機能していないが、幸いなことに【体鱗】が一定の武器を弾き返していた。
武器たちの攻撃も技術の伴っていない愚直な直進というのも大きいだろう。
そのうち目も慣れ始め、【側枝】を鉤爪のように広く対処できるように変形させて回避不可なものも打ち落としていく。
回避し続けること数分。女もこの行為が無駄だと悟ったのか、武器たちの個人演舞がピタッと動きを止めた。
「……ここに来れてるってことは、こんなお遊戯みたいな能力で死ぬわけないか」
僕へ向かって言ったのか、独り言なのか、僅かに聴き取れる程度の声でそう呟くと浮遊する武器が一斉に浮力を失い、あたりで合唱のように甲高い音を響かせて転がっていく。
僕の回避に合わせて攻撃を繰り出せば隙をつける気がするが、そうしないあたり脳の演算キャパをかなり消費するのだろう。
終わったということは攻撃の方向性が変わるか。……おそらく次が本命だな。
「それでも疲弊させることはできると思ったのだけれど、体力底なし? それともポーカーフェイス? まあ、いいわ」
そして女は徐に手を差し出し、一言。
「――私、本職は魔術師なの」
その瞬間、魔力の残滓が女の身体から散り、魔法の行使が成されたことを理解した。
「この魔法は知ってる?」
その散った魔力に呼応するが如く、手元から浮かび上がったのは極々小さな球。その色は漆黒で染め上げられており、球体というよりは写真に溢したインクと言った方がいいほど黒く塗りつぶされた異端なものだった。
だからこそ、知識を参照すればすぐに情報がヒットする。
「……戒律: 【貴族】+【悪】《第一篇》、『媚びへつらい跪け』」
「あら、本当に知ってるとは思わなかったわ。でも、それならもちろん効果も知ってるわよね?」
産みの親の知識のおかげで、魔法効果は一般的なものであるなら、通常のものからこのような一部の複合魔法まで把握している。
だが、その魔法は――
「えいっ」
女が手元に浮かぶ球体を上へと放り投げた瞬間――僕へと襲い掛かったのは、上から押さえつけられたかのような不可視の力だった。




