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継ぎ接ぎ人形ちゃんは奪いたい  作者: 陽碧鮮
第1章 誕生
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噛砕く

別視点


 部屋へ戻るために続くのは細長い廊下だ。下手に追いつかれて廊下で応戦するのも侵入者の戦闘スタイル的に上手くないだろう。

 そう判断し、足早に自室まで引き返した俺はナイフを持って部屋の中央に陣取る。

 幸いにしてこの部屋なら他の部屋よりも広いため、多少は動きやすいはずだ。


 程なくして、軽い靴音を伴い侵入者が部屋へと続いてきた。

 ここで初めて相対すが、暗緑色のボロ切れは相変わらずその表情すら隠しており、それ以上の情報は読み取れない。


 話をすれば乗ってくるか?


「俺は下のやつらとは違うぜ」


「そーっすか、対戦よろしくっす」


 まさか答えが返ってくるとは思わなかった。が、相手も面倒なのか適当な相槌だ。

 声質からして女か? 舐められたもんだな。


「そんな軽口を叩けるのも今のうちだっ」


 今の返答からまともな返答が聞けるとも思えないため、ナイフを構えて相手へと肉薄する。


 注意するのは相手の手元。やはり透明な何か(・・・・・)が蠢いているようで、手元周辺の景色が若干ブレている。


 おそらく隠蔽系の魔法か特殊な能力(スキル)の効果だろう。

 厄介なことこの上ないが生憎こういう相手は初めてじゃなく、対処法は心得ている。


「そういうのに頼りっきりだと足元掬われるぞ」


 侵入者の動きに警戒しながら体内の魔力を一柱へ献上。――即ち魔法を行使する。

 使った魔法は戒律(ミツヴァ):【(ウルグス)】《第二篇(ドゥオ)》、『目の肥えた貴族の道楽程度ではなく』。

 看破を目的としたこの魔法は、何もなかった侵入者の手元に薄い触手のようなものを新たに映し出す。

 それどころか、隠蔽系の能力(スキル)か魔法を併用していたのか、霊魔レイスのような曖昧な印象だったのがサッパリなくなった。


 【(ウルグス)】は相変わらず使い勝手がいい。

 【奴隷(セルウス)】よりも汎用性に優れ、【貴族(ノービリス)】と違い消費魔力も少ない。平民生まれで唯一感謝できる部分かもしれないな。


 それにしても、多少見えるようになったが効きが良くない。

 魔法や能力(スキル)由来でないのか? いや、それこそ訳がわからない。


 透明化能力について考えていると、その触手が肥大するように伸び、俺へと襲いかかってきた。


 ナイフでいなしながら反撃の機会を伺うが、この短距離では流石に防戦一方だ。

 だからここでもう一枚手札を切る。


 戒律(ミツヴァ):【(ウィル)】《第一篇(ウーヌス)》、『この身は斯くあるべし』。

 “男”神に魔力を献上した見返りとばかりに知覚は研ぎ澄まされ、肉体に力が漲ってくる。


「女じゃこの倍率の強化魔法は中々ないだろ⁉︎」


 純粋な自己強化魔法だ。【(ファーミナ)】は支援や回復(ヒーリング)寄りなのに対して【(ウィル)】は純粋な強化が多いからな。


 俺は先ほどよりも研ぎ澄まされたナイフ捌きで、そのまま相手との距離をさらに縮めていく。

 看破と自己強化で知覚と反射神経を強化した今なら、触手も鈍い――とまではいかなくとも十分見て対処できる早さだ。


 目の前で二股に分かれた触手を紙一重で避けながら、回避の慣性を利用して回し蹴りを喰らわせる。


「――かひゅッ」


 俺の脚が相手の腹に当たった途端、地響きのような重低音が鳴り響き、辺りのものが細かく振動する。

 それに伴い、か細い空気音が相手の口から漏れ――そのまま吹き飛ぶかとおもいきや少し離れたところで急停止した。

 どうやら触手を床に突き刺して勢いを止めたらしいが衝撃を殺せない分それは悪手だろう。


 それにしても、蹴った感触からしてローブの中に随分硬い鎧を着込んでいたようで、砕けた様子も見られない。まあ、鎧の下はどうなってるか分からんがな。


 そんな俺の内心をよそに、腹部を押さえていた侵入者は、数秒が過ぎると何事もなかったかのように再び触手を鞭のように強襲してきた。


「どういう身体してんだよっ!」


「アハハハハハッ」


 躱しつつ愚痴のような疑問を吐き出しながらも分析を進める。


 身体強化を使ったのにも関わらず、ダメージを負っている様子はまるでない。手応えは確かにあったのに、だ。


 冷静に該当する一般的な魔法や能力(スキル)を考えるが、条件的に現実的でないものが多い。

 そもそも【民族】系魔法や希少能力(レアスキル)といった特殊事例をあげればキリがなく、触手を使っている時点で種族も定かではないため、切り捨てるように思考を頭の隅へと追いやった。


 強襲する触手を再度潜り抜けながら再び接近を試みるが、相手も警戒しているようでやりにくい。

 どういう構造か、襲ってきた触手がいきなり目の前で二股に分かれて挟撃してきたのにも驚いたが、何より面倒なのが、先ほど吹き飛ばされるのを回避するために床に突き刺した触手の一部が一階を経由して突然俺の足元から飛び出してくるのだ。


 目の前からの攻撃だけではなく、場合によっては下を経由して後ろからの攻撃もあるため全方位に注意を払わないといけない。

 だが、幸いにして看破の魔法が機能していることもあり、一階に忍ばせている触手群の位置は朧げにだが認知できた。


 何か対処策があればいいのだがそれも思い浮かばない上、魔法の効果時間が迫っているこの状況ではごり押しが最善策か。


 ナイフを持つ手に力を込めなおしながら、グリップの表面を親指でなぞり、逸る気持ちを落ち着かせる。


 相手の動きは十分見た。

 看破によるミリ単位の動きの癖を強化した動体視力は見逃さない。勝機はある。


 そして、触手の猛攻に僅かなズレが生じた瞬間、考えるよりも先に相手との距離を縮めるべく爪先を蹴り込んだ。


「やべっ」


 自らの不必要な癖に気付いたようだが、対処に動くよりも強化を施した俺の方が速い。

 いくつかの触手はまとまり、波のように蠢き襲いかかるが、その程度なら先ほどのように受け流すことで十分捌ける。


 目の前まで辿り着いた俺は、最小限の動きで相手の顔面にナイフを繰り出し――


 獲った……ッ!


 そう思った直後、周囲で蠢いていた触手の一端が侵入者自身の頭へと直撃――即ち自傷の衝撃による強引な回避が行われた。


「そんなんありかよっ⁉︎」


 だが、こちらも身体強化の恩恵は凄まじく、この状況からでも多少の矯正を可能にする。

 結果、相手の強引な回避により虚空を貫くはずだった一撃は俺の強引な軌道修正により、再び相手の首元へ流れるように吸い込まれていった。



 ――キィイインッ‼︎



 ふざけろッ!


 部屋に反響する高音。

 相手の命を刈り取るはずの一閃。吸い込まれるように届いた一撃は、薄皮の如くボロ切れを裂いたかと思うと同時、金属同士が擦れ合うような高音を響かせながら、逆再生を行うが如くナイフを弾き返した。


 その間に相手も一歩後退する。


 癇に障る声の調子とは裏腹に心配性なこって、鎖帷子でも着込んでいたらしい。


 こうなるとさっきの攻撃で決めきれなかったのが痛い。予想だにしない回避法だったため仕方ないと割り切るが、これでさらに隙は少なくなるだろう。千載一遇の好機を逃したか。


 裂けた隙間から、挑発するように光る金属沢が鬱陶しい。



 だから、何気なく見ただけだった。


 何で守られているのか、そう思い視線を向けると、暗緑色の隙間から覗かせるのは、首元に垂れる翡翠色の毛先と防具――ではなく、若草色の鱗(・・・・・)


 肌に、鱗……?


 ――ウロコ?



 一瞬思考が止まる。そしてまとまらない。


 自分は何を勘違いしていた? 一体何と戦っている?



 悪い夢だというように頭を振って再び視線を戻すが、鱗は燭台から放たれるわずかな光を拾って返事をするように蠱惑的な色を反射していた。



「〜〜〜〜〜〜っ」



 頭では理解しつつあるが心では認めたくない。


「どうしたっすか〜?」


 プレッシャーのかかるこの場に似つかわしくない軽やかな声が、一層俺から現実感を奪っていく。



 お……っかしいだろっ!


 俺の思いを知ってか知らずか、侵入者の微かに覗かせる口元が三日月のように釣り上がった。



 よりにもよってどうして――

 目の前の変わりようのない事実に思わず口から思考が漏れ出る。



「どうして龍人族(ドラゴニュート)なんかがこんなところにッ⁉︎」



 人でありながら龍の力を宿した種族。山奥などの隠れ里に住まうため、例外を除いてほとんど見ることもない者たち。

 人族(ヒューマン)に近しいながらも、龍の証とも言える鱗を肌の一部に持つそれは、やわな武器よりも敵を屠り、生半可な防具よりも堅い。さらに戒律(ミツヴァ):【龍人族(ドラゴニュート)】の魔法により、龍の伊吹すら再現する。俺が相対しているのはそんな理不尽だった。


 混乱するのも束の間、侵入者から俺の叫びにも近い言葉に対する返答もなく、突如として大きな影が陰り――



「【岩石鰐(ロッククロコダイル)の顎門】」



 言葉のようだが人の声とは思えない掠れた音がしたかと思うと、首だけが鰐に変化した化け物が漆黒の虚淵へと続く大きな顎門を俺へ向け、



 ――ああ、これは夢か。



 そこで俺の意識は途切れた。

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