群集う
僕の呟きが魔物たちに伝わるはずもなく、聞こえてくるのは風切り音にも似た金切り声だけだった。
相手に地の利がある状況で簡単に逃がしてもらえるはずもないため、とりあえずやれるところまでやってみるか。
僕へ熱視線を向ける蜥蜴人たちに改めて視線を向ける。
厄介そうなのが2匹――“リーダー”と“盾持ち”。
仮で“リーダー”と呼称した、隊の頭と思しき個体はその濃い緑の鱗に刻まれた傷だけでなく、人一倍大きく強靭な肉体とプレッシャーを放っていた。
文字通り格が違うのだろう。大きく無骨な斧をひっさげ、なんてことないように扱う姿は“派生種”や“派生種”にも似ているが、おそらくあれは度重なる戦闘経験に加えて森の魔力に曝露され続けた影響で変異した変異種だろう。
厄介だな。こちらの隙を見逃さないとでも言うように瞳がこちらを捉えて離さない。
そして“盾持ち”と称した個体。こいつは“リーダー”――というより通常個体と比べても体格が小さく、体鱗も通常個体と異なりライトグリーンのような若草色をしている。
こいつも上位種――蜥蜴人・亜種か。特異な近親種と交配したか、はたまた昔混じったものが先祖返りでもしたのだと思われる。
魔物には種族を問わずどれにも明確な“区分け”があり、それは“魔法種”、“貴種”、“王種”――と多種に分かれる。そして上位種へ進化するには経験や才能、出生に外的要因とさまざまだ。
様々な体組織や能力を奪って魔造人形としての枠から逸脱し始めている僕はさしずめ“唯一種”といったところか。
「キシャァアア゛ッ」
僕の観察を続ける姿に痺れを切らした取り巻きの一匹が威嚇するように鳴き声をあげる――が、飛びかかってはこない。
よく教育されているようだ。通常種の魔物の頭でそれが理解できるのかも不明だがな。“リーダー”が統率系の能力でも所持しているのかもしれない。
まあ、まずは手始めだ。
「キシュゥウウウアッ」
蜥蜴人の方に向けた左掌が五股の枝に分かれてそれぞれ襲い掛かるのと、“盾持ち”が一段と大きな鳴き声をあげて一歩前に出るのは同時だった。
――どういうことだ?
“盾持ち”の鳴き声に導かれるかのように、5つに分かれた枝はすべて“盾持ち”へ向かっていく。
結果、再び巻き付くように一本の大枝へと変化した僕の左掌は甲羅のような盾に受け流すように防がれた。
「どーゆーカラクリっすかね」
確認するまでもなく五匹それぞれに攻撃したはずだが。身体の調整不足? いや、感覚的にそれもないな。
それよりも、先ほどから“盾持ち”から目が離せない。どんなカラクリかは不明だが原因は向こうにあると考えていいだろう。
通常種であっても無視できない戦力であるため、無理やり“盾持ち”への意識を隅へ追いやり、取り巻きに狙いを定めて再び腕を槍のような枝に変化。
しかし、あえて対象から除いたにも関わらず枝が向かっていったのは“盾持ち”だった。一回対処した攻撃だったからか、先ほどよりも難なく盾で防御している。
厄介なことこの上ないな。
僕の意識に働きかけているのか、まずはこいつから対処しないと駄目らしい。
馬鹿正直な攻撃から一転、両手から変化した【側枝】を細く鞭のように撓らせて上下左右から鞭撃するが、的確な状況判断により攻撃は受け流される。この手数の前では流石に全ての攻撃を受け流すことは難しいようでたまに掠っているようだが、天然の盾とも言える体鱗に守られているためダメージは微々たるものか。
僕が攻撃の手を緩めると、“盾持ち”を先頭に残りの4匹もこちらへ向かってきた。
取り巻きたちの鋭い爪と歯を使った攻撃をアクロバットな動きでかわしながら、合間合間で“盾持ち”へ伸ばした木槍を繰り出すが、手応えはない。
それどころか、“リーダー”の斧によって文字通り剪定されてしまうため、消耗が進む一方だ。
打開策が見つからないまま攻撃を避け続ける時間が続く。時間の経過とともに“盾持ち”に対する執着が薄れていくのだが、すぐに“盾持ち”が叫ぶことで再び目が離せなくなる。魔法か能力で間違いないな。わかったところでどうしようもなさそうだが。
そういえば取り巻きが一匹見当たらな――
「マズ……っ⁉︎」
取り巻きの一匹に対する注意が疎かになっており、意識外からの殴打。普段なら有り得ないことだったが、“盾持ち”に対する謎の執着心により完全にマーク外。
【保護膜】により身体への影響こそなかったが、大きく体勢を崩したのが問題で、そこからの状況は転げ落ちていくようだった。
体勢を崩した僕へ、“リーダー”の斧による一閃。性能はいいが所詮糸から紡がれたローブなど意図も容易く切り裂き、胸まで深い傷を残す。
それに畳み掛けるように取り巻きたちがその鋭利な爪によって僕の身体に切り傷を増やしていく。
爪による切り傷ならいい方で、たまに目や鎖骨への抉るような刺突が無視できないダメージへとなっていた。
その間も“盾持ち”が一分の隙もなくこちらを見据えているが、反撃に移る余裕もない。それどころか核への攻撃を避けるために絶えず移動させることへリソースを割いているため、身体の制御すら二の次になっている始末だ。
取り巻きたちの攻撃が少し落ち着いたと思った矢先、“リーダー”が踏み込んだ後、ブレるように僕の前に移動して再び鋭い一閃。咄嗟に差し出した左手はなんの障害にもならず、そのまま腕を切断した後に僕の足にまで刃が及ぶ。
【保護膜】がなんの意味も成していないな。打撃といった面での攻撃にはめっぽう強いが、点や線の攻撃には脆い。
通常種の爪でさえ貫通するのだから、おそらく能力持ちであろう“リーダー”の斬撃は【保護膜】では到底防げない。
腕の一本程度くれてやる――と言いたいところだが、失ったのが左掌というのが痛いな。痛みは[痛覚無効]でどうということはないが戦闘能力に大きく影響してきそうだ。
そんなことを考えている間にも僕の身体には無数の傷が生まれ続け、ローブもかろうじて着用できるだけの見るも無残な残骸へと成り下がっている。右手で【側枝】を無数に張り巡らせることくらいはできそうだが、“リーダー”と“盾持ち”の連携で手痛い一撃をもらう未来しか見えない。
そんな中、取り巻きの攻撃によって多少飛ばされたことで生まれた一瞬の間隙を縫って後方へ離脱。特に右足へのダメージが大きく、後退の着地の際に千切れかけたため最優先で[再生]を行う。
動けないまま袋叩きにされたらおそらく次はないだろうからな。
かといって無策で突っ込んでも先はなさそうだ。どうするか――。
思考を巡らせながら、戦闘に支障のでる重篤な部分については[再生]を使い、それ以外の部分については魔力節約のためにポーションを呷って回復を試みる。
みるみるうちに細かい切り傷等が塞がっていくのを肌で感じながら内心胸を撫で下ろす。
こんなぶっつけ本番でポーションの性能確認を行う羽目になるとはな。最下級のためそれほど効能は期待できないがないよりはマシだ。
2本目を取り出しながら指先にさまざまな道具類たちが接触する。その中でこの状況でも使えそうなものがあったため取り出してみる。
無策で突っ込むよりはマシか。少なくとも逃走の一助にはなるだろう。
取り出したものをすべて一部水の張っていない地面に叩きつける。すると瞬く間に煙が溢れ出し、あっという間に僕たちを飲み込み、辺り一面は真っ白な世界に包まれた。
その光景は湿地林という環境と合わさり、まるで湖畔の朝靄のようなどこか幻想的な状況を作り出していく。
使用したのは火山帯に生息する魔物の素材から生成した煙幕玉だ。昨日薬屋で好奇心から購入してみたものだが、数個同時に投入したとはいえ想像以上の効果だな。
視界が真っ白に遮られるが、【頬窩】によりある程度やつらの場所は把握できる。その場に留まり警戒する者、無鉄砲に直進する者や仲間を探すそぶりを見せながら明後日の方角へ向かう者、ここにきて上手いことバラけたようだ。
これで蜥蜴人らの連携は分断されたが念には念を。【側枝】を自分を中心に根のように四方へ這わせて枝先をバタつかせ、あらゆる場所で水音を発生させる。
“リーダー”は相変わらずその場から移動しないが、取り巻きどもは音の発生源へ向かっていったようだ。
“リーダー”と“盾持ち”の距離もあり、苦労したがこれで一対一がセッティングできた。
“盾持ち”へ直線で向かうことはせず、位置を把握しながらある一点を経由して奇襲を仕掛ける。
場所を悟られないようある程度の距離まで近づいて跳躍、飛びかかるように距離を縮める。その間に右手を木槌に変化させて思い切り叩きつけた。
「これでも駄目っすか……っ」
まるで四方に目があるかの如く、木槌を振り下ろす直前――ピクリと反応し、最低限の動きで向き直った“盾持ち”はその手に馴染んだ甲羅盾で僕の全力の一撃を上手く受け止める。
これでも[潜伏]の能力は発動させているのだがな。盾としか接触できていないため把握できないが、能力の効果によるものなのか、亜種としての特異機能なのか。
防御されたものは仕方ないので、せめて押し潰して体勢を崩させようと受け止めた盾へさらに力を込めていくが微塵も盾は動かない。
完全な拮抗。左手を失っている僕に決定打はなく、“盾持ち”にも同じく手札がない。
しかしこの状態を維持すれば、いずれ煙幕が晴れて仲間が集まってくることだろう。
――とでも思っているのだろう。
僕が盾の横を狙って左腕を突き出すと同時、“盾持ち”の碧色の身体に大きな孔が開いた。
何が起きているかわからないだろうな。
痛みを堪えるかのようにか細い鳴き声をあげながら目を細めて僕を睨む“盾持ち”。蜥蜴の表情なんて区別がつかないため混乱といった色合いの方が強いかもしれない。
中距離からの奇襲だったため、一見しただけでは気づかなかったようだが、この至近距離なら理解できるんじゃないか?
僕の切断された左腕から先の空間が不自然にブレていることに。
僕は見せつけるように腕に張った表皮を解除して、なくなったはずの左手を出現させていく。
【迷彩蛙の表皮】。
先ほどの奇襲の際にわざわざ迂回したのは左手を回収するためだ。回収したものを傷口に押しつけて[再生]で無理やり接着し、【表皮】で偽装したのだが、まんまと嵌まったようだな。
僕の一撃は的確に相手の急所を突いたようで、右手を受け止めていた甲羅盾も重力に従うように下がっていった。
そのまま能力を全力で行使し、突き刺した枝から魔粘性体のように粘度の高い赤いオーラが“盾持ちの”全身へ纏わりついていく。
戦闘音からある程度の場所は悟られているだろう。仲間が駆けつけるまでの短時間で奪い取るものを考えている時間もないため、選りすぐりせずに奪い取っていく。
そろそろ潮時か。
僕を探す他の蜥蜴人たちの鳴き声が少しずつ近づいているのを感じて、全身の鱗がなくなり赤い人形と化した“盾持ち”を蹴り飛ばして引き離す。
「最後に――よっとっ」
そのまま血で真っ赤に染まった【側枝】を枝分かれさせ、鞭のように周囲の蜥蜴人たちへ打ち付ける。
取り巻きたちを吹き飛ばし、“リーダー”には斧で防がれたようだが、警戒してもらえれば十分だ。
だんだんと視界が晴れて、遠くに立つ樹を確認してそれをめがけて【側枝】を伸ばす。
自分の体積を遥かに超える枝を生み出したため残りほとんどの魔力を消耗したが、なんとか樹へ枝が絡みついたのを確認して今度は逆に枝を縮めていく。
「おおお、飛んでるみたい」
縮めるのに併せて僕の身体は宙へ浮くほどの速度で樹へ引き寄せられていった。
「っとっと……」
転がるように倒れ込んだが、そのまま横になる余裕はないためすぐに体勢を立て直す。そして魔力の欠乏により上手く機能しない身体でなんとか姿勢を保たせ、最外域のある方向へ進んでいく。
ここで別の群れと遭遇したら終わりだろうな。
――ギィシャァァァァアア゛ア゛ッッ。
歩みを進めていく最中にも遠くから、“リーダー”と思われる叫び声が暗い森の中を伝って反芻していった。
「はは、相当お怒りみたいっすね」
離れてもなお威圧を感じざるを得ない声に思わずさらに歩を速める。できれば当分の間は出会わないことを願いたいな。
この森に入る限り、また近いうちに相対すだろうことをどこか予期しながら。
=====Status=====
《Active》
[強欲な左掌][■■な右掌][再生][潜伏][食魔変換] [盾術/New] [挑発/New]
《Passive》
[痛覚無効][魔■■■][直感][打撃耐性]
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